その日の夜は、小雨が降っていた。
 散々融通を利かせてもらったこのアトリエのことは気に入っている。立地も、間取りも、ほとんど文句はない。特に、屋根裏だというのにある、三つの大きな窓。たっぷりと自然光を取り入れられるのもあって、気に入っていた。
 ただ、所詮、屋根裏。雨が降れば、湿気は、すごい。いくらエアコンを回しても、剥き出しになっている天井の配管が結露してしまうのだ。梅雨の酷い時なんか、雨漏りみたいになる。劣化したエアロテープの隙間から、ぽたぽたと垂れるソレ。布を置いている棚の真上で起きたときは、慌てて棚の位置を変えたっけ。どうにか、この湿気を手懐けないとなあ。
「はあ……」
 ぽたり、ため息が落ちる。
 個人的に出そうと思っていたコンペの締切は、着実に迫ってきている。ここ数日は、職場からココに直行して、ぐるぐると案を練っていた。
 自分は、一つの案を掘り下げていくより、いくつもの案をひたすらに生み出してから精査する方が向いている。おかげで、ついこの間買ったはずのスケッチブックはもう半分を過ぎていた。この調子じゃあ、週末には新しい冊子を買わなくてはならない。いっそのこと、まとめ買いしてストックしておこうか。でも、それだと湿気がなあ。
 ぐず、と、鉛筆の芯が紙に引っかかった。本来より、その紙面はしっとりとしている。別にこれは、美術のスケッチやデッサンではない。だから、多少鉛筆の滑りが悪くとも、作業に支障はない。
 の、だが。
「はぁ、」
 集中が、切れてしまった。
 手の力を緩めると、たちまち鉛筆がスケッチブックに落ちる。空いた右手を軽く握っては、開く。ぱ、と自分の方に向けた手の平に、肉刺はない。返して甲を眺めてみるも、かつてあった拳ダコは一つも残っていなかった。
 ―― つい先日、久方ぶりに喧嘩をした。元から足を使う性分ではあったが、あの日は意識して手を使うのを避けたっけ。仕事に、支障が出たら、困るから。そのくせ、頭突きは繰り出したものだから、頭だって使うだろとあいつに撫で回された。あの、大きな手で。働いている男の、硬くなった、皮膚で。
 頭、どころか、あられもないところを、捏ね繰り回された。
「っはぁ」
 三度目のため息は、もはや素面の吐息ではない。雨が降っているのを加味したって、じっとりと湿って、熱を持っていた。
 頬杖をつきながら、よろよろと視線を部屋の隅に向ける。パーテーションで隔てた先にあるのは給湯スペースだ。
 ……この間、それこそ久しぶりに喧嘩をした日。一緒に暴れた男と、部屋のあの角でうっかり熱を分かち合ってしまった。
「……だぁってさあ、」
 零れた独り言は、やけに情けない色を纏っている。その色味に負けず劣らず、記憶の中の自分はみっともなかった。
 何年かぶりの喧嘩で、血が騒いでいた。下手に表通りを歩くと、サツに絡まれかねない。だから、ほとぼりが冷めるまで、とたまたま近かったこのアトリエに、あの男を連れ込んだ。外から帰ったら、手は洗うもの。触れた水の冷たさは、鮮明に思い出せる。……その程度の冷たさじゃ、さっぱり落ち着かなかった体の熱も。
 あの時の自分は、冷静じゃなかった。同様に、向こうもそうだったに違いない。でなきゃ、素面で互いを扱き合えるもんか。
「……」
 悶々とするにつれて、自分の唇が尖っていくのがわかる。ずるずると顎が手を伝い落ち、やがて頬が机に触れた。じっとりとしているのは、湿度のせいか、汗のせいか。瞼を閉じたところで、よみがえった熱は失せてくれない。どころか、じくじくと疼きを増しているようにすら思える。ああもう、ままならなねえな。いよいよ突っ伏して、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した。わざとらしく貧乏揺すりもしてみるが、……荒れた内心は、どうも落ち着かない。
「……よし、抜くか」
 むくりと体を起こし、一つ息を吐いた。
 このまま、うじうじとしている方が時間の無駄。サクッと抜いて、スッキリして、作業の続きをしよう。
 うん、小さく頷いて、この前の日曜に運び込んだソファに目を向ける。ココのオーナーにタカって、使わなくなったソファを譲ってもらったのだ。話を聞いた限りじゃ、ほぼ新品。応接用に買ったものの、その応接室には若干小さかったとかいう理由で、倉庫に眠らせていたらしい。もったいないコトしやがって、だったらオレにください、柴オーナー。キリッと表情を整えてせびったら、無言のまま一発頭を叩かれた。理不尽。タダでくれたから許すけど。
 よろりと立ち上がって、靴下を履いた足を滑らせる。いい加減、スリッパ、買わないと。でも、まだ自分のブランドを立ち上げていない今、このアトリエに来る客はいない。ひどすぎる結露を何とかしてくれと、大寿に来てもらうくらいだ。……ついこの間の、あいつは、ノーカン。あんなのイレギュラーだもん。
