12月25日の不可思議

不可思議なサンタ(バイト)のケンと居合わせるタカシの話


 それは、十二月二十四日の深夜のこと。いや、夜の十二時を過ぎた時間だったのを思うと、二十五日の未明と表した方が、正しいのかもしれない。
 なんにせよ、いわゆるクリスマスの夜に、それはやってきた。
「ん」
 室内に灯りはついていない。薄暗い部屋では、自分の布団と畳の境すら曖昧だ。かろうじて、部屋を区切るカーテンを捉えられる程度。
 そのカーテンの向こうに、人影が見えた。
 母親だろうか。今日はクリスマス。ぐっすり眠っている妹たちにプレゼント置きに来たのかもしれない。ケーキしか用意できそうにないと言っていたが、なんだ、ちゃんとプレゼントの工面もできたのか。
 寝ぼけ眼で、カーテンの向こう側を見つめた。
「……んん?」
 人影は、ゆっくりと立ち上がる。
 はて、普段の母ちゃんより、縦にも横にも大きく見えるのは、気のせいだろうか。単に、俺が寝そべっているから、そういうふうに見えるのか。寝ぼけているせいも、あるかもしれない。
 いや、それにしたって、大きすぎや、しないか。母親の身長は一五〇センチそこそこ。けれど、カーテンの向こうにいる人影は二メートルに近い大きさに見える。
 不審者? そんな馬鹿な。戸締りは、ちゃんとした。窓も玄関も、鍵がかかっているって、確かめたはず。
「んんん」
 寝ぼけた体に叱咤を打って、緩慢に上体を起こした。
 ほとんど同じタイミングで、人影も動き出した。足音はない。布擦れすることもない。ただ、滑らかに、流暢に、腕を持ち上げ、これまた静かにカーテンから顔を出した。
「えっ」
「ゲ、まずった」
 人影と、目が合った。
 おそらく、目が、合った。
 ふっくらとした装束、帽子、その傍らには大きな白い袋。薄暗いが故に断言はできないが、赤っぽい服装をしているような気がする。
「サンタ、クロー、ス……?」
 気付くと、口からまろび出ていた。
 サンタクロース。突如部屋に現れた不審者の格好は、そうとしか言い表しようがない。
 自分は夢でも見ているのだろうか。ごしごしと目を擦って、ぎゅっと瞼を閉じて、パチッと開き直してみる。
 依然として、視線の先にはサンタ然の不審者が立っていた。
「ったく、こんな時間まで起きてるなんて、随分と悪い子がいたもんだ」
 サンタの見た目をした男は、やれやれと肩を竦めて見せる。俺に見つかって焦った素振りをしたのはほんの一瞬。すっかり余裕を取り戻していた。
 なんなのだ、この、サンタは。いや、不審者は。
 確かに自分は良い子ではない。世間一般から見たら、不良に区分されることだろう。
 ……だが、それがなんだというのだ。今この瞬間、紛れもなく不法侵入をしている男に言われる筋合いはない。
 目は覚めた。頭も冴えた。理解が追い付くと、神経がピリリと張り詰めだす。妹たちは無事だろうか。何もされていないだろうか。もし怪我でもしていたら、この不審者を殴る程度じゃ気が済まない。
 飛び掛かる準備をしつつ、キッと不審者を睨みつけた。
「ンだテメェ、人の家にずかずかと上がり込みやがって、妹に何を……」
「あーあーあーなんもしてないって。今年一年良い子にしてたねってプレゼント届けにきただけ」
「何がプレゼントだ、不審物だろうがッ」
「ンなデカい声出すなって、ルナちゃんたち起きたら困るだろ」
「ハ」
 しかし、不審者が怯むことはない。それどころか、逆にこっちがぎくりと体を強張らせてしまった。
 どうして、この男は俺の妹の名前を知っているんだ。何が目的だ。ルナは無事なのか。マナは大丈夫なのか。
 俺が固まったのに気付いたのか、不審者はこちらに近づいてくる。相変わらず、足音は聞こえない。布擦れの音もしない。酷く静かに布団の横まで歩み寄ってきて、おもむろにしゃがみ込んだ。
