一
目が覚めると、ずきり、頭が痛んだ。いや、これは頭が痛くて目が覚めてしまったのだろう。カーテンの閉じた室内はぼんやりと暗い。これでさんさんと日の光が入ってきていたら、さらに頭痛が酷くなっていたことだ。
ごつ、手の甲を頭に乗せる。鼓動に合わせて、じりじりと痺れる痛み。二日酔い? まさか、昨日、酒を飲んだ覚えはない。し、そもそも自分に酒を飲む習慣はない。じゃあ、なぜこれほどに頭が痛いのか。瞼を閉じてみても、じっとしていても、痛いものは痛い。鎮痛剤、なにかあったろうか。湿布薬に困ったことはないが、内服薬を最後に買ったのはもう随分と前のこと。それも、あのとき買ったのは風邪薬。頭痛用の鎮痛剤ではない。
ああ、くそ。
天井に向かってため息を吐き出すと、妙に背中が冷たいことに気付いた。それに、襟足はぺったりと首筋に纏わりついている。下着やシャツも、じっとりとしていて、不快なくらいに皮膚に貼り付いていた。……どっと、汗をかいている。なるほど、この頭痛は水分不足か。となると、だらだらとベッドの上を転がっていたってこの頭痛から回復することはない。水を飲まなければ。
もう一度ため息を吐いてから、のそり、ベッドから起き上がった。素足がフローリングに触れると、痺れるような冷えが上ってくる。さむ。エアコン、つけよかな。けど、水飲んで戻ってくるまでのほんの数分のために? ……どうせつけたところで、床の冷たさが落ち着くには時間がかかる。乾燥した中で眠りにつきたくもない。ちら、と視線をエアコンのリモコンに向けてから、手にはせずに寝室の扉を開けた。
居間を通り抜けて、独り身の男には広すぎるカウンターキッチンへ。多少ぶっ散らかしても困らない、という点では、この広さは重宝している。買ってきたものをそのまま置いていたって、それほど邪魔にならないし。現に今だって、シンクとコンロの間のスペースに、どっかりとミネラルウォーターのペットボトルが並んでいる。
今飲むのなら、キンと冷えた冷蔵庫内のボトルより、ここに放置されているボトルのほうが良いだろう。未開封のそれを一本掴み、ぐ、とキャップを捻った。たちまち、パキキキと小気味のいい音が鳴る。そのまま口をつけて、まずは一口、飲み下した。
「っあー」
水を飲んではじめて、喉が渇いていたことに気付いた。口の中が、程よく冷たい水で潤っていく。喉を通り過ぎて、じんわりと体に染み渡っていく。
とん、と背中を壁に預けて、寝室同様に薄暗い室内を見渡した。カーテンの向こうはまだ暗い。今、何時なのか、はっきりと時計を読むことはできないが、深夜だとか未明だとか言われるような時間帯であるに違いない。
嫌な時間に起きてしまった。
「……ひさびさに、みたな、」
ぽつり、独り言が零れ落ちる。
久しぶりに、あの夢を見た。水を口に含みながら、見たばかりの悪夢を思い出す。夢であり過去の記憶でもある、アレ。あの出来事。もはや、夢として見たのか、記憶を思い出しているのか定かじゃない。
あの人と別れてしばらくは、この悪夢に悩まされてばかりいた。それが落ち着いたのは、いつだったろう。当時住んでいた手狭なアパートから、こっちに引っ越してきた頃だろうか。広さも、間取りも違う家に引っ越して、家具も一通り買い替えた。ベッドは俺でもゆったり広々と寝られる大きさに。座卓は椅子とセットになった脚の高いテーブルに。物置になっていた三段ボックスは捨てて、五段もあるスチールラックに。部屋の間取りだって、まったく違うところを選んだ。扉だとか、窓だとか、風呂・トイレの位置だとか。……あの部屋で起きたことを、もう思い出さなくて良いように。
最後に抱いたとき、あの人は幸せそうな顔をしていた。……と、思う。忘れようと試みているおかげか、だいぶ曖昧な記憶になってきた。良い傾向だ。忘れられるのなら、忘れたい。いずれ、この過去とは決別しなければならないのだし。うっかり顔を合わせて、薄れた記憶が呼び起こされてしまわぬよう、あの人とは別れて以来会ってもいない。別れた今、あの人との接点なんて母校が同じというくらい。断つのは実に容易かった。
「ハッ」
自嘲染みた笑いが込み上げてくる。何が忘れたいだ。この過去と決別したいだ。会ったら最後、みっともなく「もう一回やり直させてください」と縋るだろう自分を許容したくないだけだ。
じりじりとした恋心は、未だに胸中で燻ぶっている。けれど、その火種を大きくしようとしないのは、あの人に、隣にいるのはもうしんどい、と言われてしまったから。会いたいし、やり直したいのも本心。だが、それ以上に、あの人を困らせたくも、苦しませたくもないのだ。
この感情を抱えて、もう何年? 紛らわせようとバレーボールにいっそうのめり込んだが、まだ納得できる結果は掴めていない。掴む可能性が残っているのは、もう次の五輪だけ。自分が現役でいられるのは、おそらくそれが最後。……俺からバレーをとったら、何が残るのだろう。前線から退いて、隣にあの人がいないままの、自分。上手く想像ができない。昔は、「次、何をするか」ばかり考えていたというのに、ハッとすると「かつての自分と、隣にいたあの人」に思い耽ってしまう。これが年を取るということか。おかんに聞かれたら、何言うてんのこの若造とたしなめられてしまいそう。
あかん、冴えないことばかり考えてまう。寝よ。寝直そ。
ぎゅと蓋を閉めたボトルを指に引っ提げて、つま先を寝室に向けた。ひたひたと歩くたび、フローリングの冷たさが体に響いてくる。ほんの数メートルではあるが、足が急いた。
扉一枚で隔てられた寝室は、居間よりも一段階暗い。遮光カーテンを引いているせいだ。大股で踏みしめた一歩は、まんまと洗濯済の衣類の山に引っかかった。ああもう、なんでこんなところにあるんだ。そんなの俺が畳んで仕舞うのを不精したせい。自業自得。ばさばさと、足に乗った布を蹴るように放って、どうにかベッドに手をついた。片付けるのは明日でいい、今日はもう寝たい。
持ってきたボトルをヘッドボードに置きながら、捲れた布団に身体を滑り込ませた。
(あったか)
思いのほか、自分の体温が残っていたらしい。潜り込んだ布団は、ふわりとあたたかい。冷えた足先を擦り合わせながら瞼を閉じれば、いっそう強く、そのぬくもりを感じた。
「ん」
仰向けが落ち着かなくて、壁側を向くように寝返りを打つ。あ、こっちのがあったかいな。俺、結構、壁寄りんとこで寝てたんか。
もそもそと、布団のよりあたたかいところに行きつくよう、身を捩る。
「ん、んー……」
もったりと意識が微睡み始める。布団にあるぬくもりと、体の芯にある熱との境がわからなくなってきた。とろりと、あたたかい。そして、心地いい。
すう、と深呼吸するように息を吸い込めば、どこか懐かしい匂いが鼻孔を掠めた。清潔感のある匂いがする。干したばかりの布団の匂いとも、実家で使っている柔軟剤の匂いとも違う。シャンプー、か? そうだ、これ、以前、使っていたシャンプーの匂いだ。石鹸の類には気を遣っていなかったのだが、何度も何度も染め直したせいでぱさぱさと痛んだ髪を労わってみるかと、使いだしたやつ。ここ二年くらいは嗅いでいなかった匂いだ。なんせ、髪を黒く戻してしまったから。
すん、鼻を鳴らしながら、うっすらと、瞼を開けた。
「……ん?」
人影が、見える。気のせいだろうか。いや、気のせいではない。確かに、自分の隣の空間に、誰かが横たわっている。ぼんやりとしたぬくもりのある塊が、そこにある。ふわふわと漂ってくる匂いも、そこが発信源らしい。誰、これ。というか、なんで俺の布団の中にいんの。ぼんやりと疑問も浮かぶが、いかんせん、眠気が傍にいるせいで、どうも危機感とはつながらない。
あれ、俺、昨日、女連れ込んだっけ? いや、それはない。他人をこの家に連れてきたことは、未だかつて一度もないのだ。しいて言えば、引越業者と宅配業者のがっちりした兄さんらだけ。家具・家電を運び入れてもらったのを最後に、この家の敷居を跨いだ人間は自分以外に存在しない。念のためと親や片割れには住所を教えているものの、もう良い年をした大人なのだからと様子を見に来たこともないし。
と、なると、この塊は、一体。緩慢な動きで、腕をその影に伸ばした。あわせて、睡魔で重たい体もそちらに寄せてみる。
そ、と。指先を乗せると、ぴったりと肌が吸い付いてきた。なんだか汗ばんでいる。そのままつるつると指を走らせるが、布に辿り着くことはない。どこまでいっても、皮膚の、生々しさが続く。
すると、ツ、突起に、引っかかった。
「ン……、」
「ぇ」
掠れ気味の、鼻に抜けるような声。聞き覚えのある、呻き。呆けながらも、衣服をまとっていないだろう四肢を、抱き寄せた。丸い頭が、鼻先にぶつかる。すると、ふわり、あのシャンプーの匂い。以前、自分が使っていたシャンプー。……泊まりにくるたび、あの人も、使っていた、シャンプーだ。
夢でも、見ているのだろうか。
そうに違いない。これは、夢の続きだ。そうに、違いない。
「――北さん?」
ここに、あの人がいるわけが、ないのだから。
ぎゅう、と抱きしめると、シャンプーの匂いに交じって、汗の匂いもする。けれど、不快感はまったくもない。むしろ、落ち着く。この、匂い。好きやったなあ。いや、過去形ではないか、今も、好きだと思う。
ひたり、頬のあたりに手を寄せた。暗くてどうもはっきりとしないが、この形は、どう考えてもあの人。まったく、不便な夢だ。あの人だと気付かせた瞬間に、ぽやっと灯りが点いてくれたって良いじゃないか。リアリティを求めてみたって? まあ、確かに、この姿形に、匂いと質感。生々しさを求めた結果、演出も生々しく寄せてみた、といわれたら、納得できないこともない、ようなそうでもないような。……待てよ、あまりにも久々で、かつこれまでなかったシチュエーション。この人の顔を、上手く俺の脳みそが思い描けていないから、こんなことになっているのかも。寝顔、もう覚えてへんし。ああ、なるほど、こっちのほうがしっくりくる。
なら、ば。
「ん、ぅう、ン」
「き、たさん」
「ぅ……、ん?」
「ね、北さん、起きて」
「……ぁつ、む?」
「おん」
起こしてしまえば、いいのでは。凛とした瞳は、俺の記憶の中で一番鮮やかに残っている。高校時代から、正論を携えて向けられてきたからなのだろう。でも、覚えていることに違いはない。あの顔なら、わかる。きっと、辺りも明るくなるはず。
