どっち
「どうする?」
上半身が裸の状態で向かい合って、こっちは正座、向こうは胡坐。顔を上げると、どうしたって目が合ってしまう。妙な気まずさを覚えて、目線を下げると、今度はベッドの上に転がした衛生用品が目に入った。化粧水の素振りをしたラブローションのボトルが一つだろ、コンドームの箱が二箱だろ。……二つもあると、性欲盛んなように思えてくる。オレの分と、ドラケンの分、サイズが違うから二つ用意しただけだってのに。先ほど買ってきたそれらは、どれもビニール包装は破いた。開けさえすれば、すぐに使える。使えて、しまう。
そりゃそうだ、これからオレたちは、セックスをするんだから。
「どう、しよう、ね」
問いかけられた言葉に、やっと返事をした。
たったそれだけで、緊張が溢れてくる。背中にはどばっと汗が噴き出た。シャツを着ていたら、きっと背中に張り付いていたことだろう。早々に脱ぎ捨ててしまって良かった。良かった、の、だろうか。俯いたついでに視界に入った自分の皮膚は、普段よりも上気している。こんなタイミングで、自らの白い肌を疎ましく思う日が来ようとは。
ため息を吐いたところで、爆発しそうな羞恥心は薄れそうにない。
おかしいな、セックスするって、こんなに難しいことだっけ。経験豊富な方ではないけれど、まったくないというわけでもない。あの子と寝る時、自分はどうしたっけ。あの人とシた夜、どういう風にハジメテを越えたんだっけ。いくら記憶を遡ろうとも、正面にいる男の気配でどれもあやふやにしか思い出せない。
「え、と」
「うん」
「体格、的には、オレが下になる、べき?」
「……そういうの、気にしなくていいよ。三ツ谷がやりたい方でいい」
「やりたぃ、ほう、つったって、」
「あれ、突っ込みたいんじゃねえの?」
「う、あー……、どうだろ。ドラケンにだったら、突っ込まれたい、かも」
「強がんなって。な?」
「うぐ」
こて、と首を傾げて見せるドラケンに、言葉が詰まる。膝の上では、ぎゅうと拳を握りしめていた。
セックスをする。それも、男同士で。そうなったとき、どうするのが正解なんだろう。より、正しい方を、選びたい。なんか言おうものなら、セックスに正しいも間違いもないよと諭されることだろう。育ちのせいか、ドラケンはセックスに対して大らかなところがある。同意のない行為には眉を顰めるけど、誰もがドン引くアブノーマルプレイですらも「本人たちがしたくてしてるならアリじゃね?」と言ってのけるのだ。風に聞いた噂だと、ドラケン自身も結構色んなコトをしたとか、なんとか。
あ、だから、男のオレとセックスするってなっても、平然としていられるのか。す、すげえ。カッケエ。
いや、感心している場合じゃ、ない。
「オレはさあ」
「ッス!」
ぽんと飛んできた声に、肩が跳ねた。服を着ていない分、その上下する動きはあからさまに見えたことだろう。その証拠と言わんばかりに、対面しているドラケンは目を見開いていた。
カッコ悪いところを見られた。見られてしまった。ただでさえ飽和していた羞恥が、いっそう募っていく。熱いを通り越して、顔から火が出そう。ウ。小さく呻くと同時に、ドラケンはふはっと吐息で笑った。
「~~ッ笑うなよ!」
「ごめんごめん、可愛くて」
「やめろやめろやめろ、もうオレが下やるしかなくなってくる!」
「だからさあ、好きな方選べって。オレは上でも下でも良いから」
「エ」
おもむろに返ってきた言葉に、今度は体が固まる。瞬きすら忘れて、けろっとした顔をするドラケンを見つめた。いくら眺めても、撤回はされない。なんてな、とも、今のナシ、とも聞こえてこない。
下でも、いい、だって? あの、ドラケンが?
