これほどまでに早く帰りたいと思ったのは、初めてだったかもしれない。
 初めて、というのはさすがに言いすぎか。少なくとも、バレーボールだけを生業として生きていくようになってからは、初めて。どんなに自分の調子が悪くても、所属しているチームの調子がイマイチでも、日の丸を背負った連中と顔を突き合わせてコンビネーションに不都合が生じっぱなしでも、バレーボールのこととなると、どこまでものめり込むことができた。
 ……その、あまりにも一直線の猪突猛進ぶりが、あの人には痛々しく映ったのだろう。喉から血が出ても走るのを止められない連中、その背中を少しでも守ってやらなければ。そう思ってくれていたはずのあの人が、音を上げるくらいだ、余程当時の俺は、摩耗していたのだろう。
 その頃よりは、いくらか安定してきたと思う。
 あの人は、いつから俺を「もう見ていられない」と思うようになったのだろうか。
 煩わしいロックを解除し、重苦しい玄関扉を開けた。ぱっと視界に飛び込んでくるのは、なんの変哲もない我が家。当然だが、玄関にきちっと並ぶ靴の中に、あの人のものはない。本当に、どうやってあの人は入ってきたのだろう。いきなり人間がベッドの中に湧いて出るなんて。
 ……自分一人じゃ解明しきれないファンタジーに思いを馳せるのはやめよう。バレーボール以外においては、この頭の出来はよろしくないのだ。考えたって、それらしい答えを導くことなど、できやしない。
 気が急くままに靴を脱ぎ捨て、居間に向かう。……が、そのまえに、胸に何かがつっかえた。
 あの人が、いる。北さんが、この家に、いる。今朝の時点では、あんなふうに靴は綺麗に並んでいなかった。胸騒ぎに合わせて、ドアノブから手を離す。ずりずりと、足をするようにして、玄関に引き返した。
 並んでいるのは、スニーカーが二足に、フォーマル用の靴が一足。今日履いて行ったのはスニーカーの片一方。残り二足は、玄関に雑に脱ぎ捨てていたように思う。革靴のほうは、比較的揃っているの範疇だったろうか。それにしたって、つま先が玄関扉を向くようには置いていない。今日は触れていないはずの、紐の付いていないスニーカーにいたっては、ひっくり返っていたようにも思う。
「えぇ……」
 これで、この家に自分だけだったなら、ホラーに思えていたことだろう。けれど、おそらくこの家にはあの人がいる。あの人が、揃えてくれた? となると、あの人は呆れているかもしれない。少なくとも、あの人と付き合っていた当時は、それなり靴を揃える習慣を持っていたから。いつの間に作法を忘れたのだ。この時代の俺は、あの侑をよくもまあ許しているな。そう思っていたっておかしくない。
 ゴクリ、唾を飲み込んでから、テキトーに脱ぎ捨てたばかりのスニーカーを、並んだ二足に揃えて置いた。
 北さん、やっぱ、この家におるんか。
 じわり、胸に引っかかった何かが溶けると、謎の多幸感が襲ってくる。もう何年と顔を見ていないあの人がいる。しかも、目一杯恋をして、のめり込み始めた頃の、あの人。小うるさいな、と思うこともあったけれど、今となれば俺のために言ってくれていたとよくわかる。そんな、相手だ。素直にありがとうとは言えなくても、散々面倒を見てくれている御礼にたっぷり甘やかすのも悪くない。
 ……まあ、今朝と昨晩を思うと、随分と都合のいい話だが。
 とりあえず、玄関にまで移動できるくらいに、体調が回復してくれただけ良しとしよう。未だにベッドから一歩も出られず、ぽやぽやされているとなると、それはそれで心臓に悪い。帰って来て早々、続きを始めそうになってしまう。
 帰ってきたら、色々整理しましょうね。そう言って家を出てきたのだ、なのに結局セックスに耽るなんて蛮行、して堪るか。するとしても、話を聞いてから。聞いて、どういうことか把握したら、するかも。いやするわ。するする。だってあの北さん、めっちゃかわええし、えろいもん。気持ちいいこと教えたらすぐに覚えて腰揺らすし。
 ぷかり、今朝見た痴態が脳裏を掠める。……たちまちにして、背骨に痺れが走った。
 まだ、まだだ。顔を見て早々にはしてはならない。しないったら、しないのだ。
 咳ばらいをして気を取り直し、改めて居間へと続く扉のほうへ向かった。
 玄関扉と異なる作りの、軽やかなソレを押し開く。
「ただいまぁー」
 なんとなく、声にしてみた。この挨拶をするのも久々だ。実家に帰ったとき以外、口にしていない。その実家にだって、この間の年末年始のときは帰れなかったし、盆も結局帰れなかった。となると、約一年ぶりに言ったことになる。こんな当たり前に思える単語すら、一人暮らしをしていると言わなくなるのか。
 しみじみとしながらも、室内を見渡す。あの人の姿はない。それじゃあ台所には? 開けた扉からは死角になる位置のキッチンを覗き込むが、やはり影はない。寝室? ちら、と、寝室と繋がる扉を見やった。
 足先が、寝室を向く。
 その間に、それとなく室内を見渡した。ソファに引っ掛けていたバスタオルがない。ソファと揃えて買ったローテーブルの上からは、散らばっていたはずの雑誌が消えていた。どこにいった。それとなく視線を走らせると、その雑誌はテレビ台と隣にあるラックに入っていた。きち、と数字が並ぶように入れられている。そういえば、部屋の隅に積もっていた埃もどこへやら。……あの人、まさか掃除したん?
 胡乱に思いながら、今度は寝室の扉を押し開けた。
「ワ」
 つい、間抜けな声が漏れる。
 それもそうだ、しばらく放置していた衣類の山がなくなっているのだから。代わりに、床にはきちっと畳まれた衣類が積み重なっている。シャツはシャツ、ジャージはジャージ、パンツはパンツ。大体の区分で畳まれ、重ねられている。
 ベッドだって、寝起きしてそのままではない。シーツを取り換えるまではしていないだろうが、ベッドメイク後を思わせる状態になっている。ついでに、俺が脱ぎ捨てた寝間着も畳んで置いてある。あれ、コレ精液とかついてへん? 大丈夫? 激しくなる前に脱いだから大丈夫やったんかなあ。でも一応、洗濯しといたほうがいい? ……あの北さんが、畳んで置いたままにしておくのだから、汚れらしい汚れはなかったと思って良いのだろうか。
 そこはかとなく綺麗にされた室内。そわ、と浮足立つ。北さんが、この家に、居る。
(……待って、あの人どこおるん?)