頬の皮膚が、ひくり、震えた。
「ん、ふ、」
と、唇に、吐息。
重なっているといっても、過言ではないくらいに、近い。あれ、そんなに近かったのか。じゃあ離れないと。近すぎると、上手くあの瞳に焦点を合わせることができない。イコール、顔をちゃんと見られない。それは嫌だ。
……そう、思うものの、体が退く気配はない。
むしろ。
「んッ!」
「んん……」
距離を、詰めてしまった。
数センチほどあった空間がゼロになる。吐息を漏らしたソコを、ぺったりと、ふさぎ込んだ。触れた瞬間の上皮は冷たい。しかし、ぐ、ぐ、と押し付ける圧を増やしていくと、唇の柔らかさに合わせて、じんわりと熱が伝ってくる。
「ぁ、んちゅ」
「む」
「んん~、ンッ、ん……、っはぁ、」
「は、ぁ、」
「ぁ、ン」
息継ぎがてら唇を離すが、すぐに熱を求めて重ねてしまう。上唇同士、下唇同士を擦り合わせて、息を吸って、角度を変えながら今度は下唇だけ食んで、むちゅっと音を立てながら離れて。だんだんと、ただ表面に触れているだけでは物足りなくなってくる。もっと熱いところに触れたい。さらに深いところで交わりたい。零れ落ちる喘ぎを頼りに、柔らかな口内へ舌を捻じ込んだ。
「んっ、ンン、ん、く、」
「ふ、んんっ」
「ぁふ、ぶ……」
そのうちに、唾液が頬の片側や、同じ側の口の端に溜まってきた。伝い落ちそうでぎりぎり保っている感触が落ち着かない。どうせなら、全部この人に注げてしまえばいいのに。……ああ、注いでしまえばいいのか。そう思うや否や、体は動きだしていた。その人を仰向けにしようと、圧を掛ける。もちろん、唇は触れたままで。
「ンっ、んゥ」
押し当てる角度が変わったせいか、押し付けている時間が長くなってきたせいか、徐々にその喘ぎに色が付き出す。鼻を抜ける、くぐもった音が、じん、脳髄に響いた。なんだか、効く。カフェインを過分に含む飲み物を摂取したって、ろくに目も冴えなかったのに、効く、だなんて。試合中の昂揚感に近い、ぞくぞくとした興奮が、腰のあたりから頭の付け根へと上ってくる。
もっと、もっとだ。もっと、この人が欲しい。
頭を掻き抱くように、その人の髪の間に、計十本の指が入り込む。
「も、ァっ」
「んん、ん」
「ンく、ッゥん……、ァ、くる、し」
とん、と。胸を押された。いや、これは叩かれた、か。はじめてその人から抵抗がもたらされたせいか、ハッと我に返った。唇にのめり込んでいた意識は、理性を取り戻す。
慌てて唇を離すと、たっぷりの唾液を纏ったソコが、ふるりと揺れたような気がした。はふ、と湿り気を帯びた吐息がかかったからだろうか。片手をずらし、そ、と親指で触れると、案の定濡れて滑る感触がする。おそらく、やらしい赤色に染まっているに違いない。見たい。その赤を、この目でしっかりと確かめたい。
深く息を吐き出してから、上体を起こしていく。背中に掛かっていた布団が、ばさり、腰の裏に落ちた。ちょうど、その人の腹のあたりに跨る格好。だらりと下げた腕の先で、手の平は汗ばんだ皮膚の感触を味わいはじめる。
ぼんやり、影を見下ろした。火照った顔を見られることを期待して。
しかし、その期待に反して、視界にはぼやりとした影だけが寝転がっている。素肌の色はグレーに濁っているし、表情なんて言うまでもない。影を見下ろした、というより、影を見下ろすことしか、できなかった。
「なんでや」
「は?」
「まだ、みえへん」
「……なんのはなしや」
「かお、みえへんなあって、」
「そりゃあ、……灯りもついてへんし、見えるわけないやろ」
「えぇ」
つい、不満が漏れた。この夢の不便さは、まだ続いてくれるらしい。下から聞こえてくる声も、なかなかに淡々としている。口付けの名残で少々息は荒れているものの、既に声色からしっとりとした色気は失せている。もう少し、都合良く描いてくれたっていいじゃないか。どうせ夢なのだから。
仕方なしに、枕もとへ腕を伸ばした。枕の横をばしばしと叩きながら、あるはずの長方形を探す。しかし、指先にそれが引っかかることはない。あれ、ない。電気のリモコンがない。このあたりに置いたと思ったのだが。枕元にないとなれば、ヘッドボードのほうか。膝立ちになりながら水のペットボトルがあるほうへ腕を伸ばせば、すぐに目的のプラスチックを掠めた。コレコレ。大きい丸が点灯。小さい丸が消灯。リモコンの先を天井に向けながら、大きいほうの丸いシリコンをきゅっと押した。
「わッ」
「ヴッワまっぶし……」
たちまち、カッと強い灯りが降ってくる。突然の明るさに目が眩んだ。眉間に皺ができてしまう。組み敷いているその人も眩しかったらしく、目の辺りを腕で覆っていた。結局、顔、見えへんし。このくそ。まあ、煌煌と光に照らされながらするのも無粋。ぴ、ぴ、と常夜灯の手前くらいを目指して、リモコンを操作した。指先の動きに合わせて、寝室を照らす灯りは柔らかくなっていく。目も慣れてきたのか、落ち着く暗さになったからか、染みるような辛さも消えうせる。
こんなところか。ぴ、音を立てていたソレを、枕もとに放り投げた。ぽん、と長方形は一度弾み、ベッドの端に転がる。
「んし」
一つ息を吐き出して、視線を下へと移した。指先は、改めてその人の肌に触れる。暖かい色味の光を浴びる、ほんのりと汗ばんだ肌。手の平全体を鳩尾の辺りに乗せると、やはりぴったりと吸い付いてきた。
「んっ」
じん、と体温を楽しんでいると、焦れたのか腕で覆われた位置から、小さな呻きが聞こえてくる。どんな顔をして、そんな音を零しているのか。腕の隙間から見える唇は、もう乾き始めている。たっぷりと唾液が乗っていた分、乾燥して痛くなるかも。あとでリップクリームを塗らせてもらおう。……そこまで、夢が続いていたらの、話だが。
ぺったりと腹に触れたまま見下ろしていると、その体はゆっくりと身じろぎをする。震えるような動きを伴っている、寒いのかも。そういえば、暖房はつけていなかった。俺は寝間着を着ているからまだいいけれど、この人はなにも纏っていない。汗ばんだ肌を、そのまま晒している。寒くないわけがない。
「な、あつむ、寒いんやけど」
「……ふ、いまにあったかくなりますて」
「はぁ? まだする気な、」
のろり、言いかけながら、その人は腕を退けた。ぱっちりとしたアーモンドアイが、呆れを滲ませながら俺を射抜く。
まだ、やて。俺ともうシた設定らしい。何回したのかまではわからないが、少なくとも今の俺とは一度もしていない。するに決まっとるやろ。
にんまり、と、俺の唇に三日月が浮かぶ。
――対照的に、その人の瞳は、満月のように丸く見開かれた。
「……は?」
小さく開いた口から、乾いた声がする。漫画だったら、大きくクエスチョンマークが描かれていそう。たった一音に、たっぷりとした疑問を含んでいる。何か不可解なことでもあったのだろうか。顔いっぱいに怪訝を浮かべるその人を眺めながら、首を傾げて見せる。
「ん? どしました」
「ここ、どこ」
「どこて、おれのいえ」
あ、そうか、北さん、前の家しか知らんもんな。
いつも夢を見るときは、あっちの家での情事ばかり。この寝室をベースに見るのは、今日がはじめてだ。なるほど、凝っている。よくできた設定だ。
ほけ、と口を開けたまま固まるその人を、まじまじと見つめてしまう。気のせいだろうか、別れることになったあの日よりも、幼く見える。輪郭にまだ丸みがあるというか、呆けている顔つきがあどけないというか。そのくせ、目尻が赤くなっているのがアンバランス。たっぷり気持ちよくなって、いっぱい泣きました。そんな色香が微かについている。
つ、つ、と視線を顔から首へとずらせば、赤色が咲いていた。小さなその痕は、首筋のほか、鎖骨にも散っている。日に焼けていない肌に、実によく映える鬱血痕。しかも、意図的に襟首が隠れる服を着ない限り、見えてしまう位置。まったく、誰につけられのやら。……ああ、俺か。またするん、て、言っていたし。
こういう、わざと見えるようなところにキスマークをつけるの、正直言うと好きだった。独占欲の表れだったのかもしれない。この人は、俺のものだ、と主張したくて仕方がなかった。特に学生の頃は、しょっちゅうつけていたものだ。鎖骨の上、首筋、襟足の傍、耳の裏。ちょっとした仕草で見え隠れする場所に、ぽっと俺の所有印がついている充足感と言ったら。堪らないものがあった。
どうしてこんなところにつけたんだと叱られても、からかわれるのは俺なんやぞと睨まれても、セックスするたびに上書き作業をしてしまう。最終的に、毎度の諫言を諦めたのは向こう。代わりに、社会人になったらやめろと期限は定められたが。
ちなみに、その約束はきちんと守っている。この人が就職してからは、胸や背中、脚の付け根といった、服で隠れるところにしかつけていない。首筋だとかには、あくまで触れるだけ。ぎゅ、と吸い付くことはしなくなった。……それを、ちょっとこの人が寂しがっていたこと、実は知っている。拗ねられたくなかったから、あえて指摘はしなかったのだけれど。
指先が伸びて、そっと、鎖骨に乗った赤に触れた。
こんなところにキスマークを付けていた頃の、北さんか。じゃあハタチくらい? 俺よりずっと年下やん。北さんが年下、て、はは、おもろ。
「つか、おま、髪」
「フッフ……、そう、戻したんですよ。もう金髪にする年でもないしなあ、思いまして」
「い、ま、いくつやねん」
「いくつて、」
にじゅう、はちです。わざと舌ったらずに数字を伝えると、ひくんとその人の頬が引き攣った。息の音も聞こえない沈黙が数秒。ひくん、もう一度、その人の頬の筋肉が歪に動いた。
「にじゅうはっさい」
「はい」
「にじゅう、はっ」
「ええ、そんな驚くことですかあ」
「せやって、さっきまでお前金パで、ぷりんで、染め直さんと、て言うてたし」
「プリンて!」
「いつのまに、成人したん……?」
「ふ、ふっふっふ、北さんめっちゃ混乱してはりますね?」
はくはくと、金魚のようにその人の口が開閉する。その衝撃に震える顔に、笑いが込み上げてきた。たまにびっくりして二、三秒フリーズしたことはあったけれど、ここまで驚いた顔が続くのは珍しい。この人の常識を華麗に覆してしまった。
いや、待て。現実のこの人ではないから、ここまで活発に表情筋が動いているのだろうか。所詮は俺の空想?
