終
ぱち、と目覚めると、心臓に悪い顔面が真っ先に飛び込んできた。瞬きをしても、目を擦っても、その顔面が視界から消え去ることはない。なんなら、布団全体に自分のものではない熱もある始末。
のっそりと羽毛布団を退けるように起き、寝息を立てているそいつを見下ろした。
一昨日、お粥を作ってくれた、その男。昨日もなんやかんや風邪で怠くて寝込んでいたら、あれやこれやと面倒を見てくれた。
まあ、「なぜ、自分の体にぴったりの服があるのか」というような内容の文句を言われはしたが。別になんてことはない。お前の片割れが、毎年米を送ってくれるお礼にと種蒔きや田植えをはじめとする農作業を手伝いに来てくれるからだ。当然、農作業をすれば汗をかく。それで着替えが必要になっただけ。最初こそ、手伝いを頼むたびに着替えを持ってきていたのだが、それも面倒だろうというのと、頻繁に手伝いに来てくれるのなら米代をサービスしても良い、と伝えたところ、家に置いていくようになった、と。ただ、それだけのこと。
風邪によるだみ声で丁寧に一つ一つ説明してやったら、嫉妬と羨望が入り混じった表情を浮かべていたっけ。ほら、おかげでお前の着替えもできたんやから、片割れに感謝しとき。なんて止めを刺してしまったものだから、ピィイギィイとどこぞの野鳥を思わせる奇声をあげられた。
そして、昨晩、だいぶ調子よおなりましたねと言っていたから、てっきり俺が寝たあと帰ったものだと思っていたのだが。
べっちん。と、一切の容赦なくそいつの頬を引っ叩いた。
しかし、そいつは起きることなく、一つ呻くだけ。片割れはこの一発で起きるというのに。ため息を吐き出してからもう一度、手を振りかざした。
「い゛ッだあ!?」
おっと、少々頬が赤くなってしまったか。だが、致し方ない。起きなかったこいつが悪いのだ。
「……なんでまだおんねん」
「ぶぇ?」
吐き出した声は、随分と低いものだった。とはいえ、風邪によるものではない。寝起きで、口の中が乾いているせいで低くなっているだけ。むしろ、風邪のほうはすっかり良くなった気すらする。こればかりは、自分の回復力と、こいつの甲斐甲斐しい介護に感謝だ。
「いやあ、北さん見とったら眠なってもうて」
「よくもまあ病人と同じ布団で寝る気んなったな……」
「え、だってほとんど治ってはったし、いけるやろ、て」
「あ、そ……」
もうこいつと話していたって埒が明かない。何を言ったって無駄だろう。
なんせ、俺と地獄にも天国にも行きたいと言ってのけた男だ。思い出しただけで、血圧が上がってしまう。
ぼさぼさになった髪の毛をさらに乱すように頭を掻けば、寝転んだままのそいつは「ふふ、もさもさやあ」と気の抜けた笑みを浮かべた。お前の頭もぐっちゃぐちゃやで。パーマかけとる前髪ももちゃもちゃや。いっそオールバックにしたほう、様になるんちゃう? ……言わんとこ、こいつのデコ出し、きっと色気あるもん。ンなキマったトコ、至近距離で見たら心臓破裂してまう。
もう一度ため息を吐くと、ようやく布団の半分を占領していたそいつは起き上がった。あわせて、ぐっと伸びをする。長い両腕が、天井目掛けて伸びていった。
こいつの体躯を思うと、さぞ狭苦しかったことだろう。一昨日はさっぱり余裕がなかったからさておき、昨日なら布団くらい出してやったのに。いや、押し入れにしまいっぱなしの布団を出すのも失礼か? でも、侑やし。……侑とか関係ないわ、客人はもてなす。当たり前のこと。
「それに、サムのおつかいもしてへんし」
「あ」
ひとしきり伸びを終えたのか、しれっとそいつは口を開いた。つい、ぽかんと口を開けて呆けてしまう。
そういえば、そんなことを言っていた。それで、こんな田舎まで尋ねてきたのだった。正直に言おう。忘れていた。
そろそろ注文がくる頃とは思っていたのに。と、いうか、治も治だ。ついこの間の説明会で会った時に、言ってくれればいいものを。どちらにせよ、納品できるのは風邪が治ったあとになってしまったろうが、それはそれ。
この歳になってまで、双子に振り回されることになろうとは。学生の頃は思いもしなかった。きっと、テレビ越しに眺めるくらいの縁しか残らないだろう。そう、思っていたのに。
顔も洗っていない。歯も磨いていない。そもそも、寝間着のまま。いつもであれば、ちゃんと準備して外に出るのが道理、と身支度を始めるところ。
だが、どうにも、隣でにへらっと笑う男を見ていると、多少手を抜いても良いかと思えてしまった。
「こっち」
「はい?」
