ただいま
金曜の昼休み、ヴッと電子端末を震わせて、そのメールは入ってきた。送り主は登録していないメールアドレス。一見すると、昔流行った迷惑メール。気になる内容を送りつけて、食いついたやつを騙そうとする性根の悪いもの。
懲りないな、淡々と画面をタップし、「メールを削除しますか」のポップアップを呼び出した。
けれど、「はい」の文字に触れる前に、指が固まった。それから、たっぷり三秒数えてから、「いいえ」のほうをタップ。たちまちポップアップは消え、メール画面が戻ってきた。そこに浮かぶ淡々とした黒い文字。絵文字も顔文字もないメール本文。
咥えていた野菜ジュースのストローから口を離し、画面の一番上にあるアルファベットを睨んだ。アドレス帳に登録していれば、ここにどこの誰それと名前が浮かぶ。浮かばないということは、未登録、ということ。
「はあ」
こんなため息を高校の頃の同級生が聞いたら、なんて反応するだろう。某実業団でプレーしている尾白アランというバレー選手ならば、「北が人間になっとる……!?」と目を見張る。ソレを聞いた超大手企業の開発部に就職した大耳練という元・ミドルブロッカーは、「なに言うてんねん、昔から双子がやらかすたびため息吐いとったやろ」とツッコミを入れるのだ。で、最後に地元に就職しつつ母校バレーボール部のコーチもする赤木路成という現役リベロが「双子やったらアランと同じ反応するやろなあ」と笑い飛ばす。
ああ、目に見える。自分は最初から人間やし、人間やなかった頃はない。その意味では、このメールが示す「あいつ」だって、歴とした人間だ。いくらバケモノ染みていたところがあったとしても、一人の「人間」であることに間違いは、ない。
画面の灯りを落とし、ぱたん、瞼を閉じた。いつの間にか、瞬きも減っていたらしい、目を閉じただけで、じわと眼球が沁みる感触がする。そんなにメールを注視していたのか。また、ため息が零れてしまいそう。
未登録のメールアドレス。登録できなくて、登録しないでいるメールアドレス。さらに正しく表せば、一度アドレス帳に登録はしたのだが、このメールが差す「あいつ」の駄々により削除し、以降登録しないままにしている、メールアドレスだ。
相手が誰か? そんなことはわかっている。
『あいつを人にしてくれないか』
脳裏に浮かんだ文字列を、どうにか思考から消去すると、代わりと言わんばかりに「あいつ」の横顔が浮かんできた。ぴりりと張りつめていて、瞳の奥は爛々と輝いている、あの顔。コートの上に立って、ネットの向こう側をぎらぎらと睨み付けるバケモノだ。
「はあ」
結局、二度目のため息を吐いてしまった。
今日は買い物をしてから帰ろう。きっと明日はスーパーに行くことはできない。下手をすれば、一日中ベッドから出られないかも。
と、なると、今日はドラッグストアにも寄っていかねばならない。でないと我が身が持たない。……人にしてくれ、と言うくらいの状態だ、アレコレ準備したところで意味はなさないか? それでも、準備することに越したことはない。ある程度落ち着いてきてから、使うかもしれないし。
もし準備せずに帰ってしまったら、どうなることやら。「そんなにナマでほしかったんですか、このすけべ」なんて言われる気がする。いや待て、逆にしっかりと準備して言ったら「ちゃんと準備するなんて、期待に応えられるよう頑張りますね、俺」と言われるか?
……どちらに転んでもあいつは調子に乗るに違いない。なら、我が身のためにしっかりと準備を整えておこう。やりたくて仕方なかったと解釈されようと知ったことか。土日どころか平日まで布団から出られないのは真っ平御免。
週末。花の金曜日。そう呼ばれるこの日が憂鬱でしかない。
―一方で、あいつに会えると喜んでいる節もあるのだけれど。
ざっと退勤後の予定を立てたところで、昼休み終了を告げるチャイムが聞こえた。
◇◆◇◇
(電気、ついとる)
見上げた先の、コンクリート造の四角い箱。その東側三階の窓に、灯りが点いている。普段だったら、カーテンを開けたままの真っ暗な窓があるだけなのに。今日はカーテン越しに淡い光が見える。
あの男は、本当に我が家に来ているらしい。
別にあのメールを疑っていたわけではない。むしろ、あのメールが来て、「じゃああいつは間違いなくうちに来るのだな」と思ったくらいだ。なぜか。簡単な話だ。あのメールを受け取るよりずっと前に、この土日に行ってもいいかと伺いの連絡があったのだ。合鍵だって渡してあるし、好きに使っていいとも言ってある。そりゃあ、いてもおかしくない。
あいつが、家に、いる。俺の家で、恋人が待っている。
夜とはいえまだ八月。熱帯夜と呼ぶのが相応しい暑さを孕んでおり、レジ袋二つと鞄を持った体には疲労感が纏わりついている。額や首には汗でべたべた。けれど、喉は乾いてからから。階段を駆け上る元気なんて、あるはずがない。
……なのにだ。あいつが俺の家にいると理解した途端、足が軽くなった。全力疾走には及ばないものの、革靴がコンクリートの階段を軽快に駆け上っていく。手に提げていた荷物の重力だって忘れてしまう。
タッ、と玄関の前に辿り着くと同時に、ポケットから鍵を取り出した。インターホンを押しても良いけれど、あいつが出てくるのを待つよりこっちのほうが早い。そりゃあたまには迎え出てもらいたい気分の日もあるが、それはそれ。
鍵穴に刺して捻れば、ガチャン。鍵の開く音。
が、するのが、常。
(……まさか)
しかし、捻ろうとした方向に鍵は回らなかった。鍵を刺したまま、三秒、思考を巡らす。つ、と、こめかみの辺りから汗が伝い落ちた。流れる感触をたっぷり味わって、さらに三秒。うっすらと眉間に皺が寄る感触。
そっと、開くのとは逆の方向、家を出るときに回したほうへ、鍵を捻った。ガッチャン、たちまち、金属音が響く。
静かに鍵を引き抜き、確かめるようにドアノブを掴んだ。ぐ、帰宅する動作として扉を引いてみる。だが、玄関扉はびくともしない。鍵が、かかっている。そりゃあそうだ、今まさに、自分の手で鍵をかけたのだから。
一つ、ため息を吐いてから、再度鍵を刺した。心当たりのある方向、帰宅した手に馴染む向きに手首を捻る。すぐに響く、ガコンという鍵の外れる音。あのアホは、どうやら鍵をかけなかったらしい。このご時世、何があるかわからない。家に一人なら、鍵はかけるべき。そう注意したのはいつのことだったろう。わかりましたと言ったあいつは、その次から鍵を掛けるようになった。単に今日忘れていただけなのか。そうであってくれたら良い。でも、どうだろう。