 静かに、膝をソファに乗せた。場違いなくらいに高級感のあるソレは、自分一人の体重を受け止めたくらいじゃ軋まない。ごろんと横たわっても、どっしりと受け止めてくれた。タオルを敷き詰めれば、ココを寝床にしてもいいかもしれない。自宅の煎餅布団より、寝心地も良かったりして。
 仰向けで緩く膝を立てながら、ベルトに手を掛けた。金具を外そうと、指を這わせる。合わせて、ループから皮を引き抜いた。
「ン」
 ……もしかすると、今の自分は切羽詰まっているのかもしれない。指が、思うように動かない。ベルトを外す、たったそれだけのことにもたついてしまう。そのくせ、パンツの下はぐずぐずと疼きを放っていた。妙な不自由さに、じれったくなってくる。へこ、みっともなく腰が浮いて、妄りがましく揺れた。
 その、瞬間。
 室内に、ピンポンという電子音が響く。
「っへ、」
 咄嗟に上体を起こした。今、チャイムが、鳴った? 幻聴だろうか。ぱちぱちと瞬きをしていると、もう一度、その鐘が鳴る。機械的に響くそれは、確かに現実の音だった。
 こんな時間に、一体誰だ。まさか大家? いや、大寿であれば、事前に連絡を寄越すはず。もしや、メッセージを見逃した? いや、いやいや、そんな馬鹿な。ちゃんと、アトリエに来る前にスマホは確かめた。普通のメールも、電話番号のメールも、緑のメッセージアプリにも、連絡はなかったはず。それに、あのオーナーが定時過ぎに連絡を寄越すことはない。上が帰らなきゃ下も帰りづらいだろうが。そのモットーのため、あの企業は大層ホワイトらしい。
 と、なると。
「誰だろ……」
 困惑しているうちに、三度目のチャイムが鳴らされる。これはもう、出るしかなさそうだ。マジで誰だ。可能性があるとしたら、下の事務所の人かな。
 ベルトをループに通しながら、よたよたと玄関に向かった。
 変な奴じゃ、ありませんように。一つ念じたところで、鍵を外した。ゴトンと錠の外れる音が響く。……無遠慮に、外から扉を開かれることはない。強盗ではないと思って、良いだろうか。小さく唾を飲み込みつつ、そっと、スチール扉を押し開けた。
「はぃ……?」
「あ、いた」
「え」
 わずかな隙間から、金髪が覗く。見覚えのある、作られたブロンド。二、三度、瞬きをしてみるが、そこに立っているのは、間違いなく、自分のいちばんの友人だった。
「ドラケン?」
「よっ」
 扉を大きく開けば、なぜか額を押さえているドラケンが視界に入る。その顔には、苦笑いが乗っていた。傍らに傘はない。よく見ると、肩のあたりが濡れていた。髪だって、湿気を纏って歪んでいる。
「どしたの、傘は……。もしかして、バイク?」
「や、ちょっとな」
「ちょっとって……」
「あと、突然でほんと悪いんだけど、水使わせてくんね?」
「水?」
 立ち話もなんだ。とりあえず、中に入ってもらおう。顎で促せば、さんきゅと言いながらドラケンは玄関を潜る。ばたんと扉が閉じると、その体から雨の匂いがした。
「ん?」
 すん、鼻を鳴らす。アトリエに入りながら、肩越しにドラケンを見やった。雨の匂い。汗の匂い。そこまでは、わかる。でも、どうしてそこに、―― 鉄の匂いまでするんだ。
「あ、のさ」
 嫌な予感がする。棚の上に積み重ねているタオルを渡しながら、濡れた体をじぃと見つめた。
「怪我、してる?」
「……いやあ、実はサ」
「え」
 ス、と。ドラケンが、額から手を離した。その手は、真っ直ぐに伸びて、オレの差し出したタオルを掴む。ごわごわしてるけど、文句言うなよ。なんて軽口、叩けなかった。
「また絡まれちまって」
「ハ」
 ドラケンの額。刺青を入れていない方の角。そこから、たぱり、―― 真っ赤な血が、流れ落ちる。
「ッ!」
 慌てて渡したばかりのタオルを奪い取った。肌触りは良くない。だから、擦らないように、ええと、ええと。焦燥感に襲われながら、血を流す顔にタオルを押し付けた。
「なんッ、ばか、血、血!」
「こんなスパッと切れると思わなくてよ」
「~~ッ暢気なコト言ってんじゃねえ、救急車……ッ」
「いーいー、そんな大層な怪我じゃねえし」
「頭から血ぃ出しといて、大層じゃねえわけあるか!」
「マジだって。鉄パイプの先っぽ掠めただけ。額って浅くてもすげえ血ぃ出るじゃん」
「そうだけど、でも、」
「ほら、見てみ、深くねえから」
「ウ」
 ひょいとタオルを押さえる手を掴まれる。雨に濡れてきたわりに、その手の平は熱かった。どくどくと、脈打っているかのようにも思える。さすがに、手の平から脈を感じ取れはしないだろうから、この拍動はオレ自身のものなのだろう。
 ああもう、怪我をしたのはドラケンだってのに、なんでオレがこんなに焦らなくてはならないんだ。それもこれも、絶妙にオレの手が届かないところで大怪我をするドラケンのせいだ!
