ぽふぽふプリン
見た目は子供、頭脳は大人になったたかしさんとくそでかぬいぐるみの話
新進気鋭の駆け出しデザイナー・三ツ谷隆。
ひょんなことから、そいつは見た目は子ども、頭脳は大人のちいこい生き物になってしまった。
本人曰く、体の年齢はおおよそ五歳。遊び盛りの食べ盛り。小さい口でせっせと飯を食っては、満腹になってぷうぷう眠り、元気いっぱいに走り回っては、フローリングの上ですやすや寝落ちている。そんな、体に心が引っ張られる生活を、三ツ谷は過ごしていた。
『このからだ、こういうところフベンでイヤ』
その台詞を聞いたのは、一度や二度ではない。たっぷりしっかり五歳児らしくはしゃいだ後、必ず三ツ谷は顔をくちゃくちゃに歪めながらそう言う。ある時は大の字に寝転がって愕然としながら。またある時は部屋の隅で小さな体育座りをしながら。カーテンを被って体を隠していたこともあったっけ。
なんにせよ愛くるしい限りである。大人の三ツ谷も、あれくらい素直に感情を表してくれたらいいのに。
『ねえドラケン、きょうのおやつは、どおする。おれはね、プリンがいいとおもう!』
ああ、でも、際限なくプリンを食べようとするのは阻止しないとなあ。
幼い体には間食も必要だろうと、おやつにプリンを出したのが運の尽き。とろける舌触りのカスタードプリンを口にした瞬間、ちいこい三ツ谷はまんまと虜になってしまった。あの瞬間の顔は、今でも鮮明に思い出せる。大きく見開かれた垂れ目に、ふっくらと持ち上がった頬。有り余る感動で体は打ち震え、花を飛ばす勢いで次の一口を頬張っていた。
本当に可愛かった。あの顔を見れると思うと、つい甘やかしたくなるほどに可愛らしかった。
……だとしても、一日でプリン三個は、食べすぎである。心を鬼にして設けたプリン制限は、今も継続中だ。なにかと「プリン」と鳴くちいこい生き物を、あの手この手でちょろまかして、日々を過ごしている。
さて、今日はどうやって三ツ谷のプリン要望を誤魔化そう。今朝はヤク○トで凌ぎ、昨晩はキャンディ包装されたプロセスチーズ三個で乗り切った。それでも不服そうな顔をしていたのは確かだ。恨めしそうな「プリン」という声が頭に響く。
プリン、プリン、プリン。
観念して、買ってしまおうか、プリンを。メイトーのなめらかプリンか、オハヨーの牛乳プリンか。森永の焼プリンでもいいし、グリコのプッチンプリンも捨てがたい、いやアンデイコの極プリンもあいつ好きなんだよなあ。
どのプリンにしよう。
そう首を捻ったところで、道路の向こうのバラエティショップが目に留まった。
―― はて、あれも、プリンなのでは。
つい、思い立ってしまい、ひょいとガードレールを跨いだ。
アトリエに迎えに行くと、三ツ谷の帰宅準備はもうできていた。通勤カバン代わりのまぁるいリュックを背負い、作業机の前にちょこんと座っている。スケッチブックを広げてはいたが、アトリエに置いていくものらしい。俺に気付くとぱたんと閉じて、ファイルボックスにしまった。
「三ツ谷、お待たせ」
「いーよ! じゃあ、やすださん、あとおねがいね」
「はい。お疲れさまです。気を付けて」
「うん」
小さな体が、ぴょんと床に飛び降りる。ばいばいと同僚に手を振る姿は、どう見ても保育士さんにさよならを言う幼児だった。その実、仕事はちゃんとできているというから驚きだ。チーフの安田さんが言うには、おひるねとおやつの時間ができただけで、業務は何も滞ってないらしい。ちょうど新規案件をストップした時期だったのもあって、不便はしていないそうだ。
あんまりざんぎょうしちゃダメだよ。自分よりずっと大きいスタッフたちに声をかけながら、三ツ谷はトコトコとこちらにやってくる。今日は難しい顔をしていない。今日は特に、仕事で困ることもなかったのだろう。
「あのね、きょうはねっ!」
上機嫌な三ツ谷は、俺のそばにやってくるなり口を開いた。今日はこんなことがあった、あんなことがあった。いつも、手をつなぐと同時に三ツ谷は話し始める。子どもの体が、話したがるのだろう。
小さな手をそっと包みつつ、「なあに、聞かせて」と耳を傾けた。
「……どらけん」
ぽとり、三ツ谷の高くて拙い声が落ちる。丸い頭は、いつの間にか俺を見上げる角度ではなくなっていた。じ、っと、手をつないだのとは逆側の俺の手を見つめている。
