K.O.
『男と寝ちゃった』
重苦しい表情を浮かべながら、相談されたのはもう何年も前のことだ。そいつの言葉の意味をすんなりと理解することができず「は?」と聞き返したのを、今でも覚えている。オレの反応に、ぐしゃりと三ツ谷が顔を顰めたことも。なんでもない・忘れてくれと取り繕うとする三ツ谷をどうにか宥め、ことの顛末を洗いざらい吐かせたっけ。
『酔ってなんもわかんなくなってたのもある、ん、だけど、さあ』
すごく、よくて、どうしよう、オレ、体おかしいのかな。
そこまで聞いて、やっとオレに相談してきた意図が読めた。男が男に抱かれて、善くなるというのは、一般的にありうるのか。それを知りたかったのだろう。
相手が男かはさておき、尻を弄られて悦ぶ野郎は確かにいる。初めて弄り回されたのに善がり狂った、という話までは聞いた事はないが、性癖なんて十人十色。何に嵌っても、特別おかしいとは思わない。
だから、そこまで思い詰める必要、ないんじゃねえの。そんな言葉を掛けて、あの日の三ツ谷を落ち着かせた。
―― その日を境に、三ツ谷の日常に「男に抱かれる」というのが加わったのは、間違いない。
パーの事務所の移転祝いと称した飲み会には、昔馴染みが揃っていた。二、三人で飲むことはあっても、ここまで揃ったのは数年ぶりではないだろうか。仲間内の飲み会だというのに、林田組でケータリングを手配する徹底ぶり。広い応接室をぐるりと見渡せば、もうすでに何人か床に転がっていた。河田兄弟に潰されたらしい。
「……」
南無、と思いながら、それとなく隣を見下ろす。その先にある項には、うっすらと赤い痕が残っていた。ぎりぎり襟で隠れる位置。とはいえ、首元を緩めてしまえば、見えてしまうところだ。昨日もお楽しみだったらしい。あえて指摘はしない。したところで、ちんこがデカくて良かった、小さくてクソだったという話にしかならない。ガキん頃からのダチの性生活なんて、知りたくねぇっつの。まあ、「ドラケンにしか話せる奴いないんだよ」と言われるから、結局一から十まで聞いてしまうのだけれど。
「…………」
その三ツ谷は、今は後輩たちと歓談中。上機嫌にビールを煽る頬は、随分と赤くなっていた。口数も、普段よりずっと多いし、軽い。オレと目が合えば、嬉々として話し出すに決まっている。素面の三ツ谷の名誉のためにも、不本意にも聞かされる羽目になる東卍時代の仲間のためにも、目は合わせないようにしよう。まだキンと冷たい瓶を掴んで、王冠に栓抜きを引っかけた。
「ンはは、なんだよそれ!」
「ぅお、」
その、瞬間、ぐらりと三ツ谷の体が傾く。ドッとこちらに体重がかかった。逸らしたばかりの視線を戻すと、肩に三ツ谷の背中が触れている。いや、触れるなんて生易しいものではない。寄り掛かられている。……それも、表現としては相応しくないな。寄り掛かるというほどの安定感はないのだから。
よろめいた三ツ谷の上体は、やけにゆっくりと、オレの前側へと倒れていく。ああもう、自分の体を支えられないくらい、酔っぱらってんじゃねえよ。
ぐ、と、服の背中側を掴んだ。
「ぐぇっ!」
しまった、これだと伸びる。引っ張ったせいで、三ツ谷の項がよく見えた。かなり下の方につけられた、歯型までも目に入る。へえ、今、噛み癖のある野郎と付き合ってんのか。それか、たまたま昨日ひっかけたのが、噛み癖のある男だったのか。なんにせよ、このまま服を引っ張っていては、あとで三ツ谷に怒られる。掴んでいた手を離しつつ、もう片方の手で肩を掴んだ。
「おい、ダイジョ、ぶ、」
「ぉア」
三ツ谷の体が、完全に倒れることは防げた。それは、オレが肩を支えているからでもあるし、転ぶまいと三ツ谷自身が手をついたからでもある。
異様に近い位置で、目が合った。
「……どらけん」
「やめろ、喋ンな」
「すっごい」
「聞けよ」
距離が近いのは、仕方がないことにしよう。目を合わせまいと思った傍から、視線が重なってしまったのも、この際諦める。
問題は、三ツ谷が手をついた場所だ。オレよりも一回り小さい、しかし指先にところどころあかぎれのある手が、きゅうと握り込まれる。たちまち、じわりと熱が蜷局を巻いた。
どうして、よりにもよって、オレの股間なんかに手をついたかなあ!?
