品性がなくたって

 一際高い声が響いた。
 三ツ谷の両手がぎゅうとベッドシーツを握りしめる。相当力んでいるらしく、その指先は白くなっていた。変に力んで欲しくない。どうせなら、快楽に浸って欲しい。そんなことを考えているうちに、己の両手は三ツ谷のそれに重なっていた。
「ン、ぁ、あ゛」
「イきそ?」
「ッみみもと、やめ」
「んだよ、すきだろ」
「ん、るっさ、ァ」
 うつ伏せになっているところに覆いかぶさっているのもあって、体はぴったりと三ツ谷の尻にくっついている。おかげで、下敷きになっている三ツ谷は、身じろぎすらできない。代わりに、ナカが媚びるように絡みついてきた。きゅうきゅうと締め付けて、精を搾り取らんとする。初めてしたときは、あんなに狭かったってのに、今じゃオレのために誂えられたのでは、と思うくらいに上手く嵌る。
 やんわりと体を揺すると、また高い声が上がった。
「も、ァ、だめ、イッちゃう、か、ら」
「イッていいって」
「だめ、いまごむ、ごむつけて、ない、ベッド、汚れる」
「洗えばよくね?」
「かんたん、に、言うけど、なァッ……、ひ」
 こつ、と奥を突くと、呼応するように三ツ谷の腰が浮く。そのせいで、密着度は増し、さらに奥に入り込むことになる。三ツ谷としては、そうしたいわけではなかったのだろう。今度は、退くように腰をベッドに戻す。すると、自身がシーツに擦れたらしい。それに驚いてまた腰を浮かす。そして、また。……結果として、かくかくと腰を振ってしまっている。最初こそ、どちらかの悦から逃げるために腰を動かしていたのだろうが、徐々にその悦を浴びることが目的になりだした。いやいやと振っていた首は大人しくなり、ひっきりなしに甘い声を漏らす。
「ァ、あ、ぁヒ、ぃあ、アッ」
「は、つーか、もうびしょびしょだろ? 大人しく、イッ、ちまえ、って!」
「あ゛」
 とはいえ、いつまでも三ツ谷の好きにさせるつもりはない。このままへこへこと腰を揺らす様を可愛がるのも悪くないが、こっちだって動きたいのだ。
 改めて三ツ谷の手を握り込み、グッとその体を押しつぶした。同時に、バツ、と皮膚のぶつかる鈍い音がする。
「~~ッア、」
 たちまち、組み敷いていた体が震えた。びくんと、膝から先が跳ねる。そのあとも、びくびくと小刻みに震えているのから察するに、吐精したのかもしれない。本当は、背中も反らせたいのだろう。しかし、オレに圧し掛かられているせいでそれは叶わない。ただただ、硬く身体を力ませるばかり。……必然的に、ナカも、絞まる。持ってかれそうなくらいの絞め付けに、くらり、欲が揺らいだ。
「ッ、ぶね」
「ぁ、なん、でぇ……?」
 寸でのところで堪えると、真っ赤になった首がこちらを向く。今なお、胎の中はビクビクと震えていた。気を抜いたら、連れていかれそう。ぐ、と腹に力を込めつつ、ほとんど泣きそうな横顔、そのこめかみに口付けた。普段だったら、くすぐったいと身じろぎする程度。しかし、今の三ツ谷はどこもかしこも感覚が鋭くなってしまっている。感度が、高くなっている。おかげで、触れた瞬間に甘ったるい喘ぎが漏れた。
 可愛い、と、思うのは、惚れた贔屓目のせいだろうか。
 まあ、悪いことじゃあないだろ。
 今度は涙の滲む目元に口付けて、ぐ、腰を押し当てた。
「ヒぅ、ぐ、ぅ……」
「きもちいー……」
「ゃ、だめ、深ぃ、ぅ」
