その睫毛は、何をしたわけでもないのに、上を向いている。
 出勤してくる連中も、長くて上向きの睫毛をしているから、てっきり女はみんなそういうもんだと思っていた。だが、どうやらそうではないらしい。マスカラだ、つけまだ、まつエクだ、実際は様々な手段を使って、自身の睫毛を整えている。
 三ツ谷もそうなんかな。なんとなく気になって、ちょいと目尻の辺りを指で持ち上げたことがある。
『えっ、なっ、なにッ』
『……三ツ谷の睫毛って、なんかしてんの。すげえ長いし、くるんってしてるよな』
『何も、してないよ。そもそも今、すっぴんだし』
『じゃあ化粧したらもっと伸びるんだ』
『伸びるっていうか、……まあ、マスカラくらいは』
『ふぅん』
 じゃあ今度、化粧したとこ見せてよ。
 そう、強請っても、三ツ谷が俺の前で着飾ってくれた試しはない。洒落ていないわけではないのだ。センス良く、服を組み合わせている。あれはいわゆる、ボーイッシュな格好、になるのだろうか。ファッションに詳しくない自分には、あの服装のジャンルがわからない。
 あの夜みたいに、可愛い格好も、似合うだろうに。
 なんで、着ないんだろ。そんなに、ヤリ捨てられたのが嫌だったのだろうか。……嫌にも、なるか。とびきりおめかししたのに、その翌週に別れたとなっちまったらな。
「どお、大丈夫そう……?」
「なんてことねーよ。もうすぐ終わるから」
「うん……」
 真横から、不安そうな声がした。ちらりと目を向けると、素っ気ない格好の三ツ谷が映る。
 うちの仔が、時々変な鳴き方をする。そう言って三ツ谷がインパルスを連れて来たのは、木枯らしの吹いた昼前のことだ。
 妙なエンジン音がするのに、乗って来たのかよ。電話一本くれれば、迎えにも行ったのに。なんともなかったか。あれこれ尋ねようとしたところで、イヌピーに割って入られた。「馬鹿野郎」という一声で始まった説教。その内容は、三ツ谷の身を案じるモノ、ではなく、インパルスを案じるものだった。あの説教の相手が三ツ谷じゃなかったら、ドン引かれていたことだろう。
 そんなこんなで始めた点検は、もう終わるところ。古い機体故に致し方ない部分はあるが、こまめに面倒を見てやればしばらくは困らない。……こう言えば、三ツ谷は頻繁に店に来てくれるはず。
 この後にする点検結果の説明を脳内でシミュレートしながら、三ツ谷の横顔を盗み見た。健気な表情をしている。下心を向けられているなんて、思ってもいないだろう。
 伏せがちな瞼からは、今日もくるんと睫毛が伸びている。撫でたい。手が汚れていなかったらなあ。じんわりと膨らむ下心は、機体に触れることで誤魔化した。
「あ、タカちゃん!」
「え、八戒?」
 ふと、憂いを帯びた顔が持ち上がる。つられるようにして入り口を見れば、見事に顔を華やがせた八戒がいた。ひょろりと高い背中に続き、千冬とタケミっちもガラス扉を潜る。三人とも、制服姿だ。肩には平らな鞄を引っ掛けている。学校帰りらしい。……いや、今、昼過ぎだよな。この時間に学校が終わる事なんてあるのだろうか。小・中ならまだしも、高校だろう? まさかサボってきたとでも。それでいいのか、高校三年生。
 浮かんだ疑問は三ツ谷も同じだったらしい。胡乱な顔つきをしながら、ひょいと三ツ谷が立ち上がった。
「学校は?」
「今日テストだから午前中で終わった!」
「ふうん、明日は何の教科あんの」
「数学と生物ぅ……」
「苦手なやつじゃん、勉強しろよ」
「今更やったって変わんねえって」
「公式一個くらいは覚えられンだろ」