 わなわなと震えているうちに、そっと押し当てたタオルが退けられる。それに合わせて、ドラケンはわずかに屈んだ。オレの目線の高さに、額がやってくる。
「……」
「な、浅いだろ?」
「んん、」
 男の言う通り、確かに、傷は浅かった。それにスパンと真っ直ぐに切れている。まだじわりと血を滲ませてはいるが、この程度なら、きっと傷跡も残らない。我が身の経験が、そう語っている。
「つっても、頭から血流したまま表歩くわけにもいかなくて」
「ここに来た、と」
「そういうこと。ここに三ツ谷が居てくれて良かったワ」
 ニッと笑って見せるドラケンに、思うところはある。山程、ある。
 でも、説教は、後だ。今は、それより、しなくちゃいけないことがある。
「……絆創膏、出しとくから、傷、洗ってきて」
「ん、助かる。ありがとな」
 屈んでいた体を起こし、ドラケンが給湯スペースへと向かって行く。タオルは、……血を吸ってしまっているが、さっき渡したアレでなんとかしてもらおう。
 ようやく安堵を覚えて、嘆息を吐いた。
「ぁ、」
 漏れた息の熱さに、じくりと腹が疼く。おい、まさか、恐る恐る自身を見下ろした。そこは、まだ、平坦。一応、膨れてはいない。しかし、体内には、間違いなく浅ましい欲が渦巻いていた。一段落した途端、熱が戻って来るなんて。せめて、ドラケンの手当てをしてから帰って来いよ。
 もぞりと内腿を擦り合わせてみるが、その程度でジクジクした欲は収まってはくれない。
 とにかく、ドラケンのこと、なんとかしないと。ぼおっとしそうな頭に叱咤を打って、まずは絆創膏を探すべく、放り投げている鞄を拾い上げた。

◇◇◇

 手元にある絆創膏は、その傷口を覆うだけの大きさはなかった。仕方なく、重ね合わせるようにして貼り付ける。ぺた、ぴた、ソファに掛けたドラケンの額に触れていると、すぐにガーゼ部分に赤色が滲みだした。まだ、血は止まらないらしい。早く止まってくれないと、この絆創膏じゃ心許ない。今に?がれてしまいそう。ちゃんとくっつていてくれよ。半ば祈るようにして、粘着部分をぎゅうと押した。
「……こんなとこかな、不格好だけど」
「んーん、全然」
 緩く視線を移せば、すぐに切れ長の目にぶつかる。それとなく眺めた頬には、うっすらと擦り傷ができていた。こいつが顔に食らうって、よっぽどだぞ。絆創膏に触れていた手を滑らせて、一拍躊躇ってから、そぉっと頬に手を添える。手の平に当たる細かな傷は、もうかさぶたを作っていた。
 かさぶた?
「もしかして、結構絡まれてる?」
「……はは、まだまだ現役でもイケるみたいだワ」
「バカ言えッ。ええ? 大丈夫かよ」
「不意打ち食らわなきゃ余裕」
「……食らったんだ」
「でなきゃ顔に傷なんか作ンないって」
 話を聞くに、数日前、夜道で背後を取られたらしい。イヌピーと飲んだ帰りで、油断してたとか。いきなり壁に顔面押し付けられて、ビビったワーなんて軽口を叩いている。今、こうして無事なのだから、その窮地も難なく乗り越えたのだろう。さすがドラケン、とは、言えなかった。だって、心配だろ。そりゃあ当時はかなり暴れ回っていたが、今はカタギ。真っ当に暮らしている。
 大事にならなきゃいいな。気付くと、口からは嘆息が零れた。
「ところで、サ」
「うん?」
 ふと、ドラケンに触れている手が、熱に包まれる。下がり気味になっていた視線を戻すと、頬に添えた手がドラケンのそれにすっぽりと包まれていた。骨ばった指先が、こちらのそれに絡んでくる。離せということ? 慌てて手を退こうとするが、ぎゅっと握り込まれてしまって動かせない。
「ど、ドラケン?」
「ちょっと、相談」
 脳裏に困惑が過る。それを煽るかのように、ドラケンの腕が立っているオレの腰に回った。いや、これは、抱かれている? どうして? 狼狽えるオレを余所に、ドラケンの腕に力が籠る。ぐ、と引き寄せる力に、膝が負けた。
「あっ」
 まずい、このままじゃ乗っかってしまう。咄嗟に重心をずらすも、腰には未だ腕が回されたまま。思うように動かせない体は、ついに、どふん、ソファの方へ倒れ込んだ。
「……ヘッ!?」
 間髪入れずに、足を取られる。いとも簡単にオレの右脚を肩に担いだ男は、細く息を吐きながら濡れた髪を掻き上げた。その手指は後ろに流れ、ぴっとゴムを解く。たちまち、湿気を含んだ毛先が束になって垂れてきた。
「ッおい、なに!」
「だから、相談って言ったろ」
 慌てて担がれていない片足で抵抗を試みるが、手負いの男を目一杯蹴とばす気にもなれない。ひとまず胴を左足で押してみるが、渦巻く葛藤が力むのを躊躇わせる。結局、その足は腹部に置くに留まった。
 なんだ、この状況。この、体勢。あんぐりと口を開けてドラケンを見上げるが、そこには涼し気な表情が乗るのみ。ああいや、よく見ると、瞳孔が開いている。先日の、久しぶりの喧嘩の後も、こんな顔、してた。ぱっと見なんでもなさそうだけど、きっと面の皮の下じゃ激しく昂っている。その証拠と言わんばかりに、ドラケンが吐いた息には熱が籠っていた。
「……相談しようって奴の態度がコレって、どうなんだよ」
「はは、言えてる」
 試しに諫めてみるが、ドラケンがオレの脚を離す様子はない。それどころか、ふくらはぎを掴む手の力が増している。骨ばった指が、細身のパンツ越しに肉に食い込んだ。
「オレさあ」
「ぁ」
 ぎらついた視線を注がれながら、臀部に圧を掛けられる。尻の割れ目に沿って、ゴリ、硬くなった肉が触れた。上ずった吐息を零しながら、ぐ、ぐり、何度も熱を押し当てられる。
 お互い、まだ、服を着ている。けれど、すぐにでも突き破られそうで、ばくばくと心臓が逸った。
「今日もまだ、血が騒いでんだ」
「……便所貸せって?」
「んー」
 なんとかシラを切りたくて、顎で便所の方を促してみる。だが、ドラケンの耳に入っているようには見えない。ぎゅううとオレの脚を握り込みながら、こてん、首を傾げて見せた。ギラギラとした瞳はそのまま、ゆったりと唇に笑みを乗せる。
 ぞく、り。背筋が震えた。
 そんな蠱惑的な顔、するなよ。緩慢に身体を揺するのも止めてくれ。はくはくと口を開閉していると、ドラケンの上体がのっそりと迫ってくる。脚が、より深くドラケンの肩にかかった。ふくらはぎを過ぎ、もう膝が乗っている。必然的に腰は浮き、いっそう押し付けられる圧が増していった。
「この間の続き、シよ」
 囁かれると同時に、先日の記憶が呼び起こされた。衝立で囲われた狭い隅で、虫の息になるまで搾り取られたあの日。こっちはもう出ないというくらい出したのに、ドラケンのナニはいきり立ったままだった。ぐちゃぐちゃに濡れた下腹の感触は、今も鮮明に思い出せる。また、あんな風に暴かれるのか。
 ひくっ、頬が引き攣った。
「ば、かいえ、よ」
「はは、マジだって」
「しょうきじゃなぃ……」
「血が騒いでるって言ったろ? それに、」
 それに?
