x/1week
女体化
「女って、オナニーすんのかな?」
三ツ谷が席を外した、すぐのことだった。
隣にいるマイキーが、頬杖をつきながらおもむろに呟く。咥えたままのパフェスプーンは退屈さを露わに上下に動いていた。
突然、何を言い出すんだ。
あまりにも突然切り出された話題に、胡乱な顔をしてしまう。一応この面子の紅一点である三ツ谷がトイレに席を立ってから切り出した辺り、言うタイミングは計っていたのだろう。
だとしても、マジで、ナニ、いきなり。怪訝な目を向け続けてみるが、我らがマイキー様の目線はオレに向いたままだった。
「……なんでオレを見るんだよ」
「詳しいだろ?」
ぼーっとしたような目つきに、得意げな色が乗る。とんだ偏見だ。ピンクのタオルとローションの匂いに塗れた空間で育ってはいるが、その手の知識はマイキーと大差ない。
確かに、他の三人に比べれば、知識はある方だと思う。しかし、比較対象がマイキーとなると話は別。十個上の兄貴がいるだけあって、結構、いやかなり詳しい。オレでも首を傾げることがあるくらい。
あまり目を合わせていたくなくて、コップに差しているストローを小さく噛んだ。流れで吸うと、薄くなったコーラが口の中に流れ込んでくる。
「そういや女って、男と違ってシなくても良いって聞くよな」
「あー」
下ネタ談義は、まだ続くらしい。普段より幾何か声を潜めながら一虎が話に乗っかった。雑な相槌は場地のもの。仕方なく視線を四人の方に戻すと、どれもちょっと鼻の下が伸びていた。口元は、あからさまにニヤけていたり、取り繕うように波打っていたり。
嫌な、予感がする。口に咥えたストローに、ガジリ、歯を突き立てた。
「……三ツ谷って」
「おい」
「シてんのかなあ、オナニー」
「コラ」
「週六でやってたりして!」
「バカ野郎」
パーが口を開けば、それとなく場地が乗っかる。オレの諫言には目もくれず、ギャハッと一虎が下卑た笑い声を上げた。
三ツ谷のこと、そういう目で見んな。単純な力比べだとアイツは非力だが、喧嘩での立ち回りの上手さはオマエらだって知ってるだろ。ノーモーションから繰り出す頭突きでマイキーに膝をつかせたこと、パーも一虎も知っているはず。場地だけは三ツ谷の頭突きを思い出したのか、キュッと口を引き結んで渋い顔をしていた。……そういや、オマエ、一回食らったことあるもんな、アイツの頭突き。
ああもう。苛立ちが増していくうちに、コップからズゴッと空気を吸い出す音がする。チ。内心で舌打ちしながら口を離すと、ストローの先はすっかり歪に拉げていた。
「ンだよ、ドラケン、ノリ悪ぃなあ」
「悪ノリが過ぎるんだよ、オメーらは」
「じゃあケンチンは週何回オナってんの」
キと一虎と睨み合う。しかし、火花が飛ぶ前に、マイキーに割って入られた。
は? つい低い声が出る。とはいえ、その程度の凄み、マイキーには響かない。咥えていたスプーンをカランとパフェの容器に放り込んで、にんまりと口を歪めた。
「オレはね~、週七」
「は、マイキーそんなにしてんの、オレせいぜい週二なんだけど」
「いや、一虎オマエ少なくねえか? オレぁ週八だぜ」
「パーの一週間って八日あんの?」
「ヌ、そっそういう場地はどうなんだよ」
「オレぇ? オレは……、四くらい?」
七に二に、八に四。軽やかにダチのオナニー事情が明らかになっていく。正直、どうでもいい。週に何回抜こうが自由だろ。わざわざ誰かと比べることでもあるまいし。人のセックスを笑うな、十人いれば十通りの性癖があるもんだ。日頃からそう言い聞かされているからか、飛び交う猥談にどうも興味が持てない。
居心地が悪くなってきた。コーラでも取ってくるか? だが、ここで席を立っては、何を隠しているんだと、身に覚えのない隠し事を理由にウザ絡みされるのが目に見える。
ため息を吐きつつ頬杖をついた。すると、ニヤニヤと場地たちの方を向いていた顔が、こちらを向く。意図的に作られた、爽やかな笑み。話していることは、清々しさとは真逆だってのに。
「で、ケンチンは?」
オレのこたあ、どうだっていいだろ。……それで誤魔化せる雰囲気ではなかった。
「……週三」
「何の話?」
ギクリと、肩が震えた。