「でっかい」
「喋ンなっつったろ」
「だってでっかいじゃん、萎えててコレ? すごい」
「うっわおい触んな、揉むッ……、ヤメロ!?」
頬を上気させたまま、三ツ谷はパッと顔を華やがせる。しかし、そいつの手がしていることはちっとも華やかじゃない。下世話の一言に尽きる。
咄嗟に三ツ谷の手首を掴んで股間から離したものの、指先はまだわきわきと宙を扱いていた。やたらと滑らかな動きに、げんなりとしてしまう。そう思ったのは、オレだけではないらしい。先ほどまで三ツ谷と話していた千冬も、ちょっと、いやかなり引いた顔をしていた。それとなく股間を押さえていたから、間違いあるまい。
「なあ、どらけぇん」
「……ダメ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「ダメなもんはダメ」
「だから、内容聞いてないのにダメもなにもなくない?」
「なくない、あとその猫なで声もヤメロ」
しれっと伸びてきたもう一方の手もぎゅっと捕まえて、じろりと三ツ谷を睨みつける。とはいえ、その程度で怯んでくれる男ではない。にこにこと人好きのする笑みを浮かべたまま、三ツ谷は腰を浮かした。ハ、と思うと同時に、のしりと胡坐の上に体重が乗る。旋毛は見えなくなり、目線の高さが揃った。ごくりと、唾を飲んだのは、不可抗力だ。視界の端では、何故か千冬が神妙な顔をし始めた。
「見せて」
「ヤダ」
「いいじゃん、ちょっとくらい、先っぽだけで良いから」
「それ絶対先っぽだけで終わらねえだろ」
「あはは、よくわかってんね」
「あと退け」
「良いよって言ってくれたら退いたげる」
「言わないし、……退かねえっつーなら、退かすまでよ」
「え、アッ、わっ!」
低く呻いてから、三ツ谷の手首を解放する。すぐに脇に手を差し込み、ぐっと胴体を持ち上げた。両腕に、ずっしりと負荷がかかる。だが、退けられないほどではない。はためいた三ツ谷の腕がオレの肩を掠めるが、しがみつかれる前にその体を遠ざけた。ぴんと腕を伸ばしてしまえば、リーチの差もあって三ツ谷の腕は届かない。
「あー……」
「あーじゃねえ、つか飲みすぎ、明日頭抱えんのオマエだぞ」
「オレ、二日酔いで頭痛くなったことないよ?」
「頭痛じゃねえ、テメェの行いに後悔するつってんだよ」
「したことなくない?」
「してんだよなあ、毎回毎回!」
腕を突っ張ったまま吐き捨てれば、えぇ、と三ツ谷はあざとく首を傾げて見せた。こうやって惚けて甘えると、チョロい男は引っかかってくれるんだっけ。いつだったか、酩酊したこいつが言っていた。
酔うと、口が軽くなる。そういう奴は多い。で、そのとき口を滑らせた内容を、覚えているか、すっかり忘れるかは分かれるところだろう。三ツ谷は、前者。しでかしたことをきっちり覚えている。おかげで、素面じゃ絶対にしないことをやらかした、と醒めるたびに頭を抱えるのだ。もう飲まない、と呻くまでがワンセット。
この間は、散々なくらい棒と穴の話を聞かされたっけ。その前は、プレイの好き嫌いだったはず。どちらも、翌朝になって三ツ谷から「申し訳ありませんでした」なんてメッセージが送られてきた。となれば、オレのナニを見たいと騒いでいるコレも、明日にはこいつの黒歴史になるに決まっている。
「み、三ツ谷君、もしかして今日、すっげえ酔ってます……?」
「酔ってないよ!」
「いや、絶対酔ってますよね!?」
ふと、三ツ谷の向こうから怯えたような声がする。体を傾けるようにして覗き込むと、相変わらず神妙な顔をした千冬と、困惑を顔いっぱいに浮かべたタケミっちと目が合った。
酔っている、それは間違いない。だが、今日特別酔っぱらっているかというと、否。オレを含むタメの連中で飲んだ時は、大体この調子だ。
「……悪い、オレといるといつもこうなんだ、こいつ」
「酔ってないってばあ」
「酔ってんだろ、水持ってきてやっから大人しくしてろ、タケミっちたちに絡むんじゃねえぞ」
「んんんん」
「パー! 冷蔵庫漁るぞ!」
呻いている三ツ谷を余所に立ち上がる。上座でつまみを吸い込んでいるパーの手が「オーケー」と形作られたのを見て、廊下に出た。確か給湯室はあっち。飲み始める前に確かめた間取りを思い出しながら足を進める。目星をつけた小部屋を覗き込めば、汚れ一つないコンロとでかい冷蔵庫、ボタンのたくさんついたレンジが並んでいた。
「待ってってばあ」
「うわ……」
「うわって言うなし」
「ついてくんなよ」
「一人じゃさみしーと思って」
「千冬たち居たろ」
「絡むなって言ったのドラケンじゃん。てかドラケンがさみしいと思ってきたの!」
「さみしいわけねえんだよなあ?」
冷蔵庫を開けると、ぴたりと左腕に抱きつかれる。水のボトルを掴みながら見下ろせば、その顔にはにんまりとした笑みが乗っていた。唇はすっかり緩んで、薄く開いている。は、は、と吐き出される息は浅く、瞳は酔いのせいか潤んでいた。これが女だったら、誘われていると思ってそれなりに相手をするが、これは三ツ谷だ。手を出そうものなら、こいつの黒歴史をいっそう色濃くするだけ。
「ほら、水」
「……」
ボトルを差し出してみるが、三ツ谷が受け取る様子はない。それどころか、二の腕にしがみつく力が増したように思える。緩く開いていた唇は、ツンと尖っていた。こいつは一体、何に拗ねているんだ。酒じゃなくて水を差し出されたから? それともオレがあしらい続けるから?
