一
「今、なんて?」
咄嗟に聞き返したが、そいつはのらりくらりとビールを煽っている。だから、なあ、今なんて? 金魚のように口をはくはくさせていると、切れ長の目につうと視線を送られる。はくん、空気を飲み込みながらその視線を受け取ると、存外厚みのある唇がにんまりと弧を描いた。
「だから」
「う」
それから出てきたのは、吐息を過分に含んだ声。湿度の高い、艶のある声だ。声変わりした頃から、色気のある声をしているなとは思っていたけれど、この手の声色は初めて聞く。ビビビッと背筋に電流が駆けた。
もしかすると、その衝撃は顔にも出ていたのかもしれない。そいつは一瞬だけキョトンとした表情を浮かべると、ふはっと人好きのする笑みを浮かべた。あ、そう、この顔は、よく見る。辮髪に龍のスミなんて厳つい外見をしているからビビられがちだけど、こいつの性根は言うほど怖くない。特に仲間内じゃあ、世話焼きな方。年上からも、年下からも、慕われている。最近じゃあ、商店街のマダムたちにも気に入られてるとか、なんとか。
なんだ、冗談か。こっそり胸を撫でおろしながら、自身の頼んだハイボールのグラスを掴んだ。大ぶりの氷が入ったそれは、持ち上げるだけでカロンと涼し気な音が立つ。ふんわりと香ってくる甘さごと、小さく口に含んだ。
「―― 男とも、寝たことあるよ、オレ」
「ングッ……!」
飲み下しかけた酒が、喉に詰まる。変なところに入った炭酸が、カッと熱を持った。グラスを置く手にも力が入る。ガンッとテーブルとグラスがぶつかった途端、周囲の視線がこちらに集まった。しかし、オレがげほごほと噎せているのを見ると、なんだ喧嘩じゃないのかと関心が散っていく。かつての仲間と集まるときは、大体、こう。近くに掛けた奴と駄弁りながら、荒れそうな気配を感じると全力で煽る。迷惑な連中だ。まあ、自分もその一員だし、そういう笑い方も嫌いじゃないのだが。
がしがしと胸を叩いていると、とん、と柔らかく背中に手が乗る。その手の平は、ゆっくりとオレの背を擦った。上から下へ。苦しさを落ち着かせるように、撫でてくれる。
「っは、はあ、あー……」
「落ち着いた?」
「……うん、ありがと」
ちら、と目線を持ち上げると、ドラケンは「おー」とだけ返してビールグラスを置く。その右手は、流れるように焼き鳥の串を抓んだ。ア、と開いた大きな口。一口で、肉と葱、一塊ずつ飲み込んだ。
「まあ、そういうわけだから、珍しい話でもないんじゃねーの」
「……え」
「や、オマエが同僚に告られたって言い出したんだろ」
「あ。あー、そう。そうでした」
「なんで敬語?」
くつりと笑ったドラケンは、あっという間にその串を平らげる。串だけになった棒は、グラス横の取り皿に置かれた。指先の方は、おしぼりに擦りつけられる。油を拭ったところで、再び右手はビールグラスを持った。つられるようにして、自分もグラスを手に取る。今度こそ、と口に含んだそれは、スッキリとした爽やかさを届けてくれた。
同僚に、告白された。それも、男の、同僚に。
告げられた時は、応えられないとやんわり断ったし、向こうもそれでいいと引いてくれた。今も、部署こそ違えど、同じ職場で働いている。用件があれば普通に話すし、気まずくなったりも、していない。
けれど、自分にとっては、それなりに衝撃だったのだ。男に告白されるなんて、考えたこともなかったから。同性を好きになろうと、人それぞれじゃねえの、と考えるタイプと思っていたが、まさか自分が当事者になるとは。
ひっそりと告白され、あっさりと幕を引き、何事もなく過ごせているから、これまで誰かに喋ったことはない。しかし、自分だけの心に眠らせておけるほど、寡黙ではいられなかった。
要は、ぽろっと、この飲みの席で、ドラケンにぼやいてしまったのだ。
『そういや、オレ、男の同僚に告白されてさあ。こんなに身近にいるもんなんだね。ちょっと、ビビッた』
もちろん、ドラケンだから、言えたのだ。こいつだったら、一つ二つ相槌を打って、それはビビるわーなんて軽く受け止めてくれるだろう。そう、思ったから、言った。
だが、返ってきたのは爆弾発言。空耳をしたのかとすら思った。言われた意味をさっぱり理解できない。混乱して、頭が真っ白になった。
ちび、もう一口、アルコールを飲み下す。
「パッと見てわかるようなもんじゃねえけど、まあ、ふつーに、どこにでもいるよ」
「ウン、今、そうなんだって、噛み締めています」
「だから、なんで敬語使うんだよ。安心しろー、取って食うつもりなんかねえから」
「……その気があったら、オレとっくに食われてるでしょ」
「よくわかってんじゃん」
ふ、緩く笑いながら、ドラケンはオレを小突いてくる。やめろと言う代わりに、ドッと体重をかけて寄り掛かると、今度は頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。おい、やめろ、折角セットしてるのに。手を払いのけてはまた襲われ、慌ただしく甲を叩いては伸ばされる。中坊のじゃれ合いみたいだ。
小突き合っているうちに、息が上がってくる。はっ、と丸く空気を吐き出すと、ひょいとドラケンの手にグラスを取り上げられた。あ、と思う頃にはテーブルに置かれて、空いた左手がこちらの髪を梳いてくる。
「犬みてえ」
「わんっ」
「おー? もっと撫でられたいって?」
「わっ、もういい、もういい、頭くらくらするし!」
自分でも手櫛をしつつ、緩く笑うドラケンを見やる。なに、と首を傾げられるが、その仕草に違和感はない。いつもの、ドラケンだ。さっき浮かんだ、艶のある顔は、していない。あの顔で、撫で回されたら、本当に頭がぐらぐらと揺れたことだろう。なんなら、呑まれてしまったかもしれない。
オレ、ドラケンにだったら、抱かれたいかも、とか口走ってさ。
「あー……」
髪を整える素振りをしながら、そっとこめかみを撫でる。
こいつは、男と、寝たことがある。たぶん、この話題は、これ以上掘り下げない方が良いのだろう。じゃれ合いを挟んだのだ、わざわざ蒸し返すものではない。
そう、思うのに、妙に胸に引っかかった。龍宮寺堅と、セックスしたことのある男が、この世界にいる。さらりと告げられた事実が、同性に告白された体験以上に突き刺っていた。
マジか。そうなのか。誰、だろう。どんな奴だろう。オレ、全然、知らなかった。
昔みたいに、いつもいつもつるんでいるわけじゃない。お互い、生活圏は異なる。知らないことがあったって、不思議ではないし、大人になれば、皆こんなもん。……いくら言い聞かせても、説き伏せようとしても、胸の中に座り込む自分はムと口を尖らせていた。