咄嗟に振り返ると、涼やかな顔をした三ツ谷が立っている。片手にはタオルハンカチ。もう片方の空いた手を、「ン」と差し出されたので、オレの隣に置いて行ったショルダーバッグを差し出した。なにも言わずに三ツ谷は受け取り、小ぶりなそれにハンカチをしまう。座るだろうかと席を詰めると、空いたソファの角にちょんと腰を下ろした。
「で、何の話?」
「あー、っと……」
無垢そうな顔をして三ツ谷は首を傾げる。性的なコトとは無縁と言わんばかりの表情。真っ向から見ていられなくて、おろおろと視線が泳いだ。女に聞かせる話じゃない。けれど、あからさまに隠して、三ツ谷だけ話の輪から追い出すというのも気が退ける。
どう言い訳しよう。ちょうどオレの反対側にいる場地に助けを求めてみるものの、凄まじい勢いで顔を逸らされた。オレはもうあの頭突きを食らいたくない。向けられた横顔には、はっきりとそう書いてあった。
「ねーねー三ツ谷ぁ」
「ぅおッ」
すると、ド、っと。背後から衝撃に襲われる。肩越しに振り返れば、マイキーがオレの背中に乗り上げていた。
「教えて欲しいことがあんだけどさあ」
「ッバカ!」
制止を試みるも、口からは罵倒の単語しか出てこない。いっそ、手で口を覆ってしまった方が手っ取り早いか? 慌ただしく手を伸ばす。が、ニヤけたマイキーは、簡単にオレの腕を躱して見せた。ソファの上に膝立ちになり、オレの頭の上から顔を覗かせる。
こうなったら、もう三ツ谷の耳を塞ぐしかない。バッと改めて三ツ谷の方を向くと、相変わらずきょとんとした顔でオレ達を見上げていた。
う、くそ、可愛い顔しやがって。
「三ツ谷って、週何回オナってる?」
一瞬躊躇った隙に、マイキーはぺろっと言い放った。言い、やがった。
たちまち肝が冷える。左耳の方から、場地の「うわ……」と心底憐れんだ声が聞こえた。斜め後方からは、パーと一虎による好奇の視線が突き刺さる。
「んん」
すぐに三ツ谷は、傾げていたのとは反対に首を傾けた。斜め上の空中を見上げた目には、疑問が浮かんでいる。
あ、もしかして、意味わかってない? ありうる。だって、三ツ谷だし。家族は妹二人と、仕事で家を開けがちな母親。オナニーって言葉自体、知らなくたって、不思議じゃあ―― 。
「―― 週三かなあ」
なんだって?
はくんと息を呑んだ。オレの背後にいる男も、びたりと固まったらしい。もしかすると、他の三人も凍り付いているのかも。
テーブルの辺りに立ち込めていた、下世話な空気がぱったりと消え失せた。
「アッ、やば。妹の迎え行くから先帰るワ」
フリーズするオレ達を余所に、三ツ谷は店内の時計を見てハッと立ち上がる。つられるようにして時間を確かめると、時計の短針は五に向かっているところだった。マナちゃんの保育園と、ルナちゃんの児童館に行くには良い頃合いだ。
呆けているうちに、三ツ谷はドリンクバーとケーキの代金を置いて立ち上がる。ひらっと振られた手指が、やけに目に焼き付いた。
「週三……?」
「三ツ谷、週三、つったよな」
「え、じゃあアイツ、週三で、オナってんの?」
「うわっ、ケンチンと一緒じゃん」
「やめろやめろやめろ!」
その後姿が自動ドアを潜ると同時に、ドッと席が盛り上がった。
呼ばれるままに、三ツ谷の家の敷居を跨いだ。立て付けの悪い扉が、蝶番を軋ませながらガッチャンと閉じる。室内に入ったおかげで、ちょっとだけ蝉の声が遠くなる。代わりに、ぺたぺたと廊下を進んでいく三ツ谷の足音が、よく聞こえた。……それと、自分の喧しい心臓の音も。
「あっつー、ちょっと待ってて、今麦茶取ってくる」
「おー……」
体を軋ませながら居間を覗くと、早速三ツ谷の姿を見失った。畳敷きの空間に、四角い座卓が一つ。壁に沿って置かれた棚は、雑誌に雑貨に写真立てとごった返していた。視線を下に向けていくと、妹たちのものと思しきぬいぐるみが落ちている。うつぶせになっているウサギのようなそれを、静かに起こして、それらしく座らせた。
じゃあ、自分はどこに座ろう。畳の上にしゃがみ込み、もう一度、部屋を見渡した。
「なにしてんの。ア、ごめん散らかってて」
「や、いいけど」
「……ふ、なんか、ドラケンとぬいぐるみって組み合わせ、笑えんね」
「うるせーな……」
すぐに、玉のれんの向こうから見失った女が現れる。片手には麦茶のピッチャー。もう片方の手にはコップが二つ。やけに指を開いているように見えたので、低いテーブルに辿り着く前に迎えに行った。二つのガラスの底を、まとめて掴む。……簡単に掴めてしまった。それとなく見比べた指は、男女の差が現れている。いや、単純にオレのタッパがでかいせい? 盗み見るように目線を送ると、三ツ谷は小首を傾げていた。