だらしのない恰好を承知の上で、のっそりと布団から出た。そのまま、ついてこいと、家の中を歩いていく。向かったのは玄関ではなく、裏の勝手口。置いてある突っ掛けは一つ。それから自分の長靴が、一つ。とりあえず長靴を履いて外に出れば、恐る恐るといった様子で、侑は突っ掛けを引っかけてついてきた。
間もなく辿り着いたのは、家の裏にある小屋。軽トラとトラクターの車庫ともいう。とはいえ、農家にある車庫をただの車庫と思ってはいけない。やたらと広いスペースには、やたらと大きな予冷庫に玄米用の保冷庫、それよりは一回り小さい冷凍庫、積み上げられたコンテナと並んでいる。どれも、俺の仕事の必需品。
後ろに立つ男の顔は想像に容易い。なにこれ。なんやこれ。赤色のトラクターもさながら、ドドンと並んだこの箱はなんだ。いつぞや片割れも呆気に取られていたから、こいつもそうなっていることだろう。
どや、すごいやろ。そう言いたいのをぐっと我慢して、保冷庫の取っ手を掴んだ。バッと開けた中は俺にとっては見慣れた光景。けれど、こいつにとっては新鮮なものだろう。
ずらりと並んだ、大きな米袋の山なんて。
「これは玄米。いつも精米してから納品しとる。あとで、精米しに行くから、軽トラ積むのとか手伝ってな」
「はあ、……ぅえ、めっちゃでかい袋ですけどこれ何キロ入ってるんすか」
「三十キロ」
「さんッ」
「持てるやろ、これくらい」
「まあ、たぶ、ん?」
「……ベンチプレスとかやってるんちゃうの?」
「しないこともないすけど、……俺パワーあるほうちゃうんで」
「あんなサーブ打っとるくせに」
「サーブはトスと助走とテイクバックと、……って説明せんでもわかるでしょ!?」
「ふはは、まあな」
「ったくもお……」
ばたんと扉を閉じがてら振り返ると、寝起きのだらしない顔をした侑が苦い顔をして顎を擦っていた。よく見ると、ぽつぽつと髭が生えている。そりゃそうだ、男なのだから。俺にだって、多少は生える。そういえば、剃刀の予備はあったろうか。さすがにそこまで治が放置していったものを使わせるわけにはいかない。
ほう、息を吐いて、みっともなく背中を丸めるそいつを眺めた。こんな男に、生涯を約束してしまうとは。自分もトチ狂ったのだろうか? だとしたら、高校の頃、こいつのプレーに魅せられたときから狂ってしまっていたに違いない。いや、狂うというよりかは、バレーへの真摯さに焦がれた、というほうが正しいな。
朝飯にしよか。静かに呟いてから、ぱんっとそいつの背中を叩いた。せっかくスタイルが良いのだから、そんな姿勢をするもんじゃない。不精髭が生えていても、背を伸ばすだけで印象は変わるものだ。特に、朝から活動している人のいるこの田舎では。
しかし、その程度でこいつの背がしゃんと伸びることはない。昔はこの一発で済んでいたのに。図太くなったものだ。と、なれば、気合いが入るであろう言葉を、くれてやるしかない。
ぱったんぺったん突っ掛けを引きずるソイツのほうをあえて振り返らずに、口を開いた。
「ちなみに、」
「んぇ?」
「治はアレ。ひょいて持ち上げるで」
「ハァッ、負けられん!」
ほらな。背後でピンッと背筋が伸びた気配に、そっと口元を緩めた。
◇◆◇◆
朝飯を食って、身支度を整えて、米袋を軽トラに積み込んだ。侑の「これどこ、どこ持ったらええの!?」という叫びを完全に無視してホイホイと運んでしまえば、本日二度目の奇声が響き渡る。どうということはない、持ち上げるコツがあるだけだ。
「手伝え言うたくせに」とぶつくさごねる侑を連れて、軽トラをコイン精米所まで走らせる。さすがにこれは見たことがあるとは思ったが、侑はやけに物珍しそうにプレハブじみた建物を眺めていた。玄米を流し込んでは待つを繰り返し、精米完了。あっという間に見覚えのある白さになった米を覗き込んで、感嘆の声をあげていた。この反応は治とは違う。治はもっとキラキラとした目で見つめていたから。
帰って早々に、侑が乗ってきたワゴン車に米を積み込めば、作業は終了。これで、治ンとこ行けばおつかいもおしまい。
と、思い、「じゃあまたな」と言ったのだ。確かに言った。間違いなく、俺はそう言って、侑を送り出そうとした。
――しかし、事は思うようには進まない。俺のしれっとした対応に何を感じたのか、侑はにっこりと、最上級のファンサービスと思しき笑みを向けた。
『サムには、俺の休みの終わりまでに持ってきたらええ、言われとるんすよ』
なんだと、それならそうと早く言え。精米した日から、徐々に米の味は落ちていくのだぞ。そりゃあ、ほんの三日四日でどれだけ変わるのだという話ではあるのだが、精米したての米が美味いのは事実。だったら今日、精米しなかったのに。
『なんやそれ、お前、こんな田舎で何するつもりなん?』
そう、問うてしまったのが事の始まり。すべての発端。
