メロメロメロン
龍宮寺に思うところがある三ツ谷の話
「ずるい」
目覚めていちばんに、三ツ谷は言った。
下唇はむすっと突き出され、頬はどことなく膨れているように見える。眉間に刻まれた皺に、三角になった眦。三ツ谷がこれほどあからさまに拗ねるのは、いつぶりだろう。首を捻りながらベッドに腰を下ろし、額に掛かっている前髪を払ってやった。
「朝からやけにご機嫌斜めじゃん。ヤな夢でも見た?」
「お前のせいだよ!」
「俺ぇ?」
そういえば、昨日はあまり優しくできなかった。何度三ツ谷に「もういい」と叫ばれたことか。でも、仕方がないだろう? 久々だったんだ。たっぷりがっつりねっとりまぐわいたいだろうが。……あれだけ丁寧に施したのだ、逆に「優しいセックス」をしたと言っても過言ではないのでは。訂正しよう、昨日はとにかく優しくした。
ふむと頷きながら、三ツ谷の腰の方へ手を滑らせた。
「おいッ、俺は怒ってるんだぞ!」
「ア」
しかし、その手は瞬く間に叩き落とされてしまう。しかも、ぺちん、なんて可愛らしい音ではなく、ビヂンという鈍い音がした。
「えっ、いたい……」
「痛いように叩いたからな」
「なんでえ?」
「お前がさっぱり反省してないからだよ」
緩慢な動きで手を引っ込める。見下ろした手の甲には、くっきりと赤い跡がついていた。反省しろ。チリチリする痛みの向こうからも、そんな念が伝わってくる。
反省。言われた言葉を、頭の中で繰り返す。反省、反省、反省。昨日のセックスに、何か改める点はあっただろうか。しいて心当たりをあげるとすれば、しつこすぎた、くらい。しつこい男は嫌われる。なるほど一理ある。理解できないこともない。
でも、昨日の三ツ谷、めちゃくちゃ善がってたんだよなあ。
痛む手の甲を擦りつつ、そぉっと三ツ谷に視線を戻した。
「気持ち良くなかった?」
「そういう話をしてるんじゃない」
「俺はすっごいよかったよ」
「……そういう話じゃないって言ってる」
「三ツ谷だってさあ、おわりのほう「もっともっと」って」
「そういう話じゃ! ねぇンだ! よ!!」
「おわ」
ぽつぽつと尋ねていると、今度はドンッと体当たりをされてしまう。骨ばった肩に、しっかりと体重が乗っている。良いタックルだ、俺じゃなかったら、ベッドから突き落とされていたことだろう。
あくまで俺じゃなかったら、だ。
なんなく受け止め、ついでにぎゅっと抱きしめる。この癇癪が早く落ち着けばいい。そう思いながら形の良い頭をぽんぽんと撫でた。寝癖のついた髪に手櫛を通すと、白い首筋がちらりと覗く。あ、キスマーク。この位置では、シャツの襟には隠れまい。三ツ谷にバレたら、また引っ叩かれるか、肩タックルをされてしまう。その時はその時で、今と同じようにしれっと受け止めるのだろうけれど。
一つ息を吐いてから、ぽすん、三ツ谷の猫っ毛を撫でた。
「なに、ほんとどうした今日」
「くそ、びくともしろよ」
「エ、びくともしなくて、ごめん……?」
「ウーッ!」
「ぐえ」
不可思議な言い回しに返事をすると、ごすんと額をぶつけられる。指しっぺいより、肩タックルより、その頭突きは強かった。確かな圧がある。続けてくらったら、鎖骨にひびが入ってしまいそう。さすが、鉄パイプでもコンクリートブロックでも頭蓋骨が割れなかった男である。
なあ三ツ谷、そのへんにしておいてくれよ。ゴ、ゴッとぶつかってくる頭を、宥めるように撫でつけた。同じリズムで背中を擦ると、ようやく俺にぶつけられる圧が凪いでいく。
もす、ん。最後の頭突きは、頭を預ける所作とほとんど同じだった。
「おれはおこってるんだ……」
「うん」
「おまえがまるで反省しないから……」
「うーん、反省って言ったってあなあ」
「わからないとは言わせねえぞ、おれはいつも、いつも言っているんだから」
「え、そうだっけ」
「そうなんだよ!」
視線を三ツ谷の旋毛に向ける。と、その旋毛はのろりと移動し、見えなくなる。その代わり、腫れぼったくなっているまなこが現われた。眉間には相変わらず皺が刻まれているし、小ぶりな唇はツンと尖っている。
この膨れっ面に、キスをしたいと思うのは、惚れた弱みというやつなのだろうか。だが、このタイミングで口付けをしようものなら、「誤魔化すつもりか」とさらに叱られてしまいそう。