……睨み合っていても埒が明かない。一つため息を吐いてから、ボトルのキャップを緩めた。水色のソレを取り外し、ボトルの口を三ツ谷の尖った唇にちょんと当てる。そのままじぃと見下ろしていれば、ふに、上唇がペットボトルの縁を食んだ。よしよし。ゆっくり、零さないように、加減しながらボトルに角度を付ける。ぱたんと瞼を閉じた三ツ谷は、んく、ク、と少しずつではあるが、水を飲み下していった。
「……はぁ、ね、ちゃんと飲んだよ」
「ん、いいこいいこ」
ある程度飲ませたところでボトルを離す。零れかけた水が、とん、とそいつの下唇に乗った。綺麗な顔立ちをしているのもあって、唇が僅かに濡れただけでも、色気が匂い立つ。長い睫毛だとか、その下から現れる潤んだ瞳なんかのせいもあるかもしれない。その顔で熱っぽく見上げられたら、落ちる男もいるだろうな。ボトルに残った水を飲み下しながら、ぽやぽやとしたそいつを眺めた。
「褒めるくらいならさあ」
ふと、三ツ谷の目が陰った。伏せたというのが正しいか。ほおっと湿った息を吐きながら、絡んだ腕の片方がツと伸びる。伸びる? どこへ。
疑問を持つと同時に、やんわりと中心を撫でられた。
「これ」
「おい!」
「ほしぃ」
「ッだから」
「……だめ?」
仕事着たるつなぎと違って、今日はラフなパンツを穿いている。柔らかめの生地越しに、すり、さり、と三ツ谷の指が這った。先ほど鷲掴みにされたのに比べたら、かなり曖昧な触り方。けれど、今の方が、冗談では済まない空気を纏っている。
くらりと流されかけた意識を、どうにか理性が引き寄せる。ダメだ。オレと三ツ谷は、そういうんじゃない。そういうことをしなければどちらかが死ぬとかって条件を突き付けられたらするけれど、そんな非現実、起きるわけがない。静かに深く息を吸い込んでから、長く、細く、吐き出した。
「……なあ、ここ、どこだかわかってんのか、人ん家だぞ」
「トイレいけばバレないって」
「いや、バレるだろ」
「オレが吐きそうなことにすればいいよ」
それらしいダメな理由を示してみるも、三ツ谷にはダメと判定されなかった。それどころか、大丈夫と囁かれてしまう。指先は、今もソレを撫でている。物欲しそうに、引っ掻いている。
「おねがぃ」
長い睫毛が、上を向いた。垂れた瞳が、熱っぽい視線を送ってくる。浴びているうちに、どろり、胸の中にある何かが融けた。ダメ、だ。ダメだろ、こんなの。必死に言い聞かせるが、徐々になぜダメだと思っていたのか、わからなくなってくる。いや、ダメなんだよ。オレら、ダチだし。そういうこと、するような仲じゃない。
「こんなこと、ドラケンにしか頼めないんだって」
ンなわけあるか。しょっちゅう男引っかけてんだろうが。そう思いこそすれ、こいつのしゅんとした顔で縋られると、どうも自分は弱い。う、と返事に詰まっているうちに、抱き着かれている方の腕の先に、指が絡んだ。やんわりと握られながら、ゆったりと廊下に連れ出される。その足は、酔っているとは思えないほどしっかりとした歩みで、廊下の奥、手洗い場の前までやってきた。すぐ隣にある個室は、言うまでもない。
「オレさ」
「んだよ」
「ドラケンの、なんだかんだ、オレに甘いとこ」
三ツ谷の手が、目の前の扉を開いた。センサーか何かついているのか、戸を開けるのに合わせて電気が点く。その中は、便所にしては広く、壁には手すりも付いていた。えーと、こういうの、バリアフリーっていうんだっけ。もっと、最近の言い方があったような気がするが、どうも思い出せない。三ツ谷に気を取られて、思考を、余所事に向けられない。
仕方なく、目の前の旋毛に目線を戻した。と、そいつが肩越しに振り返る。
「―― だいすき」
照れくさそうに、そいつは笑った。
それまでの強請るような雰囲気が一瞬にして可愛らしいものに取って代わる。え、なに、オマエ、そんな顔できんの。これから下世話なことをしようって奴を相手に?
はくんと息を呑んだと同時に、ぱたん、小部屋に引きずり込まれた。
◇◆◇◆
恍惚とした顔をして、三ツ谷はソレを頬張っていた。不衛生にしているつもりはないが、風呂に入ったわけでもない。一日分の汗やら汚れやらはどうしたってついているだろう。にもかかわらず、高級ソープ嬢さながらに三ツ谷は咥え込んだ。客として入ったことはないから、本当に彼女たちが笑顔で即尺するのかはわからないが。
わずかに兆していただけのそれは、三ツ谷の口の中でふつふつと滾っていく。酒を飲んだせいもあって、まだ半勃ち程度だが、……こいつの口淫で、そこまでには勃たせられた。
「ぁ、はっ、ほんとおっきいね、完勃ちしたら腕ぐらいあんじゃない……?」
「期待されても、ンなでかくならねえからな」
「ほんとに?」
「ぅ」
ちゅぽっと口から引き抜いたかと思うと、今度は舌先でチロチロと亀頭を舐め始める。ふぅーっと細く息を吹きかけたり、鈴口に口付けてきたり、それどころか、茎から袋まで丁寧に指を這わせてきた。経験人数など知ったこっちゃないが、数多の男のナニをしゃぶってきたのは間違いあるまい。でなきゃ、こんなに上手いもんか。
上に向かって息を吐き出しながら、ぐしゃりと膝立ちになっている三ツ谷の頭を撫でた。もう片方の手は、しきりに扉の鍵を確かめている。閉めた。ちゃんと鍵をかけた。わかってはいるが、数メートル離れた先の部屋に仲間がいるのを思うと、気が気じゃない。そういえば、この扉は外開きだった。じゃあ、今みたいに寄り掛かっているのもまずいか? かといって、三ツ谷の手の届く範囲に扉があるのも如何なものか。「鍵? なんで閉めるの、いいじゃん、次来た奴も混ぜれば」なんて抜かしたんだぞ、しれっと鍵を開けられてもおかしくない。