 しっかりと体を押さえつけながら、体重をかけていく。わずかな隙間も惜しいと、肉を割り開いた。埋まっていなかった熱が、ずぷり、ぬぶりとナカへと沈んでいく。一度達して弛緩した体は、ろくな抵抗もせず受け入れてくれた。最奥の窪みすら、柔らかく思えてくる。ぷちゅ、と触れた途端、妄りに吸い付いてきた。拒むどころか、誘うように、切っ先に甘えてくる。
「あ゛っ」
 誘われるままに押し込み、弁を割り開く。初めて奥まで入れたとき、強烈に泣かれたっけ。あの三ツ谷に泣きながら謝られたときは、変な扉が開くかと思った。痛みと羞恥と、一抹の快楽でぐちゃぐちゃになった顔。忘れたくても忘れられない。もう一度見たい、また拝みたい、そう思って回数を重ねているうちに、感じるようになって、今じゃ嵌めた途端に理性を手放す。精嚢に圧もかかるのか、トロトロと白濁を漏らすことだってしょっちゅう。
 今日も溢れさせて、ベッドを汚すのだろう。いや、その前にしつこく前立腺を責め立てたんだった。とっくにぐちゃぐちゃになっている。
 はやくぶっ飛んで、後始末のことなんて考えられないくらいに乱れちまえばいい。形のいい耳殻を食みながら、最奥まで押し込んだ。
「ヒ、い゛」
 三ツ谷の喉から引き攣った音がした。あれほどキツく締め付けてきていたナカが、ふわりと緩む。かといって、がばがばに余裕ができるわけではない。これなら、ピストンもできそうだな、という程度。
 クッと笑ってから、腰を引いた。熱杭がローションに塗れた腸壁を擦る。媚肉は行かないでと言わんばかりに絡みついてきた。安心しろよ、すぐに、同じところまで捻じ込んでやるから。
 蕩けた肉壺へ、一気に捻じ込んだ。
「~~ッ♡」
「ッグ」
 がぽり、最奥まで嵌ると、組み敷いた身体ががくがくと震える。ゆとりのあったナカには、今度こそ逃がさないと絞めつけられた。切っ先から根元まで、きゅうきゅうと吸い付かれる。堪らず、薄い膜越しに射精した。搾り取る動きに合わせ、どく、どく、と注いでいく。
 最後の一滴まで吐き出し切ってから、張り詰めていた息を戻した。喧嘩したあとみたいに、鼓動が速い。必然的に、呼吸も荒くなっていた。
「はー、さいこー……」
 射精の余韻が落ち付いたのを見計らって、ペニスを抜いていく。その刺激すら、今の三ツ谷には毒らしい。びくびくと体が震える。名残惜しいと、萎えたナニにしがみついてきた。
「ォ、……、ッ」
「三ツ谷?」
 つぽん、と抜いてからも、三ツ谷の痙攣は止まらない。わずかに尻を浮かせたまま、かくかくと腰を揺らしていた。ぽっかりと開いた後孔からは、たっぷりと注いだローションが垂れてきた。白く濁ったソレは太ももを伝う。もし、ナマでしたらこうなるんだろうか。不埒な想像に、生唾を飲み込んだ。
 いや、待て。そんな妄想に耽っている場合じゃない。いつもなら、四肢を投げ出して息を整えている頃だ。なのに、今日はまだ息を潜めている。止めて、いる。呼吸できないでいる、というのが、正しいかもしれない。
 やりすぎた。まずい。ヤバい。
「ッおい、大丈夫か、」
 慌てて、うつ伏せになっている体をひっくり返した。抵抗なくその体は天井を向く。ついでに、脚がぱかりと開いた。萎んだペニスの先から、つぅっと糸が引く。うわ、えろ。そう思った傍から、ほとんど透明な汁が漏れだした。精液なのか、カウパーなのか、あるいは潮なのか、もはや判別できない。
「ひ、っは、あ~……」