 聞き返そうとしたが、腰の浮く姿勢の辛さに息が詰まる。眼前に迫った男の迫力に、圧倒されたせいもあるかもしれない。かろうじて耳にかかっていた髪が、一房こちらに垂れてくる。何度もブリーチを繰り返しているはずなのに、毛束にはしっとりと艶があった。
 おもむろに、頬を撫でられる。指先から、男の体温が伝ってきた。熱い、と思ったそれは、じゅわりとこちらの肌に溶けていく。さらに馴染むと、撫でられた感触は薄れていった。代わりに、ぼぉっと、こちらの顔が、内側から熱くなっていく。
 オレを見下ろす表情に、苛烈さが見えた。
「オレが来てからずっと、オマエ、甘い顔してるよ」
「ぁ」
「本当は、―― 期待してたりして」
 そんなことない!
 叫びたかったが、男に突きつけられたソレは、間違いなく図星だった。
「ッ!」
 否定しようにも、腹の奥には確かな情欲が燻ぶっている。動転させられたのもあって、言葉らしい言葉を吐きつけることができなかった。
 挙句、変に身体が強張って、ドラケンの下心を過分に含んだ手を止められない。あれよあれよという間にベルトを奪われ、ぽい、ぽいと引ん剥かれてしまった。ついには、胡坐をかいたドラケンの上に腰が乗る。尻がつく。
 斜め上を向いた臀部に、みっぢりと猛ったブツが押し当てられた。
「お、やっぱちょっと勃ってンじゃん」
「アっ、ちょっと、ねえ、ケツ、当たってるっ」
「いーねえ、今日もぐずぐず。あ、先っぽ撫でてやろうか」
「聞けッ、て……、あ゛ッ、ぅ、んんッ」
「びくびくしちゃって……。ほんと弄り甲斐あるワ、オマエのココ」
「ふ、ぅっ、うぅうう」
 尻たぶに持っていかれていた意識が、瞬時にペニスへと移る。ふるんと飛び出した自身は、ドラケンの手淫でみるみるうちに切羽詰まっていった。かろうじて膨らんでいるという程度だったはずなのに、あっという間に反り返る。腹につく程にされてしまった。
 おそらく、自分は我慢汁が多い方。自覚はしていたが、ドラケンの手で転がされると、情けないくらいに濡れそぼる。溢れたカウパーは、茂みすらも湿らせた。この業界に入ってから、なんとなく整えるようになった下生え。有り体に言えば、薄い。地肌がうっすらと透けるくらいには、短くしていた。おかげで、恥骨部を撫で回す動きを敏感に感じ取ってしまう。
「ぁ、やだっ、やだぁッ……」
 酷い笑みを浮かべながら責め立ててくる男を見ていられなくて、ぱたぱたと首を振った。合わせて、無遠慮にすら思える手や腰の動きからも逃れられないかと身を捩る。
 そりゃあ、コイツが来る寸前、自慰をしようと思っていた。ベルトを緩めたのだって認めよう。でも、こんな風に組み敷かれる事態は想定外。このままじゃ、自分は抱かれてしまう。ドラケンと、セックス、してしまう。
「っふ、」
「ァ……」
 男の劣情で熟れた視線が突き刺さる。つい、息を呑んだ。
 抱かれても、別に良いんじゃない? 不埒な思考が脳裏を掠める。
「あー、イイ。すべすべ」
「んっァ、あっソコ、だめっ、入っちゃぅ……」
「んん~、まだ入れないって」
「~~っ後から入れるんじゃん!」
「そりゃな。続きするって言ったろ」
「ぁ、う、ぅえ、オレ、なに、ドラケンに尻、エ、掘られンのお……」
「嫌?」
「ぅえ」
「ほんとに嫌なら、んー……、素股で我慢する」
「すまた……」
 唖然としながらも、自分の下肢に目を向ける。真っ赤に充血したブツは、引っ切り無しに涎を零していた。日焼けしていない太腿にも、その体液が飛んでいる。
 ここで、ドラケンのを、挟む、のか。
 想像した途端、カッと頭に血が上る。
「まあ、まだ入れないのはホント。とりあえず解すから、その間に考えといて」
「へ、ぁっ、ひギュ」
 ぴんっと指で弾くようにして陰茎が解放されたかと思うと、体がひっくり返される。膨れた自身が、べちょりとソファの革に擦れた。自分の体重も乗っかって、膨れた陰茎がさらに追い詰められる。なんなら、ちょっと、出た。このソファ、貰って来たばかりなのに。もう汚してしまうなんて。
「よ、」
「ぁえッ」
 しかし、悲しみに明け暮れる暇は与えてもらえない。早々に腰を掴まれた。平坦な腰に、長い指が食い込む。まだ硬さも熱さも持ったペニスが、ふるんと揺れた。強引に立たせられた膝は、ガクガクと震える。ドラケンが手を離せば、すぐさまソファに逆戻りすることだろう。そしたら、また、ぎゅうと自身は潰れてしまう。味わったばかりの悦楽が過って、ぴりぴりと下腹に痺れが走った。
「ふ、腰、カタ。腰痛あるだろ、揉んでやりたいけど、ふふ、あとでな」
「ぅ、うう……?」
 片腕が、腹の方にまで伸びてくる。硬くなった皮膚に下腹を撫でられると、内側を駆けた痺れが外からも襲ってくる。はふ、堪らず息を零すと、もう一方の手、その指先が、腰の低いところを擦った。なんだか、張っている。でも、腰ってこういうもんだよな。脂肪がつかなきゃ、そんなところ、誰だって硬いと思うのだが。ドラケンの手の動きが読めなくて、ただただ呻きながら、ソファの肘掛けにしがみついた。