そして、諸悪の根源だ。……いや、この行為を悪と断言することは、本来俺にはできないのだが。
「風呂場、広いって、やっぱ良いっすね」
そう言った侑は、浴槽の中、ぎゅうと俺の腹に腕を回した。
かつて祖父が住んでいた平屋建てだが、自分が移り住むにあたって水回りだけをリフォームしたのだ。バイト代だけじゃとても足りなかったのだが、祖母が「融資」してくれたおかげで、台所と風呂場は和の雰囲気を残しつつも綺麗になっている。
『今時、薪で沸かすのは大変やろ。それに、たまぁにばあちゃんも行きたいから、介護用とかいう、広々しとって、手すりのついたお風呂、ええと思うの』
祖母の意見を反映した風呂場は、侑の台詞通りとても広い。しかも、浴室暖房付きだから、冬場も安心。なんなら、侑の住むマンションの風呂場にも負けていないと思う。ただ、このリフォームにいくらかかったのか、未だに恐れ多くて祖母には聞けていない。
記憶を呼び起こしながら、伸ばした脚の、太ももを擦り合わせた。
「あ゛ぅ、う~」
「二人で入っても脚伸ばせるし」
浴槽の中にもかかわらず、侑の両脚はゆるりと伸びていた。それでもなお、浴槽には余裕がある。介護前提で作ったからこその広さなのだろうが、成人男性二人で入ることになろうとは。作った当初は、誰も予想しえなかったことだろう。
「水回り改装したの、正解ですって」
「ん、ぅ、ぁ、あ」
耳元で囁いてくる侑の声は、軽やかながらも色が乗っている。それにつられて、自分の口からも、ぼたぼたと喘ぎ声が漏れた。
なんてことだ。どうしてこうなった。なぜ、あのとき、「何をするつもりだ」と聞いてしまったのだろう。
――聞かなければ、浴槽の中で性交する羽目にならなかったのだろうか。いや、こいつのことだ、俺が何を言ったってしたに決まっている。
「あ、つむ、やや、もう、のぼ、せ」
「水飲みます? そしたら楽なるかもしれへんし」
「っいやあぁ」
「どうしてえ?」
「おなか、も、たぷたぷ、すゆ」
やけに穏やかな口調で侑は浴槽の縁に置いたペットボトルを手に取った。何故、風呂に入るというだけで水を持ち込むのだろう。長風呂でもしたいのか。呑気にそう思っていた自分を叱るにはどうしたらいい。何かを企んでいると、気付け、アホ。
どうにか背後にいる侑を振り返れば、見事に緩み切った笑みを浮かべて水を口に含んでいた。ここで飲みたいと言うと、口移しで水を流し込まれる。それじゃあ、のぼせる一方だ。湯船に浸かっているせいというより、この男に、のぼせる、というほうの意味で。
もはや、自身が何度達したかわからない。射精を伴っていたうちはまだマシだったが、ナカだけで達し始めてからは、もうさっぱりだ。
ただ、腹の中に二回吐き出されたのはわかる。二回。なのに、たぷたぷ。そんなわけあるか、と思うか? ここが湯船の中でなかったなら、ここまで下腹が張る感触はなかったろう。
そう、湯船の、中、だ。
解されている最中にもナカに湯は入り込むし、侑の怒張が穿たれる度に、じわじわと湯水の侵入も許してしまう。その結果、腹が苦しくなるに至ったというわけだ。
このまま上がって、そして侑のナニを引き抜かれたら、一気にナカを満たしている水が溢れてくることだろう。排泄するのに似た感触に、また快感を得る自分が目に見える。しかも、それを侑に見られるとなると、羞恥も効いて、いっそう激しく達してしまうことだろう。そんな無様なところ、見られたくない。しかし、それを避ける手段も思いつかない。
ひたすらに、数年ぶりの、生の侑に溺れるばかり。
「んも~、しゃーないなあ」
呆れた声が聞こえた。わざとらしい、演技がかった声。仕方がないなんて、微塵も思っていないに違いない。そう確信できる声だ。
ぼんやりと、かろうじて冷静な自分が侑の声を認識した瞬間、ぐっと腰を掴まれた。学生時代とは、別の筋肉と脂肪とで、幾何か厚くなった腰。そこに、侑の指、一本一本が沈んでいく。しっかりと、俺の体の要を、捉えられる。
「よっ、」
「あ゛」
かと思えば、ざばりと水を削ぎ落す音がした。たちまち、湯に包まれていた皮膚は空気で冷やされる。必然的に、上半身に鳥肌が立った。胸部に至っては、二つの突起を中心に、ぷっくりと膨れる。弄ってくれと言わんばかり。扱けそうなくらいに尖った乳首は、滴ってくる水が当たるだけで堪らない悦を脳髄に伝えてきた。
「はは、膝がくっがく」
「う、立てへんんん」
「ゆぅっくり上がりましょうね」
ここで侑に手を離されたら、ざぶんと浴槽に沈んでしまうことだろう。頭のほとんどが性的快楽に満たされているせいもあり、文字通り溺れる可能性もあるだろう。さすがに、侑が助けてくれるか。そうあってくれると、信じている。息もろくにできない状況でのセックスを楽しむなんて偏ったシュミ、頼むから持たないでくれ。