俺の右手に提げられているのは、スーパーのレジ袋でも、エコバッグでもない。大ぶりな袋だ。それこそ、今のちいこい三ツ谷ならすぽっと入ってしまえそうなほどの大きな袋。不透明ながらしっかりと膨れたその袋は、三ツ谷でなくても目が留まるくらい、存在感があった。
「なに、それ」
つないだばかりの手が、するんと外れる。小ぶりな両手は、間もなく俺の持つ大きな袋にかかった。ちょい、わずかに引っ張られた間口から、黄色い頭が覗く。
それじゃあ、何が入っているかよく見えないだろうに。ああ、と一つ頷いてから、袋の口を大きく開いて見せた。
「プリン買ったんだよ」
「ぷりん」
「そう、プリン。半額のシール貼ってたし」
「はんがくの、ぷりん」
「うん」
中に入っているのはプリンだ。黄色くて、ベレー帽をかぶったプリン。ぽむぽむとしたプリンの、特大サイズのぬいぐるみ、そのつぶらな瞳が、袋から見えた。
途端、三ツ谷の顔が跳ねるように持ち上がる。
上機嫌にニコニコしていた目は、なぜか三角に変わり果てていた。
「おまえ! またむだづかいしやがったな!」
「エッ」
ほっぺをぱんぱんに膨らませた三ツ谷は、三歩ばかり俺から離れた。
三ツ谷のちいこくなった手足じゃ、パンチもキックも子猫同然。渾身の肩タックルでさえ、俺の手にかかれば、ひょいと受け止められてしまう。そこで三ツ谷は考えたらしい。このサイズでも、俺をぎゃふんと言わせる必殺技を。
その名も、ずつき・すてみ・タックル。
助走をつけて、頭から俺の鳩尾目掛けて飛び込んでくる技である。これがなかなか、地味に、効く。
「ふんッ!」
「ヴッ?」
身構えようと思った時には既に遅し。どすんと鳩尾に三ツ谷の全体重がめり込んできた。
なお、この必殺技、俺が絶対に躱さないという前提で成り立っている。もし躱したら、三ツ谷の体は壁に激突する。それか、床にズターンとスッ転んでしまう。そんな捨て身、させて堪るか。そして受け止め、俺はダメージを食らうのである。三ツ谷、ちょっと体重増えたかな。身長も、ちょっぴり伸びているのかも。鈍い痛みに耐えつつ、飛び込んできた三ツ谷の旋毛を見下ろした。
「……だ、だめだった?」
「むだづかいすんなっていってんの!」
「す、好きだろ、プリン」
「ポムがすきなのはマナっ!」
「あ、そう」
「ルナはシナモンね!」
「へ、へえ」
顔を上げた三ツ谷の顔は、プンプンと怒りを迸らせている。そのくせ、俺にしがみついたまま。なんだお前、可愛いな。そう言って頭を撫でれば、いっそう三ツ谷の怒りはヒートアップするのだろう。もぉおッと声を荒げる姿が目に見える。
どうしたものかと視線を泳がせていると、すぐにタカシ・ミツヤスタッフ陣と目が合った。その誰も彼も、微笑ましい顔をしている。三ツ谷、お前本当に仲間に愛されてるんだな。これからも大事にしろよ。
なんとか宥めようと三ツ谷の頭をポンと撫でてみる。しかし、「ン゛ッ」と怒った顔で払われてしまった。懲りずにもうひと撫でしてみるが、結果は同じ。これで誤魔化せる日もあるのだが、今日は通用しないらしい。じゃあ抱っこか。高い高いか。袋を置いて、抱き上げようと屈んでみる。だが、それも、三ツ谷はムンッと拒否。ピチッと脇をしめて抗われた。周囲からはさらなる「怒る三ツ谷さんかわいい~」が立ち上る。
「んええ……?」
三ツ谷を宥める手段は、他に何があるだろう。好きなプリン買ってやるからは最後までとっておきたい。迂闊に濫用したら、ことあるごとにプリンを請求されるようになってしまう。いや、既に何かにつけて「プリン食べたい」は言われているのだが。
プリン、プリン、プリン。
このプリンは衝動買いが過ぎたろうか。でも、半額だったのだ。つぶらな瞳が「このままじゃ処分されちゃう」と訴えかけてきたのだ。ちなみに、この幻聴はちいこい三ツ谷の声で聞こえた。そんなの買ってしまうに決まっている。この大きさならクッションにもなる。抱き枕にしてもいい。触り心地だって、抜群だった。決して、断じて、間違いなく、無駄遣いではなかったはず。
顔を真っ赤にして怒る三ツ谷に合わせてしゃがみつつ、袋からぬいぐるみを取り出した。
「でもさあ、三ツ谷ぁ」
「でももだってもないの!」
「すげーふかふかだよこれ」
「ふかふかとかカンケーねえからッ」
「ほら、これでお昼寝したら、気持ちいいんじゃない?」
「だぁかぁらぁ、そういうことじゃっ」
ないッ!