『人にしてくれ』
昼間のメールが脳裏を過る。こういう連絡があったとき、あいつは「遠慮」や「節度」を忘れた状態でやってくる。言ってしまえば、欲に忠実。バレーに向けられない分、矛先は俺に向き、十中八九手酷く抱かれることになる。だからこそ、今日はドラッグストアに寄って、ゴムやらローションやら買い足してきた。なくなった程度で止めてくれるほど、ああなったあいつは優しくない。文字通り、あいつの気が済むまで抱かれ続けるのだ。
さて、そんな恋人が、「遠慮」「節度」に加えて「作法」も忘れているとしたら。
これまでの比じゃ、ない、のかも。
「うお」
玄関扉を開けた先には、やけに大きなスニーカーが揃えられることなく転がっている。こんなふうにあちこちを向いているのを見たのはいつぶりだ。頭が痛くなってくる。ちゃんと靴、揃えるようになってたやんか。三和土の隅に寄せておくようにもなってたと思たんやけど。なんで今日はこんななん。
嫌な予感がする。ばたんと玄関が閉まる音を聞いてから、後ろ手で施錠し、チェーンもかけた。そんな日常的な動作すら、自分の首を絞めているかの心地。明日どころか、土日丸まる潰す覚悟が必要な気がしてならない。いっそ、バレーに意識が傾きすぎて性欲が枯渇してくれていたらいいのだが……、あの男に限ってそれもあるまい。
そろりと室内に入り、とりあえず買ったものをしまおうと台所へ向かう。途中、ちら、と見やったのは居間に続く扉。テレビの音はしないが、曇りガラス越しに光が見える。あいつは、居間。台所には、いない。薄暗い台所で鉢合わせて、そのままなし崩しに犯されるなんて事態には陥らずに済みそう。
安堵の息を吐いてから、台所の灯りをつけた。手を洗ってから冷蔵庫を開け、スーパーで買った惣菜と飲み物を詰めていく。できれば、野菜や肉類、卵なんかを買ってきて、簡単な作り置きをしてしまいたかった。だが、状況が状況だ。食材を買ってきたって、だめにするのが目に見えている。
発泡スチロールトレイに入った惣菜を一通り詰めたところで、麦茶のピッチャーを取り出した。一リットルなみなみと詰まったそれ。朝は透明だったが、すっかり麦の色味が移っている。少し、渋いかもしれない。まあ、それはそれ。飲めないほどでもあるまい。さっと麦茶パックを取り出してから、よく使う湯呑に半分ほど注いだ。ひやりとした麦茶は、一口、含むだけで渇きを和らげてくれる。氷を入れて、さらに冷やせば、もっと美味いのだろう。
おそらくあいつは、この麦茶の存在を知らない。というか、冷蔵庫を開けてすらいないだろう。そういう遠慮はわきまえているのか、……単に、水分を取ることが抜けているだけなのか。後者の可能性が高い。熱中症になったらどうするつもりなのだろう。待て、居間で倒れてはいまいな。
僅かに思考を巡らせてから、別のグラスに麦茶を注いだ。こちらには、ちゃんと氷もいれておく。麦茶に浸かった氷にひびが入り、パキパキ、カラコロ、軽快で涼やかな音がした。こんなもんやろ。あとはあいつの様子を見てからや。
コンドームの箱が入った袋と、仕事用の鞄と、それから麦茶のグラスを持って、居間に繋がる扉に手を掛けた。
「ただいま」
一応声を掛けてみるが、返事はない。本当に倒れてる? 背中に嫌な汗が走る。
が、すぐにその感触は拭い取られた。
背中が見える。倒れても、寝転がってもいない背中。座布団に胡坐をかいて、かしかしと爪ヤスリをかける音がする。他にする音と言えば、クーラーの稼働音くらい。部屋の冷え具合からすると、つけて三十分といったところか。キンッと冷えているわけではないが、外と比べたらずっと極楽。皮膚に貼り付いていた汗と熱が、穏やかに引いていく。
壁際に鞄を置いてから、ひたひたとそいつに歩み寄った。けれど、振り返ることはない。ひたすらに爪を整える音が聞こえるだけ。こつり、ローテーブルに麦茶を置こうと、すとん、そいつの隣に座ろうと、じ、と俯き気味の横顔を見つめようと。こっちを向いてはくれない。気付いて、くれない。
これは、相当だ。周囲への関心がすっかり薄れてしまっている。人への興味が冷めきっている。
人にして、もらえないか、か。
今日のこいつは、――宮侑は、確かにバケモノのほうへ傾いている。人の気配に、あまりにも疎い。だからこそ、バレーへの集中は目を見張るものがあったのだろう。トスやサーブの精度は高かったに決まっている。咄嗟の判断も、恐ろしいほど的確だったに違いない。これで大会期間中だったら、こいつは最優秀選手賞を貰ってきていたかも。
だがあいにく、今は大会期間じゃない。ついこの間、親善試合を終わらせてきたところ。次の大きな大会までは、一か月半もある。この一か月半、果たして侑は集中を保ち続けることができるのか。…‥いくらバケモノじみているといっても、できないだろう。途中で切れてしまう。バケモノから一介の人間に成り下がる。タイミングによっては、人になるのが遅すぎて、バレーへの意識が研ぎ澄まされる前に大会を迎えるのかもしれない。
そうなるくらいなら、強制的にスイッチをオフにしてしまえ。そして、最も好調なときに試合を迎えられるように調整しよう。これを意味するのが、「人にしてもらえないか」だ。ある時はこれでもかと甘やかし、またあるときは終わりが見えないくらいに抱かれ、こいつのコンディション調整に付き合っている。……調整なんて、立派な言い方はやめよう。自分が関わるのは「スイッチをオフにする」ときだけなのだから。あくまで、バレーへの欲を性欲に変換してぶつけられているだけ。
かし、爪ヤスリの音が止んだ。感触を確かめるように、侑は手を握る。伏し目がちに、指先を睨む。
そろそろか。しゅる、と、わざと布擦れの音が聞こえるよう、ネクタイを緩めた。
おもむろに、侑の頭が擡げる。手はまだ緩く握られたまま。ゆっくり、ゆっくりと、その首が角度を変えた。自分と違って、その首は凝りとは無縁。こきりと音がなることも、みしみしと軋むこともない。不自然さを一切感じさせぬ穏やかさを携えて、頭が、こちらを、向く。
ぱちん。目が合った。
カラン。同時に、麦茶の氷が、涼やかな音を立てる。
びっ、くん。たくましい肩が、大げさなくらいに上下した。
