なぁに、どうする?

ドラみつラブホ小説アンソロ『休憩4,980円、宿泊7,980円、空室あり。』寄稿作


 遠目から見ても、そいつは堅気に見えなかった。
「……なにやってんだ?」
 繁華街というには、いかがわしい。代わりに、家までの近道になっているホテル街。
 その裏通りは、金曜日というのもあって、まあまあ賑わっていた。もちろん、繁華街に比べたら静かだ。飲み屋が連なる駅前のような騒々しさはない。それでも、平日の夜にしては、行きかうカップルが多かった。色めきながら洒落た外観の建物に入っていく二人もいれば、質素な扉からもたもたと出てくる二人もいる。ついさっき、女一、男二の三人組ともすれ違ってしまった。どっちの棒を使うかで、喧嘩しないのだろうか。いや、別の穴も使う可能性はあるか。
 浮かんだ下世話な発想に、ため息を吐いてしまう。自分も大概疲れている。今日は真っ直ぐ帰ろう。家に着いたらシャワーを浴びて、夜更かしせずに、ベッドに入る。そうだ、それがいい。
 そう決めた途端見かけたのが、あの旧知の男だった。
「おい、どこ行くつもりだよ。まあ、待てって」
「ッひ」
 ガタイのいいそいつは、やけに馴れ馴れしくそばにいる男の肩に腕を回す。よく見知った大きな手は、逃すかと言わんばかりに男の二の腕を掴んでいた。
 柄の悪いソレらの傍らには、綺麗な見目をした女性がいる。突如、ツレが大男に絡まれたとなったら、さそ怯えていることだろう。……そう、思ったのに、彼女は随分と冷ややかな顔をしている。慌てふためく様子は、まったくない。
 つまり、あれは、ええと。
「なあ、なにやってんの」
 考えたところで、正解を導き出すことはできない。
 気付くと、その輪に尋ねかけていた。
「あ、三ツ谷じゃん」
「おーす。なに、トラブル?」
「ああまあ、ちょっとな」
「ちょっとって様子には見えねえんだけど」
 すぐに大男、もといドラケンは顔をあげる。横に垂らしている前髪が、しゃなりと揺れた。その表情に、焦りはない。仕草にだって、声色にだって、現れてはいなかった。俺に見られたとて、困るものではないらしい。
 ふぅんと頷きつつ、視線を横に滑らせた。ドラケンにがっしりと肩を組まれている男は、目を瞠りながら俺を見つめてくる。縋っているふうに、見えないこともない。突然、こんな大男に絡まれたとなったら、そりゃあ助けを求めたくもなるだろう。
 やがて、男の唇がわなりと震える。しかし、まだ声にはならない。あ、こいつのネクタイ、模倣品だな。本来のこのブランドじゃあ、採用されない生地を使っている。騙されたのか、そもそも本来のブランドの方を知らないのか、あるいは偽物とわかった上で着けているのか。状況次第で助けてやろうかとも思ったが、折角の良心はみるみるうちに萎んでいく。
 見る目がないのだ。ドラケンに絡まれたのだって、仕方があるまい。
 そう完結させて、じゃあまたねと靴底でコンクリートを擦った。
「ッた、助けてくれ!」
「ぅ」
 途端、俺を阻むように男の腕が伸びてくる。視界に入り込んだ指先には、ささくれができていた。職業柄、どうしたって手が荒れる人がいるのはわかっている。けれど、贋作を身に着ける男とインプットされたせいもあって、その手がやけに不潔に見えてしまった。
 こんな奴に、触りたく、ない。触れられたくもない。ドラケン、よくもまあこんな男と肩を組んでいられるな。
 喉を引き絞りながら、たたらを踏んだ。
「だから逃げんなって、ほらお迎えも来たみたいだぜ」
「ヒ」
「お迎え?」
 すぐにドラケンは顎をしゃくって見せる。つられるようにして振り返れば、黒塗りの車が迫ってきていた。自分の愛車と違って、エンジン音は非常に静か。滑らかに俺たちの隣に停車すると、後部座席の真っ黒な窓ガラスがじっくりと開きだした。