 なるほど、テストか。そういえば、定期試験のときは午前授業だと聞いたことがある。中学の時もそうだったらしいが、自分にとって学校とは給食を食いに行くところ。ペーパーテストなんて、一度も受けたことがない。ああいや、呼び出されて仕方なく紙に数字を書き込んだことはあるな。よくもまあアレで進級させてくれたもんだ。学校側としては、俺みたいな不良、早く卒業させたかったのかもしれない。
 視界の端では、イヌピーも立ち上がっていた。工具片手に、千冬たちに近付いている。今日のあいつらの相手はイヌピーに任せるか。ふいと視線を三ツ谷の愛機に戻した。
「あんだよ、冷やかしに来たんなら帰れ」
「今日は客として来たんすよ! カスタムのこと相談したくて」
「カスタムだあ? ……任せろ、まとめて面倒みてやらあ」
 勉強をする気がないのは、千冬もタケミっちも同じらしい。
 カスタムと聞いて、任せようと思ったそばから、むくりと混ざりたい気持ちが込み上げてくる。だが、脳内に浮かんだ天秤はコンマ一秒で三ツ谷を取った。後輩も大事。でも、三ツ谷の方が、もっと大事。なにより、あとは可動部の動きを確かめるだけだ。
「今日、インパルスのメンテだったの?」
「そういうわけじゃないけど、調子悪かったから」
「あ、だからすっぴんなんだ。へへ、タカちゃんのすっぴん見るの久々~」
「うっさいなあ、じろじろ見ンな」
 終わらせてしまおう。そう、思ったところだというのに、グリスアップする手が止まる。ちらりと見上げると「すっぴんも美人だよ」「ありがとよッ」と聞こえてきた。
 久々、とはどういうことだろう。
 八戒の言葉が引っかかる。ここしばらく、会っていないという意味には思えない。なんせ、三ツ谷と顔を合わせた日には、少なくとも一回は八戒の話題になるからだ。下手すれば、俺より頻繁に会っているのではないだろうか。
 にも、かかわらず、すっぴんが久々とは。
 一通り調整を終えたところで、のそりと腰を持ち上げた。タッパがある分、間に三ツ谷が立っていようと、八戒と目を合わせるのは容易い。視線の先にある緩い顔つきが、なあにと首を傾げた。
「こいつ、すっぴんの方が多くね?」
「え、そうなの? 俺と会う時は、いつもばちばちにメイクしてっけど」
「は」
「あれ?」
「……揃ってその高さから見下ろすの、やめてくんない?」
 咄嗟に視線を下ろすと、三ツ谷の唇がツンと尖った。首はしっかりと後ろに倒れている。そうやって見上げないと、目を合わせられないのだろう。かといって、三ツ谷に合わせて屈もうものなら、レバーに拳を捻じ込まれてしまう。
 来客用テーブルはもう一つある、点検結果の説明がてら、そっちに移動しようか。オイルで汚れた手を拭いながら、わあわあと騒いでいるイヌピーの方を見やった。あ、しまった、椅子が足りねえ。
「この間は柚葉と双子コーデしてたよ。しかも柚葉に合わせてギャルメイクもしてたし」
「双子、……なに?」
「見せた方わかりやすい? ちょっと待ってね、写真あるから」
「ッ、ストップ、八戒、やめろ」
 ふいと視線を戻すと、八戒は携帯を取り出したところだった。続けて、三ツ谷の冷ややかな声がする。細い指先は、早速デカいレンズのついた携帯に伸びていた。
 しかし、八戒はひょいとソレを避ける。腕を高く持ち上げるようにして、躱していた。三ツ谷の顔の高さにあった端末は、あっという間に頭上、その数十センチは上のところに移動してしまう。あれじゃあ、三ツ谷には届かない。誰が見ても明らかなのに、当の三ツ谷はわたわたと腕を振り回していた。
「八戒!」
「あった、これこれ」
「どれ、見せて」
「ドラケンまでッ!?」
 三ツ谷の悲鳴が突き刺さる。ぱっと俺を振り返った顔は、ちょっと赤らんでいた。上目遣いをする瞳は、先程よりも潤んで見える。
 なにその顔、可愛いじゃん。