「ぅ、あ~クソッ、ほんとうまいな……!?」
「んふふありがと♡」
甘ったるい返事と同時に、スジをねっとりと舐られた。下腹がぴきりと引き攣る。滲み出たカウパーを啜った三ツ谷は、うっとりとしながらまた大きく口を開いた。
「ンぷッ、ぐ」
「ヴ」
「んふ、ふ、きもひぃ?」
「しゃ、べんなッ!」
濡れた切っ先が、上顎に擦れる。意識したことはなかったが、ソコには微かな凹凸があるらしい。さりさりと擦れるたびに、頭の奥が焼けていく。あと一杯飲んでいたら、なけなしの理性は消し飛んでいたことだろう。良い酒ばかりだと、調子の乗って飲まないでおいて良かった。……隣にいたこいつが、あれもこれもと手を出していたからかもしれない。あんな飲み方したら、悪酔いしそうだ。自分はちゃんとセーブしておこう。あの時の判断は、まさに英断だったと思う。
それはそれとして、腰を振りたくて仕方がない。熱の籠った口淫は、三ツ谷の思うままに水音を立てる。ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ、どうしたって耳についた。
自分だけ、この音に酔わされるのは、癪。なし崩しに始まったし、三ツ谷が主導権を握っているのも仕方がないのかもしれないが、癪なもんは、癪。
腹の奥で蜷局を巻く熱を落ち着かせるように、深く息を吐き出した。
「……なあ、三ツ谷ぁ」
「ぅ、ム?」
両手とも、三ツ谷の頭に乗せた。髪に指を通して、くっと抱える。イラマでも期待したのだろうか。オレのを咥える三ツ谷の目が、きゅうと三日月を描いた。合わせて、意図的に開いた喉奥に、ぬづりと先っぽが入り込む。それでも、根元まで埋まることはない。逆に埋まったら焦る。喉を突き破るか、窒息させる気しかしないし。
「舐めるだけで、満足?」
「……ん、ンッ」
静かに手を滑らせて、指先で耳介を擽る。軟骨の形を確かめていると、キュと喉奥が窄まった。視線を合わせると、歪んだ瞳の奥がじゅわりと蕩けた。爪が掠めるたび、ひくひくと熱が震える。へえ、耳弱いんだ。耳を触ったのはなんとなくだったが、悦を堪えて悶えるところは、見ていて気分が良い。
緩みそうな口元を引き締めつつ、やんわりと手の平で耳を塞いだ。
三ツ谷は、今、オレの手に気を取られている。その手が、腰が、乱暴に動くことを期待している。マゾっ気あんだな。でも、オレは嗜虐的な性癖は持ち合わせていない。苦しいことも、痛いことも、避けて、とことん快楽に沈める方が、好き。
そっと浮かせた足に、そいつの意識は向いていなかった。
「ンなわけねえよな」
「~~ッン゛!?」
ぐにゅ、と、足が三ツ谷の局部に触れる。膝立ちになっているから、ちょうど足首の辺りで蹴り上げる格好。蹴るというような強さはないか。押し上げる、というのがきっと正しい。緩急つけて刺激を与えると、その腰が逃げようと震える。だが、続けてぐにぐにと圧しているうちに、その腰が艶めかしく揺れ出した。オレの足を使って、自慰に耽っているかのよう。
興奮したからか、咥えたままの口内もぐちゅぐちゅに濡れてきた。口の端から、とろりと唾液が伝い落ちる。粘着いた白濁は、なんだか精液染みていた。まだ出していないし、出そうでもない。唾液を掻き回したが故に、そうなったらしい。
「きもちい?」
「ンッ、んぅ、ん♡」
意趣返しのつもりで尋ねると、三ツ谷はこくこくと頷きながら口を窄める。三日月に歪んだ瞳をさらに淫蕩に染めて、顔を前後に動かし出した。たっぷりとまぶされた唾液で、妄りがましい水音が立つ。高いところで聞いている自分でそう思うのだ、耳を塞がれている三ツ谷には、さぞ大きく響いて聞こえることだろう。
それとなく浮かせていた足を床に下ろしても、三ツ谷の股は追いかけてくる。ほとんど右脚にしがみつくような格好で、腰を揺らしていた。
「ん、んぁ、ォ、んぶっ」
「く、んん」
「ッ、ん、ぐッ」
喉の奥から、不穏な感触がする。三ツ谷は開いた喉で、より深く陰茎を咥え込んだ。鼻で息をするのもやっとなのだろう。顔を真っ赤に染めながら、ふーふーと息を荒げている。人の脚を使った自慰も、ごりごりと無遠慮な強さになってきた。それほど強く押し付けては、痛いだけでは。そう思えども、見下ろした顔には悦しか浮かんでいない。切なそうに眉を寄せながら、くぐもった喘ぎを撒き散らす。
つい、指先に力が入った。
その瞬間、ニィ、と三ツ谷の目が笑う。おい、なに考えてんだよ。嫌な、予感しか、しない。
完勃ちしたら、腕程あるんじゃないか。そう、三ツ谷は言った。それはいくらなんでも言い過ぎだ。だとしても、身の丈相応の大きさはしている。三ツ谷の口の中で散々奉仕されたソレは、バキバキに反り返ってこそいないものの、それなりに大きく、充血していた。少なくとも、簡単に根元まで咥えられないくらいには。
なのに、この男ときたら。
「……っは、ぉいバカ、」
ぽろっと漏れた罵声じゃあ、そいつを止めるには至らない。一際強く局部を押し当てながら、―― 三ツ谷は、ぐぽんと、顔を埋めて見せた。
「っク、ぅ、」
「~~ッ♡」
力んだ指先で、伸びた髪を引っ掴む。力任せに引き離せば、ぽてっと濡れた唇からずろろろっと浅黒い自身が抜け出てきた。……なにがバキバキになっていない、だ。たっぷりと唾液をまぶされたソレには、びきりと血管が浮いている。ぬらぬらと淫靡な艶を放つ陰茎は、どう見たって、完勃ちだ。
は? こいつ、こんなちんこを根元まで飲み込んだってのかよ。
竿越しに見える三ツ谷の目は、ぐるんと裏を向きかけている。口からはみ出たベロを伝って、ぽたっと唾液が落ちた。びく、びくんと揺れる体は、まるでイッたときの女のよう。……いや、これは、イッたのか?
