バグ

 七小のマイキーは、確かに強かった。
 なのに、隣にいるタケミっち、とやらは弱い。まあ弱い。それでよくマイキーや場地、三途と一緒に過ごせるなと思うくらいに弱かった。なんであんなに弱い奴のこと、マイキーは懇意にするのだろう。確かに、同じ小坊とは思えねえような素振りもするけど、雑魚は雑魚だ。何か弱みでも握られているのだろうか。……ないな、マイキーが弱みを握っている、という方がしっくりくる。
 一本芯が通っている奴なのか、流れに身を任せてああなっているだけなのか。
 どうも自分には、掴みかねている。
「マジでわっかんねー奴がいる」
 だから、とりあえず三ツ谷に聞いてみることにした。
「なあに、また七小のマイキー君の話?」
「そう! いや、わかんねーのはマイキーじゃなくて……」
 公園のベンチに座った三ツ谷は、足をぷらぷらと揺らしている。表情こそ変わらないが、退屈そうに見えた。
 最近、マイキーの話をすると、いつもこう。またその話かよ、とでも思っているのだろう。それでも、三ツ谷はちゃんと最後まで話を聞いてくれる。だから、逆に三ツ谷が、妹の話や最近よくやってくる弟モドキの話をするときは「つまんねー」って思ってもちゃんと聞くようにしている。モチツ・モタレツだ。
 うん、今日も、マイキーの話したら、三ツ谷の話もちゃんと聞こう。そう心に決めて、つらつらとマイキーの傍にいる、よくわからねえ弱っちい奴の話をした。
「……どう思う?」
「どう、つったって、……喧嘩が弱い友達くらい、まあ、いるんじゃない?」
「は、いねーだろ、マイキーだぞ」
「いや、オレ、そのマイキー君と会ったことないし」
「……そのうち会わせるから」
「いつ?」
「刺青が隠れたら」
「まだ一年は先じゃん。そんなに面白い奴だっていうなら早く会わせてよ」
「ダメったらダメ」
「けち、みみっちい、こころがせまい、きんたまのちっちぇえやつめ」
「お前よりでけぇワッ」
「ぅあッ」
 きゅっと三ツ谷の鼻を抓むと、たちまち顔のパーツが全部真ん中に寄った。涼し気な顔が崩れるのを見ると、ちょっと安心する。こいつも大人びているところがあるけれど、あの得体の知れない奴とは違う、と。
 本当に、あいつはなんなんだ。ムッとしながら三ツ谷から手を離した。抓んでいたせいで、うっすらと赤くなっている。ああそうだ、こいつ、白いからすぐ赤くなるんだった。喧嘩相手が顔を腫らしているのはなんとも思わないけれど、三ツ谷の顔がそうなるのもなんだか嫌だ。運動神経は悪くないし、妹を抱えつつスーパーの袋も平気で持って歩くのを思うに、腕っぷしも悪くない。喧嘩だって、教えればすぐに強くなるだろう。……それでも、まだ、コイツを不良の道に引きずり込めずにいる。刺青が、隠れたら。そう先延ばしにしているが、いい加減腹を括らなくては。
 つん、赤みを帯びた鼻の頭を、指先で撫でた。
「んっ、……で、なに。ドラケンは、そのタケミっちって奴にやきもち焼いてんの?」
「はぁ? なんでそうなんだよ」
「あれ、違う?」
 オレの手を振り払うことなく、三ツ谷はきょとと首を傾げる。それに合わせて、伸びてきている髪がさらりと垂れた。隙間から、龍の頭がちらりと覗く。つい、伸ばしていた手を、そいつのこめかみに向けていた。簡単に見せるんじゃねえよ、コラ。
「ドラケンがすげえって思う奴が、すごくねえって思う奴と一緒にいるのがヤなんだろ。やきもちじゃん」
「やきもちなわけあるかよ……」
「そうかな」
「そうだよ。だってあいつ、なんか……、気持ち悪いんだよ。変に大人びてるし、オレと会った時も懐かしいとか言うし、それに、」
「それに?」
 ぺたんと手の平で覆ってやると、一瞬だけ三ツ谷の意識がこめかみに向いた。それから、わざとこちらの手に頭を押し付けてくる。口元には、何故か三日月が浮かんでいた。
 言っちゃ悪いが、こいつはオレのせいでトレードマークにもなりうる刺青を隠す羽目になった。なのに、オレがこめかみに触れる度、嬉しそうにはにかんで見せる。隠すことに「そんなあ」って顔したのは、たぶん再会したあの日だけだ。しつこく隠せ隠せと手で押さえたり、帽子を被せたり。そんな日々を過ごしていたら、口では「やめろよ」言いつつも、満更でもない顔をするようになってしまった。
 正直、ポンとこういう顔をするうちは、あいつらには会わせたくない。
 三ツ谷がなんと言おうと、……あいつらがなんと言おうと、まだ、会わせるつもりはない。
「三ツ谷にも、なんか、変に会いたがってる、し」
「え」
 タケミっち―― まあ、マイキーもだけど―― の一番気に食わないトコロがソレだ。
 神宮前に兄弟分がいる。喧嘩には慣れてないけど、運動神経は悪くない。服作るのが、とにかく上手くて、センスが良い。マイキーに「誰か面白い奴いねえの」と言われて話したら、何故かタケミっちが食いついてきた。それも、キラキラとした目で、迫って来る始末。失敗した、今言うんじゃなかった。何度そう思ったことか。
