かぼちゃ
大きなカボチャを貰った。
自分の頭ほどの大きさはあるそれは、見目のとおり、ずっしりと重い。虫は入っていないと思うから、と添えられた言葉に、幼い頃に見てしまった光景がよみがえる。ちょっとした、ホラーだった。ハロウィンの時期にふさわしいかもしれないホラー。いや、アレとも毛色が違うか。詳細を思い出してしまったら、このカボチャを割れなくなってしまいそう。ふる、と首を振って意識を連れ戻した。
息を吐いて、吸い直して、ドンとまな板の上にカボチャを置く。大きい。まあ、大きい。これを切るのは、なかなかに大変そうだ。少なくとも、祖母に頼むものではない。今日だって、こっちに顔を出しに来てくれたけれど、このカボチャを料理してくれとは言えなかった。せめて、坊ちゃんカボチャであったなら……、もしもの話はやめよう。
「切る、切る……、とりあえず半分、か?」
取り出した包丁を、皮の表面に当てた。
どうにかカボチャを二等分。その片方をさらに半分に。四分の一にして、ワタを取ったにも関わらず六〇〇グラムもあるのに真顔になってしまったのはここだけの話だ。大きさにではない。こんなに食い切れるか、という意味でだ。農家にとっては、巨大な野菜は珍しいものではない。キュウリはちょっと目を離した隙にずんぐりと大きくなるし、ナスやトマトもスーパーじゃ見かけないサイズを採ることはしょっちゅう。この間は、自分の足より太い大根と、自分の頭より大きなカブを見かけた。
「……あいつ、いつ来るっけ」
ぽつりと呟いた言葉は、まな板の上に転がったカボチャの断面が受け止めてくれる。あ、種まだ引っかかっとる。全部取ったと思ったのに。ぐ、スプーンを実に押し当てた。
さっと手を濯いで、居間に放り投げた上着を拾いに行く。ボタンのついたポケットを開けて、ごろんと電子端末を取り出した。なんやかんや通知が来ているが、重要なものではない。さっくりとそれらを消して、緑のメッセージアプリを呼び出した。かといって、新規メッセージを入力することはない。つるつると指を滑らせて、会話記録を遡ってく。
「お、」
そのうちに、探していた文字列が画面に映った。スクロールにつられて通り過ぎてしまう前に指で止める。
来るのは明後日。月曜日。
「ふむ……」
わかったところで、画面の下部にあるテキストボックスに指を乗せた。
打ち込んだのは、ほんの短い文章。かぼちゃ、好きか。唐突な問いに、首を傾げる男の姿が頭に浮かんだ。まあ、既読マークがつかないのを思うと、手元にスマホがないのだろう。今日はホームゲームの日だったはず。時間を思うと、試合は終わっているはずだから、ミーティング中かもしれない。
ああ、そうだ、試合結果。どうだったのだろう。……あの男、俺が結果を知っていると、「見てたんですか!」「うれしい!」「会場にも来てくださいよ!」と畳み掛けてくる。それを遮って、「見てへん」と本当のことを言う居心地の悪さったら。そういうわけで、変な期待をさせないためにも、自分が後ろめたくならないためにも、実際に試合を見た日以外はあいつの口から結果を聞くようにしている。ちゃんと見たら良いのはわかっているが、どうも見逃し配信がされると思うと、畑仕事に精を出してしまうのだ。
じ、としばらく画面を見つめてみるが、バックライトが消えてもまだ既読はつかない。これは俺が寝る時間にならないと返事は来ないな。
カボチャ、嫌いやったらどうしよ。
でも、焼き芋とか、甘栗とか、嫌いやなかったと思うし。カボチャもいけるか。いけるって信じとこ。
簡単に畳んだ上着を座布団の上に置き、さらにその上に電子端末を置いた。通知を知らせるランプは、やはり灯らない。それでいい。自分はこれからカボチャと戦わねばならぬのだ。あれこれ連絡が来ても、パッと返すことはできない。料理が不得手な自分は、ながら作業で台所には立てぬのだ。
カボチャ。カボチャ。どうしてくれよう。あいつに食わせるのであれば、この土日で一度練習しておかねば。凝った物は作れない。シンプルな煮物がせいぜい。というか、それしか作り方を知らない。あの男の片割れであるおにぎり屋店主に「レンジでもほくほくにできますよ」と言われたことはあるが、どれくらいの量で何分レンジにかければいいのか、もう覚えていない。し、今更聞く気にもなれない。それこそスマホで調べればいいのだろうが、情報がありすぎてどれが一番適当か判断できないのが正直なところ。料理が苦手な人間に、数多あるレシピの選別などできるものか。
ごろごろと切って、鍋に敷き詰めて、水を入れて、醤油と酒と、砂糖とみりんをたぱたぱ入れて。キッチンペーパーで作った落し蓋を乗せたら、じわじわコトコト火にかける。作り方は祖母直伝。これぞ北家の味。慣れ親しんだそれは、しっとりした舌ざわりで、食べるといつもほっとする。
あいつは、これを美味いて言うてくれるかな。
それとも、味気ないて言うかな。
「最近、洒落たもん食うてるみたいやしなあ……」
脳裏を掠めるのは、あの男のやっている写真投稿SNS。ここ一年、バレー以外の投稿といえば、おにぎり宮の宣伝か、地元の店の宣伝だ。チェーン店の写真はまず乗らない。地元の、どこどこ商店街の、なんとかという店。そこのコーヒーがどうたこうたら。親切なことに、文章は日本語と英語、両方が添えられている。あいつ、こんなに英語できたんか。感心したのは、春先のことだったと思う。
鍋の中が煮立ってきたのに気付いて、そっと火を弱めた。あとは、柔らかくなるまで弱火で煮るだけ。簡単で良い。凝ってないからこそ、たまに父親も作ってくれた。なぜ母じゃないかというと、カボチャを切るのが重労働だから。効率的な家族だと思う。
「ま、文句は言わんやろ」
あの男、高校時代の名残なのか、未だに俺のことを怖がっている。もうあの時のように、細々説教をすることはないというのに。……声をかけないならかけないで、「もう俺のことはどうだっていんですか!」と悲鳴を上げられるのだが。どうもなにも、こっちはもうバレーから離れている。この期に及んで、あいつにどうこう言うことなどできるものか。
ぼんやりと、鍋を見下ろした。白かった落し蓋は、すっかり煮汁を吸って茶色に染まっている。その下では、ふつふつ、ぽこぽことカボチャが身を震わせていた。きっと、もう鮮やかなオレンジ色はしていない。醤油を受けた、深い、橙。華やかな見た目からは、離れてしまっただろう。
「……」
今日の分は、これで良いとして。
あいつに出す分は、ちょっと凝ったことをしてみようか。治だとかに、作り方を聞いて。治なら、あいつの好みもわかってるだろうし。自分でも作れそうな、けれど、ただのカボチャの煮物よりは、いくらか華のある、レシピ。
ちょっとでも、あいつが、――侑が、喜んでくれそうなメニューを。
このカボチャが煮えたら、こっそり聞いてみよう。そう決めて、コトコト揺れる鍋を見つめ続けた。
「俺の入れ知恵に気付かれんのは目に見えてるんで、そのままいつもの煮物食わせときゃ大丈夫です」