なんだっていいか、俺の視界に、今横たわっているこの人が、可愛らしい顔をしてくれているのにかわりはないのだから。
人差し指の下にある鬱血痕をもう一度撫でてから、じぃっと鎖骨を見下ろす。綺麗に皮膚を持ち上げる骨。首から続く凹凸のラインが美しい。なぞるようにして、指先は首へと上っていく。
あわせて、上体をゆっくりと倒していった。
「どういぅ、ぁ、ひゃ」
「なあ、これ、俺がつけたん?」
首筋を撫でながら、鎖骨の赤に唇を寄せた。ふ、吐息をかけてから、ねっとりと舌を這わす。唾液がうっすらと移ったところで、キスマークを上書きするかのように、きゅ、と吸い付いた。
「んっ」
「ココ、つけるたび叱られたなあ」
「ぁ、待て、待っ……、」
まったく同じところにもう一度吸い付いてから、今度は首筋に浮かぶ痕へ唇を移す。いくつもの筋が通っている部分。この人の聡明な頭を支えている首。
やんわりと甘く噛みついてから、鎖骨のソレより少々力ませながら吸い付いた。おかげで、鈍色を被っていた赤が幾分鮮やかに色づく。思ったとおりの色が浮かんだのに満たされつつ、指先は襟足をくすぐった。このあたりにもつけたい。少し上って、耳の裏の辺りの、皮膚の薄いところにも触れたい。その人に触れば触るほど、したいことが増えていく。
「侑!?」
「ぅわ」
ふと、クリアな呂律で名前を呼ばれた。それとほぼ同じタイミングで、めち、と顔を両手で突っぱねられる。……平手打ちをしなかったのはこの人なりの優しさなのだろうか。いや、そもそも、物理的な暴力に頼る人ではない。悪意ゼロでこちらのメンタルを抉る言葉の圧はあれども、腕力に物を言わせることはないのがこの人だ。
いくら夢といってもやりすぎた? ここで本気の抵抗からの、ベッドの上で正座での説教? なんという生殺し。それは困る。
が、どうやらこの夢は自分の都合など鑑みてはくれない。説教を受けるのもありえない話じゃあない。せめて、もう何分かはこの体に触れていたかった。付き合い始めて間もない頃の、この人。当時はあまりにも必死だったせいで、ゆっくりと体に染み渡るような堪能の仕方はできていない。折角の機会だったのに、残念だ。
と、考える一方で。
いっそ、駄々を捏ねてしまおうかと模索する自分もいる。抵抗されようが抑えつけて、ぐずぐずと触れるのを強請ってしまおうか、と。ただ、それを実行するには二十八歳のプライドを捻じ曲げなければならない。明らかに年下に、めそめそと縋る自分。ありえない。向こうが年下てシチュエーションなのに、なぜわざわざいつもと同じ強請り方ができようか。そこは一応年下のこの人を俺がでろっでろのぐだっぐだに甘やかして蕩かせるべきだろう?
今日は、オアズケなのだ。そういうオチが待ち構えているのだ。そういうことにしよう。ほら、目ぇ覚めたとき、何してんねんて頭抱えずに済むし。
今もなお、ぐいぐいとその人の手は押し付けられている。そんなにしたら、俺の顔が歪んでしまう。良いんですか、ボロッと某あんぱん野郎みたいに顔が取れても。
とりあえず、この手くらいは退かせてもらおう。そっと手を伸ばしつつ、押し当てられた指の隙間から推定真顔のその人を盗み見た。
「……あれッ」
「っ」
ぺたり。その人の手を掴んだ瞬間、組み敷いた体がひくんと跳ねた。その手は、いつかと違ってあたたかい。むしろ、熱い。指先にまでしっかりと血が巡っている。
熱の、乗った、指。
つい、目を細めてしまう。口角を、にんまりと持ち上げてしまう。……そんな俺の表情の変化に、ちゃんとその人は気付いたらしい。ついさっき俺にたっぷりと貪られた唇を噛みしめる。
それも。
「まぁっか……、かわえぇ」
「だっ、かわっ……、な、……あ、ほ、」
ぼっと火がついたように火照った顔をして、だ。
この顔を可愛い以外に表す言葉が思いつかない。可愛い。かわええわ。今のあんた、めっちゃかわええ。
誰が可愛いだ、なにあほなこと言うてんねん。と、その人は言いたかったのだと思う。それぞれ頭の一文字二文字しか言えていないが、大きく外れてはいないだろう。すっかり混乱している。俺に可愛いって言われたの、そんなにびっくりした?
いや、俺が発した言葉の意味よりかは、音に反応したからか。
その人の赤面につられて、胸焼けが起きそうなくらいに甘ったれた声が出てきたのだし。ココアもチョコレートも真っ青、砂糖をそのまま溶かして混ぜたみたいな、ただただ暴力的な甘さ。自分でもちょっと引きそうなくらい、どろどろに甘かったと思う。
こんな声、出せたのか。
生きていた中で、一番甘ったるかったのではないか。愛おしさがこみ上げてきて、我慢できなくて、あかんわめっちゃ好き、と思ったらこの様。もう別れてしまっているだけあって、この人の愛おしさも一入。
……もうどうにでもなってしまえ。
説教からの生殺し? そんなんされる前にどこまでも溶かして善がらせて、説教する気力を削ぎ落とせばいい。
縋って強請って駄々を捏ねる? わざわざ伺う必要がどこにある、強引に抑えつけてからたっぷり気持ちよくして丸め込めばいい。
妙な開き直りを抱えつつ、俺の顔に触れたまま硬直しているその人の手に擦り寄った。咄嗟に手を退こうとしてくるが、右手で包んで固定する。そして、指の隙間からじっとりと視線を落とした。ぴたり、頬と手の平との密着度をあげるのも忘れてはならない。
俺、あんたのこと、今から気持ちよくします。覚悟、してくださいね。
そう目で語り掛けると、ひく、真っ赤な体が震えた。ひゅっ、か細く息を呑む音もする。……こんな初心な反応をしてくれるなんて、ほんとうにかわいい。きりきりと胸が締め付けられてきた。
くっついただけで、これなら、もっとすごいことをしたらどうなる? 興味はむくむくと首を擡げだす。ついでに、寝間着の下に潜む自身も、比例するように膨らみだした。
もっと、すごいこと。金髪ではなく、黒髪の俺とわかった状態でキスをしたら。日に焼けていない肌にねっとりと舌を這わせたら。汗ばんだ四肢や敏感すぎる粘膜を愛撫したら。……俺の熱で穿って、最も深く、熱いところで繋がれたら。欲は尽きることなく浮かんでくる。
ふ、笑みを携えた吐息が漏れた。必然的に、その人の手の平に当たる。俺の右手で固定されたそれが、ぴく、と健気に震えた。
「ふ、ふふ」
「わらン、わ、あっ……!?」
「ん、ちゅ」
こみ上げてくる笑みをそのまま、唇を手の窪みに寄せた。ふに、くに、押し付けながら、所謂手相と呼ばれる皮膚の筋を辿る。けれど、唇だけじゃ面として触るので精一杯。この線のとおりになぞるには。……考えるまでもない。唇を緩め、ちろり、舌先を出した。薄く唾液を纏った舌が、皺に沿って滑っていく。努めて、ゆっくりと這わせたつもりだが、あっという間に手の端へ。上書きするようになぞり直してみようか。
いや、それよりは。
「ひっ!?」
「んん、む」
ぱっくり。
これみよがしに口を開けてから人差し指の付け根あたりに噛み付いた。やんわりと歯を立て、こり、骨や筋を確かめる。もちろん、痛くはしない。この人の体に傷をつけるつもりはないのだから。あくまで甘噛み。あわせて、荒れ気味の皮膚を舌で舐めると、か細い「ぁ」の音が聞こえてきた。やめろと突っぱねずに、この反応。それからようやくふるふると首を振るが、それで俺をどうにかできるなんて大間違い。つか、できるなんて思ってないでしょ?
