二
家賃は変わらず自分負担。
『やっぱいいなあ……、徒歩圏内にスーパーあるの』
水道光熱費も同じく。正直、これは一人が二人になったところで大して違いはないと目算している。しいていえば、水道代が若干増える程度か? 女ならまだしも、男が増えたくらいで倍増するようなものではない。
『あはは、冷蔵庫ン中、水とビールだけじゃん! 繁忙期のオレみてえ』
逆に、任せることにしたのは食費。飯を作るという手間を取らせるのだから、折半でも良かったのだが、相手は三ツ谷だ。ちらっとほのめかしてみたものの、即座に却下されてしまった。好き勝手作るから、それくらいは払わせろ、と。
『……まあ、期待されすぎても困るんだけど。簡単なのしか作れねえぞ、テキトーに炒めただけとか、汁物にぶち込んだだけとか』
その他、居を一にするにあたって、思いつく範囲で確認。ゴミ捨ては、その日先に家を出る方がやる。洗濯は、後から家を出る方の担当。話をした印象では、ほぼオレがゴミ捨て・三ツ谷が洗濯になりそうだった。で、掃除はというと、便所と風呂は日替わり交代制、台所は三ツ谷がやってくれるらしい。やると言って聞かなかった。
『こんなピカピカの、いかにも使ってない台所だぞ。今日以降の汚れはオレのせい、だからオレがやる』
その日の夕飯は親子丼。玉ねぎの味噌汁。キュウリの浅漬け。食器はろくに揃っていないから、オレの前に置かれた親子丼はラーメンどんぶりに、三ツ谷の前にあるソレは深皿に盛られている。味噌汁に至ってはマグカップ。ちなみに朝漬けは、鶏肉が入っていたトレイを洗って乗せている。あまりのちぐはぐさに、途中から三ツ谷は笑い出していた。そこは呆れるところでは?
『食器買っていい? オレが出すから、あと出て行くときオレ持ってくし。買うワ、決めた。ぜってー買う。明日買う』
くつくつと楽しそうにする三ツ谷の手の中にあるのは割り箸。そう、箸も一膳しかなかったのだ。
オレん家に来いと言った癖に、あまりにも無い物が多い。そもそも持ち物が少ない方ではあったが、これほどとは。こうして泊まりに来られなかったら、ずっと知らないままだったろう。
そんなこんなで、三ツ谷が泊まりに来るようになって、―― 早三日。
ついに、弁当を持たされた。
「……最近、そんなドラマやってるよな」
「ドラマ?」
同僚たるイヌピーがしみじみと口を開く。視線は蓋を開けたばかりの弁当の容器に突き刺さっていた。綺麗な黄色の卵焼きに、緑のブロッコリーと赤いミニトマト。白い塊はポテトサラダで、レタスにふわりと包まれている。そして、おかずの入ったタッパーの半分以上を埋める豚の生姜焼き。玉ねぎで嵩増ししているとアイツは言っていたが、肉のボリュームがないわけではない。むしろガッツリ。
「がっきーが家事代行してくれる話」
「んなドラマやってんだ、面白えの?」
「面白いかはよくわかんねえけど、……がっきーが可愛い」
「イヌピーってがっきー好きだっけ?」
「んー、好きになりそう?」
「へえ?」
「あ、馬鹿にしてるな、マジで可愛いから、あのがっきー」
お前も見たらわかると言いながら、しれっとイヌピーはタッパーに箸を伸ばしてくる。箸先が狙っているのは、間違いなく生姜焼き。その、一番でかい一切れ。
「やらねーよ」
「一口だけ」
「オレの昼飯だ」
「……そんだけあんだから、ちょっとくらい寄越せよ」
本当に「ちょっと」で済むのなら、譲歩したかもしれない。だが、一口許したが最後、もう一口、また一口、なんなら卵焼きも寄越せと言われるのが目に見えている。くれてやるものか。これは、オレの昼飯である。
「ヤだよ、やんねえ」
「ケチだな」
「なんとでも言え」
「三ツ谷って料理上手いんだろ? オレも食いたい」
「だーかーらー、やらねえって言ってんだろ」
「すげー弁当って感じの弁当じゃん。食いたい」
「しつけーっての!」
懲りずに伸びてきた箸から背を向けるように弁当を隠す。オレだって、まだ手をつけていないのに。イヌピーにやるわけにはいかないのだ。
えー、と淡々とした声でぼやく同僚に背を向けたまま、厚みのある肉にかぶりついた。弁当なのだから、当然、冷めている。出来立ての温かさはない。それでも、タレの染みた肉は美味い。飯が進む。白米の方は、店に備え付けのレンジで加熱してある。ほのかに湯気の立つそれと一緒に、かき込まずにはいられない。