「ぁ、ァへ、あぅ~……」
「て、おい大丈夫か」
「あブ」
ぺたんと座り込んだそいつの頬を、軽く叩いた。けれど、なかなか意識が戻ってこない。もう一度ぺちんと叩きながら、オレの脚に擦りつけていたところに視線を向けた。膨れてこそいないが、色の濃い布地には沁みができている。ここまで滲むほど、しっかりと出したのか。汗ばんだ頬に触れながら、ごくり、溜まっていた唾液を飲みくだした。
「ど、らけ、ん」
「っ」
か細い声に、視線を引き戻される。焦点の定まっていなかった瞳が、ぼんやりと、オレを映していた。けほ、と噎せるのを聞くと、無性に不安になってくる。喉奥まで使って陰茎を咥えたのだ、平気でいられるはずがない。
「大丈夫か、吐きそう?」
「あ、のね、」
やんわりと頬を撫でると、うっそりとした目付きのまま三ツ谷が手に擦り寄ってきた。浅い咳をしては何かを呑み込み、ほうと息を吐く。吐き気を催しているふうでも、無理に呑み込んでいる様子でもない。ひとまず安堵して、額に貼り付いた前髪を払ってやった。
徐々に、三ツ谷の瞳に光が戻ってくる。何度か瞬きをしたソレは、しっかりとオレを捉えた。そこからさらに、ぱちぱちと睫毛が上下する。……なんだか、目が合わない。こちらを見ているのに、三ツ谷と目線が合っているように思えなかった。
一体、どこを見ているんだ?
過った疑問は、すぐに、解けた。
「も、がまん、できない」
「は……、って、ぅお!?」
ギラリと、その瞳が熱欲で染まる。
頬に添えていた手も、頭に乗っていた手も、ぎゅうと一纏めに捕まえられた。かと思えば、どこにそんな力が残っていたんだ、という勢いで引っ張られる。背中が、扉から浮いた。ギンッと反り返っているせいもあり、つい姿勢は前屈みに。こちらが二、三歩よろめく頃には、三ツ谷はのっそりと立ち上がっていた。
「すわって」
「いや、なに、おい三ツ谷ッ!?」
「ふふ、んふ……。あんまり、大きい声出したらあ」
振り回されるうちに、どすんと尻が便器に落ちる。中途半端に寛げた状態なのもあって、変に下がったベルトが食い込んだ。直そうにも、両手は三ツ谷に捕まえられたまま。……かと思ったが、その手はすぐに離れていった。白いくせに荒れている指先が、自身のベルトを緩めていく。
「みんなきちゃうよ……♡」
とろんと笑った三ツ谷は、すとんと自らが着ていたズボンを下げた。それからもたもたと足を抜いて、後ろを向く。続けて、ぺろんとシャツを捲り上げた。おかげで、小ぶりな尻が目の前に晒される。その生白い尻に這う、紐のようなピンクも、目に留まった。まさか、それ、パンツ? 後ろから見ると、本当に紐でしかない。つーか、オマエ、そんなエロいパンツ履いて飲んでたわけ?
こちらの混乱など気にも留めず、三ツ谷は息を荒くしながら、尻たぶに手を伸ばす。ぐ、と両手で割り開くと、そのキツイ色味が縦に筋の入った肉に食い込んだ。ウワ、こんなに使い込まれたアナル、初めて見た。いや、そんな感心している場合じゃない。し、そもそも使い込まれたアナルを生で見る経験なんて、ろくにない。大多数が、初めて見るだろうよ。
呆気に取られているうち、三ツ谷の指先は割れ目に食い込む紐に引っかかる。いや、縁にも入れ込んでいるだろうか。
ひくんと頬が引き攣ると同時に、ぐぱぁとナカの熟れた赤が見せつけられた。
「ぁンッ」
「お、わ」
尻は、濡れない。なのに、肉壺からはとろりと何かが伝ってくる。まさか、昨日の相手の精液? 嫌な予感が頭を掠めるが、零れてきたソレは透明。白濁とはしていない。
「……なに、これ」
「んっ♡ ん、とね、ゼリー」
「ゼリー?」
「そお。アナル用の、ゼリー。オレ、飲むとすぐヤりたくなっちゃうからさあ」
飲み会行くときは、仕込んでんの。
そう付け足しながら、三ツ谷は零れてきた潤滑ゼリーをナカに押し戻す。ふっくりとした縁は、何の抵抗もなく指先を呑み込んだ。そのままぐるりと見せつけるようにして孔を掻き回す。ちゅぽんっと抜いた後も、拡がったソコは不規則にヒクついた。
欲情しきった顔を露わに、三ツ谷の片手は反り返ったオレの怒張に触れる。あ、と思う頃には、ぐずぐずの媚肉が切っ先に触れた。ハ、なに、まさかもう入れようって? 咄嗟に三ツ谷の腰に触れるが、ぶちゅぅと吸い付いてくる淫唇は離れてくれない。それどころか、大口を開けるようにして充血した亀頭を咥え込み始めた。
「んっ、ぐ、ぉ」
「おい、マジかよ、みつやぁ……?」
「ふ、とぃ、すご、あっ、アッ」
ぱんぱんに膨れたソレは、ずぶずぶとナカに埋まっていく。抵抗がないわけではない。だが、入れるのを躊躇わせるほどの力はなかった。むしろ、ぐねぐねとうねるせいで、奥へと誘われているかのような錯覚に陥る。
女でも入れるまでに慣らさないと苦労するというのに、どうしてこれほど滑らかに入っていくんだ。アナルの方が、入れるのは大変なはずだろ? 次々と困惑が浮かんで明後日の方向に意識を引っ張られるが、現実ではぐぽんとカリまで粘膜に包まれてしまった。背中をしならせながら、三ツ谷はぬちゅ、づちゅ、と腰を落としていく。
「ぁあ、あンッ、んふ、ふふふふ」
「っ」
そして、ぱちゅん、生白い尻が、太ももに乗った。しっかりとくっついてるせいで、結合部が見えない。ということは、根元まで、埋まった? そう、なる。
自覚すると同時に、ドッと汗が噴き出てきた。
「ヤっ……、ば、奥まで、入って、るぅ♡」
ぴくんと、しなっていた背筋が震えた。強張るように固まって、あ、ア、と喘ぎが細切れになって零れていく。
そっと背中に寄り添って顔を覗き込むと、恍惚としながらつぅと涎を垂らしていた。あ、これ、またイッた。つつつ、と視線を下げると、シャツの裾からぽてりと垂れた陰茎が見える。ちょうど便座に乗った先っぽは、しとどに濡れていた。鈴口からは、とぽとぽと精液が漏れている。勢いは、なかった。本当に、漏らしている。
おい、ちんこ嵌められるだけで、こんなイキ方するのかよ。その前に、散々オレの脚でオナってたせいもあるかもしれない。はは、こんなんじゃ、膣に突っ込んだってまともに射精できないのでは。尻でいくらでもよがれるからイイのか?