「ん、えっと、」
何か話さなきゃ。ドラケンと一緒に居て、無言が気まずいと思ったことはないのに、なぜか喋らなきゃと思ってしまう。話題、話題。ぐるぐると思考を巡らせるが「男と寝たことがある」の一文に囚われて、さっぱり口が動かない。
諦めて、黙ってしまおうか。けど、沈黙するのも、なんだか、違う。ゆるゆると、目線が下がっていった。
「三ツ谷」
「え?」
呼ばれた途端、顔が跳ねるように持ち上がる。
ドラケンは、胡坐を掻いた膝の上で頬杖をついていた。口元には、緩やかな笑みが浮かんでいる。この顔も、まあ、見た事がないわけではない。昔を懐かしむ時なんかに、していたはず。オレのことを、変に煽る顔は、していない。
なのに、こくん、唾を飲み込んでいた。
「聞きたいこと、ある?」
「あー、……いいの?」
「いーよ、なんでも聞いて」
二つ返事を思わせる軽やかさで、ドラケンは頷いてくれる。口ごもったオレを、気遣ってくれたのだろう。もしかすると、余計なこと言ったかな、という細やかな後悔もあるのかもしれない。そこはさ、オレから始めた話なんだから、ドラケンが気にすることはない。だが、こういうさりげない気遣いをしてくれるから、ダチとして、いちばん心地良い関係でいられるのだろう。
そっと視線を逸らして、立てている自分の片膝を抱えた。手慰みに、きゅ、きゅ、と足首を握ってみる。ここは、ウン、ドラケンの厚意に甘えよう。
無理やり俯かせていた興味の首をくっと起こした。
「ドラケンって、その、……ゲイ、なの?」
「や、たぶんバイ」
「……ああ、それもそっか、彼女いたことあるしね」
「つーか、自分から野郎のこと抱きたいって思ったことはねぇな」
「……ウン?」
「ん?」
ぽんと告げられた言葉が、引っかかる。妙だな。何が妙なのかは、わからないが、とにかく、妙だ。あれ、これ、最近のマナの口癖だな。ルナが「アニメに嵌ったんだって」と言っていたが、はて、なんのアニメだろう。まあ、いいや。妙。妙だ。ドラケンの台詞には、違和感がある。
きょと、と首を傾げると、ドラケンも同じように首を傾げた。ついでに、胡乱な顔をしている。こっちも、そうなのだろう。同じ刺青を入れている、という以外はまるで似つかないのに、鏡を見ている気分になってきた。
「……あ、三ツ谷オマエ勘違いしてんな」
とはいえ、不可思議な鏡面は長くは続かなかった。オレより先に、ドラケンの首が真っ直ぐになる。あわせて、そいつは宙に向かって指を立てた。長さのある人差し指が、まずは、ピ、と自身を指す。
「オレがネコ」
続けて、指先は天井を向く。
「で、相手がタチ」
オーケー? 確認するように尋ねられ、半ば放心しながらおーけーと返す。
いや、オーケーだろうか? ぽかんと口を開けたまま、頷いた自分に投げかけた。ドラケンが言ったのだ。それに対して、良いも悪いもない。だって、それは事実だろうから。オレが口を挟んだところで、覆るようなことではない。
……それはそれとして、告げられた内容は、さっぱり頭に入ってこなかった。しまった、わかったか、という意味での「オーケー?」だったかも。だとすれば、オレの答えは「オーケーじゃない」だ。くどいな、NGです? それもなんだか、日本語として収まりが悪い。
「三ツ谷ー? 大丈夫かー?」
「あ、あぅ、はい、だいじょば、ですはい」
「いや、敬語もおぼつかなくなってんじゃん。幻滅した?」
「う、ごめん、頭がついてかなくて……」
「それ拒否反応だろ、この話もうやめにすっか」
「や、それはない、違う。だってドラケンだし、オレ、オマエのことは全肯定できるから」
「意味わかんねえよ、どゆこと?」
「……なんだろうね、自分でもわけわかんなくなってきた」
ひとまずため息を吐いて、立膝の上に顎を乗せる。
むぐ、ぐむ、と噛み締めるようにして、脳内を駆け回るワードをひっ捕まえた。オレは、てっきり、ドラケンが男を抱いているものだと思った。けれど、それは、勘違い。ドラケンは、ネコ。ネコというのは、抱かれる、側のことで、ええと、つまり。
この世界には、―― ドラケンを抱いた男が、存在している。
理解の訂正が済むと、ぐらり、体が傾いた。もちろん、ドラケンのいない方に向かってだ。畳敷きの床に、ぼすんと倒れながら、両足を抱える。頭の近くにやってきた両膝に顔の下半分を埋め、隣で頬杖をつく男を盗み見た。
抱かれた、というのなら、どこまで許したのだろう。尻をどうこうされたのは、間違いない。それは仕方がないとして、……髪は解いたのだろうか。口付けはしたのだろうか。あの刺青を撫でることも、許したのだろうか。全てを良しとされたのなら、そのどこぞの男を心底羨ましいと思う。
かといって、自分がドラケンを抱くのなんて、想像できない。
むしろ、どちらかと、言うと。
変な体勢のまま、もそもそと口を開いた。
「酔っ払いの戯言と、思って、ほしいし、」
「んー?」
「嫌だったら言わなくていいんだ、けど」
「……抱かれるのも悪くないよ、上手い相手ならずーっと気持ち良いし」
「ウぃッ!?」
降ってきた言葉に、ビクッと体が震えた。あたかも起き上がり小法師のように、自分の体が縦に直る。まあ、膝を抱えたままではいられず、正座の姿勢を取ってしまったのだが。
きちっと体を正したまま、ぎゅんっとドラケンの方を見やる。カッ開いた目は、呆けた顔つきの男を捉えた。視界の先では、ぱちぱちと切れ長の目が瞬きをする。
「あれ、そういうこと聞きたかったんじゃねえの?」
「ちがう、そうじゃない、いやそれはそれで気になってたけど!」
「なら良いじゃん」
「い、いぃ、の、か……?」
もう、今日は頭の中を掻き乱されっぱなしだ。もはや、尋ねかけたのが何だったかすら、飛んでしまった。わなわなと震える両手が、ぺたんと頭に乗る。抱えるようにしながら上体は倒れ、額が膝にぶつかった。もう少し前傾していたら、土下座染みていたかもしれない。
姿勢のことはどうだって良いんだ。今はぐちゃぐちゃになった頭をリセットしたい。髪に指を潜らせて、五指を頭皮に沈めた。ぐ、グ、圧をかけると、思った以上に痛い。うわあ、頭皮硬くなってるなあ。向こうしばらくは禿げたくないんだけどなあ。
「三ツ谷ぁ」
「ぅ?」
ふと、近いところで声がする。
咄嗟に顔を上げながら振り返れば、眼前と言って支障ないほどの距離に、男の顔があった。近い。じゃれ合っていたとき並に、近い。……なら、大したことはないか? そう思いたいのだが、脳内でマナが「妙だな!」を連呼し始める。じゃあ、この状況は、妙なのか?