「ンま」
「なあ」
「やらねえって」
「えぇ……」
不満そうな声を上げながら、イヌピーは割り箸を動かした。コンビニ弁当があるんだから、それを食え。これはやらない。じ、と容器を抱えたままねめつければ、大げさなため息を吐かれた。ため息を吐きたいのはこっちだ。
「……なんか」
「やらねえぞ」
「それはもういいよ」
割り箸の先は、大人しく日の丸弁当に向く。フライをつまみ上げ、口に放り込んだ。美味いという言葉は出てこない。しょっちゅう食べているせいだろう。美味くもないが、不味くもない。とはいえ、飽きるものではないからつい選んでしまう。
昨日までは、オレだってその手の弁当を食っていた。だから、美味そうな手作り弁当を目の前で広げられたら、一口くらい食べたくなる気もわかる。わかるが、分けてやるかは別問題。
次に口に入れたポテトサラダは、芋の食感が残っていた。塩気も効いていて、時折、パリッとしたキュウリにあたる。食べていて、楽しい。
「ドラケンが、コンビニ弁当じゃない弁当食ってんのサ」
「あんだよ」
「すげーウケんなと思って」
「笑ってんじゃねぇ」
「笑うだろ。つか、ほんとに似合わねえな。しかも弁当箱じゃなく、タッパーだし」
「……弁当箱なんてウチにねえかんな」
「タッパーだって無かったろ」
コイツ、オレの家に来たことあったか? いや、ない。ないはずだ。なのに、なぜオレの家の食器事情を知っている。
誰から聞いた。咄嗟に顔をイヌピーに向けると、ふ、と鼻で笑われた。
「図星だな?」
「カマかけただけかよ……」
「物が少ないっては聞いてたし。自炊もろくにしてねーってなったら、そう思うだろ」
「そのとおりだよクソ」
「なんで凄んでんだ、喧嘩なら買うぞ」
勝ったらその弁当くれ、と続けたイヌピーに、ひくりと頬が引き攣る。何が「もういい」だ。全然諦めてねえじゃねえか。
無言で睨みつけてから、がつがつと飯をかき込んだ。何があろうとやらないという意思も込めて、だ。
小さく笑われた気配がするが構うものか。喧嘩をして負けることもないだろうが、休憩時間を減らしたくもない。どうせ食うなら、ちゃんと味わって食いたい。慌ただしくかき込んでる時点で、味わえてなくね? 頭の中で、三ツ谷がケタケタと笑う顔が浮かぶ。
ちゃんと、美味いと思ってる。急いで食おうが、ゆっくり食おうが、美味いもんは美味い。三ツ谷の作った飯は、美味い。自分じゃない誰かが、オレのために作ってくれたものだから、というのもあるだろう。家に人を上げること自体あまりしない自分にとっては、稀有なことなのだし。
コンビニ弁当に入っていたらヤだなと思う甘い卵焼きすら、許せてしまう。
「ウマそうに食うじゃん」
「実際、ウマいからな」
「もはや胃袋掴まれてねえ?」
「……」
そんなわけあるか。
などという否定の言葉は出てこなかった。むしろ、その通り。アイツがオレの家で寝泊まりするようになってたったの三日。飯を作ってもらったのは、まだほんの数回。たまに晩飯を作ってくれりゃあ十分、というつもりだったのに、今日帰ったら何出てくんのかなと期待している自分がいる。今日の夕飯を食ったら、明日の朝飯。朝飯を食ったら、おそらく持たせてくれるだろう弁当。馳せる思いは留まることを知らない。
胃袋を、掴まれている。鷲掴みにされている。
黙り込んだオレを見て、ふんとイヌピーは鼻を鳴らした。
「チョロすぎねえ? 三ツ谷がオマエん家来て、まだ二日だろ」
「三日だ」
「誤差じゃねーか」
咄嗟に訂正できたのは日数だけ。そっちよりも、チョロいと形容された方に食いつくべきだというのに。あちこち緩んでしまっている。数年前の自分に見られたら、オレとあろうものがなんて様だと幻滅されかねない。
ムッとしつつも箸を動かした。口に放り込んだ生姜焼きは、やっぱり、美味い。こうやって美味い美味いと感想を言ったところで、アイツは「こんな手抜きを褒めんなよ」と返すだけ。
……実際問題、これは美味いのだろうか? 久々に他人の手料理を食ったという補正がかかっているのでは?