 頬を挟みたい衝動に駆られるが、化粧をしている三ツ谷の写真を見たいのも事実。さっと八戒にアイコンタクトを送った。間もなく、携帯の画面が、俺の方に向けられる。そのタイミングで、もう一度、三ツ谷が腕を伸ばした。それでも、結局、届きはしなかったが。
 高いところからかざされた画面に、二人の女が映っている。そのどちらも、顎にピースを添えていた。キリッと跳ねたアイラインのせいだろうか、揃って気が強そうに見える。束感のある睫毛に、日本人らしくない明るく透き通った瞳。肩は剥き出しになっていて、首筋も鎖骨もすっかり晒されていた。渋谷を歩いていると、しょっちゅう見かける外見だ。なんなら、出勤してくる嬢にも、こういう系統のヤツ、いる。
「……」
 けれど、それを三ツ谷がしていると思うと、違和感が過った。
 八戒の姉ならまだわかる。何年か前に見かけたときも、ギャルらしい化粧をしていた。でも、三ツ谷は、というと、……そもそも化粧をする印象が、ない。デコルテを見せるイメージだって、なかった。
 二回、三回と瞬きしてから、傍らにいる女を見下ろす。やっぱり化粧っけはない。着ているのだって、素っ気ないパーカーと、九分丈のパンツ、それにスニーカーだ。
「…………」
「だ、黙るの、やめてよ」
「あー、こういう格好、よくするの」
「エ。いや、ギャルっぽいのは、あんまり……」
「うっそだあ、しょっちゅう肩出る服着てんじゃん」
「ッ八戒」
「んーと、あ、普段の化粧とかはこう!」
「~~ッ八戒!」
 俺の質問に答えてくれたのは、残念ながら八戒の方だった。待ち受けを三ツ谷にし続けているだけある。パッと顔を向ければ、先程同様に高い位置から画面をかざしてくれた。
 そこには、甘ったるい顔をした女が映っている。三ツ谷だ。三ツ谷とわかるくらいの濃さの化粧だ。けれど、すぐそこにいる女より、なんだか大人びて見える。唇や瞼、頬のあたりがじゅわりと色づいているからだろうか。
 映し出された色気が、やけに目に焼き付いた。
「へえ、可愛いじゃん」
「う、ぁ……、どうも、」
「なあ、なんで、今日は化粧しなかったの」
「え、えっと、」
「急いでたから?」
「っ、そう、そう!」
「何言ってんの? タカちゃんこの顔だったら七分で作るじゃん」
「八戒ッ!」
 余計なことを言うんじゃねえ。上ずった声の直後に、ドスの聞いた声が響きわたる。東卍時代を思い出したのか、八戒の背筋はビビビッと伸びた。
 女の準備は、時間がかかるものである。なんなら、化粧に何時間もかかる奴がいるのも、知っている。それを思えば、七分はあまりにも短すぎやしないだろうか。というか、三ツ谷は、たった七分でこれだけの色気を纏うのか。今から七分待ったら、この顔になってくれはしないだろうか。ああいや、別にすっぴんが嫌というわけではない。素朴な顔付きだって、十分可愛い。
 ただ、三ツ谷であるのならば、全部この目で確かめたいと、思う。
 この欲のこと、なんと言い表すのが適当なのだろう。
「ななふん」
「だ、だって、今更ドラケンに会う時に、化粧したって、さあ」
「嫌?」
「嫌ってわけじゃないよ。ただ、子供の頃から知ってるし、すっぴんの方が見られ慣れてるから、顔作ろうって気になれなくて」
「それ言ったら八戒もじゃん」
「八戒と会う時は、柚葉と会う時だから。……すっぴんだと悪目立ちするし」
「ふぅん」
 じ、と見つめれば見つめるほど、三ツ谷は早口になっていく。顔の赤みは然程変わっていないが、髪から覗く耳は見事な真っ赤に染まっていた。
 そんなに、俺に化粧したとこ、見せたくねえの。嫌じゃない、とは言うけれど、実質嫌と言っているも同義だ。すっぴんを見られたくない、という話はよく聞くが、逆が存在するなんて。それを、三ツ谷にやってのけられるなんて。