 下肢に目を奪われていると、ようやく三ツ谷の口から息を吸ったような音がする。ハッとなって目を向けると、虚ろな顔が飛び込んできた。目の焦点はあっていないし、口は開いたまま。唇の端から、唾液が伝い落ちた。
「ぅん、ぁ、あっすご、らにこれぇ……?」
「三ツ谷、おい、三ツ谷?」
「す、ごぃ、ふわふわ、すゅ……、あ、」
 一応、意識はあるらしい。ぺたりと頬に手を添えると、時間を掛けながらもオレを捉えてくれる。そのまま目を合わせて、おおよそ十秒。三ツ谷は緩んだ顔をさらに蕩けさせた。素面のときの澄まし顔とは、表情筋がまったく違う動きをしている。と、いうか、オマエはこんな顔もできたのか。これまで見てきたイキ顔が、理性的にすら思えてくる。
 呆気に取られていると、三ツ谷の手が自身の膝に伸びた。かたかたと震えながらも、その手は脚を引き寄せる。膝を曲げつつも、大股を開く、いわゆるM字開脚をして見せた。寝転がっているのもあって、脚を抱えた分、腰は浮く。穴を開けたままの臀部が曝け出され、赤い粘膜がよく見えた。
「ね、―― もっと」
「~~ッのやろ」
 一瞬にして頭に血が上った。差し出された尻たぶを鷲掴みにする。むち、と指先が肉に食い込んだ。そのせいか、縁が捲れそうになる。まあ、捻じ込んじまえば良いか。横暴なことを考えながら、再び充血した逸物を押し当てた。粘膜同士が、ぶちゅぅうと触れあう。
 ぶち込んだら、絶対に気持ちが良いだろうな。躊躇う余地など、なかった。
「ッぁぁアあァ♡」
「ッく、ぅ」
 勢いよく捻じ込んだ。ナカは媚びるように纏わりついてくる。一度超えた弁は、簡単に通り抜けて、根元までぴったりと嵌った。擦れる肉が、やたらと熱い。滑る感触も、先ほどより生々しかった。堪らず、腰を振りたくってしまう。
「アッ、あンッ、んぅ、ァ」
「どう、だよ、欲しかったちんこは!」
「す、すご、ぃ、すごぃ、きもちぃ、ぁッ」
 がつがつと前立腺のあたりを抉っていれば、あっという間に三ツ谷のペニスは反り返った。熟れた切っ先からは、引っ切り無しに体液を漏らしている。そのだらしなさにイライラしていると、三ツ谷の片手が脚からそのペニスへと移動してくる。オナニーでも始めるのかと思ったが、手の平は竿を掴みはしない。代わりに、かりかりと亀頭を引っ掻き始めた。指の腹で撫で回したり、爪先を鈴口に引っかけたり。極端な仕方の自慰に、いっそう、脳みそが煮立ってしまう。
「ぁ、また、まだイぐ、イッ」
「イケよ、好きな、だけッ」
「ぃ、ア、ンン゛」
 穿っているオレの動きとは別に、三ツ谷の体が跳ねた。一拍遅れて、張り詰めた切っ先から潮が噴き出す。指先にぶつかった分は横に、そうでない分は宙に飛んだ。同時にギュッと絞めつけられ、射精感が込み上げてきた。
「……ッやっべ、」
 そこで、ゴムをしていないことに気付く。なんで気付いちまったんだろう。気付かなかったら、そのまま腸の中に注げていたのに。いや、いくらこいつの痴態に中てられたとしても、やって良いことと悪いことがある。しでかさなくて、良かった。そういう、ことに、しよう。
 纏わりついてくる淫孔から、ずぽんッと引き抜いた。
「ッは、ク、あ~……」
 完全にトんだ三ツ谷を見下ろしながら自身を扱く。すぐに高揚感が襲い、薄い腹に白濁を飛ばした。性急にしたのもあって、呼吸がなかなか落ち着かない。意識して、大きく息を吸い込んだ。そして、深いため息を吐くように吐き出す。繰り返しながら、三ツ谷の身体を見下ろした。下腹に飛んだ様々な体液を指で掬う。すぐに腹の皮膚に擦りつけると、それだけで三ツ谷の口から嬌声が漏れた。意識は飛んでいても、感じているらしい。