むぐむぐと口をつけたまま、指先へと移動していく。骨の太さを感じながら、関節で余った皮膚を弄りながら、深爪気味に切りそろえられた指先へ。
……つか、なんでこんな切り方してるんですか。俺に言ってくれたら良いのに。ぴかぴかにしてやれる自信しかない。
噛んでいた手の皮膚も、なんだか乾燥している。どうしてこんなにも自分には無頓着なのか。人のことは、やれ手は洗ったのか、うがいはしたのか、はよお服着ろや、風邪引くでと面倒見てくれるのに。
ああもう、ほんと痛々しい。ちゅぷっと唇を離して、その指先をまじまじと見つめた。爪の先の白い部分は残っていない。肉の赤みが強い部分もチラチラと見えた。甘皮は当たり前のようにひしゃげ、ささくれとつながっている。
ここまでの無頓着を改心させるには、何をしたら良いだろう。少し痛い目にでも遭ってもらうか。例えば、ぱっくりと咥えられてぐりぐりと染みそうな部分を舐られるとか。……バイキン入ると抵抗されそう。なら、恭しさを前面に押し出すのはどうか。あんたは、俺に大切にされなきゃならない生き物なのだ、と、そう指先に口付けるとか。
閃くと同時に、その痛々しい指先へ唇が近付いていく。
「ッ」
その人が息を呑む音と、ちゅっというリップ音が一緒に聞こえてきた。
北さんの指。俺の大好きな人の指。俺を、ずっと支えてくれていた人の、指。押し寄せてくる愛おしさの波は、いつまでたっても凪いではくれない。それどころか、押し寄せるたびに大きい波になっている。
もう一度、指先に口付けた。
「っぅ、なんやねんおまえ……」
「なにて、ミヤ・アツム・クンですよ。あんたの恋人の、十年後の姿」
「んな夢みたいなこと、」
「ん? あー、そう、夢、夢ですよ」
これは夢なんです。だから、あんたも存分に未来の恋人にめろめろにされてください。さすがにそこまで口にすることは控えたが、その意図を伝えるべく、顔を胸元に寄せた。その先には、ぷくりと小さく立った乳首。だが、艶めかしさはほとんどない。ふ、と息をかけても、悲鳴染みた嬌声はあげてくれない。まあ、何年か弄り続けても、ココで感じさせるにはコツが必要だった。つまり、コツさえつかめば、自分でくにくに慰めだすくらいに気持ちいい部分になるのだけれど。……少なくとも、この時点では、まだその快感は知らない。
知らない、か。覚えさせたい、な。
あれこれ物思いに耽りながら、控えな粒に齧りつく。
「ヒッ!」
ぢゅ、ぷちゅ、と唾液をいっぱいに使って、やらしい音を響かせた。舌先では、先っぽをくにくにと転がしてみる。小さな窪みを抉り、粒ごと潰し、潰したソレを吸いだすようにしゃぶり、執拗なまでに乳首へ刺激を与えていく。
だが、それだけではぬるい。並行して、性器でも扱いてやらないと。あの気持ちよさと、乳首を弄られる感触がイコールになるよう、馴染ませなくては。
両手をその人の体に置いて、つ、つ、と汗ばむ肌に引っ掛けながら下へとずらしていく。脇から、腹へ、下腹へ。そして、恥骨部へ。
――降りて行ったと、思うのだが。いつまでたっても、滑らかな皮膚の感覚しか伝わってこない。このあたりには茂みがあるはずでは? 確かめるように親指で円を描いてみるが、やはり、表面はつるりとしている。
あれ、この人、こんなに薄かった? そりゃあ、俺と比べればずっと薄い質ではあった。が、それにしたって薄すぎる。もとい、なさすぎる。まるで生えていないみたい。そんなばかな。
ぢゅぽ……、と、吸っていた乳首から口を離した。泡になった唾液が、突起に引っかかっている。すぐに弾けるということもなく、突起をくすぐるようにして泡は垂れ、乳輪を過ぎる。つ、胸の皮膚まで濡らしたところで、ようやくぷつんと泡が溶けた。
ねっとりと、そこは淫靡な艶を持つ。つい、食い気味に見つめてしまった。違う、乳首を見たいんじゃない。俺はこの人の下腹を見たいのだ。陰部を確かめたいのだ。そのために、口を離したのだ。
すぐにしゃぶりつきたくなる衝動を押し殺して、ぐっと体を起こした。あわせて、視線をその人の胴に滑らせる。乳首があって、鳩尾があって、へそがあって。その、下。
と、思ったところで、二本の腕に視界を阻まれた。目を覆われたわけではない。
「見んな」
ハッとしたその人が、手で局部を隠してしまったのだ。俺より小さいとはいえ、男の手。両手分。それだけあれば、恥骨部から性器まで、簡単に隠せてしまう。
両脚は若干内股気味。見られたくないがための内股なのかもしれないが、うっかり可愛いと思ってしまったのは大目に見てほしい。
「……見せて」
「もう見たやろ」
「見てませんて、ほら、ね」
「ぁ、やっ」
あんたとセックスをしていたことになっている俺は見たのかもしれないけれど、この俺自身は見ていないんです。見せてください。
手を退かすべく強引に掴むと、内股気味だった両脚がきゅっと折り畳まれてしまう。その恰好、股隠す代わりに尻突き出すことになるんですけど、北さん的にはオーケーなんですか。
尻を見せつけられるのも悪くない。とは思うが、それはそれ、これはこれ。今はあんたの陰部を見たいのだ。だって、毛が生えてないみたいだったから。もしそうなら、是非とも拝みたいものだ。
パイパンの北さんなんて、奇跡的にえろくて可愛いに決まっているのだから。
「見せてください」
「……あかん」
「でも、さっきは見せてくれたんでしょ」
「さっき見せたんやから、もうええやろ」
「金パの俺には見せておいて、今の俺には見せへんて、不公平です」
「だったらお前も「今」の俺に見せてもろたらええやん」
「ふっ……、酷なこと言わんでください、見せて」
「せやから」
「見せて」
「……」
「みせて、きたさん」
「ぅ」
ああ、まただ。底なしに胸焼けする声が零れる。……意図的に使ったわけではない。断じて。どうやらこの人は俺のこの声に弱いらしい、というのをわかって吐き出しているわけではないのだ。たまたま。偶然。だから「狡い」と目で訴えてくるのはやめてくれ。
「きたさぁん」
「ぅ、ぅ……」
なんて、考えつつ、同じ声色で名前を呼んでしまった。再度「狡い」の視線が突き刺さる。ああもういいです、狡くて。その狡さであんたが折れてくれるなら、いくらでもこの声をかけましょう。
ね、おねがい、と畳みかけつつ、頑なな両脚の膝に手のひらを置いた。それから、ゆっくりと、外側に向かって圧を掛ける。
抵抗の力みが見られたのはほんの数秒。その数秒後には、俺の手に合わせて脚が開かれる。膝は曲げたままのため、M字開脚のような恰好。カエルをひっくり返したときにも似ている。
あとは、割り開いた真ん中を見せてもらうだけ。しっかりとソコを覆っている両手を、退かしてもらうだけ。
「なあ、みたい、みせて……?」
「~~っ、」
ひく、と、その両腕が震えた。けれど、動くには至らない。強情だ。もうほとんど見せても良いに天秤は傾いているだろうに。
ほう、とため息を零してから、小首を傾げて見せる。見せて、ね。見たいんです、見せて。あんたのそのえっちなとこ、見せて。そんな言葉を「ね」の一音に込めて吐き出すと、その人の腕が戦慄き出す。
もう一声。
今度は、吐息だけで「ね」と紡いだ。
「ぅぅうう……」
「お」
そして聞こえてくる悔し気な呻き。後にも先にも、こんな声を出させたのは俺だけではなかろうか。
「……つるっつるや」
よろめくように、腕が退かされると、つるりとした恥骨部が現れた。その下、陰部に至るまで、一切の毛が生えていない。縮まったものの根元までよく見える。まるで、子どもみたい。小学生だとかの、生えそろう以前の頃。滑らかな表面に幼さが滲んで、頭がくらくらとする。
そのくせ、ついているものはそれなりに成熟しているのだから質が悪い。流石に使い込まれて赤黒くなっている、なんてことはなく、自然な肌色をしているが、ついているのは大人の男のナニ。
「はは、えっちですね。自分で剃ったんですか」
「よぉ言うわ、お前が剃りたいて」
「え……?」
まじまじと局部を見下ろされているせいか、その人の声はかすかに震えを孕んでいた。こんなところを、灯りの下に晒されるなんて聞いてない。そんな羞恥がたっぷりと込められている。
さておき、俺、剃りたいなんて言ったこと、あったか?
