その背格好には見覚えがあった。
 繁華街、というよりは通俗的な街並み。自分にとっては親しみのある場所だが、あの男にとってはどうだろう。浮かんだ疑問に足を止めてしまう。いや、いやいや、互いの年齢を考えてもみろ、別にこういうところにいたっておかしくはない。
 雑踏に紛れて、その背中はあっという間に見えなくなる。どこかの建物に入ったのかもしれない。
「三ツ谷、」
 今更呟いたところで、声はどこにも届かない。それらしき背中には当然聞こえていないだろう。立ち止まっている自分をよそに、周囲の人間はつらつらと行きかう。
 あの後ろ姿は、三ツ谷に見えた。とはいえ、あいつを最後に見たのはもう三年は前。なんせあの男、就職してしばらくしないうちに海を渡ってしまったから。研修と言っていたか、研鑽と言っていたか。とにかく、それなりの理由で、日本を離れている。し、戻ってきたという噂は聞かない。
 人違いだろうか。他人の空似。
 眺めていた通りから、ふいと視線を逸らした。つま先は、今いるところよりも、さらに性の匂いが混沌としている方を向く。情緒もクソもない看板、「ヘルス」と書いてあるそれの下へと歩みを戻した。
 途中、すれ違ったカップルは、女が率先して男に腕を絡めていた。また別の二人組は、男の方が女の腰を下心露わに抱いている。
 さっきのあいつも、腰を、抱かれていた。三ツ谷のような後姿をした男は、腰を抱かれていたのだ。しかも、連れ立った長身の男にもたれかかって。そんなの、目を疑うに決まっている。あの三ツ谷が、大人しく男にもたれかかることがあろうか? 満身創痍故に肩を借りることはあっても、あんな風にしなだれかかることが、ありうるか。
「ないな」
 ない。
 自分の中で完結させると、自然とあの後ろ姿は記憶から薄れていく。遠のいていく。扉を潜って、郵便受けを通り過ぎ、エレベーターの前へ。上向きの三角に指を乗せてしまえば、もう気にならなくなっていた。