 しかし、その足は即座に地についた。居間にもいない。台所にもいない。寝室にもいない。便所か? いや、通りがかったが、灯りは点いていなかった。便所ではない。となると、あとは、一つ。
「風呂場?」
「うん?」
「ぅおッ」
「おかえり」
「た、だい、ま」
 勢いよく振り返ると、探し求めていた人が立っていた。
 やけに大きなジャージを着ている。こんなジャージ着せたっけか。スエットを着せた覚えはあるが、このジャージは、はて。
 いつかと違って、きちんとそのジャージの袖には腕を通している。そのうえで、肘が見えるところまで袖を捲り上げていた。捲っているのは下も同じ。スエットの柔らかな素材を、丁寧に畳むようにして捲っている。……着せたスエットの上に、ジャージの上を羽織っているらしい。寒かったん、かな。というか、そのジャージ、俺のやつ。そもそもスエットも俺のであるし、ココは俺の家であるのだから、当然のことではあるのだが。
「……ああ、上着、借りたわ」
「アッ、ハイ! イイエ!」
「どっちや」
「オカマイナクッ!?」
 どうも、目に、来る。眩しい。彼ジャージだ。彼シャツならぬ、彼ジャージ。付き合っていた当時は見る機会もそれなりにあったが、今となっては遠い記憶となっていた、ソレ。得も言われぬ眩しさが、目の前にある。
 くらり、よろめいた。途端、北さんの目に怪訝が映る。具合悪いのか、雄弁に瞳が語り掛けてくる。イエ、具合は悪くありません。でも、あなたを見ているとくらくらするんです。そんなことを言おうものなら、アホか、はよ寝ろ、と呆れられてしまいそう。口を滑らすまいと引き結んだ。
 だが、それでも、俺のジャージを着ている北さんをみていると、頭がくらくらする。さらに数歩、よろめいてから、かくっと床に膝をついた。
「ッおい、侑?」
「わ、わわ」
 すぐにギョッとした顔のその人が近寄ってくる。膝をついた瞬間、一度目線を離したが、もう一度その人に向きなおればやっぱりだぼだぼのジャージを着ていた。
 何度見ても、その光景は変わらない。もう見ることはできないと思っていたのに、こんなところで見られるとは。下に履いているスエットが無かったら完璧に文句はないのだが、全身俺の部屋着というのも悪くはない。ベター。
 そうこうするうちに、北さんは目の前にまでやって来てくれた。瞳には、心配が滲んでいる。大丈夫か、と。
 本来ならば、その言葉はこちらがかけるべきなのだろう。なんたって、文字通り抱き潰したのだから。本気で泣き喚かせるほどの、無体を働いたのだから。ああ、北さんの目、まだちょっと赤いな。腫れている。痛そう。俺が仕事に出た後、この人は無事、目を冷やすことはできたのだろうか。朝よりいくらか腫れが引いているのを思うと、簡単に冷やすくらいはしたような気もする。
 ほけ、と、昨晩同様に控えめな暖色の灯りの下、愛おしい人を見上げた。
「きたさんやあ」
 間の抜けた、かつ、舌が回り切っていない情けのない響きが漏れた。間髪おかずに「はぁ?」と胡乱な声が返される。そんな反応しなくたっていいじゃないですか。……付き合っていた頃ならば、拗ねる素振りを見せたのかもしれないが、今日はそんな余裕はない。あれほど愛おしいと思った人が目の前にいる。それがもう堪らなく胸を締め付けてくる。
 もそ、と腕を持ち上げた。両腕は、緩慢な動きで北さんに近付く。
 そして、ぎゅ。その人の腰に巻き付いた。顔は腹に埋めて、ぐりぐりと額を押し付ける。すん、と鼻を鳴らせば、嗅ぎ慣れた柔軟剤の向こうに、北さんの匂いがあった。
 もう一度、すん、鼻を鳴らそうとして、ぐず、今度は濁った音がする。いつの間にか、鼻水が垂れてきていたらしい。何だか目頭まで熱くなってきたような気がする。泣き、そう。今朝のこの人のような、叫ぶものではないが、無性に涙が込み上げてきた。おかしい、俺はこんなに情緒不安定だったろうか。超合金の強心臓はどこへやら。
 夢じゃない。現実として、北さんがここにいる。
「あぁー……、北さんがおるぅ」
「そんな泣くほどのことちゃうやろ」
「ん、そうなん、すけどね」
「……床、冷たいやろ。ベッド使うか、ほら、あっちにも立派なソファもあるんやから」
 そこまで言うと、北さんはぽすんと俺の頭に手のひらを乗せた。毛並みに合わせて、ゆっくりと、あやすように撫でてくれる。落ち込んだとき、よくこんなふうに頭を撫でてもらったっけ。記憶にある動作で、嬉しくなる。腹に頬ずりをするように擦り寄ってしまう。
 ひし、と腰に抱き付いて、たっぷりと息を吸い込んだ。
 待てよ、腰と、言えば。
「あ! 体! 大丈夫ですか」
 ば、と腰を撫でながら、俯き気味だった顔を持ち上げた。見上げる格好になり、こっちを見下ろしていたその人と視線が重なる。いつも逆の位置。俺が見上げることなんて、ないと思っていた。し、向こうもこっちを見下ろす日が来るなんて、思っていなかったのかも。しばらく、目を合わせたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
 それからやっと、薄い、乾燥気味の唇が動いた。
「……無理をさせた、つう自覚はあんねんな」
「ひ」
「なんやねん夢て。めちゃめちゃ現実やん。お前、あんなんしたら強姦罪で捕まってまうで」
「うぇ、けど北さんかて善がって」
「俺はな。最終的に流されてもうたし。けど、他人にあんなんしたら」
 お前、刑務所行きやで。
 穏やかな声が、嘘のように低くなった。そのトーンの低さに、ぞ、背筋が震える。
 昨晩から、裏返ったみたいに高い声ばかり聞いていたが、本来のこの人の声はこういうものだった。どう聞いたって、女声とは程遠い声。バリトンなんていうような低さはないが、妙な迫力と落ち着きのある声だ。淡々とした喋り方と相まって、この人の意に関係なく、周囲はビビっていた。もちろん、俺もその一人である。
 抱き付きながらも、ぴしり、背筋が伸びた。
 ぴきり、ついでに頬も引き攣る。
 けれど、その人の腰に抱き付いたまま離れないのが、俺が俺である所以である。突然の緊張で口内に溜まってしまった唾液をゴクンと呑んでから、そろり、口を開いた。
「え、っと。一つ、いすか」
「ん?」
「俺、あんなん、北さんにしかしませんよ」
 他人にそんなこと、しない。するわけがない。断言する。あの暴挙は、相手があんただったからしてしまったのだ。してしまいたいと、思ったのだ。
 もしそれで、あんたが俺を訴えるというのなら、甘んじてそれを受け入れようと思う。社会的に死ぬ羽目になろうとも、バレーから離れることになろうとも。