「あ、ぁう」
「そうそう、その調子、だいじょーぶですよお」
……ひとまず、そんなシュミを開花させてはいないらしい。侑はしっかりと、俺のことを支えてくれている。腰を掴む右手、左手、そして俺の淫孔に埋め込んだペニスの三つで。
三つ目を、支えと捉えて良いかは甚だ疑問だな。
「あ、ぁ、やあ、ちんこ、ぬい、て」
「それはあきません」
「おねが、も、くるひ……」
途切れ途切れに懇願して見るものの、侑がソレを抜く気配はない。それどころか、ぴったりと奥深くまで埋めてくるほど。尻に侑の陰毛が当たって、ちりちりとする。それでいて、結腸にぴったりと触れる切っ先。縁が拡縮を繰り返す度に、ぐちゅぐちゅとナカの水分が太ももを垂れていった。
「五年も我慢したんすよ? その分た~っぷり思い出してもらわんと」
「おも、い、だひた、出したからぁっ」
「まだまだやろ」
吐き付けられた瞬間、ずるんと怒張が抜ける。あわせて、下品な音を立てながら精液やら何やらが溢れ出した。かろうじて、亀頭で引っかかっている状態。カリ高だからか、抜き差しすると必ずそこで引っかかる。
背後から、意地の悪い吐息が聞こえた。
「あ゛ぁあッ」
襲ってくるのは、最奥まで串刺しにされる感触。縁を巻き込み、的確に前立腺を潰し、ナカにある卑しいクチにぎっちりと押し付けられる。性急に入ってきたからか、体中の空気が喉を通り、唇から溢れていった。
ほぼ同時に、かろうじて勃起している自身からヒュッと何かが通り抜ける。睾丸がぐっとせりあがったような気はしたから、一応、精液、と思う。
たちまち覆いかぶさってきた倦怠感にも覚えがあるから、射精したということで間違いはないだろう。がっくりと首が倒れると、弄られすぎて真っ赤になったペニスが見えた。くったりと萎れているものの、切っ先には微かな白を帯びた液体が纏わりついている。
出し、きった。もう、なんも出ぇへん。
肩で息をしていると、ようやく後ろからずんぐりと膨れたままのペニスが抜けていった。人のことを絶頂に導いておいて、お前は達しなかっただと。じゃあ、お前はどうするつもりだ。もう浴槽の中ではしたくない。
こぷこぷ・とぽとぽと尻から体液が溢れる感触を味わいながら息を乱していると、そろそろと侑の片手が俺の萎れたナニを掴んだ。
「はは、もうふにゃふにゃや」
「あ、ぁう」
すっかり柔らかくなったそこを、侑は丁寧に揉みしだいてくる。これ以上、何も出せない状態で刺激を与えられるのが。どれだけ苦痛か、お前は知っているのか。知るわけ、ないだろうな。こいつを搾り取ってなお体力がありあまってさえいれば、不可能ではないのだろうけれど。
待てよ、病み上がりの今でさえなければ可能なのでは? 現役スポーツ選手の体力がすごいのはその通りだが、夏場、どれほど暑かろうと働き続ける俺の体力もそれなりであるはず。いつか、いつか、こいつから搾り取ろう。決めた。
そんな決心はさておき、侑はふにゃふにゃのペニスを弄るのに飽きたのか、もう一度俺の腰を抱えた状態で先に浴槽からあがった。続けて、引き上げるように俺の体も洗い場に連れ出される。すぐにでも座ってしまいたい。けれど、座ったら最後、立てなくなるのは明らか。そのとき、好き勝手に動くのは侑だ。どうにか、立ったまま、この浴室を出なくては、
よろめきながら、浴室の壁に手をついた。
が、それ以上の動きを阻むかのように、侑の両手が、俺を捕まえる。片方は、腰を抱くように。もう一方は、飽きたはずのペニスに。
「でも、もうちょい付き合ってくださいね」
「むり、も、ぁっ」
「大丈夫大丈夫」
「ひ」
大丈夫かどうか、判断するのはお前ではない。声を大にして言いたいところだが、喉が引き攣ってしまったせいで、それは叶わなかった。
どろどろと体液を漏らし続ける後孔に、ぷちゅっと熱杭の頭が触れる。腰を抱え込んでいた手は、やらしく恥骨部を撫でた。さらには、萎えている俺の性器の切っ先を、親指で抉られる。
視界に、星が飛んだ。
再び、いきり立った怒張が蜜壺に穿たれる。
「んぁあ゛ッッ!」
「ほらイケた」
「あ、ぁ、ぁあ~」
浴室の構造もあって、自分の酷い喘ぎがわんわんと響いた。背中を反らせた自身の体は、悦楽で雁字搦めになっている。ギチリと締め付けたナカは、どっぷりと吐き出された侑の精液の熱を感じる。
イケた。侑はそう言ったが、呼吸すらままならない体は、自分の状態をさっぱり把握できない。何が起きている。せいぜいわかることと言えば、つま先から脳天まで、糸で引っ張られたかのように攣ってしまったことだけ。