 自分は、どうしたらいいんだろう。ぴたりと、太ももを合わせてみればいいのだろうか。ぼやけた頭を動かしてみるが、脚は今も震えている。閉じようとすれば、それだけで安定を失って崩れかねない。
 べちゃっとソファに突っ伏したらどうなる? うつ伏せのオレに、ドラケンは覆いかぶさってくるのかな。わ、そしたら、寝バックだ。考えれば考える程、思考は淫蕩に傾いていく。
 それを、煽るかのように、好き勝手動いてる方の手が、オレの尻たぶに触れた。ムヂ、親指と思しき太さが、そこを割り開くように圧をかける。奥まっている孔に、ひゅ、空気が触れた。
「あ」
 ぽとり、背後から声が落ちる。なに。傍の革にしがみつきながら、肩越しに振り返った。汚れていた? まさか。ちゃんと綺麗にしてる。なんなら、毛の処理だってしている。今のところ、痔を患ってもいないはず。何、変なの、何か変なモンでもついてんの。熱でふわふわとしていた意識に、不安が混じり始める。
「ッなに」
「……いや?」
 視線の先で、ドラケンはにんまりと笑った。眉の片方だけを持ち上げているせいで、剽軽に見える。嫌悪感は滲んでいないから、不快な形状をしているわけではなさそうだ。良かった。そっと安堵して、すぐに、にやけるだけのコトがあったのだとハッとする。
「なんだよっ!」
「今度な、教えるの」
「今度っていつッ、ぁ、え」
 指の腹が、一点に触れる。咄嗟に目を見開くが、この角度では局部は見えない。……どんな姿勢をとったって、自分の肛門を見ることは難しいか。見ようと思ったら、鏡でも使わないとならない。そうまでして、自分のソコを見たいか? 正直、見たくない。けれど、自分の知らぬところで暴かれると思うと、ぞくり、恐怖染みた震えが背筋を上って来た。
「ァ……ッ」
 尻たぶを割り開いた、その中央。窄まっているところに、ドラケンの指が乗っている。中へと押し込まれる無体はまだ働かれていないが、ふにふにと緩急つけながら、そこにあるクチを撫でられた。
 皺を伸ばすように滑ったり、揉むように押されたり。じれったい刺激が、尻穴に注がれる。同時に、男の熱い視線も、すっかりソコに向いていた。あられもないところをまじまじと見られている。
「そ、れっ、やだ」
「そお? 気持ち良さそうにヒクヒクしてるのに」
「は?」
 ふと、ドラケンの指が止まる。しかし、指先は触れたまま。
 ドラケン、何言ってんの。
 そう、言い返そうとするや否や、ひく、勝手に孔が疼いた。その動きは、まるで、指に媚びているかのよう。あ、やばい、やめないと。慌てて脳みそが指示を送るが、緊張しているからか、吸い付くような動きはなかなか止められない。違う、違うのに。なにが違うのかも定かじゃないか、困惑を極めるうちにうらうらと腰まで揺れてしまう。
「うそ、どうして、ぁ」
「頭追い付いてねえ? 説明すんの、あんま得意じゃねえんだけど、ちゃんとどうなってるか言った方が良い?」
「いいッ! 言わなくて、聞きたく、なぃ……」
「そりゃ残念。……けど、どうするかは、一応言うようにすんね」
「え」
「……指、」
「ッ待って」
「入れるワ」
 小さく、ドラケンが呟く。オレの静止は、届いたはず。けれど、ぐぬりと指の圧は増してしまった。
 まずい。体が力む。すると、見越したかのように、腹側に回っていた手が、放置されていた陰茎を掠めた。自分の知る限り、一番敏感なソコは、オレの全意識を持っていく。
 あっあっ、先っぽ、くちくち爪立てられてる。
 んっ、うっ、指の、硬いところで、裏筋も撫でられたら、オレっ。
 後ろを振り返ってなどいられなくなって、がくん、ソファに額を擦りつけた。開きっぱなしになった口から唾液が伝い落ちる。肘掛けも、汚してしまった。
「~~ぅあ゛ッ!」
 ぬづ、尻穴が、開かれる。真っ先に、強烈な熱が襲ってきた。熱い。これまでも、ドラケンの手の熱さに打ち震えてきたが、それが可愛く思えてくる。火がついたかのように、指を押し込まれた孔が熱かった。入り込んだのは、縁のすぐ裏側まで。決して深くはない。指の、本当に先っぽだけが埋まっては、ちゅぽんと抜ける。また押し込まれては、すぐに引き抜かれる。その繰り返し。
「ぁ、あっ、ア」
「あれ、痛くねえ?」
「ぁッ、ウ、あっつ、ィ、熱いッ、ヒリヒリッする、」
「ふぅん」
 ここで痛いと言えば良かったのだろうか。ちらりと後悔が過るが、発してしまった音が戻ってくることはない。今から言っても間に合う? どうだろう、その程度で止めてくれるなら、最初から指を入れたりはしないだろう。
 ドラケンが抽挿する動きが、ゆっくりになってきた。おかげで、指の埋まっている時間が長くなる。もしかすると、入れ込む体積も増えているのかも。
「ァ、アッ、んン」