呆けていると、ぐ、と、ドラケンから遠い方の肩が、掴まれた。
「興味、ある?」
「へ」
いや、これは〝抱かれた〟だ。
「いつもは抱かれる側だけど」
そばにある唇が、蠱惑的な三日月を描く。吐息の多い声色は、囁く程度の音量なのに、直接脳髄に響き渡った。
「三ツ谷だったら、抱けるよ、オレ」
ああ、これは、呑まれる。
「―― どうする?」
思い出した。さっき、聞こうと思ったこと。「誰だったら、抱きたいと思う」だ。それで、例えばの話だとしても「三ツ谷なら」と言ってもらえたらと、夢想した。
はは、現実に、なっちまった。
こくんと小さく頷くや否や、そいつは音もなくオレを飲み屋から連れ去った。
てっきり、ホテルに連れ込まれるものだとばかり思っていた。しかし、手を引かれるまま辿り着いたのは、よくある賃貸アパート。あれ、ドラケン家って、あの飲み屋からこんなに近かったの。でも、ここなら確かに店にも近い。愛車も、普段は店の方に置いているんだっけ。便利なとこ、住んでるなあ。実家も渋谷のど真ん中だったし。まあ、あのファッションヘルスを実家と呼んで良いかは定かじゃないが。
手招きされるまま玄関を潜って、そろそろと室内に足を踏み入れた。パッとついた電気の明るさに面食らいつつ、ぐるりと部屋を見渡してみる。物は少ない。足元にあるごみ箱も空っぽで、なんだか生活感がなかった。しいて存在感があるものと言えば、壁にあるボードくらい。たくさんの写真が、雑然と貼られている。いつの写真か、走り書きはされているから、ドラケンなりのルールに沿って貼られているのかもしれない。
あ、この写真懐かしい。皆揃ってる。……ルナとマナが写ってるのもある。じゃあこの写り込んでるの、オレの手か? いつ撮ったんだよ、これ。立ち止まって、ぽけ、と眺めていると、背後から穏やかな吐息が聞こえてくる。
「気になる?」
「なる、っていうか、……こんなに写真持ってると思わなかった。カメラ、持ち歩いてたっけ?」
「カメラで撮ったのもあるにはあるけど、大体は携帯で撮ったやつ」
「ああ、携帯か。そういやちょこちょこ撮ってたね。あれ現像できるんだ」
なるほど、と頷いて、妹たちが写っているソレを指で撫でた。携帯と言われれば、心当たりもある。ドラケンがウチに来た時、よくあいつらは「撮って撮って」と強請っていたし。オレが撮るとブレるけど、ドラケンが撮るとキレイとかなんとか言っていた。現像された写真は、確かにキレイ。そりゃあ、撮ってほしくなるわけだ。
「それ、欲しい?」
「え、でも」
「確かデータあるし、いいよ。ルナマナも喜ぶだろ」
「あ」
おもむろに、後ろから腕が伸びてくる。自分を挟むようにした腕の先は、赤いピンをキュウと抓んだ。手の甲に血管が浮く。すぐに、写真がボードから取り外された。
たったそれだけなのに、背後の男の体温を、如実に感じる。
どうしてだ?
……ぴったりと、くっつかれているからだ。普通に、外せばいいじゃん。なんで、こう、抱きしめるみたいなこと、するかな。いや、抱かれるために、ここまで来たのだから、雰囲気は間違っていないの、か?