 ……あまり聞いていると、欲が首を擡げそうだ。首を振ってから、ベッドサイドにあるティッシュ箱に腕を伸ばした。
 今日はもう終わり。体を清めてやらないと。それから洗濯。ぐしょぐしょのベッドで寝るわけにはいかない。自身と三ツ谷を簡単に拭ってから、落ちていた使用済みコンドームを縛ってゴミ箱に投げ入れた。
「あー……」
 後始末、しなければならないことは、次々浮かぶ。しかし、搾り取られた倦怠感もにじり寄ってきた。なんなら、寄り添われている。流されて、しまいそう。思うや否や、どふんと三ツ谷の上に倒れてしまった。下敷きにした体が、再び震える。腹がさらに濡れた気がした。気のせいだろうか。確かめようにも、瞼が落ちてきてしまう。
「もう、いい……」
 明日、大人しく三ツ谷に叱られよう。腹を括って、意識を手放した。

 目覚めると、押し潰していたはずの三ツ谷はいなかった。
 あれだけ派手に達したというのに、さらにはオレの下敷きになっていたのに、よくも動けたものだ。仕事に行ったのだろうか。いないということは、そういうことになる。まさか、買い物に行った、とは思えない。
 仕事と、言っていたな。出勤日にはなっている、と。にもかかわらず、あの無体を働くに至ったのは、昨晩「急ぎの案件もないし、明日休みにしてもいっかなーって思ってる」とぼやいていたから。
 なんだよ、折角はしゃいだのに。結局、仕事に行ってんじゃねえか。ふらふらの身体で電車に揺られていなきゃいいのだが。……まあ、オレを退けて身支度できたくらいだ。そこまで、疲れも残らなかったのだろう。
 変な感心を覚えながら、ぐっと腕を伸ばした。ついでに足も伸ばして、全身に血を巡らせる。仰向けで体を伸ばしながらあくびをすれば、だいぶ目も冴えてきた。おかげで、ぐちゃぐちゃのベッドのことも思い出してしまう。
「あー……、洗濯……」
 寝返りを打つようにして体を起こし、ぼさぼさになった頭を掻いた。伸びた毛先が変に絡まっている。風呂にも入らなくては。三ツ谷の腹と合わさっていた自身のそこには、乾いた体液が纏わりついている。洗濯。風呂。あと朝飯。したいこと、しなければならないことを頭に浮かべつつ、ひとまず立ち上がった。
 水、飲んで、風呂。そんで洗濯。洗濯機回してる間に飯。脳内で計画を立てつつ、部屋に散らばった服を拾い上げた。自分のスエットと下着。ああ、これは三ツ谷のシャツだな。ボタンを外すのが、途中で億劫になって、すぽんと首から抜いていたのを思い出す。
「やばかったよなあ……」
 昨日の、三ツ谷。終わりのほうはずっとイキっぱなし。射精の仕方も忘れてしまったみたいで、潮ばかり噴いていた。珍しく、向こうから嵌めてと甘えられもしたし。良かった、な。すごく良かった。次もああなっちまえば良いのに。三ツ谷も気持ち良さそうだったから、上手いコトのめり込んでくれればいい。
 次はいつ会えるだろう。ああ言っていたくらいだ、仕事は落ち着いている。それなら、今週末か、少なくとも来週までには会えるはず。一緒に過ごしたい。
 もう一度がしがしと頭を掻いて、洗濯物片手に風呂場へ向かった。

 ―― あれからもうすぐ三か月。三ツ谷とは一度も顔を合わせていない。