昔、それこそイキッていた頃、三ツ谷の家で飯を食わせてもらったこともあるが、今ほどの感動はしなかった覚えがある。美味いは美味いと思ったし、「実家の飯」ってこんな味なんだろうかと思いはした。でも、それだけだ。それ以上でも、以下でもない。
あれから数年。これだけ経てば、三ツ谷の腕が上がっていてもおかしくはない。が、それはそれとして、客観的にはどうなのか。
咀嚼を続けながら、同僚を見やった。相変わらず、無表情かつ無感動にコンビニ弁当を食っている。よく噛まずに食うのもあって、容器は半分以上空になっていた。対して、白飯をかき込みはしたものの、おかず一品一品を噛み締めている自分の昼飯は、まだどれも量が残っている。
味見程度、ならば。一口だけならば。スーパーで、たまに見かける、試食程度の量ならば。
くれてやっても、まあ、良い、か?
食わせたくないと渋る体を強引に動かし、おかずの入ったタッパーを差し出した。
「ん」
「え」
「食えばわかる」
「……遠慮しねえからな」
「それはしろよ」
言い切るより早く、イヌピーの箸は生姜焼きを盗っていった。だが、遠慮しないという言葉とは裏腹に、その箸が掻っ攫ったのは肉の切れ端。まるっと一切れ持っていかれるかと思ったから、拍子抜けしてしまう。
箸先は流れるように口に吸い込まれた。スンという無表情は崩れない。眉一つ動かさず、もごもごと噛んでいる。イヌピーにしては、よく噛んでいる方か。味わっているとも言える。
そのうちに、ごくんと喉仏が上下した。どこかを眺めていた目が、のっそりと動く。平坦な色をした黒目と、視線が合った。
「ちょっとよくわかんなかったから、もう一口くれ」
「あんだけ噛み締めといてンなわけあるかッ」
再び伸びてきた箸は手ごと叩き落とした。その瞬間、イヌピーの顔面いっぱいに「不満です」と浮かぶ。表情の変化自体はかすかなものだが、見る奴が見たらわかるだろう。例えば、タケミっちとか。千冬とか。
「じゃあ、美味かったからもう一口くれ」
「じゃあじゃねんだよ、じゃあじゃ。つかやらねーし」
「ハ? なんでドラケンは食えてオレは食えねえの?」
「自分が支離滅裂なコト言ってる自覚あるか?」
「ある」
「あんのかよ」
そこからもう二、三回、箸を伸ばされては手の甲を叩くというのを繰り返したところで、イヌピーはため息を吐いた。箸を一度置いて、何度も叩かれた手を冷ますように振る。よくよく見れば、手の甲がうっすらと赤くなっていた。思いのほか力んでしまっていたらしい。
「あ、悪い」
「なら肉くれ」
「それは断る」
「キシベロハンかよ」
「アレはだが断るだろ」
「そーだっけ? 詳しいな」
「千冬にこの間全巻貸された」
「アイツ、ジョジョ読むんだ……」
てっきり、少女漫画だけだと思っていた。そう添えられた言葉に、最近、テレビで見て嵌ったらしいと伝えておく。なんなら、店に今、貸し出された全六十三巻が置いてあるとも。返すのはいつでもいいと言われたばっかりに、だらだらと借りてしまっている。さらには、読むまで返さなくて良い、とも。千冬がまれに見せる強引さはなんなんだ。
……あの単行本の存在を思い出してしまった。飯を食ったら、続きを読もうか。ちらりと時計を見上げると、昼休みに当てられる時間は十分そこらになっていた。少なくとも、今日は読めない。正直、いい加減「無理だワ」と言って返してしまいたい。