「ほら見て鏡、北さんのちんぽ、とろっとろすよ」
「あ、あ?」
「乳首もこぉんなに腫らして」
ほら。ペニスを掴んでいたほうの手が、俺の顎を掴んだ。そのままやんわりとした動きで鏡のほうに首を向けさせる。ここで、強引に首を捻じってこないのが恨めしい。一抹の優しさで、絆されそうになってしまう。
かろうじて浅い息ができるようになったところで、白く飛んだ視界も元に戻ってきた。曇り止めを施された鏡は、結露することなる二人分の裸体を写している。
己の、垂れた切っ先から、漏らすように精液を垂らす様も、綺麗に写していた。胸に至っては、多少筋肉がついたというのを抜きにしても、ふっくらと膨らんでいる。自覚していた、感覚どおり。赤く色づいた乳首は、触ってくれと言わんばかりに存在を主張していた。
なんて、淫らな体なんだろう。
でも、それもこれも、こうなるきっかけを作ったのは。
「ら、って」
「ん?」
「おまえが、おれのからだ、こうしたんやろ……」
嘗て付き合っていた頃、男に抱かれる快楽を俺に教えたのは、紛れもなくこの男だ。そりゃあ、別れた後、女性を抱くこともできなくはなかった。しかし、あの快感を超えたことは一度たりともない。その上、抱いている最中の自分の所作が、侑の手付きと重なるときた。
作り替えられてしまった。アタマもカラダも。もう、自分はあいつに抱かれることでしか満足できない心身になってしまったのだ。
そうと理解した瞬間、どれほど惨めだったことか。
「……乳首でもオナニーしたん?」
「ぅん、ん、した」
ぎゅ、と腰を支えられたまま、侑の手は俺の体を這う。ようやく触ってもらえた突起は、一瞬にして全身に痺れを走らせた。もっと触ってほしいと、自ら胸を突き出してしまうほど。
濡れたため息を吐いた侑は、むにゅりと俺の胸に手を乗せた。昔は痛いか、何も感じないか、どちらかでしかなかったのに、今ではすっかり性感帯。乳首だけでなく、胸を撫でられるだけでぞくぞくと欲が溢れてくる。
「昔より、むっちりしてはるもんねえ……」
「んぅ」
「あとやっぱ、腰」
「あっ、」
胸に当てられていた手はつるつると表皮を滑り、腰回りに辿り着いた。二つの手が下腹やら太ももの付け根やら、腰と呼ばれるところだけでなく撫でまわしてくる。たったこれだけで、意識が飛びそうになるのだから、堪ったものではない。どれほど侑を求めていたか、思い知らされる。
そのうちに、侑の手は臀部へと移った。まだ侑のソレは入ったまま。ほんのりと芯を持ってはいるが、完全に勃ってはいない。なぜわかるか? 簡単だ、いちばん深いところに、亀頭が押し当てられていないから。充血していたら、とっくに俺のいちばん弱いところを抉られている。
ふに、むに、と尻を揉みながら、徐々に指先は割れ目へと近付いていく。その、奥にある、卑しい後孔の縁へと、向かってくる。
おもむろに、滑る縁に指先を引っかけられた。
「ア」
「ほんま、五年ぶりってケツちゃいますよ、ココ。指だけで満足できたん?」
「でき、へんかっ、た」
「へ」
「から、でぃるど、つかって、ぁっいっぱい、」
自分のことを、夜な夜な慰めていた。
皆まで言わずとも、侑は察したのだろう。チッと舌打ちが聞こえてくる。何に苛立っているのやら。……おおかた、そんな体の俺を素直に手放してしまったことを悔いているのだろう。
「っ今度、それでオナるとこ見せてくださいよ」
「ややぁ……」
「えぇ、俺、北さんがディルドずっぽずぽしとるとこ見たい」
「あつむに、ずぽずぽされたぃから、や」
「……もぉおおおお」
「んギッ」
ぎゅ、と抱き着いて甘えた声を出してきたかと思えば、牛の鳴き声に変化する。さっきは野鳥。今度は牛。じゃあ次は蛙の声でも発してきそう。ウシガエルみたいな、低く呻くような、あの鳴き声のものを。
あっという間に硬さを取り戻した侑のナニは、根元までぴっちりとはまり込んでいる。イコール、結腸の口にぎゅうっとめり込んでいるということ。
「あ゛、あ゛ッおぐ、奥キて」
「好きやろ、奥」
「んっ、好き、すきぃっ」
ろくに抜き差しせず、揺さぶるようにして奥を突かれた。それが堪らなく気持ちが良い。ぢゅうぢゅうとナカも吸い付いているし、相当侑のコレが好きなのだろう。ああいや、性器だけではなく、この男そのものが好きなのだが。これを間違えると厄介なことになる。それこそ、風邪をぶり返すレベルで犯し潰されるに違いない。
ぎゅ、ぎゅ、ぢゅ、ぢゅ、と全身に響く振動で、理性が焼き切れていく。そんなの、もうとっくに焼き切れていて、唯一生きている性欲の回路にすべてのエネルギーが集中しているのかもしれない。
「い、ぁ、あっ」