 ……あ、待って、やっぱ後者はキツいわ、せめてパリまではやり切らせてほしい。それからだったら、まあ。いや、抵抗はあるけど。俺からバレー取ったら、何が残るかさっぱりわからんし。
 ぎゅ、とその人に抱き付いたまま見上げていれば、きゅ、眉間に皺を寄せられた。
 俺、そんな呆れられるようなこと、言うた? 自分の何が失言だったかピンと来ず、その人の目線に引きずられるように姿勢が正しくなってしまう。
 呆れかえった顔のその人は、小さく、ため息を吐いた。
「その「俺」がここにおらん奴に言われても説得力ないわ」
「へっ」
「……もう別れてるんやろ、俺ら」
 淡々とした言葉が、鼓膜に突き刺さる。
 別れている、と、気付かせるようなことを言っただろうか。自分がこれまでこの人に浴びせた言葉を思い出そうとするが、上手くそれらは出てこない。記憶のほとんどを、この人の痴態を頭に刻み込むのに使ってしまったせいだろうか。
 よく、気付いたな。感心すらする。夢のような存在に、よもや現実を突きつけられることになろうとは。誰が予測できただろう。……これが真に夢であったのなら、そんな現実を突きつけてくることはないか。ありえないことではあるが、この、かつて付き合っていた頃の北さんが俺の家にいる現象は、紛れもない、現実であるらしい。
 いつ、気付いたのだろう。部屋を掃除したみたいだったから、そのときかもしれない。どこを見ても、宮侑の家に、北信介の痕跡がない。別々に暮らしているとしても、なさすぎる。というか、ゼロ。昨晩から今朝にかけて、やたらとしつこくこの体を掻き抱いたのも、気付かれるきっかけになったのかも。気付かれたとしても、何もおかしくはない。
「ふ、ふふ、……随分とストレートな聞き方しはりますね」
「回りくどい聞き方しても時間の無駄やろ」
 誤魔化すことはきっとできない。そもそも、誤魔化すようなことでもないのかも。
 逆の立場だったら、ゴネる俺をあやすためにアレコレ理由をつけて誤魔化されたのかもしれないが、隠す側が俺で、隠される側がこの人。誤魔化して真実をぼかすよりも、そこに歴として佇む現実を伝えるほうが、納得してもらえる。
 結果がどうであれ、付き合っていたという過去なり過程があれば、それでいいと済ませてしまえるからだろう。俺と違って、今、付き合っているかどうかは、この人にとって、さほど重要ではない。しいて言えば、今の「俺」と会話するにあたって、齟齬がないように、確認するというだけのもの。
 どうしたものか。別れた、もう付き合ってはない、というのが事実として。それを、俺に口にさせるのが、どれほど酷か、この人はわかっているのだろうか。
 わかっては、いないのだろうなあ。
 はーと上向きに息を吐き出してから、答えるべく、室内の空気を吸い込んだ。
「そ、すね。もう何年も前に」
「……そう、か」
「なんで、とか聞かへんの」
「聞いたところで、何にもならんしな」
「ええ、何もてことはないでしょ」
「ならん。俺が知ったところで、今の俺の行動が変わるわけちゃうし」
「えぇ~、そこは理由まで知って、未来を変えて見せるくらい言うてくださいよ」
「そこまでの責任とれるか。ちゃんと納得して別れたんやろ、なら、俺がどうこう言う話やない」
 一見すると、冷たい物言い。まるで、俺のこと、そこまで好きじゃないみたい。
 けれど、この人のことだ、俺と、この時代の自分の意志を尊重して、こういうことを言っているのだろう。自分とは関係ない、と突っぱねるのではなく、二人が考えて出した結論なら、文句はないというやつ。まったく、昔から思っていたけれど、この人の達観ぶりには舌を巻く。この人より、十近く年上になって、やっとその思考回路が見えてきた。とはいえ、理解し、賛同するかというと、それはそれで別の話なのだが。
 納得して別れた。それは、そのとおり。別れたくない気持ちもあったが、苦しい思いを延々と抱えさせたくもなかった。一緒に地獄を見てくれとは、とてもじゃないが言えなかった。それだけ、大切な人に臆病になったのだ。らしくない、と、自分でも思う。けれど、好きな人を苦しませたくないと思う心が、ポンコツなりに芽生えてしまったのだ。
 その結果の、破局。納得は、している。
 ただ、引き摺っているだけ。
 引き摺りすぎて、藁をも縋りたい気分に、陥りかけているだけ。
「北さん」
「ん」
「ぎゅーてしていいすか」
「ふ、もうしとるやん」
「もっと。あと北さんも俺のことギュッ! てしてください」
 強引に甘えると、軽いため息が降ってきた。馬鹿を言え、と叱るようなものではない。仕方のない奴だな、と呆れ混じりに絆されてかけている息遣い。
 そろり、正面にあった膝が曲がった。右膝をつき、追いかけるように左膝も床に触れる。そのまま膝立ちを保つかと思えば、すとんと、その人は床に座り込んだ。体勢が変わったせいで、それまで北さんに巻き付いていた腕が所在なさげに宙に浮く。
 これは、えっと。上から、ぎゅっとして良い、てこと? 疑問符を浮かべながら首を傾げれば、応えるようにその人は「ん」と両腕を広げて見せた。
 つい、唇が緩む。あまりだらしのない顔を見せたくなくて、必死に引き締めようと試みるも、ぐにゃぐにゃと唇の線は波打ってしまう。
「……ぎゅーついでに、ちゅーもしていいですか」
「それはあかん」
「なんでですか。今朝めちゃめちゃしたのに」
「不可抗力や、あんなん。避けられるてわかっとったら避けるに決まっとお」
「えぇええ、キスしたないんですかあ、俺めっちゃしたい!」
「しゃーないやん、お前、俺の恋人ちゃうし」
「恋人、ミヤアツムくんでしょ、俺もミヤアツムくんですよ」
「ほお、同姓同名か、おるもんやなあ」
「すっとぼけてもおおおお!」
 最後に盛大に叫んでから、ぎゅっと広げられた腕に飛び込んだ。
 わ、と棒読み染みた感嘆詞が聞こえたかと思うと、その背中がすとんと床に着地する。当たり所が悪かった、見事に頭は畳まれたジャージの上に。今度は、あ、の音が、ステレオで聞こえてきた。折角畳んでもろたのに、すんません。そんな気持ちを込めて唇を寄せれば、めち、と突っぱねられてしまう。ガードが堅い。ぺったりと、北さんの手のひらを挟んだまま、じ、と見つめ合う。もとい、睨み合う。手を退かしてくれる気配は、ない。
 冷たい手は、俺の唇に乗ったまま、動かない。
 俺より体温が低い、ということを加味しても、冷たい、手。
 冷えている、手。
「……なんか、手、冷えてます?」
「ああ。まあ、水回り掃除してたしな」