なんにせよ、飯を食わなければ。箸で掴めるだけ、生姜焼きを掴んだ。
「食費は三ツ谷持ち、っつってたよな」
「おー」
口いっぱいに突っ込めば、その分じゅわりと旨味が広がる。冷めてもこれだけ美味いのだ、出来立てはどれほど美味いだろう。そのうち晩飯に出してくれないだろうか。いっそ、リクエストでもしてみるか。一か月なんて、あっという間。言わなかったら、もう出てこないかもしれない。
この味なら、食費だってオレの財布から出して良いくらい。材料さえわかれば、買って帰る。そんで、作ってくれって言うのに。
「……家賃代わりなんだろうけど、この味なら金払った方、良くね?」
「ヴ」
ごくんと飲み下す寸前、まさに今思っていたことを指摘された。
三ツ谷に一か月の宿を貸す代わりに、食費を出してもらうことにした。三ツ谷の性格上、そうでもしないとオレの家を頼らないだろうから。衣食住の住の代わりに食を担ってもらう。悪い考え方じゃない、はず。実際、閃いたときは良案だと思ったし、三ツ谷もウンと頷いてくれた。
とはいえ、あのときはこの味を毎食出されるとは知らなかったのだ。三ツ谷はコレを手抜きというが、普段料理をしない自分にとっては手が込んでいるとしか思えない。
「……やっぱそう思うか?」
「三ツ谷に言っとけよ、オレん家来ても良いって。料理代行料ちゃんと払うし」
「ハ、行かせねえぞ」
「金の切れ目がなんとやらってな」
「行かせねえからな!?」
声を荒らげたところで、同僚は何処吹く風。大きく開いていた脚を気だるく組んだ。脚の上に乗せた弁当は、バレンを残して空になっている。ソイツの骨ばった指は、箸を容器に落とし、水のペットボトルを掴んだ。
「なんでドラケン家なんだか」
「どういうことだよ」
「こんだけできるんなら、別の、それこそ同僚にも頼めたんじゃねえかってこと。弁当も作るからしばらく泊めてくれって」
「あー……」
水を飲みながらイヌピーは言う。理解できない内容ではない。飯に限らず、生活力の高い奴だ。その気になれば、一時的に住む場所なんて、どうとでもなったろう。
とはいえ、オレに対してもあれこれ気を遣うくらいだ。同僚なんて仕事での付き合いがある奴を相手にしたら、気疲れするのでは。いや、職場に住み着くなんて真似するくらいだから、同僚くらいの距離感の方が良いような……。だったら、最初から職場に寝泊まりなんてせず、誰かを頼ったはず。
三ツ谷の考えていることが、よくわからない。そりゃあ、他人なのだから、完璧に理解することなんて、到底無理な話なのだが。
「……変なとこ、気にする質だからな。迷惑かかるとか思ったんじゃね」
「迷惑ねぇ」
「オレん家だって、オレから誘わなきゃ絶対来なかったろうし」
「ふーん?」
ペットボトルから口を離したイヌピーと目が合う。半目、なのはいつものことか。だが、普段より、値踏みされているかのような心地がする。
ぎくりと、体が強張った。いや、なんで? まずいことは、何も言っていないはずだ。どうして、妙な緊張を感じなければならない。
ニヤリとしながら口を開くのを見ていると、いっそう居心地が悪くなってくる。
「……飯作ってもらえんのは助かるよな」
「それは、マァ、ほんとに」
「一か月後には三ツ谷のこと手放せなくなってたりして」
「さすがにナイだろ」
「ふ、落ちかけてんじゃん」
「うるせえ、この飯三食出されても見ろ、ハマるだろ」