 急に近づいた距離に、肩が持ち上がる。しゃがんでなお、不審者の方が目線は高かった。肩幅も広いし、そもそも体自体に厚みがある。飛び掛かったところで、自分のウェイトじゃあ敵わない気がした。
 じゃあ、どうする。思考をぐるりと巡らせる。
 と、さらに不審者は、グッと顔を、近づけてきた。
「ッ」
「んな怖い顔すんなよ。それに、あの子らのプレゼントは、また今度になりそうだしサ」
「へ」
 一拍した後、額が軽く弾かれる。突然のことに、体がびくんと震えた。すぐ傍からは、吐息だけで笑う気配がする。帽子の片側から垂らした前髪が、とろりと揺れるのも、見えた。
「う、」
 既視感が、走る。こういう仕草には、見覚えがあった。酷く身近な心当たりだ。じんっとする額を押さえつつ、今一度、目を凝らす。
 そうしてようやく、不審者の顔立ちを、捉えられた。
「ド、ラケン……?」
 ぽとり、馴染みの相性が口から零れ落ちる。サンタの格好をした不審者は、自分の無二の男に、よく似ていた。似ているなんてもんじゃない。瓜二つ。
 もはや、本人であった。
「よお」
「なに、してんだよ、人ん家で」
「バイト」
「雇ってねえ」
「俺も三ツ谷に雇われた覚えはねーワ。サンタだよ、サンタのバイト」
「ハァ? サンタって、バイトあんの? 冗談だろ」
「はは、信じらんねえって顔してる」
「するに決まってんだろ、だって、サンタって」
 混乱する俺をよそに、男はくつくつと喉で笑う。日頃のように大きく口を開けて笑わないのは、夜分だからか、すぐ近くで寝入っている子供がいるからか。なんにせよ、笑う姿を見ていたら、毒気が抜かれてしまった。肩だとか腕だとかから、みるみる力が抜けていく。
「……なんだよ、サンタのバイトって」
「まだ言ってる」
「意味わかんねえんだよ、こっちは」
 脱力した末に残ったのは、結局困惑だった。
 不審者が知人で、不法侵入したものの誰かに無体を働いたわけではないのはわかった。だが、サンタのバイトとは、なんだ。不可思議にも程がある。
 胡乱な目を向けると、すぐに男は俺の視線に気付いた。取り繕うように一つ咳払いをして、剽軽に肩を竦めて見せる。けれど、それだけ。不可思議の説明は、してくれそうにない。
「ひとまずさ、今日のところは、見なかったことにしてよ」
「できるかよ、そんな浮かれた格好のドラケン……」
「浮かれたって言うのやめろ。コレ、制服なんだから。とりあえず、誰かに言わないでくれたらいいからサ」
「そりゃあ、言いふらすつもりはねえけど」
「さすが。タカシ君てば良い子じゃん」
「どうだろう、タカシ君はついこの間まで不良してたわけだし」
「不良? 一体、誰の影響だよ」
 喉元に「お前だよ!」の台詞が込み上げてくる。だが、いざ声にする寸前に、ドラケンがしーっと人差し指を立てて見せる。それから、ちらっと視線をカーテンの方に向けた。二人とも、起きちゃうよ。そんな副音声が聞こえてくる。仕方なく、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「ふ、やっぱり良い子」
「うるせえなあ」
「そんな良い子のタカシ君にもプレゼントをあげましょう」
「は?」
 ゆったりとした笑みを浮かべたドラケンは、大きな袋から包みを取り出した。長方形の袋に入っていて、口は大きなリボンで留められている。妹たちはまだしも、どうして自分の分まであるのだろう。
 不可思議が、次々と積み重なっていく。もう頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。いっそのこと、自分は夢を見ているんじゃないかという気になってくる。
「はい、どうぞ」
「いや、そういうのいいから……ってあれ、えっ」
 差し出された包みは、一旦突っぱねた。
 そのはずなのに、なぜか包みが自分の腕の中に収まっている。ああ、また不可思議だ。穏やかな包みの感触とは対称的に、顔をこれでもかと顰めてしまう。