 唯一の救いがあるとすれば、メッセージのやりとりは出来ていることくらいだろうか。元来の機械音痴もあって、返信は二、三日に一回だが、まったく返ってこないわけではない。しかし、会いたいと伝えても、はぐらかされてしまっている。
 こいつ、また何か抱え込んでやがるな。そう思って、電話を掛けてみたものの、一切取ってくれないときた。文字だけじゃ、様子を窺うにも限界がある。こうなったら、強引に職場や家に押しかけるか? だが、三ツ谷のことだ、理由なしに会わないとも思えない。
 もしかしたら、急遽、厄介な仕事が入ったのかもしれない。それか、かねてからやりたいと思っていた案件が降ってきたとか。
 そういう理由で、数か月顔を合わせられないこと、これまでにもあった。今回も、その可能性がないわけじゃない。むしろ、高いのでは? 守秘義務がーと言って、仕事の詳細は聞けないから、確かめようもないのだが。
 まったく、せめて声が聞ければ。電話、取ってくれればな。前に半年ちょい会えなかったときは、なにかと電話で声を聞いていた。だから、安心して待っていられたのに。今回は、何故か、それを許してくれない。
「なーに考えてんだか……」
 細く息を吐き出した。吐いた息は、すぐにバイクのエンジン音にかき消される。ヘルメットを取りながら見上げた窓は、まだ明かりが点いていた。アトリエに、まだ、いる。
 やっぱ、仕事してんのかな。
 ついに耐えかねて、あいつの職場まで来てしまった。名目上の定時はとっくに過ぎている。こっちの店も閉めてきた。そんな時間だってのに、まだ、三ツ谷のアトリエには電気が点いている。当然、駐車スペースには社用車と思しき一台しか停まっていない。客人が居ないことは明らか。独立してから、従業員は雇っていないと聞いている。会計事務所には入って貰っているはずだが、時期的にも時間的にも、来てはいないだろう。
「……いくか」
 腹を括るように呟いてから、バイクのエンジンを切った。ブーツの踵を鳴らしながら、建物を上っていく。ついでに取り出した端末で、一応、あいつの番号を呼び出した。たんたんと親指を滑らせて、発信する。通路に響く足音をBGMに、耳元にコール音が聞こえ始めた。一回、二回で出ないのはいつものこと。だが、十回鳴らせば大体出る。この、三か月以外は。
(ま、出ないか)
 そうこうしているうちに、小さく表札の掲げられた扉の前に辿り着いてしまった。コールは今十二回、いや十三回目。耳を澄ますと、扉の向こうからベルを思わせる着信音が鳴っているような、そうでもないような。幻聴か。
 コールはそのまま、インターホンに、指を乗せた。まずは一回。電子音が最後まで鳴ったのを聞き届けてから、もう一回。駄目押しの三回目を押そうかと思ったところで、室内から足音が響いてきた。……インターホンを使いこなせていないのは、相変わらずらしい。ちゃんと画面越しに確かめられたら、素直に出てきてはくれなかったろう。
 がこん、扉の施錠が外れる。外開きの扉が、ぐ、隙間を作った。
「はぁい、」
「よお」
 そして、顔を出す、三か月ぶりの、男の姿。目元に隈はない。血色も、悪くはない。頬がこけているわけでも、髪がパサついているふうでもない。健康は健康らしい。まずは、一安心。
「え゛」
 そんな安らかそうな表情が、強張った。濁った声が口から飛び出す。頬は引き攣り、眉間には皺が寄った。へえ、ふぅん、そんなに会いたくなかったって?