「みずまわり?」
 試しに話を逸らしてみると、相変わらずの淡々とした声が返ってきた。居間・寝室だけじゃ飽き足らず、風呂掃除にまで手を伸ばしていたとは。俺が気付いていないだけで、台所や便所も掃除済みかもしれない。あれだけ貪れて消耗した体で、よくもまあできたものだ。ハタチの頃合いの体力、恐るべし。いや、回復力に衝撃を受けるべきだろうか。
「風呂場、めっちゃ広いんやな。びっくりしたわ」
「ふふ、せやろ。脚伸ばして入れるとこ選んだんで。二人で入っても、広々ですよ」
「……お前と一緒に風呂入るなんて言うてへんけど」
「ええやん、一緒入ろ」
「なんでやねん、一人のほうが寛げるやろ」
「北さんおったら寛げる上に癒されるんで」
「……いやらしいこと、したいだけちゃう?」
 キスを諦めてぎゅうぎゅうに抱き付きながら話していると、じっとりと視線が張り付いた。この人の頭の中では、一緒に風呂イコールいやらしいことをする、なのだろうか。ああ、俺が相手だからか。遭遇してからずっと、何かにつけてこの体を貪っている。風呂に誘えば、そのまま犯されると萎縮されても、不思議じゃあない。
 そんな期待をされたら、応えたくなるじゃないか。
「なら、確かめてみます?」
 にんまりと、下心を過分に含んだ笑みを顔に貼り付けた。

◇◆◇◆

 風呂場に連れて行き、半ば強引に服を剥ぎ取った。途中、下生えが綺麗になくなっていることを思い出したようで、突然の抵抗もあったが、……俺に力で敵うはずもなく。あっという間に生まれたままの姿に。それこそ、どこもかしこもつるっつるだから、名実共に、生まれたまま、だ。そこはかとなく頬を染めながら股間を隠そうとするいじらしさには、ぐっと胸に込み上げるものがあった。決して、局部をいきり立たせるものではない。いや、ちょっと勃つかと思ったけど。ちゃんと我慢したし、できた。ああ良かった。
 そんな他愛のないやりとりを経て洗い場に押し込み、体に熱めのシャワーをかけた。やらしい手つきは自嘲して、本当に、ただ、洗うことに徹する。何もされないと察したのか、シャンプーを洗い流したところで、やっとその人の体から強張りは取れてくれた。とはいえ、やはり生えていないのが気になるのか、終止もぞもぞと内腿を擦り合わせていたけれど。幼気な仕草に、掻き立てられる欲。いやはや、泡塗れのその人をかっ食らわなかった自分の理性を褒めたたえたい。……単に、一緒に湯船に浸かる前に意識を飛ばされたくなかったのもあるのだが。
「っあ~」
「……」
「なんすか」
「いや、お前もそんな声だすようなるんやな」
 一足先に湯船に浸かると、自然と渋い声が零れた。その音は、浴室のなかでわんっと響く。
 視線を感じて洗い場のほうを見やれば、シャワーを浴びている北さんが、ほけ、とこちらを見つめてきていた。体に這っていた泡が、するすると体を滑り落ちていく。隠れていた白い肌が、顔を出す。ついでに、昨晩散らしたキスマークも。
 ぞく、と。腰が痺れた。
「……顔」
「え、……ワッ!?」
 と、ザッと顔に湯が掛けられた。咄嗟に目はつぶったものの、中途半端に息はしたまま。シャワーを顔面に掛けられたのだと気付いた頃には、鼻に水が入ってしまっていた。
 すん、すんっ、と鼻を噛む動作をしてみるが、奥についたツンとした痛みはとれない。違和感を拭い取ることはできない。痛い。ただの水の癖に、どうして鼻から入るとこんなにも痛いんだ。口から入る分にはなんともないのに。すんっ、もう一度手で鼻を噛むが、やはり鼻の奥には痛みが残っている。もお。
「いきなりシャワーぶっかけるん、やめてくださいよお……」
「すけべな顔しとったから、つい」
「ついて。つかすけべて」
「またあんなんされたら堪らんからな」
「フリすか」
「アホか」
 濡れた顔面を手で拭っていれば、キュッとシャワーコックが「止まる」の方向に捻られた。浴室に響いていた水音が、しんと途絶える。かといって、完全なる無音にはならない。換気扇の音が鳴っている。し、湯船のお湯が波打つ音や、その人の身じろぎも音としてそこにある。
 どこもかしこも、つるりと綺麗になったその人は、ゆったりと立ち上がった。体についた水滴が、滑り落ちていく。濡れた毛先からも雫が落ちて、ぽた、浴槽の縁についた。
 濡れた、体。事後の倦怠感はほとんど残っていない。そのくせ、点々の体に鬱血痕を散らしている。人に「すけべな顔」と言ったが、あんたも十分「すけべな格好」してますよ。誰でもない、俺の手によって、すっかりえっちな体になってますよ。
 指摘したいが、素面のこの人にそう言って、絶対零度の視線を向けられたくはない。もし言うのなら蕩けさせてからにしよう。そう誓って、ぼこり、口が隠れるところまでお湯に浸かった。
 でも、やっぱ、やらしいな。
 それとなく見つめていれば、濡れた足先がたぷん、張られたお湯に触れた。たちまちに湯が震える。丸い歪みを作ってから、水面の高さは上がっていく。念のため、いつもより湯量を少なめにして正解だった。
 その体は、当然のように、俺と対面する位置に腰を据えようとする。
「……きーたさん」
「なん、ぅわッ」
「こっち」
 そうはさせるか。息を吸おうと顔をあげると同時に、にんまりと笑みを浮かべた。湯船に沈んでいた腕は持ち上がり、その人を掴む。あまり肉がないその人の腕には、ぷくりと血管が浮かんでいる。表面がやけにつるりとしているのは、下と同じように、腕も剃られたからだろう。なめらかで、ずっと触っていたい。頬ずりしたいくらい。
 げんなりと顔を顰められようが知ったことか。ぐ、と腕を引き寄せた。あわせて、もう一方の腕は、腰を捕まえようと北さんに向かって伸びていく。その真っ直ぐな線まであと少し。指先が、表面を掠める。
 ……と、俺が腰を引寄せるより早く、白い肢体は湯船に浸かってしまった。
 ちら、と。北さんの横顔から視線が流れてくる。横を向いているおかげで、唇がツンと尖っているのが、よくわかった。拗ねてる? 違う、これは、照れて、いる?
 うわ、かっわい。
 そう思うや否や、白い体がこちらへとじわりと近寄ってきた。これは、向かい合って抱きしめられる? 掠めた期待は、背中を向けられることによって霧散してしまった。なんだ、ぎゅってできるかと思ったのに。ぎゅって、したかったのに。
 恨めしさを込めながら背中を眺めていると、その人はたぽんと水面を揺らしながら、俺の脚の間に腰を下ろした。えっ、そこに座ってくれるんですか。嬉しいけど。どうしたんすか、そんな、えっ、どんな風の吹き回し?