落ち着いたはずの緊張が、ぶり返してきた。心臓が駆け始める。血の巡りが良くなって、顔なんかいっそ熱いくらい。
ピンを元の位置に刺しながら、ドラケンはオレの手にその写真を乗せた。
「ほら」
「……ぁ、りが、」
「……」
「とぅ」
どうにか声を絞り出したが、おかげでこちらの緊張は伝わってしまっただろう。じくじくと、視線が突き刺さる。こういうとき、どうしたら良いんだ。ぐるりと記憶を遡ってみるが、野郎相手に後ろからそれらしく抱き着かれたことなどない。未だ嘗て、一度もだ。
とはいえ、過去に付き合っていた女の子のことを後ろから抱きしめたことならある。そういうとき、彼女はどういう反応をしていたっけ。思い出そうと試みるが、背後の熱が気になって集中できやしない。
まずい、いよいよ熱くなってきた。体のどこもかしこも、火照って仕方がない。汗ばんでいないだろうか、臭くないだろうか。手に落とされた写真の端が、僅かに歪む。力が入ったらしい。ああ、まずい、このままじゃ、ぐしゃりと握りしめてしまう。咄嗟に指を離すと、はらり、その紙は床に落ちていった。
「なあ」
そのタイミングで、低く囁かれる。のし、と肩に男の顎が乗った。耳のすぐ下からは、色付いたような吐息が聞こえる。ボードの方に伸びていたはずの腕は、いつの間にか自分の胴に回っていた。
「そろそろ、―― イイ?」
「……ぁ、」
咄嗟に振り返れば、つんと鼻先がぶつかった。唇も、触れてしまいそう。近い。さっき、飲み屋で肩を抱かれた時よりも、近い。
理解すると同時に、ぞわりと背筋に電流が走った。わな、と口が勝手に震える。脳みそは、鼓動の音でガンガンと揺さぶられた。
くるり。下腹を、丸く撫でられるのを最後に、膝が崩れた。
「ワッ!?」
「ぅお」
しかし、床に沈むには、至らない。
腹にぐっと圧がかかった。回されていた両腕で、支えてくれたらしい。何秒か、中腰のまま固まったあと、静かに床に下ろされた。
上半身は強張っているくせに、腰から下は、変に脱力している。自覚すると、ぶわりと汗が噴き出てきた。情けないにも程がある。囁かれた程度でこんなにくたくたになるなんて。それこそ、これまで付き合ったどの女の子も、これほどふにゃふにゃにはならなかった。そりゃ、シたあとはくったりしてたけど、する前からこうは、ない。
これはただの緊張じゃない。
過剰なまでに、期待を孕んだ、緊張だ。
「三ツ谷」
「ッス」
「オマエ、ほんとに初めて?」
「……それは、えっと、どういう、」
「誰かに抱かれたこと、ほんとにないの」
「……残念ながらございません」
今日が本当に初めてです。ぽそぽそと付け足すと、ドラケンの唇がむにゃりと歪んだ。呆れられた気がする。処女を相手にするんじゃなかった、と考えているかもしれない。男を処女って言うのも気持ち悪いな、これぞ誤用という感じがする。けれど、他に言い回しも思い付かない。とにかく、面倒なことになったと思っているに違いない。
そもそも、ドラケンは男を抱くシュミはないと言っていた。抱かれることはあれども、自分から抱きたいと思ったことはない、と。あの瞬間は抱けそうと言ってくれたけれど、今はもう無理だと結論付けていることだろう。そうに決まってる。
ああクソ、今度会うとき、どんな顔をしたら良いんだ。ぐるぐると後悔が脳内を駆け回る。
「んん~……」
「あ、のさ、ど、ドラケンッ、オレ、」
「三ツ谷」
無理なら無理でいい。このまま、サクッと切り捨ててくれ。
そう言語化する前に名前を呼ばれてしまい、口を噤んだ。代わりに、のろのろと体がドラケンに向き直る。最早、これは習性だ。ドラケンに呼ばれれば、返事をする。それができなくとも、ちゃんと聞こえましたと態度で示す。たとえ、顔が真っ赤になっていようと、妙な期待でヒクヒクと体が震えていようとも、だ。
どんな顔でオレを見ているのか、知りたくなどない。それでも、自分の目は引き寄せられるようにドラケンの方を向いた。さぞ、困った表情をしていることだろう。そう思いながら、目を、合わせた。
「先に謝っとく」
「えッ?」
しかし、ほとんど同時に、ドラケンが頭を下げてしまう。顔が見えたのは、ほんの一瞬のこと。ぐ、と唇を引き結んでいたような、そうでもないような。なんとなく捉えるのがせいぜいだった。
謝る、とは。抱けると言ったけど、やはり無理、ということだろうか。そうだ、きっとそう。だって、他に思いつかない。なんだ、それなら身構えていた言葉だ。大丈夫。
そいつの、滅多に見られない脳天を眺めながら、こっそり胸を撫でおろした。侘しさの入り混じった吐息が、ほぉ、と漏れる。
「今日さ、できて素股かなって思ってたんだけど」
「う、ン。そっか、でも、あの、いぃ」
「ちゃんと抱きたい」
……安堵は、顔を上げたそいつによって、消し飛ばされた。
「エッ」
「から、まず風呂な」
ギラついた目に射抜かれる。ぬ、と伸びてきた両腕から、逃れる余裕はなかった。瞬く間にオレの体は抱え上げられ、のしのしと運ばれていく。
ちゃんと、とは?
素股じゃあ、ちゃんと抱くことにはならないのか。広義にはセックスと言って良い気がするが、ドラケンの辞書上は違うらしい。あの家じゃ、本番以外は本当のセックスじゃないと教えられてそう。これって、偏見かな。
……待て、ということは、オレは正しくこいつとセックスをするのか。話の流れじゃ、するということになる。
そのために、ココまでノコノコついてきたとはいえ、そんな、エッ、呆れられた空気だったろう!?