内腿が震える。つま先が洗い場の床を蹴った。それでも立っていられるのは、侑に抱えてられているおかげ。これがなかったら、とっくに膝をついて、腰だけを高くする姿勢をとっていたことだろう。
もはや侑との境がわからない。なのに、尋常じゃない感覚で満ちて、全身を色欲一色に染め上げる。もう出すものは何もない。となると、女のように何も出さずに達してしまうのだろうか。それにしては、何か、込み上げてくるものがある。腹の底、奥、精嚢のどこかに潜んでいるものなのか、まったく別のところのものなのか。定かではないが、何かが、迫ってきていた。
ああ、ああ、アカン、クる。
「~~ッッはぁあン?」
「ックぅ」
シャワーコックを開けたわけでもないのに、水が噴き出る音がした。あわせて、感じたことのない快感がペニスを中心に駆け巡る。ぶしゃぶしゃと吐き出ているこれは、一体。考えようにも、ベロがはみ出るくらいにイカれた頭じゃ、さっぱり答えは見つけられなかった。
「あ、あ~……」
「ヤッバ、潮の勢いすご! や、布団でこんなんされたらアカン、よなあ……、ウン」
「あ、ハ、きもぢ」
「ワー、トんではるし……」
噴き出ている感覚はまだ続いている。随分と長い。まるで小便を我慢していたときのような、でもあの手の感覚ともまた違う、行為。
なにやら侑は俺に何が起きたかわかったらしいが、当の自分はその言葉の意味を理解できなかった。とにかく頭が動かないのだ。言語を受け付けられないというか、快感に染まり切ってしまったというか。
もう、どうにでもなってしまえ。
体重も何もかもを侑に預けて、かくんと下を向いた。痛々しいペニスからは、何やらちょろちょろと透明な液体が零れている。ああ、でもそれも弱まってきた。そろそろ、止まる、か?
「ん、」
「ん?」
体も、頭も弛緩しきっていて、当然のように意識は朦朧。とにかく、眠い。疲れた。何も、する気になれない。三日連続で申し訳ないところもあるが、今日も侑の世話にならざるをえないらしい。いや、風呂場でセックスをすることになったのは侑のせいなのだから、世話をしてもらうのは道理か?
全然、ちゃんとできへんわ。こいつが絡むと、なおさら。自分が駄目になっていく。手を抜いてしまう。難しいなあ、ちゃんとするって。俺、もっとがんばったほう、ええんかなあ。
疲労の果てに、瞼が閉じた。脱力した体は、いっそう重たく感じる。後ろから引き抜かれるのに合わせて、自身の体は今一度支え直された。
あたたかい。あんしんする。
「ぁ……」
情けない声を出したのは、おそらく自分だったと思う。いや、侑か。それすら定かじゃない。思考はストップ。快楽の回路もようやく停止した。
完全に意識が途絶える前に耳に届いたのは、ショロロロという水が流れる音と、恍惚とした侑の嘆息。
「ほんま、夢みたいや……」
夢で堪るか。この絶倫ブタ。悪態を最後に、俺の体はシャットダウンした。
◇◆◇◆
瞼が、痛い。腰も痛い。肩も凝っている気がする。両脚はびりびりと疲労を訴えて来ていた。もはや、この体に痛みを発していない部位はないのではないか。そう思ってしまうほどの倦怠感が、全身に圧し掛かっていた。
「ヴ……」
「あ、起きた」
「ん゛、」
「ワ、声」
「あ゛、づむ゛?」
「がらっがらやん!」
ヤバ! と叫んだそいつは、ばたばたとどこかへ駆けていく。ここは、どこだ。自分はどこに寝転がっている。
のっそりと寝返りを打ちつつ、微かに瞼を開けば居間の座卓が見えた。畳の感触が直にしないのは、長座布団の上に転がされているからだろう。
そうしてやっと、自分の体にぱさっとかかった布に気付く。自分にかけるには些か小さい。けれど、子供ならタオルケット代わりにもなるだろう。そんな大きさの、柔らかなバスタオル。
この、バスタオル、は。
重い体に叱咤を打って、上体を起こした。両膝を立てて、三角座りになる。膝を包む形になったタオルの毛並みは、相変わらず柔らかい。ふわふわとしていて、気持ちが、良い。
もすんと、膝に額を乗せるようにして突っ伏した。
「水とってきまし、……え、ちょ、北さん!?」
「ん?」
「や、やっぱ具合悪いん? う、すんません、燥ぎ過ぎて」
「あー、ちゃうねん」
見覚えのあるようでない水のボトルは、おそらく侑が持ち込んで俺の家の冷蔵庫に突っ込んだもの。わざわざ水を買わなくても、このあたりの水道水はちゃんと美味い。コップに水注いでくれたらそれでいいのに。
いまいち、はっきりしない頭をどうにか目覚めさせながら、もう一度タオルに頬ずりをした。気持ちが良い。柔らかい。微睡んできそう。でも、ここで眠ってしまったら、話をする機会がなくなってしまう気がする。
ちょうどココにあるのだ、今、白状したって、いいだろう?