ぱかりと脚を開かせたまま、思考を巡らす。そういえば、随分と昔にそんなことを言ったことがあるような、ないような。つるつるになったこの人が見たい、とはしょっちゅう思っていたから、いざ口にしたかどうかはよく覚えていない。
そりゃ見たいわ、つるっつるのの北さん。綺麗に剃られて、プライベートな部分を惜しげなく晒したこの人。逆に見たくないわけがない。この人の痴態なら、どんなものだろうと見たいに決まっている。
恥じらいを残したこの人も、理性が瓦解して完全に快楽に屈したこの人も。
見たくて見たくて堪らない。
「ぁ、ひ、やぁ」
気付くと、指先はつるりとした皮膚をくるくる撫で始めていた。性器には一切触れていない。あくまで、付け根。本来なら陰毛が茂っているあたりを、さりさりと指先が這う。
垂れていた可愛らしい姿のペニスが、ゆっくりと、芯を持ち出す。
悪戯心が胸中を過った。その赴くままに、指先を、つ、性器にあてがう。根元からスタートして、竿にうっすらと浮かぶ血管をなぞっていく。裏筋を通り、亀頭までたどり着く頃には、すっかりそこは膨れ上がっていた。
性器に与えた刺激は、表面を指先でなぞったのみ。にもかかわらず、しっかりと反り返っている。切っ先に指を乗せて、ぴんっと弾くと、内腿が痙攣するかのように震えた。
若いなあ。しかも、まだちゃんと男の子やん。
勃起したソコを弄びながら、比較的新しいほうの記憶に住まうこの人を思い起こす。別れるような際には、今のように反り返るほどの勃起はできなくなっていた。なんなら、後ろで達しすぎて、前が勃たなくなることもしばしば。射精することも忘れて、イクたびに潮を噴いたこともあった。俺に犯されることに適応したカラダ。
……あの人は今、その身をどうしているのだろう。雄としての機能を思い出すことができているのか、思い出せないまま別の男に慰めてもらっているのか。
「んっ、ン……ぅ、クぅっ、ン゛」
今を過ごしているだろうあの人に馳せていた意識が引き戻される。咄嗟に焦点を組み敷いた体に合わせた。
その先に、ぎゅ、と目を瞑ったその人が映る。手の甲を口に押し付けて、必死に声を押し殺していた。聞かせてくれても、構わないのに。むしろ、聞きたいのに。その手を引き剥がしたいが、そうするには脚にかけている手か、性器を追いつめる手のどちらかを休ませねばならない。それは嫌だ。脚は脚で触りたいし、蕩けそうなこの人の陰茎も触っていたい。あと二本くらい、腕があったらいいのに。
あと、二本。
熱に浮かされ始めながら、その人の持つ、二本の腕を見つめた。
「北さん」
今日だけで、何度この名を呼んだことだろう。それくらい、しつこくこの人を呼んでいる。わかってはいるが、呼んでしまう。だって、呼んだらこの人。
「……ん、ぅ?」
「……ぁー」
ちゃんと、俺のことを見てくれるから。潤んだ瞳から、こちらにむかって視線が伸びてくる。その線を受け止めて、応えるように目を合わせる。可愛いけど、やらしい。瞳自体は綺麗で、えっち。胸を渦巻く愛おしさは、疚しさを孕みながら膨らんでいく。
熱の籠った息を、肺から押し出した。あわせて、その人から手を離す。ふる、と性器は震え、脚は開いた状態で弛緩した。口に押し当てていた手からも、いくらか力が抜けたように見える。実に無防備。そういうとこ、良くない。あんなにも隙がなかったのに、すっかり俺に体を許してくれている。堪らないったら。
迷うことなく自身のスエットに手を掛けた。柔らかな生地をしたそれを、下着諸共ずりさげる。そのまま脚を引き抜き、丸めて床へと放り投げた。
「で、か……」
ふと、掠れた声がした。
改めてその人に向き直るが、目線が合わない。……どうやら、俺の目、ではなく、取り出された逸物に見入ってしまっているらしい。
つい口が緩む。頬が垂れる。
大きい、でしょ。
俺の、コレ。
「ありがとお」
「……褒めてへん」
「えぇ、でかい~て言うてくれはったのに!」
「大きけりゃいいてもんでもないやろ」
「大は小を兼ねるて言うでしょ」
「入らへん」
「大丈夫、ちゃあんと入ります」
「むりや」
「きもちいいって、評判なんですよ」
「……今の、俺に?」
「……ま、入れたらわかりますわ」
緩く首を擡げたそれに手を添え、わざとらしく竿を揺らした。ぶるんと揺れるソレを、その人は食い入るように見つめてくる。いや、これは睨んでくる、というべきか。
そんな戦くようなサイズなのだろうか。じん、と熱を孕むソレにちらと視線を送る。
まだ完全に勃起はしていない、ソレ。正直、ハタチそこらの頃の俺のほうが、よほどえげつないモノを持っていたような気がする。その頃よりも、今の俺のほうが大きい? そんなまさか。単に、この人の見間違いだろう。もしくは、常日頃から俺のコレを大きいと思ってくれているか。それはそれで嬉しい。
上向きの機嫌を携えて、のっそりとその人の股座に腰を下ろした。
「ひ」
「ひ、て、酷いわあ、あんたの大好きなあつむくんですよ」
「だいすき、では、ない」
「またまた」
「や、おい、ぅア」
腰を押し付けるようにして近付いて、北さんの勃起したソレに、いきり立った自身を押し当てた。互いの熱が蕩けて、触れた部分からじんっと痺れるような悦が走る。
それは向こうも同じだったらしく、押し当てた瞬間に北さんの声は裏返った。切っ先からは透明な雫がぷくりと膨れる。すぐに雫は決壊して、尿道口の周りをぬらりと湿らせた。つられて、俺のナニも硬度を増す。いっそう血が集まってくる。大きい、その人が称したときより、一回りか二回りは膨れ上がった。
「ぁ」
か細い声と共に、小さな口がぱくぱくと開閉を繰り返す。そのたびに、カウパー液がこぽこぽ漏れだした。
昔からこの人は濡れやすい。清廉潔白な顔とのギャップに、その都度カッと頭を焼き切らせていた時期もあったな。あの北さんが、こんなにえっちな反応をするなんて、と。だが、何度も体を重ねているうちに、慣れてしまったのだろう、真顔と蕩け顔の落差で理性を弾けさせることは、ほとんどなくなった。どちらの顔も、愛おしいこの人の顔であることにかわりはないし、どっちかを選べと言われたってきっと選べない。どっちもこの人だし、どっちも持ち合わせていないとこの人じゃない。
しいていえば、セックスしているときはトロ顔が見たいし、普段は澄まし顔を見たいという程度。
だから、今日のこの瞬間は、どちらかというと蕩けた顔が見たい。体中どこもかしこもみっともなく蕩けさせたい。
見せて、もらおうか。
にんまりとしてから、勃起しきった二つの性器を一緒くたに握り込んだ。
「ヴ、わ」
「あぁ~……、きもち」
ごりごりと擦り合わせるかのようにして、熱を扱いていく。最初は俺の手だけで。しばらく俺の好き勝手な自慰に付き合わせていると、狂いそうだからやめろとその人は手を伸ばしてきた。
待っていました。そう言わんばかりに、北さんの手を絡めとる。
ひたりと、荒れた手を、二本に添えた。たちまちに肩が震えるが、気遣ってはやらない。ただただ笑みを深くして、その人の手に擦りつけながら扱く動作を再開する。
「ヒっ、あ、ァっ……ん、ンっ、ぅうゥ」
「腰、逃げとる、もっとこっち、」
「あぁアッ、あっや、ぃたッ」
「痛い? きもちぃの間違いでしょお?」
「ひっグ、ん、んっンン゛ぅ、ぁっ、……ァア゛、ぁヒ」
逃げようとするのすら抑え込んで性急に雄を虐め抜けば、徐々にその人の理性が溶けていく。俺の手に合わせて動かされていたはずのその人の右手は、あっという間に自身を善がらすために上下しだした。もう俺の意思とは別に、ぐちぐちと責めてたてている。そっと俺が手を動かすのを止めても、気付かない。ほとんど夢中になって、二つの熱を扱いてくれていた。
良い調子だ、そしたら俺は別のところに触れらさせてもらおう。触れていた竿から、ゆっくり、切っ先のほうへと移動させていく。
「ぁ!」
「……好きですよね、先っぽ、くちゅくちゅされんの」
「ンぅ、ッぐ……、ぁ」
亀頭に辿り着くと同時に、指先を鈴口に引っ掛けた。物欲しげに開閉するソコをクリクリと抉れば、ひっきりなしに我慢汁が漏れ始める。
それにしたって、漏れすぎか。絶頂が近いのかもしれない。竿を扱く手も乱暴になってきている。ふ、この人も、まだこの時は、雄の自分を昂らせることができたのか。
ああ、早く、雄だけではなく、雌としての快感に突き落としたい。
ぢゅ、ぐぢ、り。鈴口を潰すようにして、指を亀頭に擦り付けた。
「ッンく」
「お」
「っは、はぁっ……、は、」
一瞬体が強張ったかと思うと、さらりとした液体が吐き出された。白いと言えば白い。が、あまりにも薄い。
手に掛かった液体を指先で捏ねてみるが、やはり見た目どおり、水っぽかった。一体、何度達した後なのだろう。前を扱いても素直に感じていたから、延々と後ろで達し続けたわけではないような気がする。
しかし、顔はすっかり蕩けている。吐精したあとの、萎えるというか、冷めるような表情は浮かべていない。それこそ、女の子イキしたときに近い顔付き。
もしかして、射精しながら後ろでもイッたのだろうか。すぐに冷静さを取り戻すことなく、びくびくと体の痙攣を続けているあたり、後ろでイッたと言われても信じてしまいそう。
まだ、アナルには触れていないの、だが。
引き攣るように震える陰茎を眺めた。真っ赤に染まった亀頭は痛々しくもいやらしい。……今、ココを強引に撫でまわしたら、潮を噴いてくれそう。やってみたいな。じり、と手が伸びるが、放心しつつも快感の名残に浸っているこの人を見ていたい自分もいる。
はーはー、と上ずった呼吸を繰り返すその人を見下ろしながら、先に自分の息を落ち着かせることにした。下手に煽ったら、こっちもつられて暴発してしまいそう。寸前、というところまで追い詰められているわけではないが、とにかく淫らなこの人を眺めていたら、どうなるかわかったものではない。
考えてもみろ、誰でもない、この俺の手によって、この人がここまで乱れ狂ったのだ。意識すればするほど、ずるずると顔が緩んでいく。引き締めようにも、表情筋は言うことを聞かない。
くったりと弛緩した北さんを見つめるほどに、顔の緩みは増してしまう。
「ふー……、」
ぐにゃぐにゃと顔を歪ませながら、ひとまず腹に溜まった空気を吐き出した。
落ち着け、いくら愉快だからといって、我を失うところまでテンションを上げてはいけない。ある程度の理性は保っておかなくては。そうしないと、この恥態を忘れてしまう。いざ夢から覚めたとき、めちゃめちゃえろい夢見たのに覚えていないなんて惨事が起きてしまう。