「ふ、風呂って、まさか風呂場でスんの!?」
「は? 準備に決まってんだろ」
「じゅんび……?」
「そ、ケツの」
「けつ」
ガタンと、風呂場に繋がる扉が開いた。
オレを下ろしながら、そいつはにんまりと目を細める。その瞳に、想像していた呆れは微塵もない。どころか、ぐつぐつと熱欲が煮えたぎっていた。
「まあ、痛くはしないから。それだけは安心して」
その言葉は、確かに、嘘ではなかった。
「ぁ、んぅ、ンン」
散々尻穴を掻き回されたのに、痛くなかったのだ。というより、痛みがないように、この男が気を遣ってくれたから、というのが正しい。ありとあらゆる未知の刺激に萎縮していた自分を、ドラケンは懇切丁寧に解していった。心理的にも、身体的にも、だ。ありがたい限りである。
それはそれとして、―― 羞恥で死ぬかと思った。
「もっ、もぉ、いい、ってばあ……」
誇張した表現は好きではない。だから、死ぬなんて言葉、大人になってからはろくに使わなくなった。それでも、今回ばかりは心底そう思ったのだ。死ぬ。恥ずか死ぬと。
文字通り全身くまなく撫でられ、擽られ、さらには舐られる。ナカを洗わないとならない、と告げられた時点で溢れ返りそうだった羞恥は、畳み掛けられるように行われた手技で完膚なきまでに決壊した。心拍数も血圧も上がる一方。かぷかぷと全身あちこち甘噛みされて、もうほとんど逆上せていた。
これは死ぬ。死んでしまう。あんなに情けなく「死んじゃう」と縋ったのは、三ツ谷隆史上初めてのことである。手加減しろよ。こちとら処女だぞ。その手の主張は、喘ぎ声に打ち消されて一切届かなかった。……ドラケンはドラケンで、「大丈夫」と宥めすかすばかりで全く手を緩めてくれなかったのだ。仮に、加減しろと伝えられていたとしても、応じてくれたとは思えない。
「ぁ、ああっ、アっ、やぁッ」
「んん?」
「ぅ、キュ、ぁ」
―― そして、今、オレはベッドの上で責め立てられている。
仰向けになって投げ出した脚の間に、ドラケンは顔を埋めていた。当然のように、その口はオレのナニを咥え込んでいる。大きな手の平は、片方は震える内腿に添えられているが、もう片方は後ろに伸びていた。くちゅ、ぷちゅ、たっぷりの潤滑剤を注がれた孔に、指先が引っかかっている。浅いところを掻き回されると、もどかしいような快感が体の内側に響いた。
とんでもないことをされている。だが、嫌悪感は、なかった。感じないように、風呂場でたっぷりと仕込まれたともいう。これでちょっとでも痛みがあれば、多少は頭も冴えたろう。しかし、与えられるのは悦楽だけ。時間が経つほど、その悦は増していく。積み重なっていく。この快感から逃れられたら、どれほど楽だろう。
行き場のない熱で、妄りがましく体がくねった。
「っァ、ぁあぅ、ぅう~」
そんなオレの困惑に、ドラケンが気付かないわけがない。こちらの限界が近いことは、手に取るようにわかっているはず。
だが、頭を離してくれない。指の動きを緩めてもくれない。それどころか、咥えたオレのナニをきゅうと締め付けてきた。もうこれ、喉の奥まで入ってるだろ。そんな深くまで咥え込んでいるのに、どうして一つも嘔吐かないんだ。オエッて、フツーなるじゃん、なるだろ、なるはずだろう? にもかかわらず、この男、顔色を変えずにフェラし続けている。いや、厳密に言えば、艶っぽい顔してるんだけどさあ、まったく苦しそうに見えないんだよ。オレのってそんな小さい? 平均程度はあると思ってたんだけど!
「っ、ぁ、ぅ、ウッもお、だめ、だめだめ、また」
「いひそお?」
「そこでしゃべんのやめ、ぇ、」
細やかな振動が、弱いところを包む。だめだ、もう我慢していられない。ぎゅ、と、つま先が丸くなった。イキそう。昂っていくのにあわせて、腸壁をさりさりと擽られる。擽ったいと、気持ち良いの境目が溶けだした。ココを擦られるのは、堪らなくイイものなのだと、教えられているかのよう。
風呂場で二度イカされたのもあって、なかなかテッペンに辿り着けない。もう少し、あと少し。カクカクと腰が揺れ出した。
「ンぐ」
「ぁッ……!」
しまった、喉奥を、突いてしまったろうか。熱に浮かされながら股座に目を向ければ、ずるると唇から自身が抜けていくのが見えた。あ、顔、引いてくれたんだ、良かった。
……間の抜けた安堵を抱いていると、まだ先っぽを食んでいるそいつと目が合う。にぃ、と、切れ長の目が三日月を描いた。これ見よがしに口が開く。透明な、しかし泡立った液体が、テラテラと艶めいた。その向こうには、長い、赤。さっきも、あの舌で全身舐られたんだっけ。
今度は、何をされるんだ。オレの期待と不安とが入り混じった視線を受け止めたそいつは、きゅ、舌先を尖らせた。空いている方の手が、やんわりと茎を掴む。
「ぁ」
とん、と、切っ先の中央、とぽとぽと引っ切り無しにカウパーを漏らすクチを、塞がれた。
「あっ」
舌先は、くにくにと鈴口を虐め出す。零し損ねた体液が、堰き止められた。逆流などしていないはずなのに、下腹がやたらと熱くなってくる。ああ、大きな手の平で竿を揉みしだかれているからか。ちゅぽちゅぽ後ろで指を抜き差しされているせいもあるかもしれない。
「アッ、」
もう、だめ。これ以上、気持ち良いは受け止められない。
がくんと首が倒れるのと同時に、ピンッと亀頭を弾かれた。
「~~ッ」
このままじゃあ口に出すとか、顔に引っかけてしまうとか、そんなことに構ってはいられなかった。手指が、ベッドシーツを引っ掻く。震えるばかりだった両脚は、ピンと宙に向かって伸びた。
「ぉ、っと」
「ぁ……ッ?」
ついに。
と、思った瞬間、纏わりついていた刺激が失せる。反り返った陰茎が、ひやりとした。口を離されたのか。そう理解するやいなや、腹の中で熱が暴れる。苦しい。どうして。今、絶対に達したと思ったのに。達せると、思った、のに。
わなわなと体を震わせながら首を起こすと、ぺろりとドラケンが濡れた唇を舐めていた。その手前には、これでもかと張り詰めた自身が見える。
根元は、ぎゅう、と、男の指で絞めつけられていた。
「や、やだ、これやだあ、くるしい」
「その割に暴れないじゃん。蹴られるくらい覚悟してたんだけど」
「ンな体力、もぉ残って、なぃ、う、うう~」
「ほら、後ろトントンしてやるから」
「トントンもやだ、ぁぅ、あ゛ッ」
しっかりと根元を絞めつけたまま、ドラケンの指先が浅いところを叩く。ナカに入り込んでいる指は二本。それをいっぺんに擦りつけてくれれば、まだ快感を拾えたことだろう。しかし、一本ずつ、交互に、しかもやんわりと触れてくるせいで、決定的な快感は得られない。もどかしいばかりだ。堰き止められた熱の苦しさに、腰が艶めかしく揺れてしまう。あわせて、真っ赤に充血した自身がみっともなく震えた。
「どう、浅いとこ擦られんの」
「うぅううこれやだあ……」
「あれ、気持ち悪い?」
「ちがう、焦らされ、てる、みたいで、……つらぃッ」
「あー、それはそうかも」
「ひンッ」
曖昧に笑ったドラケンは、ぱっと陰茎から手を離した。一拍置いて、堰き止められていた熱が込み上げてくる。だが、一度絶頂感をやり過ごしてしまったせいで、どうも上手く上り詰めることができない。じわ、じわ、と腹の奥からせり上がってきているのは確かなのだが、いつものように射精するときの高揚はなかった。
「ぁ、あ、ぁあ」
開きっぱなしの口から、呻きにも喘ぎにも聞こえる声が零れる。ようやく先っぽに辿り着いた熱が、ぷくり、雫を作った。その白濁に、勢いはない。とろとろと、それこそ我慢汁が滲むくらいの鈍さで、溢れていった。
「ちんこ、ばかになっちゃったじゃん……」
「一回くらいじゃバカになんねーよ」
「なってるよお」
「平気平気、オレが大丈夫だったからオマエも大丈夫だって」
「あッ」
萎れ始めたペニスを、今度は指で弾かれた。ただでさえ、精液が漏れる感覚に溺れそうなのに、どうしてそんな無体を働ける?