「わかる。オレはもう惚れそう。明日の弁当つくってほしい」
「馬鹿言え」
この場に三ツ谷がいたら、「いいよ」と言いかねない。二人分作るのも三人分作るのも大差ないと言って。何が大差ないだ、絶対に一人分の手間かかるだろ。なんなら、オレの分を作ってくれている時点で、手間をかけさせているってのに。
雑にあしらったものの、内心この調子で胃袋を完全に掴まれたら、と気がかりに思っている自分もいる。三ツ谷を手放せなくなるなんて冗談も冗談で済まなくなりそうだ。弁当代出したら、その後も作ってくれないだろうか。相手は三ツ谷だ、交渉次第でなんとかなりそうな気がする。だが、そんな面倒ごとをいつまでも頼むのもどうなんだ。
こんなことを真剣に考えている時点で、まずいな。先ほど感じた後ろめたさはこのせいか。ただのダチに飯を作ってもらおうと大真面目に思うなんて、どうかしてる。
「あ~……」
「お、噂をすればじゃん」
「は?」
「スマホ、鳴ってる」
指差された方を見ると、ソファの上でスマホのランプが点滅していた。弁当殻をレジ袋に突っ込む音に紛れて、着信音までは聞こえない。
話の流れからすると三ツ谷からの連絡か? 確かに、オレの座っている位置からは遠いが、イヌピーのところからなら画面は見えなくもないだろう。ロックはかけていても、着信にせよラインにせよ、発信元は表示される設定にしてある。
オレが手を伸ばすより先に、イヌピーがスマホを掴んだ。それから、ぽいと投げるように渡してくれる。うっすらと光っている画面には、案の定「三ツ谷隆」と書いてあった。
「もしもし?」
『あ、ドラケン? ごめん、忙しかった?』
「や、飯食ってたから平気だけど」
『そっか、良かった。ほんと急にごめんな』
機械越しに聞こえてくる三ツ谷の声は、聞き馴染んだソレより早口だ。急ぎの用事だろうか。でなきゃ、電話なんてかけてはこない。……いや、三ツ谷だしな、大した用事じゃなくても「電話の方が楽で早い」とかけてきたって、おかしくはない。
じ、と隣から突き刺さる視線を左手でいなしながら、話の続きを促した。
『今日、夕飯までに帰れなさそう……、ってか、帰れないことになっちまって』
「え」
『ごめん、ほんっとごめん、冷蔵庫に色々作り置きあるから、あっためて食べて。ごめん』
「や、ンな謝んなくていーって、仕事だろ。無理すんなよ」
『あ、レンジ、あっためすぎて爆発させんなよ』
「させねーワ、ガキじゃねんだから」
『そう? ココアとか爆発させてそうなのに』
まずココアなんて甘ったるいもんを家で作ろうと考えたことがない。げんなりと顔を顰めると、まるで見ているのかというタイミングで耳元から笑い声が聞こえてきた。空元気では、なさそうだ。ここ数日は、オレの家に身を寄せるやらなにやらで定時帰りしていたし、調子は悪くないのだろう。そもそも、悪かったら飯を作るわけがない。
加熱時間がわからなかったら電話しろという言葉に、そこまで面倒かけねえよと言い返して、通話を切った。ぼんやりと光っていた画面に、一分足らずの通話時間が表示される。間もなくその画面は暗く沈んで、む、と唇を尖らせた自分の顔が映り込んだ。
「ふ、今のドラケンの顔、すげー笑えるぜ。絶望極まってる」
「うるせーよ」
言われなくてもわかっている。撮って良い? なんてふざけた台詞も突っぱねて、残りの弁当をかき込んだ。