「このタオル」
「はい」
「昔、お前ん家からパクッたやつやなって」
「はい?」
文字にしたらまったく同じなのに、二回発せられたソレらはそれぞれ異なる意味を抱えていた。特に二回目のほうは、語尾が高くなっている。疑問符をつけた響きだ。
腫れた瞼をどうにか見開いて、動揺しているだろうそいつを見やった。案の定、侑は頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべている。
「え、うそ、どういう、え?」
「……前に、別れた日に、ほら、俺お前に何も言わんで帰ったやろ」
「あ~待って待って、思い出したない、心臓いったくなるんで」
「ふふ、そんときな」
「えぇえ話続けるんすか」
わあわあと耳を手で押さえるが、その程度で話をやめてやるつもりはない。こちとら、嗄れた喉で語っているのだ。無駄な抵抗はやめて大人しく聞け。むしろ聞いてもらわなければ困る。
なんたって、このタオルの本来の持ち主は、お前なのだから。
「風呂、借りて、このタオル借りて、でも、使ったとかそういう「俺」の痕跡残したくなくてなあ」
当時の自分は、侑との縁を切りたくて必死だった。切ってさえしまえば、遠い世界の存在として他人事のように眺められるだろうと。この背中を支えてやらんと、などと烏滸がましいことを考えることもなくなるだろうと。
それに、侑に執着され始めているのにも気付いていた。ならば、なおさら自分の存在をこいつから遠ざけなくては。一刻も早く、自分のいない生活が「普通」になってくれますように。その一心で、嘗てのこの男の家から、自分の物を持ち出した。しっかりと抱え込んで、逃げ出したのだ。
たった一つだけ、罪を犯して。
「――盗んでもた」
窃盗による法定刑は、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金。盗んだものがものだから、然程の罪に問われることはないだろう。でも、スポーツ選手のタオルを盗んだのであれば、ストーカー関連の法律も適用されてしまうのだろうか。この時勢であっても、同性であるというだけで、偏見を受けることは目に見えているし。
このタオルを持ってきたのは、ある意味で失敗だった。持ってきてしまったからには、使い古して早々に捨ててしまおう。そう思っていたはずなのに、酷く丁寧に扱ってしまった。洗濯が必要になれば、あの時と同じ柔軟剤を入れて、お天道様が元気なうちに干したり、ほつれることがないよう、使用頻度自体を下げてみたり。
風呂場で、その柔らかな白を視界にいれるだけで、きゅうと切なくなることもあった。なんて未練がましい。女々しいこと、この上ない。
そのうちに、もうこの恋情は墓まで持って行こうと、諦めた。途端に、気が楽になったのだから、どうしようもない。諦念が、こんなところで役に立ってしまうとは。
そこからはもう、なし崩し。
「あ、ぅ、その」
「うん?」
「ずっと、この家来て、から、思ってたんデス、が」
「うん」
「ここ、昔の、俺ン家と、一緒っすよね」
鈍いこいつも、気付いていたか。つい、唇に自嘲の笑みが浮かぶ。
指摘は当たっている。この、少なくとも居間の間取りは、嘗て侑と過ごした部屋を再現したもの。意識的にやったというよりは、「あれが足りない」「これが必要やろ」と思って家具を揃えていたら、こうなっていた。ある程度、形が揃ったときの感慨深さといったら。未練を認めてしまったのもあって、あえて模様替えをしようという気は一切起きなかった。
「あと、結構、あの家で使ってたモンそっくりやし、茶碗、とか」
「……うん」
「わざわざ探したん?」
「そうやなあ、」
そうか、小物もそうなっていたか。違和感がないくらい、あの空間に執着していたから気にも留めていなかった。
わざわざ探したのかと聞かれれば、答えはNo。しかし、似ている、と思った瞬間にレジへと持って行ったのは間違いないだろう。
数年かけて作り上げた、俺の城。未練の、塊。
「気付いたら、こうなっとった」
しゃーないやん、あの部屋、もっといたかってんもん。けど、別れたら戻られへんやろ。そしたら、自分で作るしかない。第一次産業従事者のモノづくりへの信念、舐めたらあかんで。