難儀なもんだ。気取られない程度に息を吐いて、欲から意識を逸らした。頭をくるりと巡らせ、事後の三ツ谷に思いを馳せる。あのくたくたのへろへろな三ツ谷が、決まって口にする言葉とは。……それらしいものは、思いつかなかった。なんせ、そういうときの三ツ谷は「あー」か「うー」しか喋れない。昨晩だって、蕩け切った顔で喘いでいたっけ。
じわり、欲がにじり寄ってくる。視界の隅に、ちらちらと映りだした。こうなったら、いっそうへそを曲げられるのを承知でキスしてしまおうか。
頭に乗ったままだった手を、頬へと滑らせた。
「ごめん、わかんない。教えて」
もう子供の頃のようなまろい輪郭はしていない。けれど、いざ触ってみると、頬には柔らかさが残っている。丸く撫でれば、寝起きの体温と共にその弾力が伝ってきた。
ふにり、むにり。やわさを堪能しているうちに、三ツ谷の唇がもにょりと波打つ。間もなく、小ぶりなソコは小さな隙間を作った。
「……まで、するな、って」
唇から、歯切れの悪い声が漏れる。三ツ谷にしては、珍しい喋り方だ。声のほとんどを、口の中に置いてきてしまったかのよう。
なあに。そんな意味を込めて、努めて優しく頬を揉んだ。指先では耳の後ろを小さく擽る。昨日は、この辺りにも口付けた。きつく吸いはしなかったものの、多少は赤くなっているかもしれない。髪を耳に掛けてようやく見える赤。色気があって、好い。次もつけよう。
三ツ谷の瞳に映った自分が、にんまりと思わせぶりな笑みを作った。
同時に、わなり、三ツ谷の唇がようやく尤もらしく開く。
「お、俺がっ、」
「うん」
「……トぶ、まで」
「うん?」
「する、な、って、」
言っている。いつも、言っている。なのにお前ときたら、毎回毎回、人が理性を手放して、右も左もわからなくなるまで貪りやがって。ちょっとは労われ。慮れ。人を想う心を持て、この野郎。
顔を真っ赤に染めながら、三ツ谷は悪態を吐き出した。
目を瞬かせながら、しばしその赤面を見下ろす。トぶまで、するな、は、確かに言われた覚えがあった。一回、二回の話ではない。ある時は恥ずかしがりながら、またある時は呆れた様子で、三ツ谷は口にしていた気がする。
トぶまでするな。そのフレーズを反芻しながら、ふるふると打ち震える体を今一度見やった。
「折角セックスするんなら、気持ちが良いほうが良いだろ?」
「だから、そういう話じゃねえんだよッ」
「うーん、トぶほど善がってくれるって、男冥利に尽きるんだけどなあ」
「ドラケンはそうでも、こっちはこっちで悔しいんだよッ」
「はは、お前負けず嫌いだもんな」
「うぅう俺だって、おれだってなあッ!」
声を荒げた三ツ谷は、ごすん、俺の鎖骨めがけて額をぶつけてくる。ウッ、今のは結構痛かった。肺に振動が伝わったせいか、空気の塊がごほっと押し出される。
小さく噎せる俺を余所に、三ツ谷はがばりと顔を持ち上げた。勢いづいたせいで、緩い襟ぐりから胸元が覗く。見えたのは未だ鮮やかに咲いているキスマークがいくつかと、甘噛みの痕。
劣情が、舞い戻ってきた。するか、もう一回。そぉっと重心を三ツ谷の方へ傾けた。
「―― ドラケンのことメロメロにしたいッ!」
ぴたりと、体が止まる。幾何か斜めになった体勢で、固まってしまった。
細く息を吸い込んで、同じくらい細く長く吐き出していく。視界の真ん中には、相も変わらず眉間に皺を寄せ、キッと目を三角にし、唇をムッと尖らせている三ツ谷がいた。
決めた、朝だけど、もうすっかり明るいけれど、もう一回、する。心に誓ったところで、改めて三ツ谷の頬をまあるく撫でた。
「俺、もうとっくに三ツ谷にメロメロだよ」
「っ」
トドメにチュッと唇を啄むと、三ツ谷の膨れっ面がたちまち惚ける。これはいけるな。確信を得て、脱力した身体をベッドへ押し倒した。
「~~ッわ、ゥ、やめろクソッ、もうメロメロはいやだ!」
「いーじゃん、なっちゃえよメロメロに」
「いやだ、もうやだメロメロメロンには……ぁ、ン」
足掻き続ける唇をかぷりと塞げば、くぅんと甘い呻きが聞こえてくる。何度かの甘噛みを経て舌を捻じ込む頃には、三ツ谷はすっかり口付けに感じ入っていた。無暗に身を捩ることなく、俺の下で健気に打ち震えている。
チョロいなあ。
「ちょろくねえやい……」
「あ」
過った言葉は、声になっていたらしい。はふはふと息をしながら生意気が返ってくる。
「いーや、チョロいね。俺限定で」
「グ」
ああいや、妹を相手にしたときもそこそこチョロいか。ぷかりと浮かんだ思考は、今度こそ声にはせずに飲み下す。
仕切り直すようにこめかみの辺りを擽ってやると、か細く「またメロンに……」と聞こえてきた。