「ただいま」
「ぉ、かえり、なさい」
途切れ途切れに侑は言うと、ど、っと顔中に焦りを浮かべる。気付かなかった。顔面に大きく文字が浮かぶ。バケモノに近いところに立っている状態でも、ちゃんと俺のことは「恋人」と認識してくれているらしい。
ああ、良かった。まだ自分は、こいつにとって一番好きなヒトでいられている。
ふ、と頬が緩んだ。
対照的に、侑は頬を引き攣らせる。
「~~ッ声かけてくださいよ!?」
「かけたで、ただいまて」
「今じゃなく!」
「ちゃんと言うたわ、部屋入ってすぐ。ただいま、て」
「う、うそお」
聞こえなかった、と言わんばかりに、侑はあんぐりと口を開ける。だって、俺、爪整えてただけですよ。ほんまにタダイマて言いました? めちゃめちゃ小さい声で言ったんとちゃいます? 口同様に大きく見開かれた瞳がひしひしと語り掛けてくる。
それでも気付かなかったのは事実だ。たかが爪を整えていただけ? バレーボールという競技で、それもセッターという最もボールに触れるポジションなのだ。こいつにとって手指は、所謂、商売道具の一つ。なら周りの音が気にならないくらい集中して手入れをしたっておかしくはない。バレーに頭が持っていかれている今なら、殊更そう。
「ほんまに?」
「しつこい」
食い下がる侑を一言で一蹴しながら、ネクタイを抜き取った。クールビズと騒がれている昨今だが、今日はどうしてもつけて行かなければならなかった。ついでに言えば、ジャケットも。あ、しまった、上着、ロッカーにかけたまま帰ってきてしまった。大分暑さにやられている。この炎天下の中、スーツフル装備を求められたせいだ、間違いない。
明日はポロシャツで行こう。そう決心しながら、抜き取ったネクタイを畳み、侑に視線を投げやった。
声を掛けられたのには気付かへんかった。あとドアが開いたのも知らん。隣に座られたのにも、さっぱり。そんなアホなことってある? 俺どんだけ鈍いんやろ。いやいや、でも俺って、神経質なとこあるやん。そんな俺を欺くて、北さん、伊賀忍の末裔とか言いません? あかん、この人真顔で「よおわかったな」て言いそう。で、俺が信用した途端「冗談や」て言う。ああぁあもおなんやねんこの人。……頭を抱えているこいつは、きっとそんなことを考えているのだろう。アホやな。でもかわええと思ってしまうあたり、自分も相当頭が緩くなっている。
はあ。一つ息を吐いてから、侑はテーブルの上に爪ヤスリを置いた。代わりと言わんばかりに、整えられたばかりの指先は麦茶のグラスを掴む。カラン。再びグラスの中で氷が揺れた。溶けたときと同じ、軽やかな音がする。
侑の少しだけ尖った唇に、ひたり、グラスの縁が触れた。
「……」
その麦茶、お前の、て言うてへんけど。そう言ったら、こいつはなんて反応するだろう。さすがに意地が悪いから、口にはしない。それに侑のために持ってきたのだ、こいつが飲むのに文句はない。
ただ、飲む前に、「これ飲んでええすか」なり「麦茶入れてくれたん、ありがとう」なり言うと思った。というか、いつもなら言う。自分が飲んでいいモノと察すれば、すぐにその旨を主張するのがこいつだ。
喉仏が上下し終わった今も、断りの言葉はない。目の前にあるのだから自分のもの。それに一切の疑いをもっていない様子。
治が言うてたな、あいつ家じゃ遠慮の「え」どころか、「え」の一画目すらないと。「俺が食おうと思て、一旦プリンをテーブルに置いた途端、あいつは掻っ攫っていくんです。冷蔵庫から盗むならまだ可愛いほう」とも。しかも、本人に悪気は一切ないという。どこそこにあったから食うていいと思った。ケロッと言うから、つい手が出る。……これか。治に「注意してくださいね」と言われたこと、やっとわかった。身をもって、理解した。
ということは、目の前にいる侑は、俺の知っている範疇を生きる侑ではない。
ぞ、と。背筋に嫌な汗が滲んだ。
「……きたさん」
もそり、侑の声がする。甘えるトーンではない。かといって、何気なく呼ぶときの調子でもない。少し居心地が悪そうな、それでいて、妙な艶がつきだした声。
グラスの底が、コツリ、テーブルに触れた。
「こっち、じっと見るの、止めて」
「……なんで」
「なんでて、ドキドキするからに決まってるでしょ」
そう言いつつも、侑はじりじりと距離を詰めてくる。声には艶に加えて色も乗り出した。
グラスで冷やされた右手、指先がそっと手の甲に触れる。つつ、と浮かぶ血管をなぞられて、ぞくり、先ほどとは別の意味で背筋が震えた。いや、紙一重だ。今日、何をされるかわからない恐怖と、これまで与えられてきた快感への期待。コインの裏表のように、くるくると意識が入れ替わる。
ぎゅ、う。今度は手首を掴まれた。軽く握っているだけのようで、逃がすかという威圧も孕んでいる。熱を発しているのは、侑の手のひらのほうか、俺の手首か、それとも両方なのか。
引いたと思った汗が、つ、首を伝う。
視界にある瞳の奥が、ぎらり、燃えた。
「ぁつ、」
む。
最後の一音は、文字通り飲み込まれる。
ばっくりと、唇を食べられた。一回、二回、三回と甘噛みしたところで、舌先が唇を撫でる。あーけーて。幼子が遊びの輪に入れてもらうかのような懇願が脳みそに浮かぶ。いーいーよ。本当に子どもの遊びであるのなら、そう答えていたことだろう。けれど、コレは大人の戯れだ。強請られるままに受け入れていたら、こちらの体がもたない。
かといって、これを拒んだら、どうなるか。負けん気の強いこいつのことだ、意地になって唇を割り開かせるに決まっている。キスだけの戯れじゃ無理なら、他のところを弄って。
ほら、こんなふうに。
「ァっ、」
「ふふ、ちくび、たってる」
「おい、摘まむな」
「なんで? 服の上からでもわかるくらいに、ぴこんて勃ってはるのに」
「誰のせいやと」
「俺のせい? ちゅーだけで気持ちよおなってまう北さんのせいでしょ」
「んッ」
きゅぅ、布越しにソコを摘ままれる。Yシャツとインナーを挟んでいるのもあって、摘まむ指の力は思いのほか強い。いっそ痛いくらい。
にもかかわらず、鼻にかかった声を出してしまう自分が恨めしい。侑の指摘のとおりだ、やらしい体なのは俺のほう。けれど、そういう体に作り替えたのはどこのどいつだ。数年がかりの大計画により、すっかりこいつなしじゃ満足できないカラダになってしまった。恨むで。後悔はしてへんから、今生で許したるけど。ほんのりと下唇を噛み締めつつ、眼前にある侑を睨んだ。