 なんだか、気が滅入ってきた。
「みつや」
「う、ス」
 ぼとり、自身の口先から、自分が思う以上に情けない音が零れる。
 しかし、三ツ谷はぴしっと背筋を伸ばした。きゅるんとした瞳は、俺だけに向き直ってくれる。
「なんで、俺の前では、してくんないの」
「だからッ、見られ慣れてないから、ホラ」
 この先も、着飾った三ツ谷に会えないのは、嫌だ。可愛いところも、綺麗なところも、あざといところも、色っぽいところも、全部見せて欲しい。もちろん、今みたいに、隙だらけの顔も、見たい。
 この、欲のこと。世間は、なんと呼ぶんだろう。
「その」
『性欲だろ』
 脳裏に現れた昔馴染みのキャストが言い放つ。
「なんて、いうかな」
『独占欲じゃない?』
 最近愚痴を聞いてやった嬢は、あざとく首を傾げながら囁いてきた。
「ハズい、って、いうか、」
『うーん、恋!』
 今や系列の別店舗で店長をしているハシモトさんの、無駄に溌剌とした声が頭に響き渡る。
 違う、違うったら、違う。だって、三ツ谷だぞ。俺の大事なダチで、仲間で、相棒だ。そういう目で見たことなんてない。いや、さすがにそれは嘘だ。下心は、ちょっとだけある。この女で抜いたことも、正直、ある。でも、当人に手を出したことは、一度たりともないのだ。
 だったら別に、無理をさせてまで三ツ谷が着飾った姿を見る必要はないのでは? 自問自答が込み上げてくるが、即座に「だって見たい」と一蹴する。三ツ谷への感情の正体はさておき、見たいものは、見たいのだ。
「……ドラケンの前で、可愛い子ぶるのは、気合い入れないと、できない」
「安心しろよ、お前何もしなくても可愛いから」
「待って、だったらそもそも化粧しなくても良くない?」
「良くない、三ツ谷が化粧したとこも見たい。気合い入れて可愛い格好するのも見たい」
「真顔、やめ、やめてッ」
「絶対可愛いし、可愛いって言うから見せてくれ」
「バカッこんなことで頭下げんな!? てか、それでやったら可愛いって言われたいみたいじゃんッ」
 余計ハズくてできねえワッ。
 吠えるように三ツ谷に怒鳴られる。何かを察知したのか、その背後にいた八戒はソソソとイヌピー達の方に避難していった。
 直角に折り曲げた体は、三ツ谷の手で力づくに起こされてしまう。羞恥の上に憤りも混じったからか、耳と大差ないくらいにまで頬は真っ赤に染まっていた。
「み、三ツ谷さんの真っ赤な顔、初めて見た」
 遠くから、そんな台詞が聞こえてくる。そうだな、俺もここまで真っ赤に染まったのは、初めて見た。わなわなと口を震わせているのも、感情的になって涙の膜が分厚くなっているのも、可愛いと思う。本当に、この女、可愛いな。可愛いものを可愛いと言って、何が悪いんだ。可愛いより綺麗って言われたい派なのか? だったら綺麗だって言うよ。三ツ谷は可愛いし、綺麗だから。
 三ツ谷の両手は、まだ俺の肩に触れている。ちゃんと姿勢を正させようと、身を寄せてくれている。……これ幸いと、ぐっと顔を寄せた。
「そんなに言われんのヤなの、可愛いって」
「ッぁ、なっ、なんでもないときに言われんのが、無理って、だけで」
「じゃあ、いつ言えってんだよ」
「そりゃあ、特別な時に決まってんだろ」
「特別って、例えば?」
「たと、えば……?」
 ぶつかりそうな距離だというのに、三ツ谷は一歩もひいてくれない。どころか、ムッと顎を上げてきた。必然的に、鼻先が擦れる。この表情から察するに、口も尖っていることだろう。囁き合う度、唇に息が当たった。
 こんなの、ほとんどキスしているようなものなのでは?