 三ツ谷が我に返るより先に、入口の隙間にガッと足を挟んだ。同時に、電話も切って、ケツ側のポケットに捻じ込んでおく。
「あッ、ちょ、オイ!?」
「久々だなあ、三ツ谷ぁ」
「ひ、ぅ」
「開けて、くんね?」
 言葉の上では頼む姿勢になっているが、声色はそんな殊勝なものではない。開けろ。そう脅す響きになっていた。
 オレの意図は正しく三ツ谷に伝わったらしい。玄関扉を開けている手が、ひく、震える。かといって、それ以上開いてはくれない。オレが足を挟み込んでいなかったら、ほとんど躊躇いなく閉めていたことだろう。先手を取れて、良かった。
 じ、と見下ろしていると、三ツ谷は薄く下唇を噛んだ。こんなところにまで来やがって。瞳は雄弁に訴えかけてくる。とはいえ、連絡をメッセージに限った罪悪感もあるのだろう。オレの強硬手段を諫める言葉はでてこない。
「三ツ谷」
「……ッス」
 低く、名前を呼んだ。すぐに返事はくる。扉は、それから三秒ばかり経ってから、開かれた。
 体を滑り込ませると、よたよたと三ツ谷は後ずさる。もともと、靴はつま先に引っかけただけだったらしい。ころん、と玄関のたたきに転がった。背後からは、扉が重苦しく閉まる音がする。入口の、決して広くない空間に、男二人。窮屈だ。それは三ツ谷も感じているところだったらしい。息苦しそうに、顔を逸らされる。なんなら、足はじりじりと室内へと逃げ始めていた。
 ああ、もう、くそ。
 腹の中で悪態を吐いてから、三ツ谷の手首を引っ掴んだ。途端、三ツ谷の肩が大きく震える。顔は逸らされたままで、つんと尖った唇だけよく見えた。
「……そんな、アレ、嫌だった?」
「ぇ」
「あ」
 ぼたりと、拗ねた声が落ちた。落としてしまった。
 駄々を捏ねたくて、ここに来たんじゃない。とにかく、顔を見たかったのだ。元気でいるかなとか、どうしてるかなとか。あのセックス、嫌だったんなら謝らねえとな、とか。なのに、自分はガキ染みたことを口走ってしまった。ウワと思ったところで、発した声をなかったことにはできない。ぐ、と唇を内側に巻き込んだって、アーだのウーだの呻いたって同じ。言ってしまった事実はどうにもならない。
 空いているほうの手で、ガリガリと頭を掻いた。居心地まで悪くなってきて、こっちまで目を逸らしてしまった。お互い、顔を背け合って、そのくせ、相手が何をしようとしているのか、気配だけは窺っている。
 似た者同士にも、程がある。
 このまま黙っていたって、埒が明かない。ぐ、と喉の奥で呻いてから、やっとの思いで口を開き直した。
「嫌、だったんだよな。悪い。もう、しない」
「ぁ、や、その」
「だから、……避けんなよ」
 完全に連絡を絶たれたわけではないが、姿を、声を確かめられないのは嫌だ。
 ぼそぼそと低く呟きながら、手首はしっかりと握り込んだ。格好がつかない。縋っているみたいで、みっともないったら。昔みたいに、ビッとしているところだけ見せたいのに、最近どうも上手くいかない。歳を取ったから? そんなのを、理由にはしたくない。
 とすん、視線が刺さった。盗み見るように目線だけ送れば、三ツ谷の丸く見開かれたソレがオレの顔と掴まれた手とを行き来していた。唇はぱくぱくと餌を求める魚みたいに動いている。頬も赤くなっているから、まさに金魚。可愛い、な。
「たのむ」
 止めのように、回らない舌で言った。これを言ってしまったら、もう他にかける言葉は思いつかない。他にできることと言ったら、態度で示すことくらい? もっと三ツ谷を困らせそうだな、と思いつつも、掴んでいる腕を引っ張った。
「たのむ、から」
「まっ、」