 ひりつく熱さは、まだ続いている。入れられる側って、こんなに熱いのかよ。暴かれているところから、じりじりと熱が広がっていく。腹から胸の方へ、腰から鎖骨の方へ、汗が伝い落ちる感触がした。額からも、垂れてきている。いよいよソファの掃除は免れない。というか、こんなにも体液を染み込ませて大丈夫なのだろうか。貰って数日で買い替えなんて、どうか勘弁してほしい。
「ぁ、あ~、ぅう゛」
 ぐ、ずぷ、ヌ。引き抜かれる頻度が減って、少しずつ指が奥に向かい始めた。縁の辺りだけだった火照りが、ナカにも移っていく。
 気付くと、頬を汗ではない液体が伝っていった。ついでに視界も滲んでいる。堪えようにも、生理的に溢れる涙は、止めようがなかった。息を吸えば、ズッと鼻水を啜る音まで響く。今の自分は、さぞかし、みっともない顔をしているのだろう。熱に浮かされながらも、悔しさが込み上げてきた。
 なんだよ、もう。なんなんだよお。
 ヒクッと縁が震えて、改めてドラケンの指の形を感じ取った。バイクを、整備する、男っぽい指が、今オレの中に、ある。くにくにと、そういう病院でなきゃ触れられないトコロを、暴かれている。
 考えれば考える程、きゅ、きゅう、指に肉を絡ませてしまった。おかげで、より強く熱を感じる。
「……みつやあ」
「な、にっ、ばか。もぉっ……、ばかぁ」
「んん、バカバカ言うけどさ」
「なンだよぉッ!」
「……腰、揺れてるよ」
「ぇ、ア、……ヘッ」
 嘘。告げられた言葉に、頭が真っ白くなる。ぽやぽやと考え込んでいた思考が飛び、うら、ゆら、なぜか腰が揺れた。あれ、揺れてる。本当に、揺れている。自分の意識に反して、下肢が妄りにくねっていた。喘いでも、息を呑んでも、精一杯吐き出しても、疼きに合わせて腰が震える。
 こんなのまるで、誘っているみたいじゃないか。
 もっと、と。強請っているみたいじゃあないか!
「~~ッァあ゛!?」
 ぐりゅりゅッと、指が深くまで入り込んだ。カッと熱を感じると同時に、背が仰け反る。コレは、もしや、痛かったのでは。……どうだろう、感じるのは熱と痺れの二つだけ。ゾクゾクと体に纏わりついてきて、ちょっと怖い反面、心地良さも感じる。マズいことをしているスリルのせいだろうか。初めてバイクに乗った日も、こんな高揚感あったな。ガキなのに、ピアスを開けた時も、初めて自分の拳を使う喧嘩をした時も、こんな風に肌が粟立った。
 濁った声が出たのは最初だけ。自分の唇から、甘ったるい猫なで声が溢れていく。
「っハ、ぁンッ、ふ、ぅぅう、なんでぇ……ッ」
「うわ、ナカすっご。アナル弄ったこと、実はある?」
「ない、よッ、そんなこ、と、ォ、ンぁッ」
「ふぅん? じゃあ、どう、ハジメテの指は。奥の方まで入ってンの、わかるよな」
「うぅう、ウ、ヴ」
 皆まで言うな、わかるから。勝手に出てくる嬌声が嫌で、下唇を噛みしめる。しかし、内壁をゆるゆると擦られると、すぐに口元は緩んでしまった。さりさり、こすこす、突き立てられた先で、指先が肉を擦る。これが脇腹だったら、くすぐったいで済んでいたことだろう。でも、そこは粘膜。直腸。表皮よりも、ずっと神経が集まっているトコロだ。指が動いた分、自力では制御できない悦が、襲ってくる。それも、絶え間なく。
 いよいよ理性がすり減ってきた。醜態を晒すとか、なけなしの矜持が傷付くとか、もう投げ出してしまいたい。与えられる刺激にそのまま溺れられたら、どんなに楽になるだろう。
 いっそ、強引に理性を消し飛ばせるスイッチがあればいいのに。目の前に差し出されたら、ノータイムで連打する自信がある。
 滲んだ視界で、ソファの下、フローリングを意味もなく睨みつけた。
 ―― その時だ。
「ォ、」
 がくんと、腰が跳ねる。あまりにも大きく動いたからか、ドラケンの手もぴたりと止まった。
 一体、何が起きた。頭の奥に火花が飛ぶ。強い光を見た後のように、チカチカと星が飛んで見えた。ついでに、息も止めてしまっている。空気の塊が、喉のところに引っかかっていた。苦しい。息、吸うか吐くかしないと。ヒ、キュ、必死に唇を震わせると、か細く空気が出入りしてくれる。でも、まだ苦しさは佇んだまま。
 跳ねた腰も、強張ったままだった。
「三ツ谷ぁ」
 すぐ近くにいるはずなのに、ドラケンの声が遠かった。鼓膜の辺りにも、火花は飛んでいるらしい。聞き取れるのは、自分の鼓動だけ。派手な喧嘩の直後みたいに、早鐘を打っている。それだけ心臓が働いているのだ、血液は目まぐるしく全身を駆けている。体の内側、どこもかしこも、熱く滾っていた。
「いま、」
 燃えるような熱に苛まれていると、中央の異物が鈍く動く。あ、指、動く。動いちゃう。だめ、今はダメ。やめて。止まってもらうべくアレコレ言葉を思い浮かべるが、はくはく動く口からはアとかウとか、母音しか出てこない。
「イイトコ、当たったろ」
「~~ッぐキュ」