「やあ、堅くん。ご苦労様」
「……ッへ、」
「どーも、おつかれさんでーす」
 見えた顔に、ぞくりと背筋が冷える。
 え、いや、待て、待ってくれ。この男って、俺、見たことある。ちょっとヤンチャしてた頃、先輩から見せてもらった写真に写っていた。確か、昔、この辺りをシメてた族の幹部だったって。そのあと、どうなったかは知らないが、腕の和彫りから察するに、堅気の職に就いてはいないだろう。
 咄嗟にドラケンを見やる。けれど、やっぱりそいつが焦る様子は微塵もなかった。むしろ、穏やかに口元を微笑ませてすらいる。
「悪いね、また頼んじゃって」
「イエイエ、これくらいお安い御用っす。今回は、ウチも迷惑してたんで」
「そお? でも世話になってばっかじゃなあ。埋め合わせはまた今度、店長さんにもよろしく言っておいて」
「ッス」
 滅多に聞けない、ドラケンの余所行き用の声。それにハスキーボイスが答えているうちに、別の大男が偽ブラ野郎を引き取りにくる。
 ぽっかりと口を開けて呆けている俺を置いて、やり取りは滔々と進んでいく。車の影になったところで、頭を殴るような音がした。一拍して、ドアが開き、ばたんがたんと塊が放り込まれる。窓ガラスが開いていたせいで、鼻が真っ赤に染まった男が、よく見えた。
 それでもドラケンは動じないし、俺に見られていることを和彫りの男が気にする気配もない。やがて涼しげな笑みはスモークガラスに隠れ、来た時と同様静かなエンジン音で車は走り去っていった。
「あ、っと」
 体のあちこちを軋ませながら向き直れば、なあにとドラケンが首を傾げる。いつの間にか、冷淡な顔をしていた女性も、いなくなっていた。
「……あのさ、マジで、どういうこと」
「だから、ちょっとな」
「ちょっとじゃなくね、あれって、い、いま」
「三ツ谷」
 動揺しながら黒塗りの後ろ姿を指差すも、人差し指は骨ばった手に包まれた。人を指差すもんじゃない、そう教えたのは三ツ谷だろ。切れ長の目が、視線だけで語り掛けてくる。
 いや、これは、あの連中を指差さない方が良い、ということだろうか。
 ごくり、唾を呑み込んだ。
「立ち話もナンだし」
「ェ」
「続きはナカでどお?」
 呑み込んだばかりの唾が、変なところに引っ掛かる。げほっと噎せると、左手はまんまと絡め取られた。もう一つ咳をしているうちに、体はネオン看板の横を過ぎる。
 休憩四、九八〇円、宿泊七、九八〇円。ナカ、って、この中? 込み上げてきた疑問と衝撃は、結局咳払いでぶつけることができなかった。

 つまり、あれは、なにかというと。
「ツケを踏み倒してバックレようとした馬鹿をとっ捕まえる、バイト」
「そ」
 一通り経緯を話し終えたドラケンは、座っていたベッドに背中を預けた。黒いシーツの上で、長い手足がぐぐぐと伸ばされる。ただの背伸びだというのに、真っ黒なキングサイズの上ですると、謎の色気が匂い立った。こいつの長い金糸が、はらはらとシーツの上に散っているからだろうか。黒という色味が、こいつのちょっと粗暴な見てくれと相性が良いせいもあるかもしれない。
 なんにせよ、まじまじと眺めていたら、変な気を起こしそう。ふいっと無駄に大きなテレビ画面に目を向けた。その液晶には、いかがわしい男女のまぐわい映像、ではなく、フードメニューがずらりと並んでいる。お手頃サーロインステーキ一、二九〇円、ローストンカツ七三〇円、とろっとオムライス六八〇円。……本当に、ここはラブホなのだろうか。ファミレスのように思えてくる。
 半ば狼狽えながら視線を戻すと、黒いシーツを背にしたドラケンと目が合った。