「も、らめ、ずぽずぽしたい、」
「は?」
「おく、奥っ、ぐりぐりしてぇ……」
「ぅ、アッおい、三ツ谷、」
「あへ、ォっ、腰っ、動いちゃぅう」
たぷん、と、垂れていた三ツ谷のナニが揺れた。浮いたソレは、ねっとりと白い糸を引く。……浮いた? ハッと下腹に目を向けると、ずるりと自身が這い出てきていた。ずるりと出てくるソレに引っ張られて、わずかに縁が伸びている。ああ、三ツ谷が腰を浮かせたのか。だから、こんな、毒々しい景色を目の当たりにしている。
はくん。空気を食むと、三ツ谷の淫らな笑い声が聞こえた。
「ンン゛ン゛ッ♡」
「っぅお!?」
途端、ばちゅんと腰が降ってくる。肌がぶつかる鈍い音が聞こえた。ほとんど同時に、はらわたの奥ではぐぽんと何かを割り開く感触がする。熱杭に纏わりついてくる肉は、膣と何が違うのかわからない。なんなら、オレのをしっかり根元まで呑める分、こっちの方が相性が良いようにすら思えてきた。
思考を白黒させているうちに、三ツ谷はまた腰をばちゅんと振った。先ほどよりも、大きく抜いて、ずっぷりと打ち付けてくる。おかげで、より大きな破裂音がした。
……加えて、ぎしり、尻の下から不穏な音がする。待て、このままじゃ、間違いなく便座が壊れる。そりゃそうだ、野郎二人分の体重に耐えうるように作られているわけがない。
焦るオレを余所に、三ツ谷はまた、腰を浮かせた。エラで引っかかるところまで、一気に引き抜いている。この捲れ方だ、カリも抜けかけている。ここから、一気に、捻じ込もうって? 待て、待て待て待て。
ンなことしたら、マジで、壊れる。
「くッそ、」
「へ、ぇっ、アッ」
突然すぎる快楽は、脳みそで処理するのにも時間がかかるらしい。おかげで、しょうもないことに意識を割ける。いや、人の家の便座を壊すのは、笑い事では済まない。セックスに理性を持っていかれる前に、気付いて良かった。
今にも落ちて来そうな腰をガッと掴んだ。ダンッと足に力を入れ、腰を浮かす。三ツ谷との身長差を思うと、本当は中腰で堪えるべきなのだろう。だが、そんなことをして尻もちをついては元も子もない。片腕を三ツ谷の下腹に回しながら、一思いに立ち上がった。
「あ゛ッッ♡」
一瞬。ほんの一瞬だが、その身体が浮いた。右腕に、強烈な負荷がかかる。ア、重い。無理。両腕を使えば、どうにかなるだろうか。……考える余裕など、ない。僅かに前屈みになると、三ツ谷の震える両足が床に着いた。宙を暴れた腕の片方は、勢いよく備え付けられた手すりを引っ掴む。
「あ、あはっ、てすりあるの、えっちすンのに便利でイイねっ」
「ぜってーこういう用途じゃねえだろッ……」
「ンぁっ!」
「う、わ、声ッ」
ズレた物言いをする三ツ谷にぱちゅんと腰を打ち付けると、一際大きな喘ぎが上がる。便所の、その空間いっぱいに響く声。下手したら、廊下に、宴会場にまで響きそうな、大声。今さら、塞いだって遅い。わかっていても、その口を塞がずにはいられなかった。
「こえ、でかい、って」
「ォ、ンッ、ぅんン゛ッ♡」
オレの手が大きいからか、三ツ谷の頭が小さいからか、当てた手は顔の下半分を覆ってしまう。喘ぎと一緒に出てきた呼気が手の平にぶつかった。口から吐けなくなった分、嬌声は鼻を通って零れだす。濁ったソレと、鼻を啜る音が、交互に聞こえた。
一度、落ち着かせた方が良い気がする。今すぐにでも腰を振りたくりたいのを堪えて、ぎゅ、と腹に回している手に力を込める。しかし、こちらの意図に反して、三ツ谷は呻くような喘ぎを零した。ナカはきゅぅうと締め付けを増す。最奥にまで嵌り込んでいる切っ先には、妄りがましく吸い付かれた。
「~~ぉい」
「ら、ってぇ、はら、おされ、る゛のッ、ぎもちぃい」
「感度良すぎんだよなあッ」
「あは、ありがと♡」
褒めてねえよ。これまでの男にはさぞ悦ばれたろうが、声を押さえてほしいこの状況下じゃ、求めていない。
安定感はなくなるが、腹に腕を回すのは止めようか。だが、それだと両手で腰を掴まないとならない。立ちバックで、どう口を塞ごう。いっそ挟むように壁に押し付けてしまおうか。……どうだろう、三ツ谷はとにかく前が濡れる。ここは新築だ、壁紙の染みはさぞ目立つことだろう。
くそ、なんでココ、パーの事務所なんだよ。ラブホか、せめてどっちかの家だったら知ったこっちゃねえと嵌め倒せんのに!