 元から傍にあった体だ。背中に腕を回してしまえば、あっという間に閉じ込めてしまえる。ぎゅ、と抱きしめて、ちょうどいい高さにあるこめかみに顔を寄せた。鼻先は髪に埋まる。すん、と匂いを嗅ぐと、三ツ谷が好んで使っているシャンプーの匂いがした。これを、嗅ぐのも、久しぶり。腕の中に三ツ谷がいる。この体温も、匂いも、鼓動も、三ツ谷本人のもの。
 ……思っていた以上に、こいつに会えなくて、声を聞けなくて、堪えていたらしい。抱きしめてしまうと、もう離れたくない。ずっとこうしていたい。そもそも、ここは三ツ谷の仕事場だとか、玄関先だとか、普段なら気にすることすら、どうでもよくなってきた。
「……ゆるして、」
 重ねて情けないことを呟いた。
 聞き届けると同時に、ぴくり、三ツ谷の肩が揺れる。癇に障ったろうか。勝手なこと言いやがってと、殴られるくらいは覚悟しておこう。瞼を閉じて、来るだろう衝撃に備えた。
「~~ッ」
「ん? って、……ぅおッ!?」
 しかし、やってきたのは、予想していない質の衝撃。
 突如、がくんと三ツ谷の膝が崩れたのだ。慌てて腰に手を回して支えると、三ツ谷はびくびくっと小刻みに身体を震わす。背中は軽く反っていて、喉は曝け出していた。オレの上着の胸元は、両手の指でぎゅぅと握られる。
「ど、どうした!?」
「ひ、ぁ、」
 まさか、具合が悪かったのか。一見すると、体調は良さそうに見えたが、そう見えるように取り繕っていたのかもしれない。そういえば、「隈を隠す化粧を覚えた」とやつれながらもドヤ顔をして見せられたことがある。厄介なモン覚えやがって。つーか、オレに調子悪いのを隠すなよ。頼れっての。最近、情けねえとこばっか見せているから、頼りなく思えたのかもしれないが、それはそれ。頼れよ。
「だいじょぶか、みつや」
「ん、ぅ」
 努めて柔らかいトーンで問いかけると、再び体がひくんと震える。どうにか片腕で肢体を抱え込み、空いた手で頬を撫でた。と、指先に妙な熱さが伝う。おい、これ熱あるんじゃねえか。体温計はここにあるだろうか。これだけ熱いのだ、あえて測るまでもないか。
 ふ、と静かに息を吐いてから、一思いにくたくたの身体を抱き上げた。
「ぁ、わァ」
「とりあえず、中はい」
「ぁ、ぅ、んぅッ、ァぅ」
「るぞ、って、……みつやぁ?」
 抱え込んだ体は、やっぱり熱い。は、は、と息も上がっていた。いよいよマズいのでは。そう思うのに、三ツ谷の声から艶っぽさを見出してしまう。呻きだ、これは、呻き。そう言い聞かせるのに、甘ったるい喘ぎに聞こえて仕方がない。
 勘弁してくれ。久々に声を聞けてほっとしているのに、そんなあられもない声を、しかも耳元で響かせないでほしい。ぐつぐつと、見ないフリをしてきた欲が煽られる。駄目だ、少なくとも今日は手を出してはならない。
 なんせ、三ツ谷の調子が、芳しくは――
「っら、め、もぉ、イッちゃぅ」
 なん、だと。
 カッと目を開いた。顔を覗き込むと、まあ見事に蕩けている。ぽっかりと開いた口からは、つぅと涎が伝った。抱きかかえているせいで、内腿やら腹やらがびくびくと震えるのも手に取るようにわかってしまった。
「ぅ、ンぁ、~~ッぁ♡」
 唖然としているうちに、三ツ谷から一際高い声が上がる。さらに、甘えるように腕が絡みついてきた。濡れた唇が、ちゅ、むちゅ、と耳殻に触れる。かかる吐息は、事後を彷彿とさせた。
「ぃ、っちゃ、ったぁ……」
 いや、実際、事後なのでは。どこの馬の骨か知れない奴と乳繰り合ってたんじゃねえだろうな。さっと足元を確かめるが、靴は三ツ谷の分しか置いていない。そばにある客用スリッパも、すべてかかっていた。
 待て、待て。三ツ谷だぞ。浮気をする性分じゃない。まして、強姦? どんな屈強な野郎が相手なんだ。柴家三人まとめて出てこない限り、難しいのでは。