 グ、ずり。指先がナカの一点に触れる。その圧は、これまでの擽る質のモノとは明らかに異なっていた。粘膜を挟んだ先にある何かを、押している。ぎゅうぎゅうと、押し潰されていく。
 苛烈過ぎる刺激に、さらに大きく肢体が跳ねた。
「ッあ、あぁッ、ア゛、ぉ、だめぇっ、そこ、オ゛ッ」
「気に入ったみたいで良かった」
「ぎにい゛っでッ! な、ァッ、~~ぁあンッ」
「気持ち良いなあ、ココ。前立腺っていうから、覚えとけよ」
「や、だぁッぜんりぢゅ、じぇ、ン゛ッ……、ぜんりづ、せンッ! やだぁああ」
 悲鳴を上げたところで、ドラケンの手は責め続ける一方。執拗にも思えるくらい、ソコを捏ね繰り回してくる。ぎゅうぎゅうに押し込んだり、トントンと叩いてみたり、指の腹でねっとりと舐られるのも堪らない。
 こんなの知らない。もとい、知りたくなかった。指一本で狂えるトコロが人体にあるなんて。理性を手放せるスイッチが欲しいとは思ったが、そこに至るまでにこれほどの暴力的な悦楽があるなんて聞いてない。
 ヤダヤダと譫言を吐いていた口は、徐々に濁った喘ぎしか漏らせなくなる。視界の端も、ぼんやりと霞んできた。そのくせ、局部に叩きつけられる快感は鮮明としている。
 逃げたい。けれど、白旗を降っても、この男は責める手を止めてはくれまい。それでも、逃げたかった。這いつくばってでも、ここから逃げてしまいたい。
 じゃないと、イカされる。未知から既知になりたての刺激で、派手にトんでしまう。
 一際強く、ソファにしがみついた。腰が高く浮く。指は根本まで入り込んでいるらしく、残り四本が臀部に食い込んだ。
「ッア……!!」
 痛いくらいに勃起した自身から、びゅるりと粘液が飛び出した。ぱたぱたっと、上質なソファに白濁が飛ぶ。黒い革だから、その白はさぞ目立つことだろう。
 ぜえぜえと、荒れた呼吸音がする。誰でもない、自分のものだ。
 イッた。イッてしまった。まだ燻る熱は残っているが、一度射精したおかげで若干思考がクリアになる。とはいえ、激しい悦を覚えさせられた体は強張ったまま。腰を突き出した不格好な姿勢で、びくびくと余韻に打ち震えていた。
「ぁ」
 内壁が、媚びるように蠢く。未だにナカに埋まっている指を、淫らに締め付けた。男の指は、まだ前立腺のすぐそばにある。きゅ、くねらせると、知ったばかりの火花が小さく飛んだ。
「ぁ、ぅっ、ア」
 熱と痺れには、慣れてきた。順応性は高い方。自覚はしていたが、この分野でもそうとは思わなかった。……そのせいで、早くも物足りなさを感じ始めている。あの苛烈さは苦しいだけ。そう思ったばかりにもかかわらず、もう一度味わいたくて、腹のナカが疼き出す。
 欲にへりくだった体は、甘えた声を吐きながら腰を捩らせた。動きを止めている骨ばった人差し指に、必死に媚びている。あわよくば、前立腺に擦りつけたいと、妄りがましく揺らした。
「ぅ、んっ、ンん……。ぃ、ア」
「えっろぉ……」
「ぁッ、んんっ、抜いちゃ、ァう……」
 もっと、もっと。
 そう強請ったのに、数秒を経てその指はにゅぽぉっと抜け出てしまった。一本分の隙間が切なくて、縁がヒクヒク震える。ドラケンの目にも、その浅ましい様は映っていることだろう。揺らしている尻には、じっとりと視線が浴びせられている。
 やばい、見られているという羞恥すら、気持ち良くなってきた。ぴゅるっと尿道をナニが通り抜ける。精液か、カウパーか。勢いを思うと、前者な気がする。ああ、また白濁を飛ばしてしまった。
「……ぅ?」
 濁った意識の中、縁がじんわりと押し広げられる。ぐ、ぱ。孔が、開いた。熱された粘膜に空気が触れる。冷たくも思えるソレに、肉が打ち震えた。それ、だめ。疼いちゃう。欲しくなっちゃう。
「ンぅ」
「ん、これで二本ね。人差し指と、中指」
「ァ、ヴ」
 媚びに気付いたのか、偶然か、熟れたナカに圧が戻って来た。二本。人差し指と、中指。教えられた言葉を口の中で繰り返して、ばらばらに動くそれらに意識を集めた。数回抽挿した後、揃えた状態で前立腺に押し当てられる。堪らない痺れに身を預けていると、丁度山を迎えたあたりで撫でる動きが始まった。潜り込んだ指が、交互に前立腺を撫でつける。
 気持ち良いな、気持ち良くなれて偉いな、イイコ、イイコ。背後から降ってくる甘い声に、いっそう感度を高められていく。
「ま、たっ、いく、イッちゃ」
「もう? 堪え性ねえなあ」
「だ、って、……あ゛ッ!?」
 吐き出す寸前、というところで、ぢゅぼっと指が引き抜かれた。縁が捲れそうな勢いだったのもあって、背中が粟立つ。ピンと仰け反らせて、どうにか快感を飲み下そうと息を詰めた。強烈な一波はすぐに越えられるけれど、尾を引く悦楽はなかなか落ち着かない。ぴく、ぴくん。腰だけじゃなく、肩や、腕、膝までも引き攣るように震えだした。
「ぅ、ア?」
 と、また、後孔に、圧。
「あぁア゛ッ」