「わ、すごい顔」
「なあ、ドラケン、ほんとこれどういう」
「まあまあ、いいからいいから」
「誤魔化そうとすんなよ!」
「だーから、声デカいって」
「う」
 再び、ドラケンはしーっと人差し指を立てて見せる。しまった、そうだった。咄嗟に己の口を覆う。ぱち、と鈍く肌を打つ音が鳴った。息を潜めて、一秒、二秒。カーテンの向こうから、妹の寝言が聞こえてくる。耳を澄ますこと三秒四秒。寝返りも打ったらしいが、二人とも体を起こすには至らない。五秒六秒、ついでに七秒待ったところで、ただの寝息に戻った。
 どうにか、妹たちを起こさずに済んだらしい。ほっと胸を撫でおろした。
 と、人差し指を立てていた男の手が、ふんわりと開く。大きな手のひらは、流暢な動きでこちらの方に近づいていた。
 そして、ぽすん。俺の頭に着地する。
「じゃあ、俺そろそろ行くな」
「行くってどこに」
「サンタを待ってる次の家に」
「なに馬鹿なことを……」
「そういうバイトなんだよ」
 そのまま俺の頭を二周撫でつけると、ドラケンは俺の胸を押した。大した力でもないのに、俺の体はぽすんと布団に倒れてしまう。くたびれた布団を肩までかけ直されると、急に眠気が襲い掛かってきた。
 おい、俺の疑問は何一つ解決していない。どういうことだよドラケン。なんだよ、サンタのバイトって。せめて、どれか一つだけでもスッキリさせてくれ。
 そう思ったのに、意識はどんどん微睡んでいく。
「良い子良い子。おやすみ―― 三ツ谷」
 最後に飛び切り柔らかい声がして、先ほど弾かれた額に甘い熱が触れたような気がした。

 ハ、とした頃には、二十五日の朝だった。どうも変な夢を見た気がする。だが、どう変だったのか、思い出せない。ひとまず背伸びをしてから、のっそりと体を起こした。部屋の中を、ぐるりと見渡す。不審な気配はどこにもない。カーテンの向こうからは、気の抜けるような寝息が聞こえてきた。
 布団から這い出ると、ぶるりと体が震えた。あまりの寒さに、ぼんやりとしていた頭が一気に冴える。ガシガシと頭を掻けば、さらに意識もはっきりしてきた。
 静かに覗いたカーテンの向こう。妹たちの枕元には、うさぎのぬいぐるみが二つ並んでいた。誰でもない、俺が仕立てたものだ。今年はケーキしか用意できない。そう母が言っていたから、ないよりはマシだろうと急ごしらえした、ぬいぐるみ。
「んん」
 首を捻った。変わったところはない。胡坐を掻いて、腕を組んで、ふぅと鼻から息を吐き出して、今一度部屋の中を見渡した。
「……うん?」
 そこで、布団の向こうに包みを見つける。なんの包みだろう。四つん這いで近寄って、ひょいと持ち上げる。その袋に、リボンはついていなかった。穏やかな重さの包みを覗くと、ふわりとした布地が見える。マフラーらしい。
 はて、これはどうしたんだったか。誰に貰ったのか、それとも自分で買ったのか、早めの大掃除の最中に発掘したのか、どうも記憶がはっきりしない。
 一旦包みから取り出して、広げてみる。大判だ。手触りも良い。何の気なしに、巻いてみた。ふかふかな布地に鼻先まで埋めると、不可思議なことに見知った男の香水によく似た匂いがした。

 それから、さらに数日。年越し蕎麦を啜る時分に、ふらりと顔なじみがやってきた。片手にはケンタのお重。もう片手にはミスドの大袋。まさかの大荷物に、つい怪訝な顔をしてしまった。
「どうしたんだよ、それ」
「こっちはルナちゃんのリクエスト。で、こっちがマナちゃん」
「あいつら、いつの間に……」
「ほんとは、クリスマスに合わせられたら良かったんだけど。今更、許してもらえっかなあ」
「余裕、余裕。二人とも年中ミスドとケンタ欲してるから」
「ははは、そりゃいいや」
 からからとドラケンは口を大きく開けて笑う。笑っている場合か、一体いくらしたんだ、それ。こそこそと問い詰めると「臨時収入あったとこだから気にすんな」と誤魔化されてしまった。