 しっかりと寄りかかってはくれないが、お湯を挟んですぐそばにその体がある。おずおずと、背中にひっついてみるが、抵抗はない。わずか俯かれた程度。それも、嫌がって俯いたわけではなく、首筋を伸ばすために俯いたらしかった。ゆっくりと首を前に倒したあと、横にも首が倒れる。ぐぐぐ、と筋を伸ばしている。斜め後ろから盗み見た顔は、風呂のあたたかさにぼぉっと耽っていた。
 湯船の中で、脚はゆるく伸ばされている。少なめの湯量とはいえ、二人分の体積もあって、肩まで浸かることもできている。
 ……そういえば、風呂だとか、温泉だとか、この人は好きだったように思う。気持ち、よさそ。昨晩の性欲に溺れるのとは、また少し異なった蕩け顔。つられて、こっちの頬も緩んできた。
 無性にもっとその人にくっつきたくなってくる。それとなく、座り込んだ北さんの腹に両腕を回した。つるりとした腹、下腹部。そのあたりに手のひらを置いて、きゅ、擦り寄るように抱き付いた。濡れた髪からは、自分と同じシャンプーの匂いがする。昨日の懐かしい匂いも嫌いじゃないが、この匂いもそれなりに気に入っている。すきっとした、メンズシャンプー。その香りの奥に、ひっそりと北さん自身の匂いが佇んでいる。そばにあるのを良いことに、耳の裏に口付ければ、ふわり、幾ばくか強くその匂いを感じられた。
「なにしてんねん」
「ん~、北さんの匂いするなあって」
「んっ、ぉい痕は、」
「つけんな、って?」
「わかっとるやん」
「んん、でもつけたい」
「わ」
 ちゅっとわざとらしい音を立てて唇を離すと、抱きしめていた肩がぴくんと跳ねた。あわせて、水面もたぷんと跳ねる。
 あんまり暴れたら、湯、零れてまうよ。ちゃんと肩まで浸かってあったまらんと、風邪引いたらあかんし。適当な言い訳を並べながら、その人の耳に口付けた。それからかぷり、耳殻を食む。軟骨をくにくにと転がしながら、そっと裏側に舌を這わせた。
 腕の中にある体は、跳ねこそしないものの、ぴくん、ぴくんと健気に震えだす。何気にこの人は耳が弱い。耳、というか、音に敏感なのだろう。そのうち、耳を塞いだ状態で深く口付けてみたい。頭の中でわんわんと水音が響いて、この人、それだけで達してしまったりして。何度か後ろでイかせて、感度を底上げしておけば、無理な話でもない気がする。
「ぁっ……」
 耐えきれず、その人の口から喘ぎが漏れた。浴室の性質もあって、寝室で聞いたソレよりもずっと濡れて聞こえる。
 えっちやなあ。
 さらにもう一度、耳に口付けながら、そぉっと触れていた下腹にくるりと丸を描いた。
「ぅ、ンッ」
「む、ちゅ……、んん」
「ふぅっ……、ぁ、ぉいあつ、む、」
「んん~?」
「ちょ、やめ」
「ン……」
「ぁ、」
 水中で、その人の手が疚しさを孕みだした俺のそれを叩いた。けれど、水の抵抗もあって、ほとんど痛くはない。鈍くぶつかったくらいの感触しかない。やんわりと動く俺の手を、止めるには至らない。
 外側ばかりを舐めていたが、そろそろ内側を舐めてもいいだろうか。噛みつく角度を変えて、その人の耳をねっとりと嬲った。たっぷりの唾液が乗ったソレは、微かな水音を立てながら、耳を通り過ぎていく。舌が上へと滑るたび、抱きしめた体はひくひくと震える。
 加えて、下腹を撫でていた手に、ほんの少し力を込めた。表面を擦る動きから、圧をかけながら弄る動きに変化する。横目でその人を見下ろせば、伸ばしていたはずの脚が、きゅっと縮こまっているのが見えた。ぴったりと閉じた両膝が跳ねるように水面から顔をだす。
 ぐ、腹の中央を、重く押し上げた。
「ァ、~~ッ!?」
 びく、ん。
 腕に閉じ込めていた身体が、ひときわ大きく跳ねる。
 湯船のあたたかさで蕩けていた顔は、別の感覚に呑まれ始めていた。
「……ね、北さん」
「……」
「いま、イキました?」
「……んなわけあるか」
「いやめっちゃイッてましたて、そんなトロ顔で否定されても説得力な!」
「ぁっや、ぉい腹押すん、や、め、ァ」
「あ、こうすか」
「ひギュッ!?」
 掌底を使って、再び下腹をグッと押し上げる。と、たちまちにしてその人は喉を仰け反らせた。天井に向いた顔は、はくはくと空気を求めて口を動かす。しかし、上手く吸い込めないのだろう、聞こえてくる呼吸はやけに浅かった。
 そのうちに、涎が口の端を伝いだす。とろりと細かな泡を含んだソレは、白く濁っていた。やらしい。昨日から今朝にかけて、散々この人に注いだ白濁を彷彿とさせる。もちろん、俺が吐き出したソレよりはずっと透明なのだが、この人が漏らしていた精液とも潮ともつかぬ体液には、近い気がする。
 中途半端に濁った色。とろっと零れては、辺りをびしゃびしゃに濡らす水。
 じりじりと熱が一か所に集まり始める。湯船で温められた血液が、一点に、集中する。
 猛り始めたソレを、何を言うでもなく、その人の尻に押し当てた。
「ぁっ」
「北さんのえっち、俺、こんなんなってもたわ」
「やっ、なンッ……、お、れのせい、ちゃうやろっ」
「北さんのせいですってえ、めっちゃすけべな顔してたやん」
「あれはおまえが」
「んん~、俺おなか押しただけですよお」
 きゅ、って。そう言いながら、再びその人の腹に圧をかけると、やはりびくんと体を震わせた。内側には一切触れていないのに。これだけの刺激で達してしまうなんて、あまりにも敏感過ぎやしませんか。
 というか、こんな、腹を押されただけでイッてしまうような状態で、よくもまあ部屋の掃除ができたものだ。きゅ、ぎゅ、と圧を掛ける度に、その人はやらしい声をぽたぽた漏らす。もじ、と、内腿は切なそうに擦り合わせられた。腹を撫でた程度で達してしまえるのなら、柔らかな内腿をくすぐってもトべてしまうのでは。中心に血が集まるのに合わせて、抑え込んでいた欲がムクムクと首を擡げだす。
 そっと、片手を太腿へとずらした。
「ま、」
「待ちません」
「やっ、ァあっ……」
「うわ、ふわふわ」
「ぁっやッ、いやっそこそんな、」
「んん?」
 強引に太腿の間に手を差入れ、挟まれていたその人の陰部を指先に引っ掛けた。先に陰茎にあたるかとも思ったが、睾丸のほうに先に行きついたらしい。ふにふにとした塊が、指先の上を転がる。どんなに弄んでみても、そこの柔らかさは一定。射精間際の、せり上がるような力はかからない。
 じゃあ、そもそも陰茎のほうはどうなっているんだ。ぐにゅ、と、そこを鷲掴むようにして、握り込んだ。
「あッ」