「ま、まじでいってる?」
「うん」
「お、オレに、突っ込まれるんだよ」
「うん」
「ほんとにいいの?」
「ええ? んん、そうだな、中折れされたらちょっと凹むかも?」
「……緊張やばいからしそう」
「ウソウソ、そん時はそん時だって」
気にしないから、好きな方選びな。しっとりと落ち着いた声を聞きながらも、脳裏には半泣きで狼狽える自分の姿が浮かんでしまった。突っ込むくらいはできるだろう。でも、緊張を迸らせすぎて、途中でくたっと萎れるところ、まざまざと想像できてしまう。女相手にそうなったことはないが、相手はドラケンだ。あの、ドラケン。オレにとって、憧れで、一番カッコいいと思っている男。三擦り半で暴発しそうでもあるし、入れた瞬間に「もうだめ」と萎れそうでもある。
握りしめている拳に、いっそう力が入った。力み過ぎて、ぷるぷると震えてすらいる。本当に、カッコ悪い。ドラケンと一対一だといつもこうだ。どうにか取り繕おうと思っても、結局ダサいところを見せてしまう。
気付くと視線は下がって、ゴムの箱と、ローションのボトルが視界に入ってきた。買いはしたけれど、ちゃんと今日、使うことができるのだろうか。眩暈がしてくる。
「三ツ谷」
「ぅ」
「オレがどっちでもいいってのは、ほんとだよ」
「ん」
「三ツ谷は、どっちでしたい?」
ちら、盗み見るように視線だけ持ち上げた。たちまち、甘い笑みに絡めとられる。真摯な瞳に、吸い込まれてしまいそう。見入っているうちに、何もかも委ねてしまいたくなってきた。主導権の全てをこの男に預けて、好きにされたい。自分自身も知らないところを、余すことなく暴かれたい。……こう思う時点で、どっちをしたいかなんて、決まっているようなもん。なのに、腹を括れずにいる。細やかな男の矜持が、魚の小骨のように喉に引っかかっているせい。
小さい男だな、オレは、本当に。セックスしたい。ただ擦り合わせるだけじゃなくて、もっと深く繋がりたい。
いっそのこと、強引に暴いてくれたらいいのに。オレの良いよを待たずに、押し倒して、無理矢理にでも犯してくれたら、いいのに。
「っ、」
しかしドラケンは、同意を得るまで、コトを進めてはくれない。
「うぅうう」
「んん、やっぱ今日は」
やめとく? たぶん、ドラケンはそう続けようとしたのだろう。
「ッそれは、やだ、だめ……!」
我儘染みた声が口から飛び出した。あまりに必死な声色に、自分で惨めになってくる。馬鹿だな、どうせ決心できていないんだから、また今度の言葉に甘えてしまえばいいものを。こうやって、だらだらと向き合っている方が、時間の無駄。わかっていても、やだ、だめ、する、と繰り返していた。
「無理すんなって」
「する、よ。する。しなきゃ、いつまでも、できない」
「セックスってさあ、無理にすることじゃあ」
「そうだけど! いま、逃げたら、次も逃げちゃいそう、だから」
する。するったら、するんだ。半ば自分に言い聞かせるように呟く。
もう一度、深呼吸をした。オレが抱くのか、抱かれるのか。自分はどっちが良いのだろう。必死に頭を働かせる。ドラケンを組み敷く。までは、想像できるけど、その先が真っ白く途絶えた。じゃあ、オレが組み敷かれる方は。押し倒されて、覆いかぶさってくるだろ。ドラケンのことだから、たくさんキスをしてくれるだろう。汗ばんだ肌だというのに、躊躇いなく唇を押し付けてくるところも、簡単に想像できてしまう。無骨な両手でオレの体を余すことなく撫でてくれそうだし、全部脱がせて、オレの脚を肩に担ぐところだって目に浮かぶ。本来の使い方じゃないからって、後ろはしつこいくらいにとろとろに解すんだ。そして、きっと、ゆっくり、じっくり、暴かれる。
「ぁ」
「うん?」
きゅんと、下腹の奥が疼いた。慌てて妄想の縁から意識を引き揚げる。合わせて顔を上げると、頬杖をしているドラケンと目が合った。その顔には、相変わらず甘い笑みが乗っている。恋人という関係になってから、よく向けてくれる顔だ。昔馴染み曰く、別に今に始まったことじゃないらしいけど。
小さく、唾を飲み込んだ。オレをじっと待っている顔は、一見すると、いつもの甘い顔。でも、よくよく眺めてみると、ほんの少しだけ普段より温度が高かった。目の奥に、熱が燻ぶっている。絡んだ視線からは、確かに情欲が伝ってきた。
「っ」
自分は、この男を抱きたいのか、抱かれたいのか。
答えはもう、とっくに出ている。あとは、些末なプライドを捨てるだけ。
「ドラケン」
「ん」
肺の中の空気を吐き出し切った。それからちょいと吸い込んで、オレの言葉を待つ男を改めて見やる。言う、言うぞ。言うったら、言うんだ。
「―― 抱いて、ください」
かたん。脳内で揺れていた天秤が、一方に傾いた。同時に、胸に蟠っていた矜持が、ぺちゃんと潰れる。言った、言ったぞ。言ってやった。ようやく、腹を、括れた。
視界の先では、切れ長の目が僅かに見開かれる。ぱち、ぱちり。瞬きする様が、やけにスローに見えた。意外、だったのかもしれない。オレの高慢で見栄っ張りなトコロ、ドラケンは知っている。だからこそ、抱かれる方も、覚悟していたんだろう。
「いいの?」
尋ねながらも、そいつの手はオレの方に伸びてくる。なんだよ、折角決心したってのに、茶々入れんなって。伸ばされた手を利き手で迎え入れて、そっと、指を絡めとった。
「うん、抱いてほしい」
頷くと同時に、体はベッドに押し倒された。