 ……駄目だ。何が駄目って、混乱しているオレの脳みそが、駄目だ。久々に顔を見れて浮かれているのもあるし、会って早々に妄りがましい様を見せつけられて混乱しているのもある。どうにか、頭を冷やしたい。
 無理やり深呼吸をした。加速した鼓動は、その程度で落ち着いてはくれないが、しないよりはマシ。何度か繰り返してから、ゆっくりと腰を屈めていった。
「三ツ谷、一旦下ろすぞ」
「ん、ぁ、ぅん?」
 く、と膝をタイルにつけながら、三ツ谷を上がり框に座らせた。弛緩しているせいで、今にも横に倒れてしまいそう。ぎゅ、とそれぞれの二の腕を掴んで、姿勢を固定した。
「なにが、あったんだよ」
「ぁ……」
 覗きこんだ顔は、相変わらず淫蕩を滲ませている。じわり、口内に唾液が溜まってしまう。押し倒してしまおうか。脳裏を掠めた血迷いごとを殴りとばして、キッと半ば睨むような目を三ツ谷に向けた。けれど、三ツ谷が怯む様子はない。オレの目付きに慣れている、というより、悦に浸りかけているせいで、睨まれていると認識できていないのだろう。
 濡れた唇が、ふわり、開く。
「最後に、したとき」
「……オレん家でやった、アレ?」
「うん。そんときさ、後ろでイッちゃったんだけど、」
「は」
「それから、なにしてても腹ん中疼いて、ちょっとのことで、すぐイくようなっちまって」
「なん……、ま、じかよ?」
「ん。で、その……、こんな中ドラケンの声聞いたら、もう、バカんなると、思って、さあ」
 落ち着くまで、避けることを選んだ。
 ゆらゆらと頭を傾けながら、三ツ谷は緩慢に紡ぐ。つまり、なんだ。結局、オレのせい、ということか。あの日、はしゃぎ過ぎた、せい。三ツ谷だって、善がってた、じゃん。ほとんど理性を手放していたとはいえ、自ら尻穴を差し出してきた、し。……ああ、まずい、思い出したら、ぐるぐると血が集まってきた。
「どらけん、」
「ん?」
「ごめん」
 いつの間にか俯いてしまっていた。それを呆れたと解釈したのか、三ツ谷からしゅんとした声がする。咄嗟に顔を上げると、案の定、そいつの眉はハの字を描いていた。
「はしたなくて、ごめん……」
 そう呟きながら、三ツ谷は内腿を擦り合わせる。息は浅く、悩ましげな表情を浮かべていた。確かに、はしたない、顔。けれど、オレとしたせいでそうなったのだろう? なら、悪いとは思わない。謝ってほしいものでもない。
「どんなオマエも好きだから、安心しろよ」
「ほんとかよぉ……」
「ほんとほんと。なら、試してみるか」
「え」
「もう、三ツ谷不足でしんどいんだワ」
 ぐっと距離を詰めて、軽く唇を啄んだ。たっぷりと唾液が乗っているのもあって、チュッとあからさまなリップ音が立つ。素面だったら、似合わねえとお互いゲラゲラ笑っていたことだろう。けれど、今日はどっちも切羽詰まっている。キスする度に水音が立ち、欲が煽られた。
「しよ、セックス」
「ぁ」
 ほとんど、口付けたまま誘う。と、三ツ谷のほうから、つるりと舌を絡ませてきた。セックスはもちろん、キスをするのだって、久々。そういえば、こんなに気持ちの良いものだった。改めて、感じ入りながら、三ツ谷の頭を撫でた。
―― うん、する。したぃ」
 こっくりと頷いたそいつを、再び抱きかかえた。踏みつけるようにしてブーツを脱ぎ捨て、アトリエの中へと向かう。蛍光灯に照らされた室内は、どこも白く明るい。これなら、余すことなく、こいつの痴態を目に焼き付けられそうだ。
 さて、この室内の、どこに押し倒そう。ぐるりと見渡して、目に留まったのは来客用の立派なソファ。本来なら家主に確認するところだが、当人はもう蕩けてしまっている。まあ、良いか。良いことにしよう。自己完結して、そこに雪崩れ込んだ。

 そのあとのことは、あえて言うまでもない。