 身構えるより早く、拓かれたアナルにぐちゅん! と指が突き立てられた。さっきより、太い。じゃあ、三本? 教えてくれないから、それが正しいかどうかわからないが、激しく掻き回してくる手は、これまでで一番の圧を持っていた。
 慣れた熱すらも、ぶり返してくる。ひりつく熱感が、もはや気持ち良かった。尻穴、ずぽずぽされるの、イイ。それがドラケンの指と思うと、さらに気持ち良くなってしまう。
 ぢゅぼッ、引き抜かれても、開いているのがわかる。ぽっかりと開いた穴は、何もしていなくても快感を拾い上げた。このまま、閉じなくなったらどうしよう。そのときは、何か、栓をすればいっか。太くて、大きいの、埋めたら、ずっと気持ち良いままでいられそう。欲に負けた頭は、素面じゃ考えられないようなことを平然と連ねていく。
「ぁ、あー。ぅ、うぅ」
 ソファにしがみつきながら、喃語染みた音が口から零れる。みっともないとなじる奴は、この空間にはいなかった。背後にいる男だって、だらしなくなっているオレに声をかけない。
 かけない? どうして。
 ぼおっとしながら肩越しに振り向くと、ドラケンは何かを床に放った。緩慢に追いかけると、小さなパウチが落ちている。水でも入っていたのか、裂けたところからトロリと何かが零れていた。
「……ごむ?」
「そ。ちゃんとゼリーたっぷりのやつ」
「ぜりぃ」
「たっぷり」
「たっ、ぷり……」
 ドラケンの言葉を繰り返していると、クチを開けた縁に、ぶちゅうと何かが吸い付いた。くっついただけなのに、指よりも、存在感がある。それに、熱い。オレの内膜が熱いんじゃなく、触れている塊が、熱を放っていた。
「ぁえ」
「ん、ク」
「ヴ」
 わずかに、圧が沈んだ。苦しい。なんだ、コレ。指での責め苦が、やけに生っちょろいものに思えてきた。これまでで、一番熱い。あっつい。擦れる粘膜が、ひりついて仕方なかった。たぶん、痛い。痛いって、叫んでも許される。縁なんか、メリメリと限界まで押し広げられていた。
 い、たい。
「ぁっ……、ンぅ、んんッ」
 なのに、口からは悩まし気な声が漏れる。
 ちょっと抜いては、少し深く入って、また抜いては、入り込む。一本だけ指を入れていたときと、同じやり方で、熱の塊にナカを侵されていく。腰を掴んでいた手は、いつの間にかオレの頭の横に突かれていた。落ち着くところ探すように身じろいでいたから、つい、手を差し出してしまう。両手を、それぞれ、ドラケンの手に預けた。血管の浮き出た甲が、オレのそれを包んでいる。上から絡みついて、きゅう、力を込められた。支えを失った腰は、ずるずると下がっていく。それでも、肉棒が沈む深さは変わらない。オレが突っ伏すのに合わせて、体を沈めてきたらしい。
「ァ」
 ぺ、たん。背中に、肌が触れた。汗ばんだ皮膚同士が、ぴったりと重なる。ナカに埋まるソレの角度も変わって、むぢゅっとしこりを潰された。堪らず、精が飛び出る。イッ、ちゃった。叱られるかな。でも、この体は引っ切り無しに震えている。ほとんど寝そべっている状態なのもあって、気付かれずにやり過ごせるかもしれない。
「みつや、」
「んっ」
 耳元に落とされる声は、甘いまま。なじる色味はない。ああ良かった。勝手にちょっとイッたこと、バレずに済んだみたい。
 けれど、ちゅこ、ちゅぽ、緩く腰を揺すられるのに合わせて、とろとろと漏らしてしまう。これじゃあ、イキッぱなしも同然。すぐに、感づかれてしまいそう。どうか、意地悪されませんように。小さく念じながら、呼ばれた方向に顔を向ける。
 あ、目が、合った。
「ぁ」
「ん」
「む、ちュ、ぅン」
「ム」
 気付くと、唇を重ね合わせていた。振り返るような格好で、首が痛い。苦しい。しかし、満たされている自分もいる。どうしてだろう、すごく幸せだ。痛くて、熱くて、しんどいのに、多幸感に包まれている。
「んん、ク」
 その口付けは、どれくらいの時間、交わしていたのだろう。おそらく、数秒とか、数十秒じゃ収まらない。何分としていたような気がする。もしかすると、十分、二十分としていたのかも。夢中になり過ぎて、時間感覚がなくなってしまっている。
 蕩け切った視界で、ドラケンが悩まし気に顔を歪めた。眉間に刻まれた皺と、伏せられた目に、ぞくりと煽られる。
 あ、イく。ドラケンが、オレのナカで、イッちゃう。
「ぁ、アッ、」
「……ふ、」
 埋まった逸物が、薄い膜ごしにぶる、と震えた。残滓も吐き出し切ろうとしているのか、ずりずりナカに擦りつけられる。
 憧れすら覚えた男の、イキ顔。それを、文字通り目鼻の先で、目の当たりにした。この間だって見たはずなのに、今の方がずっと色気がある。あのドラケンも、こんな風に、イくんだ。変に嬉しくなって、きゅぅうと未だ腹の中にいる雄を絞めつけた。
 ―― その夜の意識は、ここで途切れている。
 ただ、その日から、オレとドラケンは喧嘩を売られる度に体を重ねるようになった。