「ふ、ちんぽもふにゃふにゃやん、勃起の仕方忘れてもうたんですか」
「ひぅッや、ぁっぐりぐりやめ、ぁッ、ヒ」
「ほおら、男の子やろお、逃げんな」
「おと、こッとか、かんけぇなァ、あ、やっなん゛、ァ」
「お、硬なってきた」
「ッぐ、ぅぁ」
 俺の手から逃れようと腰を引けば、尻に俺の熱くなった逸物が擦れ、逆にそれから離れようとすると強く自身を握り込まれる。繰り返しているうちに、手の中にあった陰茎は徐々に芯を持ち始めた。湯船の中で、ぴこんと首を擡げたのが見える。腹につくほどの膨張にはならないが、一般的な程度には勃起したのではないだろうか。扱けば心当たりのある硬さが手の中を行き来する。
 何度も甘イキを経た体には、ペニスへの直接的な刺激は毒でしかないのだろう。嬌声の合間に、喉を引き絞ったような鈍い音も混じり出す。声だけ聞けば苦しそう。けれど、顔を、覗き込めば。
「ぁ、ひ、ぃッヴぁ、あ゛ッ」
「えっろ……」
 ぽっかりと口を開けたまま、ぐずぐずに瞳を蕩かしながら善がっている。この瞳には、どれだけ世界が真っ当に映っているのだろう。潤んでぼやけて見えているのは間違いない。
「ぁっ、ア、やあっ……、も、ぁか、あ゛っいぐ、からッ」
「あぁはいはい」
「ッ……、ぁ、あ?」
「ふふ、一人で先にイけると思いました?」
「ぅ、そ、あっ、ぁ」
 あと、少し。熱が弾ける寸前。
 そのタイミングで、ぱっと刺激していた手を離した。がく、と一度戦慄いた体は、そのまま凍ったかのように固まった。ぎりぎりまで高められた体は、いつ決壊したっておかしくない。指先で敏感な切っ先に触れたら、瞬く間に達して天国を見られることだろう。
 そんな、昇天するこの人も、愛おしいと思う。けれど、こっちのコレも無視しないでいただきたい。……端的に言えば、イくなら俺の怒張を飲み込んでからにしてほしい。折角、腹を押されるだけで軽くイッてしまえる感度になっているのだ。内側からも抉りたくて仕方がない。
 ナカを穿ちながら、腹をぎゅうぎゅうに抑えつけて、俺の形を体の髄にまで覚えさせられたら。
 達したくて、カタカタと震えるその人に、にっこりと笑いかける。
「腰、ちょっとで良いんで、浮かせられます?」
「ぁ、かん、むり」
「無理てことないでしょ~」
「ひ」
 その人を虐めていた手の平を、そっと尻の下に移動させる。さわ、と皮膚を撫でられた感触が良かったのか、わかりやすく腰が揺れた。そのまま揉みしだきたくなるのをぐっと堪えて、そっと体を浮かせる。浮力もあって、その体は簡単に動いた。ベッドの上よりも、楽かもしれない。くったりと弛緩した体も動かしやすいけれど、人間の体は存外重たくできている。あの重みが、水の中だとこんなに軽くなるとは。
 ふ、と軽く息を吐いてから、浮かせた腰の、下に構える蜜口に指を這わせた。
「ンぃっ」
「まだ、まだですよ、イくのはまだ」
「ま、だ……?」
「そ、まだ。もうちょい待っとってください」
 添えた二本の指で、熟れた口をトントンとノックする。そのたびに、縁は指の腹に吸い付いてきた。物欲しげに疼いている。朝のソレと、ほとんどかわらない。
 まったく、本当にどうして部屋の掃除なんかできたのだろう。ここまで疼いていたのなら、身じろぎするだけでも強烈な快感に襲われてしまったのでは。無理を承知で、練習を休んだほうが良かったろうか。そしたら、この人の身悶える姿を堪能できたかもしれないのに。……まあ、次の機会があったとしても、俺はこの人ではなく練習をとるのだろうけれど。
 円を描くように縁を撫でる。皺を伸ばすように圧をかけたり、口が開く寸前まで引っ張ってみたり。あえてナカには入れずに弄りまわしていると、指先に吸い付く力も強くなってきた。ぢゅ、と吸い付いて、咥え込もうと必死になる。指先なんかじゃ、満足できないだろうに。それでも、中を擦ってもらえないよりはマシ、と、後孔はちゅうちゅう指を誘ってくる。
 そんなふうに強請られたら、なあ。
 気付かれないように吐息に笑みを含ませてから、後孔を構っていた指の二本を、きゅ、揃えた。その先は、後孔の中心にあたる。ちゅぅ、案の定、ソコは指先に吸い付いてきた。何度も何度も、啄むようなキスをするように、指先を掠める。
「ぁ、ぁあっ、ぁ」
 理性も大分蕩けてきた。いやいやと首を振る素振りは見せない。むしろ、ぼんやりと俺を振り返りながら、早くと視線で煽ってくる。
 えっちやなあ。
 指先を、きゅ、ナカに入れ込んだ。
「っぁ、」
「北さん、まだ、イッたらあかんよ」
「ぁ、う?」
「まだ」
「ま、だ」
「そ、まだ」
「ぅ、ぁあ……、んっ」
 囁きかけながら、くぷくぷと指を沈め込んでいく。今朝よりは、幾分キツくなったろうか。散々焦らしたからかもしれない。けれど、指を押し込みにくくなるほどのキツさはない。力を掛けた分、後孔は二本の指を飲み込んでいく。二か所の関節を越え、根元まで、ぐっぽりと、咥え込んだ。
 そこまでたどり着いたところで、今度はゆっくりと引き出していく。いかないで、と蠢く襞が艶めかしい。その要望に答えて、掻き回したくなるくらいに、魅惑的でもある。どうしようか、このまま、指で責め立てるか、俺の男根を入れるべく、入口をとことん解すべきか。
 悩むまでもない、することは、もう決めている。
 そのまま、ぬぷ、にゅぷ、指を引き抜いていく。関節の骨ばった部分が、縁に引っかかった。これも、強引に抜いてしまう? いや、それより、は。
 いじわるしないで。そう訴えてくる視線を真っ向から受け止めて、ぐっぱりと、ソコが大きく口を開けるよう、指で割り開いた。
「ぁっ!?」
「ほんととろとろ、こんなんせんでも俺のん入ったかもしれんなあ」
「や、あ……、おゆっ、はいっ、はいって……!」
「ふ、そりゃこんなヒクヒクさせとったらねえ」
「ぁっや、あっこれ、やっあッ、も、あづぃ、ァ」
「ん~なら、栓、しましょっか」
 口をはくはく、クチもパクパクするその体を、もう一息、持ち上げた。腰を動かし、いきり立った切っ先を割り開いたばかりのクチに押し当てる。たっぷりの湯の中でも、その粘膜は一際高い温度の熱を放っていた。
 ちゅ、ぷ、剥き出しの亀頭が、蜜壺へと呑まれていく。そして、雁首も咥え込もうと、縁がいっそう拡がった。
 これだけ開いたなら、充分。
 つい、口の端が持ち上がった。あわせて、その人の腰を捉える。水の力も借りて、中途半端に浮いている体。
 ――一思いに、一気に根元まで怒張を捻じ込んだ。
「~~~~ッ!?」