タオルに頬の片一方を押し当てながらクツクツと笑っていれば、みるみるうちに侑の顔は歪んでいった。
「ンやねん、その顔」
「いやあ、俺からは逃げたくせに、自分めちゃめちゃ未練たらたらやんって思いまして」
「……しゃーないやろ、好きやったんやし」
「そんなに? もぉ~、あん頃の自分に嫉妬しそうやあ」
情けない顔を拝めるかと思ったら、ばちんという音を立てて侑は自分の顔を覆った。両手を使ったせいで、隙間がまるでない。未開封のペットボトルはごとんと畳の上に落下した。その勢いでころころと俺のそばまでやって来る。ラベルを見るからに、明らかに輸入品。そもそも、このラベルを近所のスーパーで見たことがない。ええ生活しとるなあ、こいつ。
侑は、変わった。間違いなく変わった。バレーボーラーとしても、人間としても。散々ポンコツと言われていたが、学生時代に比べれば随分と情緒も育ったと思う。
少なくとも、真剣に人を愛せるくらいには。愛しすぎて、自分にすら嫉妬を覚えるくらいには。
「あほか」
バケモン染みた背中に焦がれたのに、今じゃ人間になってしまったこいつすら愛おしい。許されるのなら、人間のこいつの背中を支えたい。巷で騒がれる妖怪としてのこいつの背中は、同じ妖怪同士で支え合うのがいちばんだろうし。
ずるずると、侑の両手が顔を滑り落ちてくる。綺麗に整えられた指先から額が現れ、凛々しい眉が覗き、とろんとした甘さを携えた両目が顔を出した。
「今のお前のことも、」
「好き?」
せっかちで、結論を急ぎがちなのは、昔と一緒か。
変わったところ、変わらないところ、どちらも同様に愛おしい。そう思えてしまう自分を、人は慈愛に満ちているというのか、狂気に染まっていると表現するのか。
わざとたっぷりと間を作って、含みを持たせてから、ゆっくりと唇を開いた。
「……うん、好き」
発した瞬間、どふっと巨体に抱き着かれた。俺の立てた膝に、そいつの額が乗る。そのままぐりぐりとバスタオルに額を押し付け始めた。
「んん~幸せ、ふわっふわ!」
「それはタオルがやろ」
「フッフッフ」
嬉しそうな笑い声を携えながら侑が顔を上げると、つん、と鼻先がぶつかった。非常に近い距離。焦点を合わせ続けるのが難しい。ほんの数センチで良いから、離れてくれないだろうか。そしたら、よくお前の顔を見られるのに。……そう思いながらも、自分からは顔を離さないのだから、この距離感に浸っている面もある。
好きなんやもん。愛おしくて堪らんもん。しゃーないやんか。
ふ、と、侑の吐息が俺の唇にかかった。
「こういうタオル、北さん好きやろ?」
「は」
「まあ俺も別れたあと、なーんか捨てがたくて、タオルだけは変えられへんかったんすけどね」
本当は、昔は、それこそ高校のときなんかは。もうちょい薄いのが好きやったんすよ。スポーツタオルみたいな。
心底楽しそうにそいつは話し出す。
何かの機会に、俺の使っているタオルが柔らかで吸水性に長けていることを知った。当時はまだ高校生で、なんとも思っていなかったのだが、いざ付き合うようになってから、意図的に、自分の家に置くタオルは、そういう柔らかなものを選ぶようになった、と。
「なん、で」
嘗てのお前は、そんな簡単に好みを捻じ曲げる性格だったか。そりゃあ、今の侑であったなら、平然とやってのけるかもしれない。だが、別れた当時の侑は。……バレーが上手くいっていなくて、酷く、苦しげだった。こちらにいちいち気を遣う余裕だって、なかったと思うのに。
「舐めんといてください。俺、あんときから本気であんたのこと好きやったんですよ? だから、タオルああいうのにして、」
そこで、一息。近すぎてぼやけた視界ではあるが、侑が唇の両端を釣り上げる気配がした。
「そしたら、俺ん家、泊まっていって、くれへんかなぁって」
いやあ、まさか盗まれとるとは思いませんでしたけど!
心底楽しそうに笑う侑は、そのまま俺の唇をかすめ取った。バスタオルを返せとは、言われない。なんなら、今の家のバスタオル、すべてこの家に送られてきそうだ。
唇を離して、シシッと機嫌よく笑う男に、仕返しと噛みつくようなキスをくれてやった。
こんなに愛されていると、あのとき知っていたならば違う未来もあったのだろうか。