覚えていたとしても、それはそれで「どんだけ俺、あの人のことひきずってんねん」と頭を抱えるのだろうが。まあ、それは、それ。置いておこう。
さて。
そのまま、萎えた棒を構い倒すか。棒と袋が垂れた奥で、ヒクヒクと物欲しそうに震えている穴に触れるか。……自分の有様を思えば、ズリ合うよりは、つっこみたい。
緩んだ顔に過分な下心を乗せながら、ぱかりと開いたままの脚、片一方を肩に担いだ。逆側の脚は、折り曲げた状態のまま胸に押し付ける。抵抗されることはない。未だに息が落ち着かないらしく、湿った呼吸をしながら、俺にされるまま脚を開いてくれた。腰だって浮かしてくれる。ぽてん、柔らかくなった性器を、腹側に垂らした。
「……ぁ?」
お、やっと自分の体勢に気付いたか。
掠れてはいるものの、その音には疑念が乗っている。だが、明確な不快感や羞恥には至っていない。単に、苦しい格好を強いられた、とだけ思っているのだろう。
ぽやんという表情がベースにありつつも、眉間に皺が寄せられた。このままの体勢を保ったまま見下ろしていれば、もう三十秒経った頃に「苦しいんやけど」と低い声が聞こえてきそう。こわ。うそ、全然怖ない。だって、北さんやもん。なんかにつけて、俺に甘くて、俺に気持ちよくされるのが好きな人だ。事後のその程度の言葉で、俺がビビることはない。
それに、もう止められないし。ゆっくりと、視線をその人の顔から、浮かせた腰のほうに移した。
ひくん。真っ先に目に入ったソコが、妄りに震えた。窄んでは緩み、またキュッと閉じては、縁が緩む。触れていないのに、ぽか、と開くタイミングすらあるくらい。まるでナカイキした直後だ。……やはり、さっき達したとき、こっち側でも感じていたのかもしれない。
いっそ不安になってしまうほどの敏感ぷり。この場合においては、感度が良いというべきか。
それでも、心配する声はかけてやれない。その多感すぎる体を、どうにか鈍感にしようとも思わない。むしろ、このいっそファンタジーにすら思える過敏ぷりを貫いてほしい。だって、えろいし、可愛いし、俺に抱かれるために存在しているみたいで、もう堪らない。
相変わらず、ひくひく物欲しげに疼く粘膜に、つ、人差し指を引っ掛けた。当たり前のように柔らかい。縁をなぞるように撫でれば、それだけで後孔は解けていく。指を迎え入れんと――本当に欲しいのは、指よりもずっと太くて大きい物だろうが――、くぱ、口を開いた。灯りに照らされて、体内のピンク色がちらちらと覗く。導かれるままに指を添えれば、開いた口はしゃぶるように俺の指先を咥え込んだ。きゅん、きゅんっ、跳ねるように指に吸い付く。
「ぁ、ン」
入れているのはほんの数ミリ。にもかかわらず、その人の喘ぎは色づいた。吸い付いてくる感触、艶めかしい腰の揺れ、首を擡げ始めるペニス。体中が「気持ちいい」と訴えてくる。
もっと指を入れ込んだら、さぞ悦んでくれることだろう。奉仕の精神が疼くが、一方で、ずっと焦らしていたい意地の悪い思考も巡る。卑猥な言葉を喋らせながら、もう入れてと自らクチを拡げてくるところまで蕩けさせてしまいたい。
この人の泣き顔、特別好きというわけでもないが、誰でもない俺の手によって、ぐずぐずに泣き喚かされてしまう様を見るのは嫌いじゃない。俺だけが見られる、と思えば、独占欲だって満たされていく。
もう少しだけ、焦らさせてほしい。
数ミリだけ引っ掛けた指で、後孔を引っ張るように拡げると、間隔の短い喘ぎが聞こえてきた。拡げられて堪るかとわずかに縁は抵抗するものの、もっと太いものを受け入れているだろうソコはすぐに柔らかく解ける。ナカのうねりが、視界を掠めた。
「ぁっ、ァ、ぁぅ、う」
「おしり、とろっとろですよ」
「んンぅ、やぁ……」
「これだけふわふわなんやもん、俺のちんぽもちゃあんと咥えられますて」
「ちん、ぽ、」
あ。俺の言葉を拾い上げた瞬間、きゅんっとソコが窄まった。つるっと滑るように指先が離れてしまう。途端、白い内腿が痙攣するように震えた。中途半端に勃起しだしていたその人の性器からは、ぷしゃっ、と体液が吐き出される。精液というには、相変わらずあまりにも薄く、潮と呼ぶには少なすぎるソレ。
「ぁ、やぁっ……、も、ぁう」
「……ふ、ちょっとイッた?」
「んなこ、とっ、なァ、ぁ、あ゛、ひっ」
生意気を言う口を黙らせるため、縦に噤んでいるクチの周りをやんわりと撫でた。再びその人の体に、微かな震えが走る。先ほどよりも、震える部分が増えたろうか。肩に担いでいる脚はぴんとつま先を伸ばすし、胸を突き出すようにして背中を逸らせている。ああほら、またイッた。
強くはない、緩やかな絶頂の波が、幾重にもこの人の体に押し寄せてきている。これほどまでに昂った状態の体に捻じ込んだら、イキ狂ってしまうのでは? ……それはそれで見たい。理性が瓦解した、この人。
まだ、俺に抱かれることに完全に溺れ切っていない時期だ、終わりの見えない絶頂を与えてやりたい。これが今の俺とのセックスですよ、て教えてやりたい。
いい加減、ナカに入れさせろ、と涎を垂らす自身を、まあ落ち着けとやんわり扱いた。
「あっ……!?」
「ん?」
「なンか、ァッくる、ぁひ、あっ漏れッ、」
畳みかけるようにその人の体が跳ねる。さっきから性器には触れていないし、ほとんど性器と化したトコロだって撫でる程度にしか触れていない。
何が起きているのだろうか。ちらつく疑問にしたがって、指を離した。綺麗に処理されているおかげで、余すことなく見える陰部。収縮したそこを見下ろしていると、ぷちゅ、と何かが滲み出た。
漏れる? そう、この人は言ったはず。何が、漏れるんだ。先にセックスしたときに流し込まれたローションだろうか。腹の奥にあったソレが、ナカをうねらせているうちに排泄寸前までやってきた、とか。
ええやん、えっちな液体、おしりからとろとろ漏らすなんて。めっちゃ見たいわ。
手助けをするように、二本の指先を閉じた孔にあてがった。わずかに埋め込んでから、ゆっくりとソコを割り開く。
くぱぁ……、と、俺の怒張を捻じ込んでしまえるくらいに拡げていく。
「ぁ、ぁあっ、あ」
「お、出てき……」
「いやぁ、みん、な、」
――白濁。
血の気の良いピンクから、とろり、白い液体が零れてくる。この人が吐き出したのと比べて、ずっと濁った色。
漏れたのは、ローションではなかった。いや、まったく含んでいないわけでもないだろう。だが、これは、間違いなく。
「……さっき、中に出してもらったんすね」
「っ」
「ふぅん、ゴムつけてって、言えへんかった?」
「ぁ、ぅ」
「あぁ、言うたけど、生がいい~て強請られたんか」
「ぅ」
「生なあ、まあ気持ちええよな」
あかん。
尻から精液垂らしながら喘ぐ北さん。可愛い。えろい。脳の記憶媒体にきちっと保存して、いつでも再生可能な状態にしたいくらい。
でも、それが俺の精液じゃない、としたら。いや、俺は俺なのだろう。この人にとっては、先に情を交わした金髪も、今から重ね合わせる黒髪も、どちらも宮侑。まったく別個の、異なる人間ではない。
だが、その「先に抱いた」覚え、俺にはない。こっちとしたら、別の、オトコ。別の男に、愛しい愛しい人がたっぷりと中出しされて、あろうことか善がっているなんて。
苛立ちが込み上げてくる。満たされかけていた独占欲が、たちまちにして飢えてしまう。
「ぁつ、む……?」
「あー……」
どこまでの、俺の都合に配慮しない夢だ。慮れや、自分が作り出しているのだろう?
寝取られ願望なんて、そんなんない。まったくない。一ミリも、マイクロも、ナノもピコもない。
なんでこんなものを見せつけられなければならないのだろう。そこは、ぽっかりと開いてひくひくして、女みたいに透明な液体でびしょびしょに濡らすファンタジーに変換してくれてもいいじゃないか。自分の知らないところで、この人が蹂躙されているなんて、納得できない。
たとえ、現実ではありえたとしても、それを夢にまで持ち込まないでくれ。
ああくそ、なんて悪夢だ。
「ひン!」
舌打ちと同時に、ぬぶ、と指を押し込んだ。なんの抵抗もなく、中は指を飲み込んでくれる。縁も熱を持っているとは思ったが、外気に触れていない分、腹の中のほうが熱かった。
入れてすぐの粘膜、指の第一関節まで入ったところで擦れる部分、さらに奥。とん、とん、と指で歩くように内側に触れた。その指先からは、濡れた感触が伝ってくる。湿った、ではない。濡れた、だ。明らかに濡れている。憤りに近い感情が、腹から込み上げてくる。この濡れた感触は、きっと。
指を根元まで押し入れたところで、ちらりとその人の顔を見やった。
「……ええなあ、その顔」
「ぁ、え?」
「真っ赤、俺の指で、いっぱいに気持ちよくされてる顔」
「っきもちよぉなんて」
「なってるでしょ、ナカ、こんなにふわっふわにして、ほら北さんのちんぽもきもちい~て涎垂らしてはる」
「ぅわ、ぁっ」
「かわい」
「ぁ、ヒ!」
ぐ、と顔を近づけて、だらしなく濡れ続ける陰茎に息を吹きかけた。
毛、ないとしゃぶりやすくて良さそうだ。不穏な思考が過る。同じ男のナニだろうが、この人のと思えば一切の不快感は消し飛ぶ。それどころか、あまり使い込まれていないソレを口で追い詰めたいくらい。
ふ、今度は切っ先を目がけて速い息を吹きかける。と、呼応するように雫が丸く零れ落ちた。すっかり亀頭は濡れそぼっている。俺が女だったら、もう我慢できなくなってこの人の腹に跨っていたかも。……いや、女だったとしても、この人を犯していた気がする。ありとあらゆる手を使って。この世には、色んな玩具があるのだし。
だって、こんなに後ろで感じられる人を掘らないなんて、ありえない。
今だって。
軽くしか触れていなかった粘膜に、ぎゅううう、指を押し当てた。ほのかに存在を主張する前立腺、そこはあえて避けた部分。掠めたとしてもほんのわずか。
……それでも、切っ先から、とろ、と潮と区別がつかないくらいに薄くなった精液が漏れた。ちろ、舌先で舐め取ってみるが、独特の青臭さはほとんどない。
上体を起こして、改めてその人を見下ろせば、喉を剥き出しにしながら必死に息を食べていた。吸うではなく、食べる。口をはくはくとさせているから、そう表したほうがしっくりくる。
もしかすると、またもや軽く達したのかもしれない。許容量寸前にまで達している快楽は、ささやかな刺激ですぐ頂点にたどり着く。
じゃあ、過度に刺激を与えたら?