 ウン、ラブホだ。間違いなくココ、ラブホだワ。
「ドラケン」
「んー?」
「お前さ、もう堅気なんだから、危ねえことしてンなよ」
「しょっちゅうしてるわけじゃないって。今回は、たまたまウチの店でも被害出てたから」
「だからってさあ、ああいう人らとやりとりすんの」
「まじで大丈夫だって。法外な報酬貰ってるわけじゃねえし」
「……良いように扱き使われてるだけじゃねえ?」
「だったらあの人自ら顔出さねえよ」
「いや、引き抜こうとしてんだって絶対」
「あー、確かに。ちょいちょいウチの組に来ないかって誘ってくるし」
 つっても、バイク弄ってる方が楽しいから、そっちの道には興味ねえんだよなあ。
 腹筋の力だけで起き上がったドラケンは、なんでもないことのように言って、ほうと息を吐く。
 しかし、こっちにとってはなんでもないことではない。危なっかしいバイトをしている上に、暴力団のスカウトまで受けているだって? 引き抜かれるのも秒読みじゃないか。今でこそ整備士の資格が欲しいと真っ当に働いているが、ちょっと絆されたらあっという間に囲い込まれる気がしてならない。
 ダメだろ、ソレは。頭に刺青入ってるけど、ガキの頃の素行だって良いモノとは言えないけれど、「堅気として生きる」って決めたんだろお前。
 ドラケンを見る目が、自分でもわかるくらいに据わっていく。
「なんだよ、じぃっと見て」
「信用ならねえなって」
「言ってくれるじゃねえか!」
「ヴ!」
 ついでに唇も尖っていたらしい。ぬっと伸びて来た指先に、ぎゅっと下側だけ抓まれた。さぞ滑稽な顔つきになったことだろう。俺を見下ろす目が、三日月を描く。
 笑うな、茶化すな、こっちは本気で心配しているんだぞ。
 込み上げてくる憤りに任せて、ばちんと男の手を叩き落とした。その勢いで、やたらシックなベッドから立ち上がる。
「ッとにかく、もう危ねえことすんなよ!」
「あれ、もう帰んの」
「帰るに決まってんだろ、こんなとこいたって」
「ええ、もう頼んじゃった」
「ハ、何を」
「晩飯。二時間は使えんだし、食ってこうぜ。どうせ三ツ谷もまだ食ってねえだろ」
 なっ。同意を求める声に頷けずにいると、タイミングよく室内にチャイムが響いた。反射的に出入口を見ると、ひょいとドラケンが俺の横を通り抜けていく。ややあって、玄関から戻って来た手には、二つのトレイが乗っていた。並んだビールグラスにはふかふかの白い泡が乗っているし、焼けた肉の良い香りもする。ローテーブルに置かれた皿を覗き込めば、カツサンドとポテトの盛り合わせもそこにはあった。
 腹の虫が、ぐぅと鳴る。定時直後に菓子パンは齧ったが、とっくに消化されている。差し出されたグラスを断る謂れは、浮かばなかった。
「……ドラケンの奢りなら」
「ふ、いーよ。バイト代出るし」
 みみっちい確認を一つして、内装に合わせた黒いソファに腰掛ける。
 そうしてようやく、泡のすり減り始めたビールグラスを受け取った。

 まずは、ぐびっと一杯。わざと小さく刻んだ肉をちまちま口に放り込みつつもう一杯。追加で頼んだ唐揚げと枝豆をアテにしながらさらに一杯飲んでいると、メニューの中に日本酒の文字を見つけた。聞いたことのある銘柄二つに、初対面の銘柄が一つ。ねえ、ドラケン、俺コレ飲みたい。テレビ画面を指先で捏ねると、ハイハイと言って注文をしてくれた。
 そして、届いたお猪口をきゅっと煽る。香りと味と、舌触りに酔いしれながら、もう一度徳利を傾けた。澄んだ酒がなみなみ溜まったところで、一つ二つと口に含む。知らない名前の酒だったが、案外旨いモンだな。ちろりと口の端を舐めて、はて、なんて名の酒だったかとテレビ画面に目を向けた。