 絶叫が響くかとも思ったが、ひっきりなしに喘いでいた喉は引き絞られてしまう。おかげで、声にならない叫びが、振動としてこちらに伝って来た。
 がくがくと、俺の上でその体は震えている。痙攣が止まらない。喉を曝け出し、胸を張り出し、折り曲げられていたはずの脚はつま先に至るまでピンと伸びている。
 そ、と視線を落とせば、湯船の中に白い液体が溶けていた。はは、入れられた瞬間、達したのか。前立腺を抉られて達すると、イッた、よりもイカされた、という感覚のほうが強く現れるらしい。自分の体が、まったく言うことを聞かなくなる。そう、いつだったか、この人は言っていた。
 このがくがくとした震えは、その、言うことを聞かない状態なのだろう。
 しばらくその震えごと体を包んでいると、痙攣は徐々に大人しくなってきた。張りつめていた身体は、くったりと弛緩しだす。詰まっていた息も、ようやく吸い込めたらしい。荒々しい呼吸の音が聞こえる。ヒュ、ヒュ、と喉が鳴っていた。
 蕩けた身体は重力を思い出したかのように、俺の上に落ちてくる。さらに奥深いところへと、俺のソレは入り込む。
「ぅ……?」
 こちゅ、と、奥に触れた。教えたばかりの、深いところ。気持ちよくなれるところ。もう、すっかり、場所を覚えたらしい。一瞬触れただけで、奥はきゅんっと切っ先に吸い付いてくる。
「ぁっや、ァ、あ、ぁあ~……」
 後ろから、しかも座って入れているからだろうか。昨晩、強引に結腸を責め立てたときよりも、すんなりとそこまで入り込む。無理やり割り開いて叩きつける、という感触はない。自然と入って、そこまでたどり着いたかのよう。
「ぁ、は、アッ、」
「ど、きもち?」
「きもちぃ、……ん、ァおっき、ぁ、あうゥ」
 こちらから突き上げる前に、その人の腰は揺れ出した。良いところを擦るように、かくかくとそこは揺れる。
 ところで、この人の言葉選びはなんなのだろう。今、おっきい、て言うたよな。俺の聞き間違いじゃなければ、そう言った。大きい、とは。昨日もそんなことを言われた気がする。入るわけがない、と言わんばかりの反応をされたのは、記憶に新しい。
 なんだか、興味がわいてきた。
「ね、俺の、大きい?」
 上下する腰を強引に止めさせて、そっと耳元に吹きかけた。
 動きたいと、抱きしめた体がくねる。だが、好きにはさせない。しっかりと抑え込んで、俺の質問をもう一度染み込ませる。
「このちんぽ、そんなにおっきい?」
「おおきい……?」
「そ、あんたが知ってるのより、大きいん?」
 どうにか耳は傾けてくれた。だが、それでもまだ、腰は欲を求めて揺れようとする。だから、俺の質問に答えてくださいよ。そしたら、思う存分腰振っていいんで。なんなら、下からガンガン突き上げてあげるんで。もう、奥で突かれるの、気持ち良いって覚えたでしょ。その一番気持ちよくて、頭が狂いそうになるところ、存分に抉ってあげますよ。おかしくなるまで、壊れるまで。
 ん? と、促すように、首をかしげて見せた。
 欲に染まった顔は、蕩けながら俺を見つめ返す。
「お、っきぃ……」
「今付き合ってる俺よりも?」
「ぃま……?」
 そう、今。早く動いてと、ナカはきゅうきゅう俺を締め付けてくる。腰を揺らすのを止めたと思ったら、今度はそっちか。外の動きは堰き止められても、ナカはいうことを聞かない。どうしたら、大人しくなってくれるのやら。むしろ、この人の意志とは関係なく、うねっている可能性もある。
 か細い息を漏らしていたその人の喉が、こくん、上下した。
――おっきぃし、かたい、」
 そう呟くと同時に、その人はとろんと顔を綻ばせた。
 ふつり、脳が沸く。カッと頭に血が上る。しかし、局部は猛ったまま。二か所に血を集めるとは、この体も器用なものだ。
 そんな現実逃避はさておき、その人とは対照的に自分の顔は引き攣った。
 すけべは、どっちだ。一瞬、腕の力を緩めた隙に、その人は腰を振り出した。少し抜いては奥まで入れ込み、また抜いては咥え込む。水の中にいる分、上下にも動きやすいらしい。酷く気持ちよさそうに、浴室に喘ぎを響かせる。
 ああこの色情魔め。脳裏を掠めた悪態をどうにか腹に押し込んで、淫らに上下する体を抑え込んだ。その人の、動きを制限するため。そして、俺が、したいように、動くため。
「ぁ……?」
 突然の拘束に、ぽったりと疑問符が漏れる。開きっぱなしの口からは、一緒くたに唾液もぽたっと垂れた。ちょうどいい、アンタの声、もっと聞きたいと思っていた。そのまま、口、開けといてくださいね。
 軽く念じてから、一気に腰を退いた。
「ぅ!?」
 予想していなかった刺激にその人の体が強張る。言わずもがな、後ろもきゅっと締まった。それでも構わずに腰を引き、雁首が抜ける寸前まで熱を引き抜く。
 するりと手の平はその人の体を走り、腹部と、胸とを固定した。片方の指先は、膨らみだした乳首に引っかかる。もう一方の手は、この人の劣情を煽った下腹を弄る。
「ッあ」
 ああ、今度こそ、叫びそう。この家の遮音性て、どんなもんなんやろ。つか、隣て誰住んでんのかな。そういや会ったコトないわ。もし会ったとき、げんなりとされたら、それとなく惚気ておこう。
 そうしよう。
 明後日な事を考え終えたところで、――最奥を目がけて腰を穿った。
「ッァぁああっあァアッ……!」
「ん、わ」
 ごちゅん、と奥を抉った途端、これでもかと熱を締め付けられる。搾り取らんと、うねりながらも俺にしがみ付いてきた。
 い、きそう。いや、イってたまるか。入れてから、俺はほとんど動いていない。この人が好き勝手に腰を振っただけ。そうしてやっとできた一突きで達するなんて。男が廃る。
 必死に下腹に力を込めて、達しそうな自分を抑えこんだ。おかげで、息が上がってしまう。格好悪い。……まあ、壮絶な絶頂を迎えたこの人に、そんな情けない俺は見えていないのだろうけれど。
「ぁ、あ、ヒ」
 ぎちぎちと俺を締め付けたまま、その体は強張る。一旦抜いたほうが、お互い楽になれるだろうに。その人は、頑なに俺を咥えこんで離さない。
「き、たさん、ね、一回、抜かせてくれま、せん?」
「ぁ、ぅ……、う?」
「聞こえてます、きたさーん」
「ぁっひッ、ん……、き、こえと、から、ぁ」
「……北さん?」
「ッん、……そこ、でしゃべんの、やめ」
 息も絶え絶えに耳元に話しかけると、そのたびにぴくんぴくんと肩が震える。やはり、この人は耳が弱い。かつ、音に弱い。もしかするの、俺の声に弱いのかも?
