おかしいな、今日はする日の筈なのに。
 別に約束したわけではない。でも、やけに今日は目が合ったし、いつもより近い位置に立っても文句ひとつ言わなかった。ついでにふざけ半分で擦り寄ったとき「あとでな」のお言葉もいただいた。ということは、今日は目一杯していい日。そりゃあ明日もあるから、節度は保たなきゃならないのだけど、俺も倉持も健全な男子高校生なのだ。溜まるものは溜まる。発散できるのなら、発散したい。できることなら、自分の右手ではなく、恋人と一緒に。
 そういうわけで、五号室にやってきたのだけれど、おかしいな。
「なあ、」
「んー、もうちょい」
 確かに沢村はいない。ベッド脇にはバスタオルが数枚用意されている。ふわりとしたその上には、一見お茶のペットボトルのナニとか、キャンディーかってくらい色鮮やかなアレとかも乗っている。この後するのは、まず、間違いがない筈。
 なんだけどな。おかしいな。三度目のそれを、頭の中で浮かべた。
「くーらもちー」
「このステージだけだから、もう五分もかかんねえよ」
「ほんとに五分で終わんのかよぉ……」
 部屋に来て早々に、倉持は俺を床に座らせた。胡坐をかけば、平然とその上に座ろうとするものだから、慌てて足を立てたっけ。つまるところ座椅子にされたのだ。ゲームをするための、座椅子。無防備にも背中を預けておいて、当の本人はテレビゲームに夢中。俺その気で来たんだけど、つーか準備できてるならそっちに時間使いたいんだけど。ちらちらとベッドに目を向けるが、倉持はまるで知らんぷり。これ弄ばれてんの。
 ため息を飲み込んだ俺にできることといえば、五分という言葉を信じることのみ。それ過ぎたら無理やりにでも押し倒して良いかな。むしろ押し倒させろ。上機嫌に弧を描く唇を貪って、厚手のパーカーの下を愛撫したい。前のめりになって逃げようとする腰を捕まえて、緩いジャージを引き下ろしてやりたい。不埒な妄想が現実になることを祈りつつ、そっと倉持の腰に腕を回した。そして下腹の前で緩く手を組む。緩く背を丸めて、肩に顎も乗せておいた。
「なーあー」
「猫背してまた体痛めんなよ」
「倉持が構ってくれたら正す」
「もうボス潰すだけだって」
 ぴこぴこなんて擬音語じゃ言い表せない壮大なBGMと同時に何かを切り裂く音がする。画面は全体的に暗いけど、血が飛び散ってる風なのは確か。よくわかんねえなあ、楽しいのかなあ。見てるだけの俺はよく分からない。真っ白な頭のキャラクターがひょこひょこ動いて、一体何が面白いんだろう。
「っし、おーわり」
「……」
「おい、セーブすっから無言で手ェ突っ込んでくんじゃねえよ」
 倉持の声とともにジャージのゴムの下に両手を差し入れたのだけれど、間髪おかずに諫められる。もう俺は早くしたいんだよ、お前としたいの、したくて堪んねえの。腰骨に乗った筋肉をやわやわと揉みつつ、倉持の手がコントローラーを離すのを待つ。問答無用でがっつかねえだけ感謝しろよ、もう。したい、したいよ、なあ倉持。
「したい……」
「へーへー、今片付けるよ」
 するり、体温が離れた。本体の電源を切るために、倉持が移動したのだ。自然と、差し込んでいただけの手は抜け出てしまう。腰骨を上って脇腹を擦るか否か、冷たい空気に両手が包まれた。鳥肌が立つほどではないけれど、倉持の体温に比べたらずっとずっと低い。淋しいな、ほんの一瞬、心に風が吹き付けた。
 でも、あくまでほんの一瞬だ。
「っ、」
 つい、息を呑んだ。カッと血が集まった。なんでかって、そんなの、今の倉持の体勢のせいだ。
 くんっとこちらを向いた、野球部にしては小ぶりな尻。先ほどまで手を入れていたせいだろう、わずかにジャージが下がって素肌がちらちらと目に焼き付く。すぐに四つん這いから立膝に代わってしまうが、網膜に張り付いた日焼けしていない肌がフラッシュバックする。頭が、揺れる。理性が、切れる。黙々とコードを巻いていく倉持に、無心を心がけながら擦り寄った。
 静かに、腰を捉えた。
「わ、なんだよぅおっ!?」
 喚く声をスルーして、ジャージをずらす。下げるとか、脱がすというより、ずらす。肌に擦り付けながら下着ごとずらし、素肌が現れたところで手を止めた。脱げかけ、尻の、割れ目が見えるか見えないか。
 あ、舐めたい。衝動のまま上着も捲り上げ、ちゅるり、肌に吸い付いた。
「ッ盛るなら、」
「悪い、待てない」
「わ、るいって、かお、」
 してねえじゃんか。振り向いた倉持に髪を掴まれたけれど、じっとりと熱の籠った目を向ければすぐに力は緩んだ。腰を捻っているせいで、筋が走る、動く、うねる。腰に負担かかりそう。前、向かないかな。そう思うと同時に、両腕は倉持の腹を這い始めた。へそを掠めてから、腹筋のうっすらとした窪みをなぞって胸の下あたり、あばらに指を当てる。
 もちろん、吸い付くのもやめてやらない。風呂に入ってきてまだ十数分、ほのかに石鹸の香りがする。でも、汗の匂いの方が強くなってきたかも。真冬だからなんだと言わんばかりに、しっとりと、肌の湿度が増していく。