「きえてる」
 ソファから立ち上がり、もたもたとテレビの前に移動する。薄く指紋の跡がついている部分を突いてみたが、画面が明るくなることはなかった。
「なぁに、まだ飲む気?」
「うん……」
「うん、じゃなく」
「ン」
 残った僅かを飲み下していると、ドラケンのガタイの良い体がゆったりと近付いてくる。間もなく俺の右手からお猪口を奪い取っていった。俺の、ハッカイさん。違う、八海山は頼んでいない。八海山の次に書かれていた銘柄を知りたいんだ。左手人差し指は、ねちねちと画面を捏ね続けている。それでも、ドラケンはリモコンを掴んではくれなかった。
 なんだよ、もう、クソ。
 気持ちよく酔っていた頭に、不満が滲んでいく。もう飲めないなんて。いいよおだ、腹だっていっぱいだし。まあ、ほとんど酒で満たしたようなモンだけど。
 ソファに戻ろうと、よたり、足を踏み出す。しかし、どうも真っ直ぐ歩けなかった。斜めにしか体が進まない。もはや、部屋自体が傾いているのでは。使い捨てスリッパを引っ掛けている足は、ぐらぐらと縺れる。ついに、部屋の角度は、きっかり九十度回転した。
「ぅぶ」
「あ?」
 体の側面がシーツに擦れる。指先が触れているベッドスローは、ポリエステルと綿の混合。素面だったら割合の見当もつくけれど、アルコールが回った今はそこまで厳密に計れない。
「ん、んん……」
 うつ伏せに寝返りを打ちながら、指の腹で生地の表面を撫でた。……だめだ、市松模様が描かれているということしか、わからない。どうして俺は酔っぱらっているんだ。そりゃあ、今日はドラケンの奢りだったから。いくら安価とはいえ、ここまで俺の「飲みたい」を聞いてくれたあたり、かなり高額な報酬を貰っているのでは。どうだろう、俺もあいつも社会人。これくらいの金額、出せないこともなくはないような、ちょっとキツイような。
 あれ、このホテルって、何時までだっけ。休憩は二時間の四、九八〇円、宿はく、七せんきゅうひゃくふにゃほにゃえん。
「どーする、泊まってく?」
「んん、」
 さらにごろんと寝返りをしたところで、頭のすぐ横がじゅわりと凹んだ。細やかな高低差に、頭だけがころんと傾く。あわせて視線も流せば、筋の浮いた手の甲が見えた。すんっと鼻を鳴らすと、ほのかに香水の匂いがする。
 この上品な甘さは、嫌いじゃない。良い、匂いだ。日本酒の銘柄のことも、ベッドスローの素材のことも、どうでもよくなってきた。酒より布より、今はこの香水のことが知りたい。
 鼻先を、そいつの手首にくっつけた。あわせて、すんすんと体温と香りを確かめる。
「ふ、なあに、珍しいじゃん甘えてくんの」
「ンン……」
 そのうちに、ぐるりと髪を掻き混ぜられた。何度もブリーチを繰り返している細い髪が、男の無骨な指に絡む。あんまり乱暴しないでくれ、千切れやすいんだから。右手首にぴたりと寄り添ったまま、目線だけを持ち上げた。
 見上げた先では、ドラケンがこてんと首を傾げている。前髪の束が、とろりと顔に掛かった。この金糸を作るためにやった脱色の回数は、俺とそう変わらない。淡い金髪は、光を浴びるとプラチナにも映った。おかげで、熱の乗った瞳が、よく見える。ただでさえ黒い目が、より艶のある濡れ羽色になっていた。
 ドラケンも、酔ってんなあ。覆いかぶさられていることにも気付けないまま、頭は暢気に甘さに浸る。厚みのある唇が、この香りの名前を紡いでくれることばかり、ぼぉっと待っていた。
「ああ」
「ン」
 けれど、いつまで経っても、ドラケンはそれらしいカタカナを喋ってくれない。なぜか意味深に頷いて、徒に笑みを深めた。