弾かれた余韻に苦しめられながら、どうにか押し寄せてきた快感の波をやり過ごしていく。自分の甘ったるい声を聞きたくなくて口を閉じれば、くぅんと上ずった呻きが鼻を抜けていった。そのままどうにか鼻で呼吸をしていると、幾何か体も落ち着いてくる。浮遊感が失せ、ずっしりと手足が重たくなった。だらしない恰好なのはわかっている。だが、動かすのも億劫。
脚を投げ出したまま、ぼんやりと天井を見上げた。白い電気が、煌々と光っている。暗くしてくれ、と頼む暇もなかったな。真っ赤になりながら汗だくになっているところ、すっかり曝け出してしまった。
まあ、ドラケンだし、良いか。
ゆったりと、瞼が、落ち始めた。
「ん、そのまま力抜いてろよ」
「ぅえ?」
沈みかけた意識は、瞬く間に現実に引き戻される。どうにか視線を向けると、ゆったりと笑ったドラケンが、オレの右脚を肩に担いだところだった。左脚は、畳まれながら横に開かれる。ちょっと、痛い。けれど、これは自分に柔軟性がないせいだ。そうか、抱かれる側は、体も柔らかくないとならないのか。再び、間の抜けたことが頭に浮かんだ。
「……ぅ?」
そのうちに、くぷり、二本の指が奥へと沈んだ。これまでは、第一関節が埋まる程度でくるくると動いていたが、それよりも深く入ってくる。内臓を侵されている感触が、僅かに増した。あわせて、苦しさも増える。
「痛くない?」
「いたくは、ない」
「苦しい?」
「ちょ、っと」
「……なら、いけるかな」
「なに、すン……、」
それでも、受け答えはできる程度の苦しさだ。オレを見下ろしながら、ふむと頷いたドラケンは、さらに指を押し込んできた。熱の中に骨ばった指が埋まっている。意識すると、勝手に中がうねった。形を確かめるみたいに、きゅうきゅうと腸壁が指に絡みつく。爪の先、節くれ立った指、ちょっと硬くなった指の腹の皮膚。そのすべてを、ナカの神経は切実に感じ取った。
ドラケンに、尻を暴かれている。犯されるために、そこを許している。改めて思い知らされると、ふつふつと熱が燻りだした。
「うぁッ!?」
熱を帯びた視界に、閃光が走る。星が、飛んだ。チカチカする。まばゆいソレは、すぐに失せるものの、グッとナカを押されると再び火花が飛んだ。
なに、これ。口を戦慄かせていると、またもや、バチンと視界が弾ける。スタンガンを当てられたとき、こういう感触がしたような。いや、スタンガンの方が強烈だったな。それに比べると、このスパークは弱い。圧がかかる度にがくんと体は震えるし、得体の知れない痺れは走るのだが、電撃を受けたときの悍ましさはない。今、、与えられている浮遊感は、正直、悪いモノには思えなかった。
「ぁっ、ア、……ンンッ」
「ほんと感度良いね」
「あ、な、なにぃ、ィあ、アッ」
「わかる? これ、ここ、前立腺」
「ぜん、ぇ、アッぅ、んんっ」
言われて初めて、ある一点に触れられているのに気付いた。二本の指が入り込んだ先、その腹側。これまでは、くぽくぽと割り拓かれる感触にばかり溺れていたが、今度はナカからの殴られるような刺激にも感じ入ってしまう。
きゅう、また、柔く圧された。おそらく、強くはない。本当に、優しくソコに触れられている。なのに、込み上げてくる悦楽はこれまでの比じゃない。押して、緩めて、また、ぎゅうと圧をかけて、……その繰り返し。下腹には血が集まってきた。もう、そこに心臓があるのではないか、と思うくらいに、腹の中から脈が伝ってくる。
前立腺、って、こんなすごいの。
息も絶え絶えに腹の方に目を向けると、萎みかけていたはずの自身が首を擡げていた。もう出るものなんてない。なのに、充血している。腫れて、大きく膨れ上がっている。真っ赤になった先っぽからは、とろとろと透明な汁が引っ切り無しに零れていた。
「あ、なんで、ちんこ、さわってなぃ、のにッ」
びしょ濡れになりながら揺れるソレを見ているうちに、思考も熱欲で満ちていく。気持ちが良い。触られているのは、腹の中だというのに、痺れるような快感が陰茎にまで登ってきた。