「会わせろ・会わせろ、うるせぇのなんのって」
「へえ、いいじゃん。会わせてよ」
「ダメ」
「帽子で隠すから」
「それでも今はダメ。特服作って貰うんだって盛り上がってるし。くそ、服作れるなんて言わなきゃ良かった」
 髪が伸びるのも大事だが、アイツらのほとぼりが冷めるのも待ちたい。今会わせたら、間違いなく三ツ谷はコキ使われる。そりゃあ、三ツ谷の作った特服となれば、オレも見てみたい。なんなら、着てみたい。でも、会ってすらいない連中が強請るのは、なんか違うだろ。
 オレが、―― 三ツ谷を守んなきゃ。
 そこまでコイツは弱くない。わかっていても、あどけない顔で見上げられると、堪らない気持ちになってしまう。
「とっぷく……?」
 指先で髪のすぐ下を撫でると、ぽつり、三ツ谷は呟いた。もしかして、特服が何を指すのか、わからないのだろうか。知らないなら、教えてやらないと。頭をわしゃわしゃ撫で回したいのを押し殺して、口を開いた。
「特攻服だよ、暴走族とか不良の晴れ着」
「ハレギ!」
 教えるや否や、三ツ谷はパッと顔を華やがせる。これは、どういう服か分かったのだろうか。いや、晴れ着というのだけ聞いて、なんだかイイモノと捉えただけな気がする。……下手に教えない方、良かったのかな。むぐりと唇を引き結ぶと、逆に三ツ谷の唇はむにゃむにゃ波打ち始めた。顔も、なんだか華やいで見える。
「いいじゃん、オレ作ってみたい」
「……」
「なにその顔。またダメって言うつもり?」
「……別に。よく会ったこともねえ奴の服作りたいって言うなと思って」
「不良のハレギなんだろ、ちゃんとドラケンのも作るから」
「そういうことじゃ」
「あれ、いらない?」
「……いる」
 ぶっきらぼうに答えると、三ツ谷は歯を見せるようにして笑った。気を許されている、と思う。この顔、まだしばらくは、マイキーたちには見せたくない。いずれ会わせる、もとい自慢するつもりではいるが、髪が伸びるまでの一年くらいのところはオレだけの三ツ谷でいてもらおう。それがいい。
 ハレギってどんなのがいい、作り方調べんね、オレ絶対ドラケンには黒が似合うと思うんだ。服の話になったからか、三ツ谷の口がくるくると動き出す。服の専門的な話にまで転がってしまうと、何を言っているのかわからなくなってしまうが、それでも、三ツ谷が話すからにはちゃんと聞かないと。散々、マイキーと、その隣の弱っちい奴の話を聞いて貰ったんだから。
 うん、うん。三ツ谷が一生懸命に喋るのに合わせて、こくんこくんと頷いた。
 ―― その時だ。
「なぁ、タケミっち、ほんとにこの辺?」
「う、確かこの辺だと思ったんだけど、」
 右耳から、聞き覚えのある声がする。反射的に、体をベンチの影に隠した。自分だけじゃない、三ツ谷のこともだ。
「ぇ、ちょ、どらけ」
「シッ」
「ぅ」
 いいからじっとしてろ。自分より一回り小さい体は、すっぽり腕の中に収まってくれる。オレの意図を汲んだようで、戸惑いつつも三ツ谷が騒ぎ立てることはなかった。
 ベンチの向こうは垣根があって、それからフェンスが張ってある。声は、そっちの方からした。二人分の声だ。聞き慣れてきた、あの二人の声。
「ンであいつらが……」
「ぇ、ねぇ」
「だまってろって」
「ぅン」
 つい、と胸の辺りを引っ張られた。一瞥すると、オレの真下で三ツ谷が不安そうに眉尻を提げている。元から垂れている目も、いっそう下がっていた。なんだか、普段よりも、潤んでいる。厚めの水の膜が、すぐそばに見えた。……すぐ、そば?
「道が思ってたのと違くて」
「あ~、それはあるかも。くそ、ケンチンなんであんな出し渋るかな……」
「オレも早く会いたいなあ、三ツ谷君に」
 声はまだ、近くにいる。だが、こちらには気付いていないらしい。なんせフェンスに、垣根に、ベンチと壁がある状態。さらにベンチの上で丸くなっているのだ。公園内に入ってこない限り、ここにいるとバレることはない。
 し、都合の良いことに、公園の中にいるのはオレと三ツ谷だけ。誰かに騒ぎ立てられることも、なかった。
「……」
「…………」
 話し声と足音が、徐々に遠ざかっていく。別の奴がやってくる音も、しなかった。
 両腕をついた先には、三ツ谷がいる。身を屈めたのもあって、半ば押し倒したみたいな姿勢になっていた。瞳はやたら大きく見えるし、鼻先はぶつかりそう。息だって潜めているのに、互いの唇に、熱がかかり続けていた。
 今にも、吸い込まれる。
 思うと同時に、―― 唇は重なってしまった。
「んっ」
 上ずった声が、やけに耳に馴染む。
 聞いたことがあるようなに思えたのは、気のせいなんだろうか。それとも、どこかで自分は、三ツ谷と――