 頭から、体温が離れる。心地の良い甘さも遠退いてしまった。そんな、もっと、嗅いでいたかったのに。追いかけるように腕を持ち上げるが、酒が回った体は想像以上に重たい。重力に逆らって腕を伸ばすのは、とてもじゃないができそうになかった。できるのなんて、視線を動かすことくらい。
 香りのカの字もわからなくなったところで、男の唇がむにゃりと波打つ。切れ長の両目は、すぅと細められた。伏し目がちになったとも言う。そのくせ、視線は噛み合わない。俺のことを見下ろしているのは間違いないのだが、はて、一体何を見ているのだろう。
 思考をぽやぽや毛羽立たせながら、ドラケンの視線を辿って行った。
「ァ」
 不意に、己の口から裏返った音が零れる。
「ア、」
 続けて、すっかり同じ音が、一回り大きな音量でまろび出た。
「アッ」
 その二回では飽き足らず、三度目のソレは促音付きで舌に乗る。
 二人分の視線を浴びているところに、ドラケンの手が乗っていた。手の平は大きいし、指だって長い。なんだってすっぽりと捕まえてしまう手指が、俺の体の中心に、―― ぎゅうと沈み込んだ。
―― 勃ってんね」
 言われて初めて、その一点に血が集まっていることに気付かされる。たらふく酒を飲んだのに、どうして勃起しているんだ。呆けていた脳内が、一瞬にして疑問符でいっぱいになる。何があった、いや、何もしていない。ふわふわと良い気分になって、ごろんとベッドに倒れただけ。うつ伏せになった時だって、悦を伴う痺れは感じなかった。
 一体全体、なんのタイミングで己のソコは膨れやがった。
「あ、」
 口を戦慄かせている間にも、そいつの手は不埒に動く。
「あっ、ン」
「あーでもこれはなかなか、ふにゃふにゃ」
「どこさわって、ふ、ン」
 手指を使って、竿の形を確かめられた。きゅむり、むきゅり、先っぽから根元に向かって握られたかと思うと、すっかり同じ動きで切っ先の方へと戻っていく。それを三往復こなしたところで、骨ばった指はニチニチと肉を捏ねだした。布二枚を隔てているというのに、与えられる圧は強い。いや、布越しだからこそ、この力加減なのだろうか。
 だらしなく投げ出した足が、不規則に震える。力んだり、弛緩したり、浅ましい震えは、やがて腰にも上って来た。くんっと浮いては、男の手にソレを押し付ける。こんなの嫌だ、情けない。舞い戻って来た理性は腰を退かすが、酔ってぐずぐずの頭はすぐに快楽を求めて腰を浮かせる。
「ぁ、あっ」
「へこへこしちゃって、そんなきもちぃ?」
「きもちぃ、……あ、じゃ、なくッ」
「あー、いいね、その抗ってる顔。すっげーえろい」
「ばか、だれがっ」
「俺も疲れンのかな、なんか勃ってきた」
「ぁ、……エ」
 おもむろに、男のもう片方の手が自身の腰元に伸びた。ベルトをツツツと撫で、バックルにかかる。おい、馬鹿、馬鹿野郎、何をしようとしている。罵倒したいのに、揉みしだく手を止めてくれないせいで、口からは妄りがましい音しか発せない。
 あ、ぁ、あっ。裏返った声の向こうで、金具の外れる音がした。器用にも、そいつは片手で前を寛げていく。ばつんとテントの張ったそこから、まずは一枚布地が退けた。見えた黒いボクサーには、男の形がくっきりと浮き出ている。
 ア、ァ、アァッ。指先が、下着のゴムに引っ掛かった。広げるのに合わせて、男根の形は薄くなる。と、思ったのに、張り出たエラの形は浮いたまま。押さえ付けられなければ、そういう角度になるらしい。
「あァッ」
 目は、逸らせない。
 赤黒いブツが現れるその瞬間を、確かにこの目で見てしまった。
「で、っかぁ……!」
「ドウモ」
「しかも、ばきばき、じゃん」
「そう? これは半勃ちくらいだけど」
「うっそだろ!?」