扱かれるときの刺激と違い、内側からじわじわと高められていく。これまでのオナニーやセックスじゃ、味わったことがなかった痺れだ。ぴりぴり、じゅわじゅわ、そこにある神経の全てが、粘膜越しに与えられる悦にへりくだっていく。
どうしよう、もう出るはずがないのに、イッちゃい、そう。
「……あのさあ、ほんとに三ツ谷って初めて?」
「ぇ、あっ、なに、はじめてだって、言ったじゃんッ」
「抱かれたことはなくてもさ、ココのマッサージとか、されたことない?」
風俗とかでさ。付け足すと同時に、指が一点を押したまま固まる。押されっぱなしになったせいか、勝手に腰が浮いた。
前立腺マッサージ。どこそこのヘルスならやってもらえるなどと聞いた事はあるが、それだけだ。手練れにしてもらおうと思ったこともなければ、興味本位に自分で触ったこともない。尻に指を突っ込まれたのは、間違いなく今日が初めてだ。
いや、幼いころに座薬を突っ込まれたことはある。ただでさえ、熱が出て具合が悪いのに、尻にギュムッと薬を捻じ込まれたのだ。妹が生まれる前だったのもあって、とにかく泣き叫んだっけ。あれは本当に痛かった。……なのに、今日は、痛くない。座薬よりも、こいつの指の方が太いはず。執拗に尻穴を撫で回されたからだろうか。かつての痛みが嘘のように、ずっと快楽に溺れている。
「ぁ、あ~……」
「三ツ谷ー、聞こえてる?」
「ぅ、ンンッ?」
「後ろ、触られたことあるんじゃねーの?」
「あ、ぅう」
ぬるま湯に揺蕩う心地に浸りながら、どうにかふるふると首を振った。ちゃんと、振っているように見えたろうか。喘ぎ混じりになってしまったから、こちらの意図が伝わったのか、ちょっと怪しい。
「……マジで、はじめて?」
「ぅンっ」
改めて問われた言葉に、こっくんと大きく頷いた。よし、これなら伝わるだろう。その証拠に、ドラケンの切れ長の目が、ぱちんと瞬いた。不意を突かれた、きょとんとした顔が、なんだか愛おしく見える。ずっと余裕そうな顔ばかり見ていたからだろう。つい、ふにゃりと頬を緩めてしまう。あわせて、指を食んでいる後孔がきゅきゅっと締まった。
「へぇ」
「ぁえ?」
そいつは、一つ息を吐いた。ぽかんとした顔が、まっさらになる。けれど、それも束の間。無表情のまま、瞳の奥が鈍い艶を孕んだ。その色は、じくじくと広がっていく。あからさまに表情が変わったわけではないのに、男の顔が色気で染まった。存外厚みのある唇が、欲を纏いながら弧を描いていく。
「そお」
「……ァ、」
辿り着いたのはにこやかな表情だというのに、どうも淫蕩に見えた。
エロいと言うか、スケベと言うか、―― えっち。
「アッ……!? やっ、ぅ、んんンンゥ」
そんな感想を抱くと同時に、ずるりと指が引き抜かれる。かと思えば、すぐにそれらはナカに戻ってきた。さっきより、圧が強い。指を三本に増やしたのかもしれない。
激しく責め立てられると、ぢゅぽぢゅぽと粘着いた水音が部屋中に響いた。前立腺を擦られるのはもちろん、関節が縁に引っかかりながら出入りするのが堪らない。きゅう、きゅんっと口が指を絞めつけた。イイ。すごくイイ。最高を享受しながら、腰が跳ねる。
「ンッン゛ぅ、ぁ、あッ」
視界には、また星が飛び始める。部屋の様相が、靄がかかったかのように見えにくくなってきた。担がれた方の脚が、ピンと張る。畳まれている方も、引き攣るように強張りだした。
だらしのない漏精を晒してから、前は触られていない。なのに、反り返ったナニは絶頂間際のようにぴくぴくと震えている。局部で熱が蜷局を巻いて、きゅぅ、陰嚢がせり上がってきた。
「ゥッ、ぁ、あぁン」
甘ったるい声は、もう我慢できない。欲のままに喘ぐと、熟れた先からどぷりと体液が溢れてきた。
「ん、くうンっぁ、すご、なにこれぇ……」
もう出ないと思ったのに、鈴口から精液が垂れていく。これで素面だったら、またみっともない達し方をしたと羞恥に苛まれていたことだろう。しかし、今は醜態など気にならない。はるかに上回る多幸感に包まれていた。後ろだけで達すると、こんなにも気持ちが良いのか。きっ今、頭の中には麻薬染みた脳内物質が溢れ返っていることだろう。
とにかく、幸せ。これを最高と言わずして、なんと表せと?