徒労すぎる苛立ちを抱えながら、八つ当たりのように細腰を穿った。
「んオ゛ッ♡」
濁った喘ぎを漏らした瞬間、―― ノックの音が、響く。
コンコン、続けて聞こえた軽やかな音に、ぴたり、動きを止めた。今度こそ、止めた。熱に呑まれていたかに見えた三ツ谷も、ひくんと震えるのを最後に、淫らな煽りを止める。
どちらの目も、食い入るように、少し離れた扉を睨んでいた。
『あのぉ、ドラケン君?』
「ち、」
千冬の、声だ。理解すると同時に、一気に背中が冷えた。誰か来るわけがない。そう、どこかで安心していた。しかし、現実はそこまで優しくはない。
それまでの興奮とは、まったく別の意味で脈拍が上がる。ヤバイ。まずい。後輩にバレた。八戒じゃないだけマシか? どうだろう。誰にバレたって、地獄にかわりはない。
『まだ使ってます? てか、三ツ谷君、大丈夫スか?』
息を潜めていると、一見、いや一聴気づかわしげな声が聞こえてきた。
まだ、使っている? まあ、使っていると言えば、使っている。
三ツ谷が大丈夫か? そろりと下に目線を戻すと、真っ赤に染まった首筋が見えた。髪の間から見える耳も赤い。数回腰を打ち付けた臀部も、元が白いせいか、赤く見えた。どうみても、大丈夫じゃない。かといって、このまずい状況を、後輩に説明するわけにもいかない。
「ぁはッ♡」
ふと、視線の先から、不埒な笑い声がした。オイ、声、でかいんだけど。絶対に、千冬に、聞こえた。その証拠に、扉の向こうからは「三ツ谷君? もう平気なんすか」なんて声が聞こえてきた。平気じゃねえよ。オマエが気にしているその男は、オレのナニばっくり咥え込んで善がってる真っ最中だっての。
下手に何かを言われる前に、口を塞がなくては。それこそ、千冬も混ぜる、なんて事故、起こしたくはない。一度離した手を、再び伸ばした。
「もおだいじょうぶらよお♡」
「~~ど、こがだよ!?」
「お゛、プ」
パァンと小気味の良い音が鳴る。しまった、勢いを付けすぎた。しっかりと口を塞げたものの、腹に回している方の腕まで力んでしまう。ガホッと、手の平に咳き込んだ空気がぶつかった。ほとんど同時に、ナカがうねる。根元と先っぽがきゅんっと締め付けられ、竿には柔い膜がねっとりと纏わりついてきた。
「んッ、んぐッ♡ ォっ」
ずるり、手すりから三ツ谷の手が外れる。支えを失った手が、慌ただしく暴れた。その先は、だん、バンッ、と壁を叩く。ちょうどそこにあった、操作パネルにも、手の平はぶつかった。何かのボタンを押したらしく、叩きつける音の後に機械的な流水音が流れ出す。
あ、そうだ、水。水を流せば多少は誤魔化せるのでは。そんな簡単にかき消せはしないというのに、混乱を極めた頭はそれでいっぱいになってしまった。三ツ谷の口を塞いでいた手が、ぐっとそのパネルに伸びる。ほとんど迷いなく、「流す・大」と書かれたボタンを叩いていた。
「ぃぐッッ」
がくんと三ツ谷の膝崩れる。ここで転ばれたら、千冬はいっそう不審に思うことだろう。つーかもうバレてるよな、諦めちまうか。ちらりと諦念が過るが、往生際悪く右腕は足掻く。……三ツ谷の体を支えんと、ぐ、力んだ。パネルに伸びていた手も引き寄せて、痩せた体をぎゅう、抱え込む。
それでも、せり上がってきた射精感には、抗えなかった。
「~~ォッ♡」
「ぁ、あ~、は、はあッ」
どく、と、はらわたの、とびきり深いところに熱を吐き出す。ほとんど同時に、三ツ谷の陰茎はぷしゃっと透明な液体を撒き散らした。ナカに擦りつけるように体を緩ると、それに合わせて潮を噴く。床はすっかりびしょ濡れだ。なんだよ、オマエ、ほんとよく漏らすな。
「ぁは、どらけぇん、」
「あ゛?」
一拍置いて襲って来た倦怠感引きずられて、ずるずると床に膝をつく。三ツ谷に至っては、ぺちゃっと濡れた床に倒れ込んだ。おかげで、萎えた陰茎が後孔からするんと抜け出る。けれど、割り開かれた淫口は塞がらない。横にピンクの紐を引っかけながら、内側の赤色を曝け出していた。つい、見つめてしまう。見入って、しまう。そのうちに、注いだ精液が、とろりと伝い落ちてきた。
ねっとりとした白が、ゆっくりと、床に垂れていく。
「いまの、―― もぉいっかい」
「バカ言えよ……」
すぐに首を擡げそうな自身に苛立ちながら、垂れかけた白濁を掬って淫蕩な孔に捻じ込んだ。
◇◆◇◆
手早く身なりを整えて、そっと騒がしい応接間を覗き込む。絡んできそうな連中は、ほとんど上座もパーの近くにかけていた。自分と三ツ谷の荷物の辺りには、潰れた奴らが転がっているだけ。
よし。なんでもない素振りで、中に足を踏み入れた。
「あ、ドラケン君、お疲れっス」
「……おう、悪いな便所使うトコだったろ」
「全然、二階の方いったんで!」
そうして二人分の鞄を拾い上げたところで、ひょこひょこと千冬が近寄ってくる。つい、顔が引き攣ってしまったが、そいつが気にする様子はない。それどころか、あっけらかんと笑って見せた。
だとしても、だ。一応釘は刺しておかなくては。
「千冬、さっきのサ」
「あぁ、なんかマジで災難でしたね」
災難、とは。