指を強く押し当てたまま、腸壁にこびりついた白濁を削ぎ落とさんと、指を引き摺り出した。
「……ンぁあアァァッ!」
悲鳴染みた喘ぎが響く。それと共に、熟れきった後孔から白濁が掻き出された。
指先に擦り付けるようにして、その精液を掬い上げる。ねっとりと皮膚に絡むソレ。自分で掬っておきながら、指先に纏わりつく不快さに、顔を顰めてしまう。
とりあえずと、その人の恥骨部、つるんとしたところで拭った。白い肌に走る粘液。……失敗したな、この人の体に塗りたくるのは。他の男の精液が腹に乗っているなんて。
そんな苛立ちを走らせつつも、あんたこんなに中出しされたんですよ、という見せしめのために、同じ動作を繰り返してしまう。根本まで指を捩じ込んで、ぎっちりと腸壁に指の腹を押し当てながら引き抜く。間違っても内臓から精を吸収しないように、削ぎ落としていく。
こんなことしなくたって、吸収はしないし、勝手に外に出てくる? 知ったことか、この人自身の生理的な機能だとかに頼りたくない。俺が、手ずから、やりたいのだ。
まったく同じところを擦ってもう一回。指の角度を変えてさらに二回。触れていない部分を探してもう三回。じゅぶじゅぶと指を出し入れしていると、曝け出されたその人の内腿がわかりやすく痙攣する。ここにも擦り付けておこうか。指に引っかかった液体を、柔らかな皮膚に塗りたくる。
まったく、掻き出しても、掻き出しても、白濁がなくなることはない。そりゃあ減ってはきているけれど、なかなか完全に綺麗にはならない。こんなに出されて、つか、出しやがって。どれだけ盛ったんだ。それに、それだけしておいてこの人の理性を瓦解させないとは何事だ。翌日・翌々日まで余韻で蕩けさせ、思い出すたび軽く達するくらいまで善がらせろや。
腰を振るしか脳がなかった頃の自身を思い出すと、頭が痛くなってくる。この人も、よくもまあ付き合ったものだ。……付き合っていいくらいには、好き勝手に体を貪られても構わないと思うぐらいには、許されていたということなのだろうか。
本当に、この人は俺に甘い。厳しさだってあるけれど、差し出してくれる飴はいつだって極上。
今の、あの人は、その飴を別の誰かに与えているのだろうか。……やめやめ、そんなこと考えるのは、今じゃない。現実に戻ってから。一抹の切なさを思い出しながら、最後に、腹側のほうに、指を押し当てた。
「ヒぐっ」
ベッドの上を泳いでいた体が、一瞬にして強ばる。他の部分とは、異なる感触。しこりというには柔らかく、かといって、ただふわふわと滑るわけではないトコロ。
「すきでしょ、ココ」
「ぃ、ンぁあっ、や、いややそこっ」
「いや?」
「ぁ、あゥ、やっ、やぁあ」
「……ふ、きもちいの間違いやろ」
「や、やあ、やめてッ」
「でも、掻きださんとなあ……」
「ぁ、や、やぁっ、~~ひギィッ!」
前立腺をぎっちりと押し潰しながら指を引き摺りだせば、反り返るほど勃起していたペニスからぴゅっと体液が噴き出した。
ここ何回かの吐精のなかで、いちばん射精らしかった。まあ、あくまでここ何回かでの話だ。びくびくと出し切ったあと、くったりとソレは萎えたから、射精らしかったというだけ。出てきた精液は、触れて確かめるまでもないくらいに、さらりとしている。萎えた陰茎は、快感の名残で尿道口だけをぱくぱくと動かしていた。しとどに濡れ過ぎて、もうそこから何かしらの液体が滲んでいるのか、いないのか、判別ができない。
ぱくぱく、といえば。指を引き抜いたアナルも、物欲しげにそのクチを動かしていた。指を当てれば、すぐに吸い付いてくる。意地悪くその指を離してしまえば、今度は、中のピンクを覗かせながら艶めかしく腰が揺れた。
ぁ、あ、と上の口からは喘ぎが漏れっぱなし。唇だってたっぷりと濡れていて、その端からは、つぅ、と水が伝い落ちた。
この人をここまで追い詰めたのは、俺。いつかの自分ではなく、今、この瞬間の自分。……そう自覚できると、枯渇した欲は、いくらか落ち着いた。けれど、完全に腹の虫が収まったわけじゃない。少し満たされると、もっと欲しくなる。食事と一緒。バレーと一緒。この人のことも、もっと貪りたくなってくる。
舌なめずりをしてから、腹につくほどに反り返って、我慢汁を滲ませている自身を、押し当てた。
「ぁ」
ぴったりと縁が吸い付いてくる。
無理、なんて言葉は、もう出てこない。ね、言ったでしょ、入るって。きっとこれ、あんたの体内に入ることも想定して作られたんですよ。それじゃあ、片割れも同じことになるって? いやいや、あいつは俺と違ってあんたと恋人になる運命ではないから。あいつのちんこは、別の誰か専用。で、俺のコレが、あんた専用。自暴自棄に別の人間を抱いたこともあったけれど、あんたに比べたら粗末でしかない。
あんたが良いんだ。北さんが、良い。
どうしてあの日、俺はこの人を手放してしまったのだろう。後悔がぐるぐると輪廻する。
ぐ、腰を押し込んだ。思ったよりも、少しキツイ。指で散々追い詰めながら解したと思ったのだが、足りなかったろうか。
いや、一応、ちゃんと入ってはいく。めりめりと縁を拡げながらも、ソコは俺を飲み込んでくれる。息を荒げながらも、エラの張ったところまで入れ込むと、俺を呑んでいたクチがキュンッと締まった。
「ァ」
「っはー、とろっとろ」
「あっ、ぁん、ン、ア゛ッ」
「な、奥までハメてええ? ええよな」
「ぁ、ぁ? ぉく、ぇ」
「そ、奥」
「んグッ」
まさか先っぽだけで満足なんて言いませんよね。
さっきだって、前立腺抉られて酷く気持ちよさそうにしていたし、少なくとも俺のコレ、半分かいくらかは突っ込まれたいでしょ。
で、俺としては、根元まで捻じ込みたい。奥の、指なんかじゃ絶対に届かないトコロまで満たしたい。
その人の許可を得るより早く、腰を押し進めていく。その道中、切っ先が前立腺を擦ったらしかった。まあ、狙ったのだが。このあたり、この角度、どうすればこの人が気持ちよくなれるか、よく覚えている。最後に抱いた日から何年経とうと、この体への愛し方は忘れないのだろう。
ずぐ、と内壁を刺激すると、その人は喉を剥き出しにして仰け反った。気持ちよさそう。ずっと甘イキばかりさせていたし、ココを擦って終わらない絶頂を味わってもらうのも悪くない。ぐり、ごりゅ、と切っ先でその人が感じるところを穿つ。
「ぁっ、んあっ、あっ、ぁあ゛ッ」
「……」
萎えたペニスが腹の上で揺れる。何度も精を吐き出したせいで、上手く勃起できないのだろう。前よりも、後ろで感じるのでいっぱいいっぱいになっているからかも。
可愛い。ここで、ふにゃふにゃのコレ扱いたら、泣くかな。泣き喘ぎながら激しくイッて、そのままトんでしまいそう。
それもやってみたい気がする、が、せめて俺が一回吐き出すまでは、意識を保っていてほしい気もする。と、なると、もっと深いところを責めたい。根元までいれてしまいたい。
弱いところを擦りつつも、少しずつ、入れ直す長さを増やしていく。
その人の粘膜に触れていない部分がないよう、腰を押し進めていく。
「ぁ……?」
「あー、き、っつぅ」
だが、思うようには進まない。入れるとき、それなりにすんなりと呑んでくれたから期待したが、奥へと向かうたびに締め付けがきつくなる。
もしかして、入りきらない? 入らないことはないと思う。瞳にたっぷりを涙を浮かべながら、息苦しそうにしているが、痛いとは訴えてこないから。切れる、裂けると思えば、ちゃんとこの人は言う。……昔は、ソレを聞きいれずに無謀を働いて、流血沙汰も起こしたが。失敗は確かに糧になる。あれ以来、この人の「痛い」にだけは敏感になった。
おそらく、これだけきついのは、体が慣れていないせい。痛い、と言われるまでは、やってみるか。
性急にならないよう注意して、ゆっくり、ゆっくりと、密に繋がっていく。その人の目に苦しさが満ちれば腰を止めて、快感を拾うのを待つ。これが気持ちいい、とその人の脳が気付いたタイミングで、また押し進める。
そのうちに、違和感に気付いたらしい。思ったよりも、深く、俺が入ってきていると。善がりながらも、眉間に皺ができる。潤んだ瞳がじわり、滲んだ。
こわい、なににするん。
視線で、問いかけられる。
「大丈夫、気持ちええだけですんで」
「きもち、ぃ……?」
「そ」
「ぁ、あ、奥……? こわ、ぃ」
「ふふ、こわないよ」
「ぅうう」
「もしかして、まだ、奥までハメたことない?」
「う、」
少し戸惑ってからその首がこくんと頷く。そうか、怖いか。痛いと言われたらもっと時間をかけて馴染ませようかと思ったが、怖い、だ。どうしよう。
はぁ、と息を吐いてから、担いでいた脚をそっと下ろした。それから、自由になった両手を、とん、とその人の頭の横につく。覆いかぶさる格好、単なる体勢で言えば、先ほどよりもこの人は苦しいかもしれない。でも、怖い、やからなあ。もう一度息を吐いてから、こつん、額を重ねた。近付く距離に、鼻先もぶつかる。
「ね、なにが、こわい?」
「ぇ」
「俺?」
「ぁつむは、……こわない、けど」
「うん」
「その、」
「うん」
努めて優しく問いかけると、文字通り眼前にある瞳がよろめいた。そもそも、これだけ近かったら、焦点を合わせるのも難しそうなものだけれど、この人は、ちゃんと俺のことを見てくれているらしい。こんな直向きな人、そういない。
せいぜい、手放さないようにせえよ。いつかの自分に向けて、あるいは目の前のこの人と付き合っていることになっている自分に向けて、念を送った。
と、微かに、傍にある唇が震えた。
「ここ、までしか、知らん」
「ん?」
「おくまでなんて、したこと、」
ない。
尻すぼみになったそれは、最後にはほとんど吐息として零された。
奥までなんて、したことない。やはりこの人は慣れていなかった。
慣れていない、どころか。
「ふ、ふふ、フッフッフ……」