しかし、手を引く気配はゼロ。そいつの左手は、ぐちぐちと人の乳首を抓り、やっと離したかと思えば、円を描くように撫でつけてくる。布越し。それも二枚の布を挟んでいる。
響いてくる感触は酷く曖昧。そんな間接的な刺激で感じて堪るか。そう言い聞かせはするものの、侑の右手に囚われている手首がカッカと熱を噴き出した。いや、手首だけじゃない。全身が、灼熱の室外にいるときのように、熱を感じ出す。
「まっか」
「やかましい」
「黙ったほうがええ? でも前黙ってえっちしたとき、北さん怖い・嫌やて泣いてもうたやろ」
「ンく、ゥ」
淡々と話しかけながら、乳首を捻るんじゃない。あかん、じんじんしてきた。乳首が、というより、目の奥が。首の付け根あたりが。俺の堪え性、どこにおんねん。家出? アホなことしな、はよ帰って来い。
身悶えているうちに、僅かにウエストが緩くなった。それから、乳首を弄っていた指先も離れていく。はあ、ひとまずの安堵を込めて、息を吐き出した。
「ぁ!?」
ところが、それも、束の間。
「ワ、今の声かわええ、もっかい聞かせて」
「は、おい捲ンッ!」
「あー、北さんの匂い、ひさびさあ……」
するり、侑の両手が俺の腰を掴んだ。長い指が脇腹を這う。それから、皮膚のほんの薄皮一枚だけを撫でるように手は上へと移動。あわせて、シャツが捲りあげられてしまう。先ほどウエストが緩いと感じたのは、こいつがシャツの裾を引っ張り出したせいだったらしい。そんなことにも気付かないとは、こいつの鈍さを笑えない。
汗を流していない肌は、当然のようにべたついている。その上、ぺたぺたとこいつに触れられるせいで、じわじわと追加の汗が滲んでくる始末。風呂に入りたい。せめてシャワーを被ってきたい。けれど、これを口走ってはいけない。今日のこいつなら、喜々として俺を風呂場に運び、そのままコトに及ぶに決まっている。腹立たしいが経験済みだ。全開にしたシャワーを敏感な部位に当てられ達するのはもういい。嫌だ。二度も三度も味わいたくない。
離れろ、そんな意味も込めて、侑の頭を掴んだ。しかし、そいつはこちらに向けて全体重をかけてくる。中途半端に感じ出した体で、現役スポーツ選手の体格を支えられるか? 答えは否。あたかも頭を抱えるような体勢で、背中が床にぶつかった。
「っあ!」
「ンちゅ」
そのタイミングで、ぱくり、乳首を食べられた。吸われたともいう。しゃぶられた、でも構わない。せやかて、北さんが俺のことおっぱいにぎゅう~抱き寄せてくれたんですよ、これでしゃぶるなてほうが無理やって。そんな言い訳をする侑が浮かんだ。
ぐしゃりと眩しい色の髪を掴む。しゃぶられているのは、服越しに散々摘ままれたほう。じんわりとした痛みに近い痺れを纏っていたほう。間接的で曖昧だった感触が、ねっとりと嬲られて拭われていく。ぴん、と丸く張り出した粒を舌で潰し、前歯で齧り、乳輪ごと吸い付かれ。授乳を強請る赤子か。いや、こんな欲に塗れた男と比べるなんて、赤子に失礼だ。
「ん、んぅっ」
「きたひゃん、こえらひてくらひゃい」
「そこで喋んなアホ!?」
「……ひびいてきもひいれしょ」
「あっや、んっ」
「んぢゅ……、っは。好きな癖に」
「きゃンッ」
わざとらしい音を立てて侑は口を離したかと思うと、指先で膨らんだ乳首を弾いた。爪先が食い込むような、抉ってくるような感触に、犬を思わせる鳴き声を上げてしまう。
いじられ、しゃぶられたそこは、さぞかし真っ赤に腫れあがっていることだろう。見なくてもわかる。むしろ見たくない。そんな感じきった乳首を見たら、羞恥心が掻き立てられてしまう。恥ずかしい、なんでこんな目に、その羞恥で萎えていた頃が懐かしい。今となっては、それすらも快感を煽るスパイス。
濡れた感触を纏ったほうが、刺激の残滓でじんじんする。もっと弄ってほしい、酷くしてほしい。できれば、放置されているもう一方も虐めてもらいたい。侑のコンディション調整なんて称しておきながら、自分の欲も満たそうとしているなんて、なんて傲慢。しゃーないやろ、お前がバレーに傾けば傾くほど、こっちは欲溜め込む羽目になってんねん。……こういうときに、手酷く抱かれるのは、侑だけやなく自分にも原因があるのかもしれん。かもやないな、欲求不満拗らせた俺と、欲の捌け口探し求めてるアホが組み合わさったら、そらこうなるわ。
脱力した腕が、侑の頭からぱたりと落ちる。上下する胸、苦しさを主張する股間、その奥に隠された秘部はじくじくと疼き出す。セックス、する。そう思って帰ってきたのもあって、すっかり体はその気だ。
これまでとは比べ物にならないくらい、ぐちゃぐちゃに犯されるのでは。その予想にぞくりと背中が震えたのは恐怖のせいだとばかり思っていた。もしくは、快感への期待と表裏一体の恐怖のせいだと。……どちらも正しくない。正確には、恐怖の皮を被った快感への期待、だ。一枚剥いでしまえば、すっかり蕩けた自分が顔を出す。粘膜のように、いっそう敏感な自分が露わになる。
「っはは、えっろ」
至極楽しそうに、侑の指先が乳首を弄ぶ。勃起して固くなったソコが、くにくにと捏ねられる感触。先ほどまでの強烈な刺激と比べるとあまりにも微弱。今度はじれったさに声が上ずりそうになる。
ここで喘ぎだしたら、床で致すことになってしまう。すぐそばに一人用とはいえベッドがあるのに、だ。どうせ寝るのならそっちに行きたい。
ちらちらとベッドに目線を向けるが、侑の意識は俺の胸から離れない。指先による刺激、突き刺さる視線、それからうっとりとかけられる吐息。その三つで、ふつふつと追い詰められていく。ベッドがいいと思ったそばから、「もう床でええかな」と過りだす。
流されるな、床でなんて二度とするものか、そう誓っただろう。……過去何度か捧げた誓いはその都度破られている。だが、今回は、今回こそは守りたい。自分の体がバッキバキに凝り固まるだけじゃなく、こいつの体への負担があるのだ。それだけは避けたいところ。狭いベッドでぎゅうぎゅうにくっつきながら横になるのも快適とは言い難いが、床よりは断然マシ。
ひっきりなしに注がれる刺激を意識から追い出すべく、二回ばかり深呼吸をした。あわせて、侑の髪をくしゃりと掴む。
「侑、退き」
「やです」
「俺かて床は嫌や。するならベッド」