 ……だったら、塞いでしまっても同じに思える。世迷い言が頭を一周二周と駆けたところで、首を振った。ああいや、正しくは、頭の中で首を振った、だ。現実では、ほとんどゼロ距離を保ったまま、三ツ谷と睨み合っている。
 んん、いくら、なんでも、近すぎる、よな。どうして三ツ谷は後ずさらないのだろう。イヤ、と突っぱねないのだろう。期待して、しまいそう。幾度となく押し殺してきた下心が、不死鳥のように復活を果たす。
 こっそりと、片手を女の腰へと伸ばした。
―― デート、とか?」
 手のひらが触れる、寸前。ふわりと唇に吐息がかかる。中途半端に浮いていた手で、グッ、拳を作った。
 ぴたりと息を止めて、努めてゆっくり、なんでもない素振りで体を起こした。真っ直ぐに背筋を伸ばし、本来の自分の高さから、三ツ谷のことを見下ろす。まだ、顔は赤みを帯びていた。それに、緊張しているふうにも見える。
 期待、しよう。これは光明だ。そう思うことに、しよう。
「わかった」
「へ」
「デートだったら気合い入れてくれんだな」
「あの」
「デートに誘ったら、気合い入れて、可愛くなってくれんだな」
「ど、どらけん」
 ここまできたら、引き下がるという選択肢はない。攻めあるのみ。やっぱり今のナシと三ツ谷が口走らないよう、つらつらと口上を重ねていく。
 なんせこれは、三ツ谷をデートに誘うチャンスだ。逃して、堪るものか。
「いつなら、俺とデート、してくれる?」
 理解が追い付いていないそいつから目を離さずに、こてん、首を傾げて見せる。ぁえ、三ツ谷の口から、気圧された声が漏れた。よし、あともうひと押し。さらに畳み掛けようと、息を吸った。
「仕事中に客口説いてんじゃねえ」
「ぃでッ!?」
 しかし、吸った吐息は、悲鳴に置き換わる。
「ンにすんだよッ」
「女に現抜かしてっからだ。点検終わったのか?」
「ちゃんと終わった!」
 いつの間にか、イヌピーが俺の背後にやってきていた。三ツ谷も気付かなかったらしい。ぽかんと口を開けたまま固まっている。これは、俺以外にも人がいた、ということを思い出した顔だろうか。そうだよ、俺以外にも、イヌピーと、八戒と、千冬とタケミっちがいる。それとなく来客テーブルの方を見やれば、後輩三人は揃って神妙な顔をしていた。
「ど、ドラケン君すげえ」
「あんな顔近付けて喋るなんて、漫画でしか見たことねえよ、俺」
「ど、どどどッドラケン君もだけどさあッ、タカちゃんのあの顔やばくね、エッ、あんなに真っ赤になるなんてそうそうねえよ!?」
 へえ、あの八戒でも、三ツ谷がここまで狼狽えるところは見たことがないのか。いくらか胸がスッとする。
 俺とデート、してくれよ。それで、俺のためだけに、とびっきり気合い入れて、可愛く着飾ってきてよ。そう念じながら、じぃっと真っ赤に火照った顔を見下ろしていると、化粧っけの無い唇が、震えるように動いた。
「ら、来週の、金曜日、でも、……いい?」
 もちろん。そう返そうと息を吸い込んだところで「いい加減働け」と再びイヌピーに引っ叩かれた。