「なに、わろて」
「そら笑てまうわ」
これを笑わずして何に笑えと。
額をぶつけたままくつくつと震えていると、ド、と胸を叩かれた。あれほど善がっていたわりに力は強い。あらら、ゆっくりしすぎて落ち着いてもうたんかな。
名残惜しくも体を離せば、ピンボケていたその人の顔がクリアに飛び込んでくる。……真っ赤・真っ赤と形容してきたが、これまた、真っ赤。かつ、羞恥の色が、過分に含まれている、赤。何か恥ずかしいことを言ってしまったのではないか。その後悔が羞恥の赤色をまとって、顔に現れている。もう幾ばくかでも冷静さが残っていれば、正直に打ち明けたことの何が可笑しいん、と冷水を浴びせるような淡々さで殴りかかれたろうに。今のあんた、ほんま、隙だらけ。
嬉しいわ。俺にもそこまで気を許してくれているなんて。
もう、あんたにここまで許されること、ないと思てたのに。
くつくつと込み上げてくる笑いをどうにか胃に落として、とんとんと自分を落ち着かせるように胸を叩いた。冷えた空気は、熱くなった体を適度に冷やしてくれる。よし、もう、堪らないと言わんばかりの笑いは出てこない。
ただ、そうだな、嬉しさでだらしなく顔が緩んでしまうのだけは、目を瞑ってほしい。
「――あんたのハジメテ、またもらえるんやで」
こんな最高なことってある? ないやろ。
ああ、これが現実だったなら。いっそこれが現実で良い。無我夢中になって必死にむしゃぶりついていた当時、できなかったことを、たくさんしたい。今なら、家族一人くらい、充分養えるし。
まったく、酷い悪夢だ。起きたとき、鬱になってしまいそう。
そんな危惧を忘れようと、ゆるり、止めていた腰を動かす。
「あ」
まずは確認。入れている深さは変えずにぐるりと中を擦り上げる。相変わらず「いたい」の三文字がその口から出てくることはない。「苦しい」はあるかな。けれど、その「苦しい」と同じくらい「気持ち良い」も拾えている。なら充分。
奥まで、根元まで、嵌めるべく、平坦な腰を掴んだ。
いきますよ。目線で語り掛けると、ヒュッ、その人は息を呑んだ。
「っあぁあ゛~~ッ!?」
「ッ」
しかし、呑んだばかりの空気はすぐに吐き出される。絞り出すような喘ぎによって、空中に戻っていく。
入っ、た。
ごつりと切っ先が奥に行きつく。根元まで入っているせいで、その人のつるんとした部分に陰毛を押し付けてしまう。かぶれてしまわないといいけれど。……その前に、とろとろとひっきりなしに漏らし続ける自分の体液で、ふやけるのが先か。終わったら、たっぷり柔肌を撫でまわさせてもらおう。
逃げようとする腰をしっかりと固定して、ぐずぐずと奥に圧をかける。そのたびにきゅうきゅうと先っぽに吸い付いてくるのが堪らなくイイ。ナカ全体も、捻じ込んだ直後はきつく締ったが、奥をとんとんと叩いているうちにふわふわと緩んできた。俺の形そのとおりに拡がって、たっぷりの熱で包んでくれる。
「ぁ、ぁひ、くりゅひ、」
「あぁ~……、きもちぃ」
「ぅ」
「んん?」
「き、もち、ぃ……?」
熱に浮かされたような喘ぎは、おもむろに俺の言葉を拾った。気持ちいい。ええ、めちゃくちゃ気持ちいいですよ。北さんだってそうでしょ、きゅんきゅんと後孔を疼かせながら、俺を締め付けてくれるんだから。まだ苦しさはあるかもしれないけれど、突くたびに押し出される声は、感じていないと出てこない色香を孕んでいる。
それとも、襲ってくる感覚が「苦しい」ではなく「気持ちいい」の一色であると、インプットするところなのだろうか。苦しいのも熱いのも何もかもひっくるめて「気持ちいい」。北さんが、している最中だけでなく、その後、数日にわたって気持ちよくなれる刺激。それが、コレ。奥。この、とんとん、て叩かれるの、すごくイイでしょう?
ぐずり、奥を穿つと、艶めかしく声が裏返る。
「ほら、これ、きもちいでしょ」
「きもちぃ、ぁ、ァアぁ~……、ぁ、ひ」
「っはぁ……、かわい」
「ぁ、ぁうっん、んぁ、なぁ、ぁつッ……、あちゅむ、」
「んッ……、はぁい、なんでしょ」
力が入らないだろう腕を必死に伸ばされ、さらには回らない舌で名前を呼ばれる。これで体を寄せずにいられるほど、俺は鬼畜ではない。腰に手を添えたまま、軽く上体を倒すと、すぐにその指先が俺の肩にかかった。そのまま震える指先が俺の皮膚を辿り、どうにか指を引っ掛けてられるところを探す。くすぐったい。でも、気持ち良い。もう、この人になら、利き腕に触れられようと肩を引っ掻かれようと構わない。なんなら背中に盛大なひっかき傷を残してくれても。
待て、この人めちゃめちゃ深爪やったな。何をどうしたって爪が上手く使えなさそうなくらいの、深爪。あれじゃあ、ひっかき傷なんて作れない。し、しがみつくときの踏ん張りもたぶん効かない。
まさか、俺に抱かれるからあんな指にしているとでも? さすがにそれは自意識過剰。……そう言い聞かせるものの、あの頃の、分別も加減もなく抱いていた頃を思うと。一緒に理性を放り投げたこの人が誤って俺に傷をつけてしまわぬように、と爪を切りそろえていた可能性が過って仕方がない。
確かめたいな、聞いたら教えてくれるかな。違ったら違ったで良いのだ、本来の長さに整えましょうねと言うだけにするから。もし、そうだというのなら、爪の痕くらい、つけてくださいと、その手を存分にもてなしたい。はは、結局すること同じやんけ。
「あつむは」
「ん? 俺?」
「ん」
ひゅ、と嬌声の合間にその人は息を吸った。涙と鼻水と涎でぐしょぐしょの顔。素面だったら、綺麗なんてとてもじゃないか言えない。だが、欲に酔っている今は、心底美しく見えるのだから不思議なものだ。
べろりと涙の筋を舐ると、吸い込んだ息は喘ぎになって出て行った。その人が必死に何かを言おうとするたびに、ちゅ、と口付けて邪魔をしてしまう。
だって、嫌な予感がするのだ。この手の夢は、トリガーになる言葉をきっかけに、覚めてしまう。嫌だ、まだ覚めたくない。この体を抱いていたい。
深部への律動はそのままに、いくつもの口付けを降らせていく。
その人の息は上がる一方。こっちも大分、切羽詰ってきた。そろそろ、まずい。奥だけを優しく叩くのではなく、抜ける寸前まで引き抜いて、一気に根元まで捻じ込んでしまいたい。存分に腰を振りたくりたい。
ぢゅ、ぷっ、と、重ねていた唇を離した。
「あつむ、」
……あ、しまった。
気付いたときにはもう遅い。その唇を塞ぐより早く、その人の舌が、ちろり、動く。
「――きもちぃ?」
ど、と心臓が高鳴った。
あれ、起きた? いや、景色は変わらない。その人を抱いている真っ最中。本当に、これは夢なのだろうか。今更ながら、生々しさに頭がくらくらしてくる。でも、夢じゃないわけもない。
呆けていると、耐えかねたその人の唇が、再びはくり、動いた。
「あつむは、きもちええの、て」
「……めっちゃきもちいです」
「ふ」
「なんすか」
「ん、ならええ」
もっとして。きゅ、と抱き付いてきたその人に囁かれた。
なんだ、今のは。気持ちいい、って。そりゃ気持ちいいですよ。良いに決まっている。
まさか北さんからそんなこと聞かれるなんて。見るからに善がっている自覚はあるから、この人だってわかっているはず。それでも、口に、言葉にさせるとは。
意趣返し? 喘ぎまくっているこの人に、何度もしつこく聞くことはあった。あれは、からかうとか羞恥を煽るつもりなんかなく、わざと喘いでるわけちゃいますよね、て確認であって。
ああもう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
ぎ、と歯を食いしばった。
「ぁぐ」
ずるりと、奥まった部分から怒張を引き抜く。それも、後孔から抜けてしまうくらい、ぎりぎりまで。
途端襲ってくる空虚。それを埋めようと、遠慮・容赦一切なく、その人を貫いた。
高いばかりだった喘ぎに、濁った音や引きぼった音が混じり出す。苦しそう。
だが、蜜壺はどんどん蕩けていく。顔もすっかり緩んで、だらしなさが増す一方。唇なんて、閉じ方を忘れてしまったみたい。もう、可愛い。堪らなく可愛い。めっちゃ、好き。
はみ出そうな舌に吸い付いてから、唇を塞ぎ込んだ。上の刺激で、下がぎゅっと締まる。負けじと、この人がいちばん好きで好きで仕方なかった奥を強引に暴き、半ば殴るように抉った。もう、その繰り返し。凝った動きなんて、できやしない。
――耳に響く喘ぎの感覚が短くなってきた。こっちも追い詰められていく。充血して、興奮して、これでもかと猛ったそれが張りつめる。
ばちゅ、と、肌がぶつかった。
「ン゛ッ!」
締め付けが、いっそうきつくなる。
「ヴ」
呻くと同時に、組み敷いた体は、大きく跳ねた。ぴったりの形をした中が、纏わりついてくる。締め付けてくる。切っ先に、熱が吸い付いてくる。ギリギリと痛いくらいに締め付けられるナカ。下腹を力ませるがもう限界。
いく。
脳裏を掠めた瞬間、熱は欲を最奥へと吐き出した。けれど、それで緩むことはなく、最後の一滴まで搾り取らんと中はうねる。
「ぁ、あぁ~……」
そうしてしばらくつながっているうちに、やっととろとろと締め付けは緩んでいった。張りつめた自身も、いくらか余裕を取り戻す。
……冷静には、程遠いが。なんせもう勃起し始めているくらい。どれほど欲求不満だったのだ。この人が足りなくて、フラストレーションをずっとため込んでいたなんて、知りたくなかった。
足りない。もっと、ほしい。
そう熱と欲を燻ぶらせてしまうけれど、腕の中の体にもう力は入っていない。あれほど強かな瞳は、虚ろに染まっていた。
トばしてもうた。
試しに頬をぺちぺちと叩いてみるが、涎を垂らすばかりで戻ってくる気配はない。
「……すんません、」
今から、無体を働きます。
ぼんやりと謝ってから、熱を収めるべく、律動を再開した。