「そっち? いやあ、それはわかってるんですよ」
「なら」
「でも、ちくびいじるのやめたない」
「アホか」
「だってだって、こんなえっちなちくび、放っておけて言うんですか」
「……ベッド行ってから好きにしたらええやろ」
「ずっといじってたい」
「んっ」
たかがベッドに移動するまでの数秒間、手を止めればいいだけの話。なにをもったいぶる必要がある。そう言いたいところだが、この男は大真面目のその数秒を惜しんでいる。だったら、触らせながらベッドに雪崩れ込もうか。……我ながら、頭が沸いている。
ぷちゅ、と唾液で濡れたほうに侑は唇を寄せた。微かに吸い付かれるような感触がする。男の乳首を執拗に嬲って、何が楽しいのだろう。かろうじて残っている冷静な自分が、侑の言動に後ずさる。けれど、ほとんどを占める熱で浮かされた自分は、もっと吸ってと胸を突き出そうとしている始末。
強請りそうになる衝動を押し殺していれば、吐息を過分に含んだ侑の笑い声が聞こえた。恍惚さも入り混じって、つい、絆されそうになる。あかん、まだ、流されて堪るか。流されるとしても、ベッドに移ってから。床は、あかん。
「ほんまにね、えっちなんですよ」
「……おまえがしゃぶったせいでな」
「ふふ、いじってたほうだけちゃうよ」
「はあ?」
「こっち側も、めっちゃえっち」
「へ、なんぁっ」
とん、と。侑の指先が触れる。それも、しばらく放っておかれたほう。今日はもう右側しか弄らないと思っていた節もあり、ひくんと体を震わせてしまう。念願の、刺激。いや、刺激というには弱すぎる。文字通り、侑の指先が触れているだけなのだから。もう一方と違って、ぐちぐちと潰されるような刺激は与えてもらえない。
それでも、あの侑の指に触れられているというだけで、じん、と腰が重くなる。ぴりぴりと電流が皮膚を走り出す。
打ち震えていると、侑がいっそう深く笑う気配がした。
「触ってへんのに、こーんな、ぷっくり」
「ひっ、ん、んっ」
「はは、硬なってる」
「ンぅ……」
指先で触れたまま、ゆっくりと円を描かれる。その動きに合わせて、まろい快感が脳みそへ伝った。逆側とはまるで違う触れ方。どうせ触るなら、等しい刺激にしてくれたらいいものを。アンバランスさを処理しきれない。キャパを越えてしまいそう。
侑の指は、そっと乳首の周りに移る。表面を擦るようにしてくるくると乳輪をくすぐったり、ひったりと手の平で左胸全体に触れてみたり。平らだというのに、やんわりと揉まれると膨らんできそうな心地になる。そんな母性の象徴、自分の体には不釣り合い。第一、あっても気味が悪いだろう。そう思うのに、内側からふっくらと込み上げてくる感覚に踊らされてしまう。
「おっぱい、きもちい?」
「っ、……ぅ」
気色悪い言い方しな。そう言ってやりたいところだが、じんわりと広がる快感に上手く舌が回らない。気を抜けば、口をあけ放ったまま、とろとろと喘ぎを漏らしてしまいそう。こういうゆったりとした、スローセックスを彷彿とさせる触れ方はずるい。理性を放り投げたくなってしまう。湯船に沈むように、柔らかな布団にもぐるように、穏やかな快感に溺れたくなる。
くそ、さっきまであんなにぢゅうぢゅう吸い付いていたくせに。突然の緩急はやめてほしい。ぷつんと切れそうな理性を必死に繋ぎ止めつつ、だらしなく開きそうな口を手で覆った。平に、くぐもった振動が伝ってくる。ん、ん、と押し殺しきれなかった嬌声がぶつかってくる。
「きーたさん」
「……?」
ふと、侑の困ったような声がした。瞑っていた目を恐る恐る開くと、胸元に乗った侑の頭がこちらを向いていた。燃えるような欲を瞳の奥で輝かせているのに、上目遣いのような目つき。腹立つわ、お前のそういう、変に幼い顔つき。かわええて、なんでも許したくなってまう。
「口塞がんと、ヨガってる声、聞かせて」
囁くように侑は言うと、体を起こしながら俺の手を掴んだ。もう一方の手は、依然として左胸を揉んでいる。必然的に、いじめにいじめられたほうの乳首は放置。畳みかけるように与えられていた刺激がぱたりと途絶え、じれったさに理性が焼かれていく。
触りたい。でも触ってくれない。自分で触ってしまおうか。でも両手とも、侑の利き手の中にある。どうしたら手は自由になる? 口を塞ぐのを諦めてしまえばいい? そしたら、きっと自分は蕩けた喘ぎを零すようになってしまう。ひっきりなしに、はしたないだとか、だらしがないだとか、そんなプライドを放り投げて鳴いてしまう。けれど、侑がそれを望むと言うのなら、ば。
年を追うごとに、こいつに甘くなっている気がする。
「ぁ」
「ふ、いいこですね」
「ん、ふぁ、アぅ」
ず、と両手を顎の下に移動させられる。おおよそ五ミリ幅に開いた唇が、濡れ出した空気に触れた。この唇をぎりっと噛み締めれば、いくらから声は抑えられるのかもしれない。だが、そうしたところで、またこいつに「声を聞かせて」と畳みかけられるに決まっている。そのためにキスされるかもしれない。……整えたばかりの指を、口内に捻じ込まれるかも。アレはいけない。歯を立てるわけにはいかないからと、いつも以上に口を開く羽目になる。本当は指をしゃぶってやれれば良いのだと思う。侑のことだ、「北さんが俺の指吸うてはる!?」と勝手にビビってテンパってくれるはず。待て、今日のこいつはどうだろう。このうっとりとした顔を引き続き浮かべながら、「俺の指、おいし?」と囁かれるかも。
なんにせよ、こいつの指で口内を掻きまわされたら堪ったものではない。捻じ込まれて蹂躙されるのは、下だけで良い。この言い方も語弊があるか。けれど、嘘は言っていない。口だったら歯を立てるかも、と体を強張らせてしまうが、下だったらそんなこともないだろう? そりゃあ、まあ、雄弁にボールを操る指先が、あられもないところに触れていると別の意味で火を噴きそうにはなるのだが。
「ンぁ、ぁ、あっ」
半開きの口から、情けない声が漏れる。ついさっき「ただいま」と吐いた声と同じとは到底思えないくらいに上ずった声。たった十数分でここまで蕩けているなんて。あのメールを寄越した男には、知られてはならない。知られようものなら、こちらの性生活を暴露しているようなものだ。