 根元から先っぽに向けて扱かれたソレには、びきびきと血管が浮き出ていた。布越しでも明らかだったが、直で見るとカリ首の段差がえげつない。あんなの引っかけられたら、縁が捲れてしまうのでは。それとも、俺の目がおかしくなっているのだろうか。酒も随分と回っている、ドラケンへの憧憬フィルターのせいで、やたらカッコいいちんぽに見える可能性も、なくは、ないので、は。
 ぽかんと口を開けたまま、己の手をベルトに乗せた。覚束ない手付きで金具を外し、ドラケンの手を退けつつ前を寛げる。はて、俺の半勃ち具合はいかに。
 ぽとっと取り出したそれは、多少赤らんではいるものの、平常時よりほんの一回り膨らんだ程度。まあ可愛らしい姿をしていた。
 つまり、これは、ええと、俺の贔屓目なんかじゃなく、ドラケンのちんこがデカくてすごいということ。散々揉みしだかれたせいで、俺のはぐっしょりと濡れているのに、ドラケンのはまだ乾いている。ちょこっとだけ、先っぽはぬらぬらしてるかな。なんにせよ、雄々しい姿形をしているのは、間違いない。
「ちんこまで強いとか反則だろ……」
「っふ、それそんな真面目な顔して言うこと?」
 戯言のように呟けば、俺に跨っているそいつは息を吐きながら破顔した。
「なあ、三ツ谷」
「な、に」
「どーする」
「どぉする、って」
「コレ、と、ソレ」
「ぁ」
 その心底楽しいといわんばかりの表情を浮かべたまま、ドラケンはゆったりと腰を落としていく。半端に脱いだ下肢は、間もなく俺の脚の間に着地した。ツンとした己の向こうに、グロテスクなナニがそびえている。絵面が、凄まじい。待ち受けにしたら、子宝に恵まれそう。
 食い気味に見つめていると、ギンギンに反り返っている逸物がかろうじて芯を持っている自身にぶつかる。ぶつかる、だと。信じられない光景に何度も瞬きをしてしまう。けれど、やはり俺のナニと、そいつのブツは、ぴたりとくっついていた。なんなら、ドラケンのペニスを支柱にして、俺のソレは天井を向かされている。
 倒錯的なありさまに、血が滾った。
「あ、びくってした」
「してないッ」
「したって。まだ重ねただけなのに」
「だけ、って、お前まさか、なに、ハ、なにするつもりだよ」
「そりゃあ、……抜きっコでも」
「ガキみてえな言い方しやがって!」
「懐かし、そういや昔もやったな」
「ア、ばか、思い出すからやめろよ」
「あんときお前まだ精通してなくてさあ」
「だから、思い出させんなって!」
 声を荒げたところで、ドラケンの軽口は止まらない。忘れていたはずの記憶がカッと蘇って、目の前の景色と重なった。当時と違って、そっちもこっちも成人している。性器だって、もちろんそう。あの時は、俺もドラケンも仮性だった。
 いや、だから、思い出している場合じゃあ、ない。
「ぁ」
「っふ」
 我に返ったタイミングで、裏筋にびりびりと痺れが走った。
「や、んっもぉ、おい、やめろ、ってぇ」
「無理だろ、こんなになっちまったら抜くしかねえんだし」
「っは、ァ、からと言って、ンッ……ズリ合う必要もなぃ、ぁン」
「お、先っぽ捏ねられんの好き?」
「だめ、そこ弱ぃンだ、ァっ、や、おしっこのあなクチクチすんなよぉッ!」
「あー、いいわ、その調子で腰揺らしといて、お前のカリ、スジにすれてすげーイイ」
「ばかッ、ばぁか! ~~ッつーかまだでっかくなんのかよ!?」
「ふ、俺ばっかデカく育っちゃってゴメンネ」
 まったくだ、俺にも寄越せお前の身長。吐き捨てようと吸い込んだ息は、全部嬌声に置き換わる。