ぽつりと振った途端、千冬は表情を苦笑いに替えた。知人のセックス現場に居合わせてしまったのだ、災難は災難ではあるが、どうも引っかかる。これじゃあ、オレが災難を被ったみたいじゃないか。確かに、巻き込まれた身ではある。だが、最終的にノッてしまったのだから、オレも同罪だ。
……この場でそんな弁明をするのも気が引けて、なぜかしみじみとしだした千冬が喋り出すのを待った。
「でも、やっぱスゲーっすよ、ちょっと尊敬します」
「や、尊敬されるようなコトじゃあ……」
「いえいえ! いくら仲良いからって、ゲロの世話までって、できないですって!」
「……ゲロの、世話」
「さすがのオレもタケミっちをそこまで介抱は……、無理っすね」
うんうん、と頷く千冬の横には、まさにそのタケミっちが転がっている。離席している間に潰れたらしい。
それは、さておき、だ。ゲロ。ゲロの、世話。どうして、そうなった。扉越しには、吐きそうな三ツ谷をオレが介抱していたように聞こえたというのか。あんなに喘いでいたのに? それとも、あの濁った喘ぎが、嘔吐いている声に聞こえたのだろうか。
こっそり千冬の様子を窺うが、裏があるようには見えなかった。しいて言えば、それなりに酔っているな、という程度。ああ、なるほど。酔っているから、真っ当に判断できなくて、ゲロの世話をしていると思ったのか。
なら、そういうことにしてしまおう。
「……場地相手ならオマエも出来んじゃね?」
「場地さん……?」
なんでもない顔をして、そいつが尊敬している男の名前を挙げる。
ぱちりと目を瞬かせた千冬は、すぐにハッとしてだらだらペーと飲んでいる男に視線を向けた。できるかも。その呟きは、すぐ下から聞こえた「はくじょうものお」という呻きでかき消される。相棒に薄情者扱いされてんぞ、いいのか。思うだけで、口にはしてやらない。どうせ、どれもこれも酔っ払いの戯言で終わるのだ。三ツ谷のように、翌朝「大変申し訳ありませんでした」なんて言う羽目になることは、まずない。
ああ、そうだ、あいつを待たせているんだ。いつまでもここに居ては、事後の余韻をたっぷりと引きずった顔をして、こっちにやってきてしまう。
「まあいいや、オレもう抜けるワ。三ツ谷送ってそのまま帰る。パーによろしく」
「ッス、お疲れ様です!」
二つの鞄を持って、廊下に出た。足は迷うことなく手洗い場に向かう。
相変わらず、三ツ谷は便所の扉に寄り掛かっていた。崩した正座で、ぽやっと宙を眺めている。雑に顔を拭ったのもあって、目元にトイレットペーパーの破片がついていた。あーあー。屈みながら、親指でそれを払ってやる。
「三ツ谷、行くぞ」
「ぁ」
ぐずぐずだった顔は、ひとまず体裁を保っている。これなら、酔っ払いの範疇に収まりそう。
そう、思ったのだが、三ツ谷はオレを認識するなり、とろんと目元を甘く緩めた。
「つづき、する?」
「しねーよ」
「え、しないの」
「いいから、帰るぞ」
「帰ったらする?」
「だからしないって……」
「ドラケンにだったら、オレ、なんでもするよ?」
こてんと、三ツ谷はあざとく首を傾げる。この仕草で、台詞で、他の男も落としてきたのだろう。そうに決まってる。でなきゃ即尺・即ハメなんてするわけがない。……わかっていても、くらりと頭は揺れてしまった。ついでに、動悸まで走る。
「……明日、頭抱えんの、オマエだぞ」
「だからあ、オレ二日酔いで頭痛くなったことないって」
「そういうことじゃねんだよなあ」
雑にいなしながら、足腰の立たない三ツ谷に肩を貸す。どうにか立ち上がって、半ば引きずるようにして廊下を抜けた。玄関まで辿り着けば、すりガラスの向こうに点滅するランプが見える。もうタクシーは来てくれたらしい。手早く靴をひっかけて、三ツ谷の靴を探した。
「なあ、オマエのどれ」
「それ」
「どれだよ」
「それだってば、そのスリッポン」
「ああ、コレ?」
「それ!」
指差された先からそれらしいのを抓むと、にぱっと三ツ谷は顔を綻ばせる。子供のようにぱたぱたと揺らす足に履かせてやると、満足そうに息を吐く。
「なあどらけーん」
「あー?」
「なにしたらえっちしてくれんのお」
「しつけーよ、しねえってば」
「オレはしたいの」
「……余所でビョーキ貰ってくるようなことしないんなら、まぁ考えても、」
「えっそれだけ? じゃあ他のセフレぜーんぶ切るワ」
「ハ?」
「だからさ。もっかい、しよ」
甘ったるいソレは、きっと酔っ払いの戯言だ。明日になったら、きっとなかったことになる。
でも、相手は三ツ谷だ。どんなに酔っても、記憶が飛ばない。明日になって、申し訳ありませんでした、と言われることはあっても、それが虚偽の言葉で片付けられることは、ない。ないと思って、いい。
いつの間にか口内に溜まっていた唾を、ごくん、飲み下した。
「……後悔しても、知らねえぞ」
「しないもん!」
言い回しまで子供じみてきたそいつを抱えて、呼んでおいたタクシーに連れ立って乗り込んだ。
翌朝の第一声は、案の定「大変申し訳ありません」。
続けて吐き出されたのは、「今後ともどうかよろしくお願いいたします」だった。