侑の左手は、もったりと片方の胸をさする。一方利き手は俺の両手を諫めるのを止めて、腫れあがった突起を弄りまわす。ベクトルの違う刺激が交互に、あるいはいっぺんに、襲ってくる。どちらに善がればいいのかわからない。いっそどちらもきもちいと呑まれてしまえばいいのだろうか。
ああ、じんじんする。触られているのは胸だけなのに、他の部分も昂っていく。空気に触れた腹部は侑の視線を浴びて汗ばんでいるし、自分の両手が構える首もべったりと火照りながら汗をかいている。侑に乗っかられている太腿なんて、触ってほしいと熱が高まっていくばかり。もじもじと内腿を擦り合わせていること、こいつは間違いなく気付いている。もう胸を弄りまわすのをやめて、性急に下半身を責めてくれたらいいのに。一瞬、不埒な思考が過るが、この調子で下に意識を移されたら、達するまで尻を揉みしだかれる「だけ」なんてこともありえなくはない。
どうしろと。考えるまでもない、侑の気の向くままに、抱かれるしか自分にできることはないのだ。
「……ね、北さん」
口内に溜まった唾液を飲み下すと、掠れ気味に侑に呼ばれた。目の前をちかちかさせながら、どうにか馬乗りになっているそいつに焦点をあわせる。
あ、たぶん、今、目が合った。
そのタイミングで、侑の手が胸から離れていく。体温が離れて、ひやりとする。そこに冷房の風がかかるのだから、ざわりと鳥肌が立った。気のせいだろうか、ふく、と、いっそう二つの突起が存在を主張したかのような感触がする。
……侑の笑みが深くなったから、あながち間違ってもないのだろう。
まったく、酷い色気だ。自分じゃなくても、こんな表情を向けられたらクラッとくるのではないか。ほぅっと見惚れていると、ひたり、左鎖骨の下に、指先が触れた。まずは中指、それから人差し指。残り三本もとととっとリズミカルに乗せて、手のひらが胸に降ってくる。指の付け根が乳首に引っかかり、むづり、押し潰されていく。
「ぁ、ぅ」
長い指が、大きな手の平が、ぺったりと左胸を覆う。やわやわと揉まれはじめると、心臓の脈動が強くなった。触れられているせいで、強く感じるようになったのかも。
「こうされるのと、」
「ぁゥ、ッンぁあ」
しばらくむにむにとまろい刺激を与えられていたかと思えば、ぱっと手の平が離れていく。再び訪れる空虚。こう、されるのと? 侑の言葉を脳内で繰り返してみるものの、ゆっくりじんわりと欲に追い詰められた思考回路はどうも稼働しない。
なにをするつもりだ。快感で堪りだした涙をそのままに侑を見やれば、そおっと利き手が伸びてくる。立てた人差し指が、近づいて来る。綺麗に整えられた指先。丸く形どられた爪。それらが、たくし上げられたシャツに隠れて、見えなくなった。
「こう」
「ぁ?」
「される、の」
「ッ」
ぐち、り。視界の届かないところで、硬く勃起した粒を指先で潰される。内側にめり込んでしまうのではないかと思うくらいに、みぢり、圧をかけられた。少し、痛い。でも、痛いだけじゃない。きもち、いい。
びん、と指が弾かれたかと思うと、今度は侑の上体が倒れ込んでくる。胸の辺りに、顔が近付いてくる。
触れる寸前、ぱかりと開いた侑の口から、真っ赤な舌が、垣間見えた。
「ひッあ、あッ」
ぱくり。いや、そんな可愛いもんじゃない。
かぷり。まだ甘っちょろい、もっと酷くて、激しい感触。
――ガチリ。これだ、コレが相応しい。
一切の遠慮もなく、腫れあがった乳首を、噛み潰された。
「ぁっ、~~ンぁ、っァあ……!」
頭の奥が、真っ白になる。視界にはもやもやと閃起暗点を思わせる星が飛んだ。きゅぅうと切なくなったのは胸と、下腹と、熟れ出したであろう後孔。緩く張っていた半身からはくったりと力が抜けている。代わりに、ぐっしょりと濡れた感触がした。下着の中の有様は、見るまでもない。
ちくびを、かじられて、いってしまった。
状況が頭に入ってくると、どうしようもない熱で体が暴れそうになる。
「どっちがきもちええー、って聞きたかったんですけど」
「ぁ、あー……、ん、ぅくっ、ァ」
「痛いほうがきもちいみたいですね」
北さん、まぞやったんかあ。しみじみと侑は漏らしながら、俺のベルトに手を掛ける。誰がマゾだ、散々これでもかと焦らされた末に強烈な刺激を与えられたせい。別に被虐趣味はない。そう思いたいところだが、過度に嬲られた乳首が痛みと等しい刺激で達したのも事実。いざ、快感の波に溺れてしまえば、尻を叩かれただけで達してしまうような気もする。そんなことない、自信を持って否定したい。なのに、痛みを快感に変換する経験値も重ねている。
もういい、全部侑のせいだ。それから、侑に惚れこんだ自業自得だ。
肩で息をしながら、身体に残った情感をいなしていく。
そんな俺を知ってか、知らずか、侑は手際よく俺の前を寛げた。そのままひょいとズボンは脱がされる。ズボンとあわせて右足だけは靴下が脱げて行ったが、左には、まだぐしゃりとした感触が残っていた。どうせなら両方とも脱ぎたいな。もぞもぞと足を擦り合わせて、脱ぎそびれた左も素足になった。ああ、一つ、開放感。
はあ、安堵のため息を吐いたところで、ふと、その素足になった左足を、侑の肩に担ぎ上げられた。右足は折りたたむように圧をかけられる。なんやろこの姿勢、ぱかりと、股を、開いている。というか、必然的に開かざるを得ない。
侑の視界の中央に、下着越しとはいえ、局部が、晒される。
「っなんなん、このカッコ」
「あーグレーええなあ……、染みなるとすぐわかる」
「き、けや」
「なあ、脱がしてええ?」
「っ聞く必要ないやろ、もう脱がし、かけ、ァ」
「っわ、糸引いてるやん、どろっどろやし」
「ぁ、やぁ、見るん、いやあ……」
それも束の間、下着のゴムを引っ張られ、中途半端にずらされる。ぬっとりと、白濁を零したペニスが空気に触れた。濡れて張り付いた布地が取り払われた開放感もあるが、それ以上に淫らな様を晒している羞恥が激しい。それこそ、下着から性器だけ顔を出させられたせいもあるのかもしれない。太腿でひっぱられ、下着のゴムは伸びている。どうやら、これは今日が寿命らしい。
じぃ、と侑に見下ろされると、それだけで反応してしまいそう。このままじゃ、ぬと、とやたらと濃い精液を纏わりつかせたまま、首を擡げてしまう。そして言われるのだ、「触ってへんのに、北さんのえっち」と。まずい、考えただけで感じてしまう。
ひく、と、まだ萎えているソコが震えた。
「濃いすね、ちゃんと抜いてました?」
「ひゃっ、」
「あ、今のもかわええ、もっかい言うて」