 飲んだ量は似たり寄ったりのはずなのに、ドラケンの肉棒はしっかりと硬くなっている。対して、俺のナニは柔いまま。なのに、鈴口からは引っ切り無しにカウパーが溢れ出てきていた。そもそも濡れやすい自覚はある。だが、クチを引っ掻かれるとこんなにもびしょびしょになってしまうとは。この機会に知れて良かったような、知らないままでいたかったような。
 なんとかこの男に一矢報いたい。襲い掛かってくる悦楽に呑まれそうになりながら、嫌味になりそうな言葉を探した。クソ、それにしたってデケえな、こいつのちんぽ。
「こ、ンな、デカかったら」
「うん?」
「おんなのコ、ぜったい壊れちゃう、だろ」
「んん、怖がられたことはあるけど、壊したことはないよ」
「どおだか」
「あ、疑ってんな。痛い思いだけはさせたコトねーから」
「ンぁ……ッ」
 ずりゅんと二本の熱から手を離すと、ドラケンは指をさわさわと嫌らしく波打たせる。前戯には自信があるとでも言いたいのだろう。
 そんな疚しさをたっぷりと纏った手指は、ようやく一人で勃っていられるようになった俺のソレをツイと倒す。柔さの残ったソレは、押されるまま、俺の腹の上に横たわった。
「なんなら」
「ぁえ」
 かと思うと、ドラケンのブツも俺を追いかけてくる。凶器にすら見えるソレは、俺のと根元を揃えながらぺたりと下腹に乗っかった。生白い俺の皮膚に、淫水焼けしたブツが寝そべっている。臍にこそ届かないが、亀頭は大分近いところにまで達していた。
 こんなサイズで腹のナカを掻き回されたら、やっぱり壊れてしまうのでは。そうでなくとも、一発で孕んでしまいそう。
 自分にはないはずのはらわたが、きゅん、疼きを訴えてくる。
「ためして、みる?」
「ぁ」
 鼓膜に、甘くて低い声が響いた。鼻孔には、なぜかあの品の良い香りが入り込む。ばくばくと心臓は騒ぎ、全身から汗が噴き出した。ついでに、堪え性のない自身は、とぷりと汁を甘く零す。
 うん、と、頷きそうになって、既の所で思いとどまった。
「じ、時間」
「そっか。じゃあ、泊まってこ」
「でも、俺ら、友達だし、」
「友達だってセックスすることくらいあるだろ」
「うえッ、……あ、その」
 なんとか絞り出した退路は、あっけなく断たれてしまう。何かないか、ウンと頷かないで済む理由、他に何か、ないのか。ぐるりと頭を悩ませるが、思考回路に電気を通せば通すほど、「頷いちゃえよ」が優勢になっていく。
「おれっ」
「んー?」
「おれ、」
「うん」
 脳内はアレコレ言葉を並び立てるが、喉を過ぎるのはほんの一握り。舌に乗って、まともに声になったのは、「お」と「れ」と二音だけだった。
 何か言わないと、なにか。いや、言わなくても良いのだろうか。そしたら、この男はどうする? 言うまでもない、俺が良いなり悪いなり言うまで、じぃっと待つのだ。その焦らす時間すらも愉快と言わんばかりの顔をして、なあに・どおする・どおしたい、と問いかけてくるに決まっている。
 腹に触れる熱に意識を乱されながら、わなりわなわな空気を吸った。
「おれ、―― はじめて」
 ぽとりと落ちた声は、情けないくらいに裏返っていた。けれど、ドラケンの耳には確かに届いたらしい。一拍してから、愉悦一色だった瞳がぱちぱちと瞬かれる。それから三秒したところで、男は「そっか」と呟いた。自分に何かを言い聞かせるかのように、こくん、こくんとその首が緩く上下する。
「じゃあ、」
 じゃあ?
 男の言葉につられて首を傾げると、そいつの瞼がぱちりと開く。熱を携えた黒目は、正しく俺を捉えた。いや、この目付きは、捕らえた、だ。
「とびっきり、優しくする」
 つまるところ、これは、その、ええと、ウン。
 まるまる一晩、たっぷり使って、俺はその男に暴かれた。結果どうなったかって、ドラケンじゃないと満足できない体へと、まんまと作り変えられてしまったのだった。