そこまで、三ツ谷が吐き捨てる前に、―― ぽふん、ぬいぐるみを怒り狂う顔に押し当てた。
「……」
たちまち、三ツ谷は肩を怒らせたまま固まる。お気に召さなかったろうか。それとも、何が起きているのかわかっていない? そっとぬいぐるみを離し、ぽふ、ぽふん、何度か三ツ谷に触れさせてみた。
「スゥッ……」
あ、息を吸った。キュッとしめていた脇がいくらか緩む。細っこい腕は、のろのろとぬいぐるみに伸びていった。柔らかそうな手が、ふかふかな表面を撫でる。素材を確かめているのだろうか。それとも、触り心地を確認しているだけなのか。何度か、さわ、さわりと触れた後、控えめに指先がぬいぐるみに沈み込んだ。
「……ゎ、」
「うん?」
ふかふかな塊の向こうから、か細い声がする。ぬいぐるみが大きすぎるせいで、しゃがんでいる自分からは、三ツ谷の腕しか見えなかった。しかし、思いのほかしっかりと黄色の塊を抱きしめているのはわかる。俺がそっと手を離しても、ぬいぐるみが転がっていくことはなかった。
ポムポムなプリンの後頭部が、うらうらと揺れる。いや、揺れているのは、ぬいぐるみではなく、三ツ谷の方かもしれない。ちいこくなった三ツ谷は、気分がすこぶる良い時、ルンルンッと体を躍らせるから。
「ドラケンッ!」
そうして、ぬいぐるみの向こうから顔を出した三ツ谷は、すっかりご機嫌に戻っていた。
「ぽふぽふプリンだねっ!」
「ん? うん、うーん、そうだな」
ポムポムだろ、と指摘する気にはなれない。嬉しそうな三ツ谷に、水を差すわけにはいかないだろう。
満面の笑みを浮かべている三ツ谷は、プリンに顔を埋めたり頬ずりをしたりと忙しない。触り心地が気持ちが良くて仕方ないのだろう、その場でトトトと足踏みもしている。小さな体はぬいぐるみを抱きしめたまま一回転。それから、逆回転。もう一回転したところで、にっこりと俺を見上げた。
「ふふ!」
「……そろそろ帰ろうか」
「うん!」
ご満悦に頷いた三ツ谷に向かって袋の口を広げると、それが当然であるかのように三ツ谷はぬいぐるみを入れてくれた。空っぽだった袋が、ぽふぽふに膨らむ。それがまた楽しいものに見えたらしい。小さな手が、ぬいぐるみの頭や袋の側面をさわさわ撫でる。
三ツ谷の機嫌も直った。この調子なら、夕飯後もぽふぽふプリンに夢中でいてくれるかもしれない。デザートのプリンを気にしなくていいと思うと、こっちも気が楽だ。
内心にんまりとしつつ、さあ帰ろうと三ツ谷に手を差しだした。すぐに小ぶりな手のひらが、ちょこん、俺の指先に乗っかる。丁寧に包んでやれば、細やかな握力が返ってきた。
「じゃあ、すみません、お先します」
「はぁい、お疲れ様です!」
「三ツ谷さーん、また明日ね~」
「ばいばーい!」
「うん、ばいばぁい! ……うん?」
改めて俺はスタッフに声をかけ、三ツ谷は手を振り、アトリエを出る。ばったん、玄関扉の閉まる音を聞きながら、エレベーターへと向かった。
「……?」
ちょこちょこと俺の隣を歩く三ツ谷は、なぜか静かだ。あのね、今日ね、が始まらない。そ、っと視線を送ると、小さな頭がこてんと傾いていた。何かを考えいる。いや、これは、思い出そうとしている、の方が、正しいだろうか。
その間に、エレベーターは到着する。ゴゥンと唸りながら開いた箱に一歩踏み出せば、傍らにいる三ツ谷はトトトと三歩分足を動かした。
「ハッ!」
三ツ谷が我に返ったのは、一階にたどり着いてからのこと。
「~~ッまたキッズムーブしちゃったじゃん、ドラケンのばかあッ!」
堂々とお昼寝とおやつをしている時点でキッズムーブもくそもないのでは。思いはしたが、三ツ谷の機嫌を損ねて「プリン」と鳴かれたら困る。たっぷりの恭しさを込めて「ごめんなあ」と謝った。