「っは、ぁー……、ん、ふ」
「お、ぬけそ、」
「ぁ、あぁっ、はあ……、ぁう」
 やっとのことで締め付けが緩み、自身を引き抜くことができた。こちらは達していないから、まだドクドクと熱は脈打っているのだけれど。そのままハメていたら、この人がのぼせて倒れるまで、犯していたかもしれない。のぼせるのは、良くないよな。というか、自分もこのまま湯船に浸かっていたら、熱さで頭がやられてしまう。
 どうにか息を整えて、湯船からざばりと体を引き上げた。浴室の、湿った空気が肌に触れる。ひやりとした感触。普段なら寒いと思うところだが、今はこの冷たさが心地いい。
「ぁ」
「ん?」
 か細い声に、視線を落とした。湯船に浸かったまま、立ち上がることもできずにいるその人が見える。……それから、ちょうどその人の目線にある、反りかえった、熱も。
「……ほしい?」
「い、いや、いやや、こんなん、入るわけ、な」
「フッ、なにいうてんの、さっきまで入ってましたよお、コレ」
「ひ」
 猛るそれに手を添えて、ぺとり、傍にある頬にこすり付けた。たちまち、その人の肩が上下に揺れる。声だけ聞けば、その反応は恐怖に突き動かされたよう。だが、顔を見る限りでは。……怖がってなんか、ないよなあ。
「とりあえず、あがりましょ。のぼせてまう」
「ぁ、おん、……なあ」
「はぁい」
 すっかり腰が抜けたらしい。皆まで言われなくても、立てないというのがわかってしまう。腕を伸ばして、その人の胴に触れた。ぐ、その人の体を持ち上げる。と、数歩よろけながらも、その体は立ち上がった。支えているから、どうにか立っていられるような状態。かく、がく、と膝が震えている。
 このまま浴槽の中にいるのは危ないな、転んで頭を打って、そのまま溺れかねない。体を支えてやりながら、ゆっくりと洗い場のほうに移動する。片脚をあげて、着いて、もう一方も上げて、また着いて。ぷるぷると生まれたての小鹿を思わせる足取りで、湯船から離れる。
「っはあ……」
 たったそれだけ動くのにも、消耗したらしい。壁に手をついたとたん、ずるずるとその体が崩れていく。途中、壁の冷たさに気付いたのか、ぺったりとそこに頬を摺り寄せた。火照った体に、ちょうどいい。そう言わんばかりに、壁に擦り寄る。
 膝立ちで、こちらに背を、もとい、尻を向けて、壁に縋る、後ろ姿。
 なおかつ、ぽっかりと、後孔は口を開けて待っている。ひく、ひく、と縁を震わせながら、刺激を、待っている。
 気付くと、両手が平らな腰へと伸びていた。ぺったりと、突きでる形になったそこを、捉える。その人の反応はない。いや、少しばかり間をあけてから、緩慢な動きでこちらを振り返った。随分と、感覚が鈍っているらしい。腰に触れられた、ということにはどうにか気付けたようだが、これからナニをしようとしているか、までは、おそらく気付いてない。状況を、読み込めていない。
 ああ、かわええな。
 そう思いながら、つぷ、未だに熱を燻ぶらせている切っ先を、口に押し当てる。
「ぁ……?」
 まだ、その人は気付いていない。どこまでやったら気付くだろう。エラが張った部分を飲み込んだら? 前立腺を押しつぶされたら? それとも、奥の一番深いところを、抉られたら?
 どうだっていいか。
 ふ、一つ息を吐き出して、ぎらり、獰猛にその人を見下ろした。視線が重なる。交わる。ぶつかったところから、蕩けて、溶けていって。
 きゅ、と、その人の目が見開かれた。あ、気付いた。
「やめ」
「っふ、」
「~~ッ!?」
 制止も聞かずに、奥まで捻じ込んだ。一切の抵抗なく、後孔は俺を飲み込んでくれる。ばっくりと咥え込んで、程よい締め付けを与えてくれる。
「ぁー……、きもちえぇ」
「やぁ、ァあ、あぁアッも、こ、のッ、あほっ、」
「あほでええ、もう、きもちええもん、あー、いい」
「ヒ」
 がっしりと腰を抑え、ぱちゅ、ぱちゅんと腰を打ち付けていく。引き抜くときに纏わりついてくるのも気持ちが良いし、奥まで入れたときに吸い付く感触も酷く良い。平らな尻に向かって腰を穿てば、当然のように皮膚同士がぶつかる音が響いた。あまりにも激しく叩きつけると、骨がぶつかってしまうから、一応加減はする。が、べちべちと、控えめにぶつかる音までは抑えることはできない。
「も、あし、たってられへ、」
「ん、ちゃんと支えてますんで……」
「あ、ひ、ヒッ」
 ひたすらに腰を振っていれば、その人の状態が壁伝いに崩れていく。腰だけは俺の手で固定しているのもあって、気付けば、腰だけを高くあげた格好で行為に耽っていた。あ、ぁ、という喘ぎが床に直接零れていく。その喘ぎの感覚が短くなろうと、構わずに腰を振りたくる。あと少し、もう少しだからと言い訳をして、その人の様子はあえて見ないふりをした。
「も、ぁ、あっ、あ゛、ァアッ」
 高い嬌声が響くと同時に、ナカが別の生き物でもいるかのように激しくうねった。ギチリ、と、湯船に浸かっている間にも味わったのに近い締め付け。先ほどは耐えられたが、二度は、難しいか。足掻くことを早々に諦めれば、睾丸がせり上がってくる。射る。
「ヴ、」
「~~ッ!?」
 ドク、と奥に吐きつけた瞬間、プシャッと水の噴き出す音がした。その水は、風呂場のタイルに勢いよく飛び散っていく。跳ねた水滴が、俺の膝にもあたった。
 ああ、この人、また潮噴いたな。遠退きそうな意識の中、ぼんやりと状況を眺める。結腸責めと潮噴きが、回路でつながり始めているのかも。淫らな回路を繋げてしまった。そのまま情欲に溺れて、狂って、俺なしじゃいられない体になってしまえ。
 ずるりと自身を引き抜けば、吐き出したばかりの白濁がねっとりとついてきた。もったいな、もうちょいこの人のナカおったらええのに。いずれ掻きださなければならないのはわかっているが、つい、亀頭についた残滓をその人の尻に擦りつけてしまう。
 ぐず、ぐち、縁や、そこから覗くピンク色の粘膜に、擦りつける。
「ぁ、あぅぅ」
「ん?」
 そうしているうちに、ぶるり、掴んでいた腰が震えた。感じたのだろうか。いや、その震え方とは、異なる。上ずった、その人の声は、続けて漏れる。
「ぁあ~……」
 しょろ、と。腰の下に、別の液体が零れた。透明、でもなければ、白く濁ってもない。
 薄い黄色を帯びた、液体。
「ふ、はは、おもらしまでしよった……」
 ぽつりとつぶやけば、尿の臭いが鼻孔を掠めた。床に顔をつけて、すっかり快楽に酔ったイキ顔をさらしながら、漏らすとは。凛とした普段の装いからは、到底想像できない狂いっぷり。
 ……この様子から察するに、潮を噴き出した頃からは、もう意識はトんでいたのかもしれない。
 ひとしきり出し切ったところで手を離せば、ぺしょ、と腰は砕けて、その人は床に這いつくばった。やりすぎた、と、思う一方で、ここまで狂わせられたという充足感に包まれる。俺も大概、狂っている。この人に飢えすぎたのかもしれない。昨日から、箍が外れっぱなし。
 はあ。自嘲のため息をついて、汚れた身体を清めるべく、シャワーヘッドを掴んだ。