「ぁ、おいくすぐった、ィ、っうあ」
「くすぐったい、だけ?」
「……っはぁ、分かって、ンだろ」
「ウン、でも、ほら」
 俺だって、焦らされたし。流石にそれは言わないけれど、倉持の事だから察してくれたかもしれない。察したうえで、どうにか床じゃなくベッドに行けないものかと足掻いていると見た。視線が、俺とベッドとを行き来してるから、自信あるわ。そう、俺もさ、お前がゲームに夢中になってる間似たようなことしてたしさ。焦らされるのって、なんかこう、もやっとするよな。俺は味わったから、お前も味わってよ。
「み、ゆき」
「んー?」
「んーじゃねえよ、……する、から、」
「うん」
「床は、嫌だ」
「そう、それで?」
「~~性格悪いな!」
「っはっはっは、知ってる」
 まあ、焦らすのも焦らすので色々我慢しなきゃならないんだけどな。限界とはいわないけど、色々すり切れてるのは確か。できることなら、一秒でも早くその肢体をシーツの上に横たえてやりたい。
 パッと手を離せば、恨めしそうな顔をしつつも膝をついたまま倉持はベッドに近寄って行った。面倒くさがらずにそこは立って行けよ。それとも、もしかして。
「倉持さあ」
「んだよ、てめぇもさっさと来いって」
「勃った?」
「……その台詞、そっくりそのまま返してやるよ」
 これが教室とか、部活の最中だったら、倉持は全力で顔を顰めていたことだろう。でも今は、わざわざ言うなと羞恥を滲ませている。何度もしてるのに、こいつは妙なところで初心だよなあ。それがグッとくるんだけど。
「や~俺はほら、お前がゲームしてる時からだから」
「知ってるっつの。ケツに押し付けてきてたろが」
「あれで五分とか倉持も鬼だよな」
「溜まってるお前のが鬼畜だろ」
「うっそお」
「人が何してようが気がすむまでやり続けるだろうが」
「……今日はほら、そこまででもねえから」
 信用ならないという顔をするけれど、発情期かと錯覚するほどにしたくなるとき、お前だってあるだろ。試合近いときとか、どうしても動いて発散した気になってるけど、いざ試合を終えてみたらアドレナリンやらなにやら出まくりで興奮しっぱなしになるじゃん。俺だけが恐ろしい精力みたいな言い方するけど、強請り始めたお前も十分エグイっての。
 カレシ名利に尽きるから頑張らせてもらいますけど。
 くっと喉で笑えば、そのうちに倉持はバスタオルを二段ベッドの上に投げ入れた。二人とも余裕が無かったら仕方なしにと沢村の寝床でやるけれど、上にいく余力があるときは極力そうしている。野郎二人分の重量を支えるためどうしてもスローセックスになってしまうが、それはそれで気持ちいいから良し。
 ようやくテンションが戻ってきた。ちゃんと今日はする日。できる日。
 ひたひたと梯子に足を掛けた後姿にムラッときたけれど、とりあえず我慢。そのままの体勢で立ちバックとか一回してみたいけど、寮の備品壊して困るのは俺たちだ。ああ、したいな、倉持のソコを掻き回してやりたい。
 そっと笑って、早く上がれと小ぶりな尻を軽く叩いた。
「ひァっ!?」
「ぅお!?」
 やべ、叩かなきゃ良かった。ずるり、倉持の左足が梯子から外れる。やばい、まずい。こんなくっだんねえことで怪我するとか洒落になんねえんだけど。そりゃあ大した高さはないけど、万が一ってこともあるだろ。幸い、上半身はもうベッドに乗っている。滑ってこちらに落ちてこないよう、押し込めば行けるか?
 瞬時に結論を出すと、踏み外した足を支えつつ、ぐいっと倉持の体を奥に押しやった。押した場所は、当然、尻である。だって、だって仕方ねえだろ、そこしか押すとこねえんだもん。ちょっと勢いづいて、ばちんと音を立ててしまったけど、まあ、大丈夫。大丈夫だよ、な。
「~~ッギぁ、ァん……っ、は」
 待てよコレ大丈夫じゃないやつな気しかしねえんだけど。
 間抜けにも上半身だけベッドに倒れ込み、両脚は梯子に沿ってだらりと垂れている。丁度股間が、ベッドの縁に当たっているだろうか。まさに今俺は、その縁に擦りつけながらこいつを押し上げた。立ちたくない程度に、反応している状況下。度重なる行為で、スイッチさえ入ってしまえば簡単に達する倉持の体。片一方の手の平は未だ倉持の尻に触れていて、びくびくとした痙攣を伝えてくる。ああ、これは、あれですね。
「イっ、たよな、今」
「っるせぇ……」
「ま、まあほら、どうせこれから洗濯物増えるコトするんだし」
「ッ今日はもう、」
「するからな」
 これだけは、譲れない。強く言いきれば、緩慢な動きで倉持が下半身を引き上げた。もう今日はそのつもりでいるんだから、最後までさせろよさせてくれよ。もしそのベッドの上で籠城しろうモンなら、無理やりにでも引きずりおろして後ろからガツガツ責め立ててやる。
 夜はまだ、始まったばかり。
 ようやく始まった、とも言うけれど。