ふと、折り畳んだほうの脚から侑の手が移る。行き先は、たっぷりと濡れた陰茎。垂れた首にやんわりと触れられると、達したばかりの敏感さも相まって過剰に喘いでしまう。
実を言えば、単に達したばかり、というのだけが理由ではない。侑にも指摘されたが、正直あまり抜いてはいなかった。なんたって、どこかのバレー馬鹿もといバケモノのせいで、ちょっと前を擦った程度じゃもう達せなくなっている。後ろを弄って、その上で前も擦って、そうやって射精できればマシなほう。自慰に耽ったところで、射精を伴わない達し方ばかり。どうにか精液を吐き出せたとしても、「射」というより「漏」という出方。
まるで侑のために、「侑に抱かれるのだ」と腹をくくったかのような素振りをしていたが、本当のところは自分が真っ当に達するためでもある。名実共に、この体は侑に抱かれないと満足できない。
くにくにと、剥き出しになった亀頭を撫でられる。強烈とは言えない、しかし、自分を追いつめるには十分な強さ。萎えていたソコは、あっというまに充血して膨らんでいく。また、前でイってしまう。射精した瞬間のぱちんとした快楽と、その後の程よい倦怠感が妄想の中を掠めた。
一方で、触れられることなく、下着の奥で濡れそぼっている後ろは、いじめてほしいとヒクヒク痙攣している。自分で吐き出した精液を吸って、侑の指や、もっとずっと太いソレを待っている。
抱かれたい。張りつめた怒張で穿たれて、こいつの気が済むまで揺さぶられたい。……こんなことを考える自分がいる時点で、マゾと呼ばれても仕方がないか。
「さきっぽくにくに、ァんやめてぇ」
「またいっちゃう、て?」
「んっ、~~ッ」
ぬちゅ、と鈴口に爪先を突き立てらると、たちまちぴゅるっと白濁が零れた。量は決して多くはない。しかし、ねっとりと粘ついている。侑の指の間で、糸を引いているから間違いない。
気付くと、右足を自分で抱えていた。股座が大きく開く。もう一方の手は、どうにか下着を下げようと画策しはじめた。しかし、畳まれた脚と担がれた脚との間、ずらすことすらままならない。脱ぎたい。取っ払ってしまいたい。その一心で強引にゴムを伸ばしていく。それでも、――当たり前のことではあるのだが――下着を脱ぐことはできない。
畳んでいるほうの脚から引き抜けばいい。そうすれば、担がれているほうの脚に引っかかりはするものの、欲であふれた局部を晒すことはできる。ぎちぎちと締め付ける感触からは、解放される。……そんな発想すら、出てこない。もし出てきていたとしても、熱せられた思考の途中で溶けてしまう。
「ぅうう」
「なにしてはるんですか」
「ぬぎたい」
「えっと、パンツを?」
「ん」
「……このままでもええよ、えっちでかわええし」
「いやや」
「なんで」
「じゃま」
「邪魔?」
「じゃま」
すっかり目尻を下げながら、侑は首を傾げて見せる。かわええなあ、舌回ってへん、めっちゃかわええ、と聞こえるのは幻聴ではあるまい。そんな返事、いらんわ。かわええ連呼するくらいやったら、これ脱がせてほしい。
じ、と侑を睨んだところで、こちらの意図は伝わらない。それどころか、性器だけぽろんと晒している様を酷く悦んで眺めているふうにすら見える。棒をいじるだけだったらこれでも良いのだろう、でも、お前はそれだけで満足できるのか。できへんやろ。そんで俺も前擦られるだけじゃ不十分。
お前を欲しがって、後ろが切なく疼いている。早くこの空虚を埋めて欲しい。
ぐ、と畳んでいる脚を胸につけて、僅かに腰を浮かせた。
「はいたままやったら、いれにくいやろ」
ぴん、と股のところで布が張る。その上で、二度の射精をしたペニスがふるんと揺れた。微かにではあるが、血が集まってきている。赤くなった亀頭の先から、ぷくり、カウパーが零れ出た。三度目を吐き出せるのがいつになるかは別として、快楽への期待を一身に抱いている。
はあっ、濡れた息が零れた。それから、何秒かおいて、侑もほうと息を吐く。交わっていた視線が離れ、伏し目がちに膨らみだした竿を見下ろしてくる。いや、こいつが見ようとしているのは、グレーの奥にある後ろ穴なのかも。
おもむろに、俺の精液で粘ついた右手が、伸びてきた。
「……まあ、大丈夫やと思いますよ」
「んっ、ァ」
指先が向かったのは、下着のゴム、の後ろ側。尻のほう。浮かせた腰のさらに下へ潜り込み、くんっと布が引っ張られる。たったそれだけの動作で、ぺろんと尻が露わになった。脚を抜いたわけではないから、窮屈なことには変わりない。しかし、これならば。……侑の言うように、入れにくくは、ならないような、そうでもないような。
外気に触れたアナルが、きゅんっと震えた。侑は抜かりなくソレを捉えたのだろう、すぐに口角を持ち上げる。
見つめられている。普段、晒すことのない部分を、じっくり観察されている。そう思うだけで、ひくひくと縁が痙攣しただした。
数か月前の情事が脳裏を掠める。ずっぷりと根元まで侑の逸物を飲み込んで、ぐちゅっごちゅっと奥を抉られた。あのえげつない快楽が、迫ってきている。これを期待しないで、何を待ち望めというのだ。
くるんと侑は縁をなぞると、すぐに自分の前を寛げた。ずるんと取り出されたナニは赤黒く膨らんで、表面には血管も浮いている。カウパー液が滲んだ亀頭が、ぬらり、淫靡に艶めいた。
ちゃんと抜いていたか。先ほど侑は俺にそう尋ねたが、そっくりそのまま聞き返したい。何日溜め込んだら、そんな凶暴な形になるのだ。きゅっとせり上がった睾丸にどれだけの精子をため込んでいることやら。
「ァ」
ぷちゅり、勃起した切っ先が後孔に触れた。潤滑剤は垂らしていない。このままじゃ入らない。たとえ入ったとしても、滑りが悪くてお互い痛みに苛まれることになる。
にもかかわらず、このまま欲しいと思うなんて。濡れた先っぽに、きゅうきゅうとアナルが吸い付いた。
「ほしい?」
「ほ、しぃ」
オウム返しに頷けば、みり、縁を押し広げられる感触。まさしく強引に暴かれていく。あんなモン、入るわけがない。無理だ。ちらちらと警鐘が鳴り響くが、それでも圧は止まることはない。し、蜜壺はゆるゆると蕩けていく。
入、って。く、る。
「ぁ、あー……、ぁう、」
「はは、全然解してへんのに……」