「ぁ、あっ。ぅ、ぅう……、ン♡」
多幸感に浸っていると、ちゅぽっと指が抜けていった。抜けきる瞬間の、淫唇に引っかかる感触もイイし、抜けた後のぽっかりとした空虚感も悪くない。穴をあけたソコは、自分の意思と関係なくヒクヒクと震えた。過分に濡らされたせいもあって、空気が触れるとひんやりとする。火照った体には、それすらも気持ちが良くて、ぞくぞくと背筋に電流が走った。
普段の射精だったら、出してすぐに頭は冴える。だが、前を触れずに達したせいか、なかなか絶頂から降りて来られない。腹の奥の熱は、ぐつぐつと煮立っていて、ちっとも冷めそうになかった。むしろ、温度を上げているようにすら思える。
癖になりそう。こんな達し方を覚えたら、もう前だけじゃイケなくなりそうだ。
口の端から垂れる涎に構うこともできないまま、股座にいるドラケンを見やった。
「はは、顔とろっとろ。かわいいじゃん」
「ん、んぅ、ふふ、あは」
おもむろに、ドラケンの腕がオレの顔に伸びてきた。指先が、つ、と口元を拭う。そのまま、やんわりと唇を撫でられた。後ろを暴いた手付きと違って、随分と優しい。褒められているみたい。可愛いと言われたって、素面だったら嬉しくはない。けれど、あやされたせいもあるのか、胸の辺りがじんわりと温かくなってきた。
指先は、ふに、とオレの唇を押して離れていった。流れるように、その手は脚へと戻る。産毛に触れるかのように撫でられて、びくんと脚が跳ねた。ここまでくると、どこを触られても気持ちが良い。全身が性感帯になったみたいだ。
幸せが飽和状態。頬が勝手に緩み、あは、へは、だらしのない笑い声が零れだす。
「……三ツ谷ぁ」
「ぁッ」
柔く体を撫でていた指が、ぷちゅりと後ろに触れた。そこに佇んでいた切なさが、僅かに慰められる。けれど、足りない。触れるだけじゃ、満たされない。指先に媚びへつらうように、体を捩らせた。
「オマエ、見込みあるよ」
なんの? 舌を零したまま首を傾げると、ドラケンは悪い顔をして笑った。今日見た中で、一番、艶やか。こんな笑みを浮かべながら、男を誘って来たのだろうか。見ているだけでゾクゾクする。煽られてしまう。これで自分が抱く側だったなら、堪え切れずに挿入してしまったかも。……抱かれる状況の今だって、嵌められたくて仕方がない。どちらにせよ、自分は堪え性がないらしい。
「きっと、ハマるぜ?」
「ア、ぁ……、へ、ぇッ」
指が、離れた。そんな、やだ、離さないで。もっといっぱい、くちゅくちゅして欲しいのに。
思った瞬間、脈打つ熱が襲って来た。ぐ、ずぬ、散々指で解された媚肉に、強烈な熱さが走る。えっ、なに、何が起きてるの。このままじゃ、火傷しそう。みぢみぢと割り開かれるほど熱さは増し、内側から圧迫される感覚に息が苦しくなってきた。
そのくせ、高揚した我が身は、満足感を覚える。
「ぉ、アッ、ぁ……、らに、あづぃ、あッつぃッ」
「はは、まじで、すげーって」
びゅるりと自身から何かが漏れた。やっとの思いで息を吸い込むと、ずびっと鼻を啜る音が聞こえる。視界は、過分に溢れた涙ですっかり滲んでいた。
自分の体は、間違いなく、どこもかしこもぐちゃぐちゃだ。
「ハジメテでこんな善がれるって、ほんと向いてると思う」
だめだ、もう、落ちる。
堕ち、ちゃう。
「―― 男に、抱かれるのに」
「~~ッァ」
囁かれると同時に、プシャッと自身が噴いた。もう出ないと思ったのに、意外と弾はあったらしい。
上ずった意識の中、目を向けると、天井を向いたチンコがぐっしょりと濡れていた。白濁を帯びてはいるが、だいぶ薄くなっている。切っ先から緩慢に流れ出る体液を見ているうちに、かろうじて残っていた理性も流れ出ていってしまいそう。いや、もう、出て行ってしまったかもしれない。
「あっ、あ゛、すご、す、っごい、ずりずり、されりゅの、すごぃ」
「これ、いーよな。オレも好き、ゆっくりされんの」
捻じ込まれた怒張が、たっぷりと時間をかけて抜かれていく。カリまで這い出たところで、またじんわりとナカに戻ってきた。がつがつと肌がぶつかる音はしない。激しくないからか、何度も繰り返されるうちに陰茎の形も覚えさせられてしまった。このペニスに自分は犯されている。暴かれている。先っぽでじわじわと前立腺の表面を擦られ、引っ張られ、そして押され、頭の中には火花が飛びっぱなし。
気持ちが良い。その一つに、全てが集約されていく。
「ォ」
「ん」
「ぅ、ンッ、あ゛ッ、くりゅ、なんが、またくるぅッ」
「ぅん、おれも、いきそぉ」
少しずつ、腰の動きが速くなってきた。前立腺の辺りまで入っては抜けていたソレが、だんだん奥へと嵌りだす。深く穿たれるほど、幸福感が増していった。ぱちゅっと皮膚がぶつかるまで入ると、もう幸せ過ぎて男の顔すら捉えられなくなってしまう。
もう、だめ。おかしくなる。おかしくなってしまう。尻穴をずりずりずぽずぽされるの、すごくきもちぃ。
あたま、ばかになっちゃ、う。
「ぅぐ」
「ッオ゛」
どく、と、腹のナカが震えた。ぐつぐつと煮えそうな媚肉に、熱が注がれる。呼応するように、粘膜が陰茎を絞めつけた。最後の一滴まで、搾り取らんとはらわたがうねる。
「うー……、そうだ、ゴム……、んんん、ごめん、」
ふと、ぐずるような声がした。歪んだ視界じゃ、ドラケンがどこに居るのかすら捉えられない。しかし、声はほとんど頭上から降ってきた。すぐ、そばにいるのだろうか。よろよろと、腕を持ち上げる。と、すぐに汗ばんだ肌に辿り着いた。怠い指先を引っかけようとすれば、ぐ、体温がそばにやってくる。
ぼたり、捕まっていた脚が、ベッドに落ちた。
同時に、均整の取れたカラダが落ちてくる。体液塗れの皮膚が、べったりとくっついた。ドラケンの全体重が、オレに圧し掛かる。重い。苦しい。でも、潰されそうな感触で、再び達してしまいそう。
筋肉の付いた背中にしがみつくと、返事をするかのように肩口に擦り寄られた。
「みつやぁ」
「ンン?」
耳元で、甘ったるい声がする。水飴を思わせるソレは、妙に鼓膜に纏わりついた。
「じょーずにイッたとこ、わるいんだけど」
舌足らずなのは、達したばかりだからだろうか。なるほど、確かに、こんなふうに甘えられるのなら、男にモテても不思議じゃない。可愛いじゃん。重いけど。タチでこうなんだから、ネコをするドラケンは、さぞ可愛かろう。
ようやく視界の閃光が失せ、眼前の男が見えてきた。二、三回瞬きをして、そいつに焦点を合わせる。どんな顔してるの。オレに、よく、見せてよ。
ぱち、さらに一回瞬きをしたところで、やっとドラケンの表情を捉えられた。
「……えっ」
細められた目の奥は、ギラギラとした欲を孕んでいて、燦然と輝いている。舌なめずりされた唇からは、艶を過分に含んだ吐息が漏れていった。
「もうちょい、―― 付き合って」
気付いた頃には、もう遅い。昂りを取り戻した熱杭で、熟れた肉を抉られた。