くぷくぷと、自分のナカに侑が入ってくる。つるんとした亀頭に侵入され、張り出た雁首に向かって、じわじわ、ぴりぴり、後孔が拡がっていく。弾力のある縁が、粘膜が、伸ばされていく。まったく痛くないわけではない。それはいつもよりは苦しいし、拡げられる感覚は痛い気もする。けれど、脂汗を浮かべたり、歯を食いしばるほどじゃない。いつもより、ほんの少しだけ窮屈、という程度。それは侑も同じようで、苦しさは一切感じさせず、ひたすらに欲情した顔で結合部分を注視している。ぬづ、づぷと飲み込んでいく俺の雌穴を見下ろしている。
「ぁ」
「ふ、く」
「ァあ、ぁ、ンっ……、はぁっ」
ぐぽん、と、拡がった穴がわずかに閉じた。陰茎の、傘が開いた部分までを飲み込めたらしい。ほんの数センチ、されど数センチ。圧迫感に、息が上がる。その苦しささえ気持ちよく感じてしまうのだから末期だ。
ぎゅ、と奥に行こうとする圧。逆に、腰を引かれて内臓を引きずり出されそうになる感触。クリクリと入口の辺りで先っぽが動き出す。焦らすん、やめて。一思いに、奥までごっちゅりはめてほしい。そう思うものの、言葉にはならない。あ、あ、と開きっぱなしの口から喘ぎが漏れるだけ。もう痛くたっていい、痛みにすら感じ入って喘ぐ自信がある。ここまで火照った体は、もう侑に何をされても気持ちが良いのだ。
抜けそうになる亀頭を、きゅぅんと締め付けた。
「……あかん、抜きます」
「いやや、ぬかんといて」
「すぐはめたげますんで」
「や」
「このままじゃ奥ゴリゴリできませんよ」
「……おく」
「そ、奥。俺のちんぽでごりごり抉られるの、好きでしょ」
「すき」
「なら一旦抜かせて。そんで、たあっぷり、ケツから溢れるくらいローション注いであげるんで」
ろーしょん。唐突なカタカナを脳みそは拾う。そういえば、そんなん買うてきたわ。ぼんやりと首を横に向ければ、ちょうどドラッグストアのレジ袋が見えた。白色越しに、四角いパッケージと筒状のボトルが見える。ろーしょん、ローション、ロー、ション。
力の入りきらない腕をどうにか伸ばして、袋の中に手を入れた。中身は二つ。そのうちのボトルのほうを震える指で握った。その間に、つぽんっと亀頭が抜けていく。訪れるのは、ぽっかりとした空虚。ここに、潤滑剤を流し込めば、また侑は嵌めてくれる。脱力しながらも、封を切り、かぽっと蓋を開けた。ボトルの中で、粘性のある液体がたぷんと揺れる。コレを尻に、コレを、尻に。
両手で支えたボトルを、そっと、傾けた。
「ひゃぅ!」
「おぉお?」
けれど、流し込みたいところにローションは垂れてくれない。ふるんと勃起した自身の陰茎にかかるだけ。ひやりとした液体が切っ先を流れ、とろとろと下着に吸われていく。やっぱり邪魔やん、これ。この布がなかったら、そのまま後ろまで垂れてくれたかもしれないのに。
傾けたままのボトルからは、とぽとぽとローションが滴り続ける。ペニスを、陰毛を、下着を濡らし、じわじわと、重力に従って流れていく。
「……きーたさん、ちょっとそれ貸して」
「ぁ?」
ええよ。そう言うより早く、侑にボトルを奪われる。かと思えば、肩に担がれていたほうの脚を下ろされ、もう一方のようにぐっと折りたたみながら胸につけられた。その上で、さらに腰を浮かせられる。運動不足の体が、みしりと軋んだ。物理的に、苦しくなる。肺が押しつぶされてしまいそう。侑が膝立ちになるのに合わせて、臀部が完全に上を向く。ぽっかりと開いた孔が、天井を見上げる。
今、めっちゃ恥ずかしい格好してへん?
突然戻ってきた理性でハッとするや否や、熟れた後穴に、硬いプラスチックが触れた。
え、これ、さっき侑に取られた、ローションのクチ。
――どくん、流れ込んでくる冷たさに、全身が戦慄いた。
「~~っアぁあァァああ!?」
「トぶにはまだ早いですよー」
プシャッと自身の切っ先から透明な液体が漏れた。我慢汁の類なのか、薄すぎる精液なのか、判断はできない。し、する余裕もない。直腸から溢れんばかりにローションを注がれて、意識を手放してしまうところだった。ブレる視界の中、侑を見やれば、その手の中にはひしゃげたボトルが収まっている。結構な量が、一気に流れ込んできたなとは思ったが、なるほど、ボトルを潰しながら注いできていたのか。
「あれ、もう空なってもた」
「ふぁ……?」
あっという間に膨れた腹に気を取られているうちに、侑はぽいと歪んだボトルを放り投げる。数的飛沫を飛ばしながらも、そのボトルは少し離れたフローリングに落下した。
カラ、とは。あのボトルに入っていたほとんどすべてを、俺の中に注ぎ込んだということだろうか。その前に自分で自分にかけた分もあるにはあるが、侑が捻り出した量のほうが断然多いはず。溢れるくらい、ローションを注ぐ。言ったばかりのソレを早速実践して見せたらしい。
「ふ、ふふ」
「なに笑てはるんですか」
「ん、ふぁ、あっんふふ」
「ちょっと?」
「あつむ」
とはいえ、まだ有言実行には至っていない。侑はそれに気付いているだろうか。
静かに、両手の指を、ぬるつく縁に添えた。柔らかな粘膜、触れただけでトんでしまいそう。自慰をしている間は、ここまで理性が擦り切れることはなかったのに。侑とセックスしとるからかな。いや、セックスには限らないか。現に今だって、まだハメられていないのだし。
ふ、と上ずった吐息で笑ってから、両手の指、それぞれ二本ずつを、蕩けた縁に引っ掛けた。
「まだ、あふれてへんよ」
ぐぱぁ……、とアナルが拡がる。ぎりぎりで零れずに保っていたぬめりが、つぅ、と垂れた。あくまで、垂れた、だ。この状態をもって溢れるとは表すまい。
溢れると言うからには、別の体積をもって、どっぷりと零れ出るくらいでないと。
そのまま自身の指で掻きまわしたくなる衝動を堪えて、舌なめずりをした。
「言うたな」
侑の低く呻く声がする。たちまち、ぞくりと背中が粟立った。ちょっと怖い。少し恐ろしい。でも、「侑」である以上、受けとめない道理はない。
気ぃ済むまで、その欲、ぶつけたって。俺にぜんぶ、ちょうだい。床とか、ベッドとか、もうどっちでもええわ。
濡れて蕩けた後孔に亀頭が触れた。たったそれだけで、ずるりと中に入り込む。雁首まで、すんなりと侵入してくる。ここで終わり? まさか。ここからやろ。ふ、と一つ息を吐き出してから、がっしりと腰を掴まれた。
「――覚悟しいや」
吐き捨てられると同時に、ずぶり。根元まで一気に突き刺さった。
後のことは、正直よく覚えていない。