「座んないの?」
「すわる……」
促されるままに、平たい座布団の上に膝をついた。角を挟んだ隣、長座布団を広げたところに三ツ谷も腰を下ろす。そっと座卓に置いたガラスコップは、あっという間に麦茶で満ちていった。氷ないけど良いよね。そう言いながら、並々と注がれたうちの片方を差し出される。ん、頷きながら手を伸ばすと、細い薬指の先に擦れた。ひく、と、こっちの指先が強張ったの、バレてない、よな。ゴクンと喉を動かすのは、麦茶を飲むので誤魔化した。
「ああもう汗ヤバ……。なんでこんな時に絡まれるかなあ」
「頭茹って、暴れねえと気が済まなかったんじゃね」
「……そういうもん?」
「さあ?」
「さあって、ドラケンが言ったんじゃん」
「ここまで暑いとなんもやる気でねーだろ。バイク乗るのも痛ぇし」
「あ、それはわかる。排気熱っていうの? やばいよね」
「照り返しもやばい。早く夜になんねーかなあ」
ため息を吐きながら天井を見上げると、三ツ谷のケラケラと笑う声がする。目線を流してみると、火照った顔をしながらシャツの襟元で仰いでいるのが見えた。ぱたぱたと動くたびに、白い鎖骨が覗く。汗ばんでいる肌が、やけに目に焼き付いた。淡い色のシャツは、どうしたって透ける。肩にある紫色の紐は、キャミソールなのか、ブラジャーなのか。コップの中はとっくに空になったというのに、ごくり、喉を上下させてしまった。
今日が、夏休みで良かった。制服姿でこんな風に膝を立てていたら、間違いなく中が見えている。あれ、スパッツとか履いてるんだっけ? ……だとしても、目に毒だ。どうしたって、不埒なことに意識が向いてしまう。今の、白いシャツと七分丈ズボンの時点でぐらぐらと頭を揺さぶられているのに。
『あーのどかわいたぁー、ウチ近いけど寄ってく?』
あの甘言に流されたのは、間違いだったろうか。
悶々としながら、首筋を伝い落ちていく汗を見つめた。
「……ドラケン」
「おー」
「もしかして、怪我でもした?」
「あ? なんでそうなんだよ、一発も食らってねえぞ」
「なら、いいけど。やせ我慢すんなよ」
……そのやせ我慢には、どこまで含まれるのだろう?
欲に傾きそうな頭をぐるりと動かして、すぐに考えるのをやめた。どこもなにもない。怪我しているなら、手当てをしろ。三ツ谷が言いたいのは、きっとそれだけだ。
もう一度、長く息を吐き出した。真夏日の空気は、吐いても吸っても熱い。思考は熱で鈍る一方。隣にしっとりと匂い立つ三ツ谷がいるのもいけない。悪くはないけど。どうしたって、理性を揺さぶられてしまう。やっぱり、小遣いをケチらないでコンビニに行けば良かった。でも、麦茶だったらタダで出せるよ、といたずらに笑った顔が無性に可愛く見えたんだ。そりゃ、行こうかな、ってなるだろ。なるんだよ、いくらダチ相手でも、それがちょっと可愛いなって思っている女に誘われたら、なる。その気になってしまう。
くそ、平気な面して、パタパタパタパタ、襟元動かしやがって!
「いや、だからさ!」
「なんだよ」
「……なんだよは、こっちの台詞だって」
ぴたりと三ツ谷の手が止まる。ちらちらと覗いていた鎖骨の下が、ぱったりと見えなくなった。アッと声を出さずに済んで良かったと思う。でなきゃ、いっそう「なに」と迫られたろうから。
気まずさに視線を泳がせてみるものの、ぺたんと、オレのすぐそばに三ツ谷の手がつく。手首、ほっそ。つい目を奪われると同時に、……三ツ谷は強引にオレの視界に入り込んだ。ちょっと、前屈みの姿勢。ずっと仰いでいたせいか、いつもより襟周りが緩い。中が見えそう。んん、やっぱり見えない。なんだ、見えないのか。
そうじゃない。目を逸らすだけでは埒が明かないと、顔を背けた。
「なんだよ」
「あー」
「言いたいコトあるなら言えって」
それでもなお、三ツ谷はオレの前に映りこもうとする。体が動くたびにふわりと柔らかい匂いが漂ってきた。キツイ香水とか、気休めの消臭剤とか、ローションとか、そういう嗅ぎ慣れたものじゃない。たぶん、洗剤とか柔軟剤とかのものだ。あと、この女の、汗の匂い。
オレは一体何を試されているんだろう。こっちの気など知りもしないで、三ツ谷はぐいぐいと距離を詰めてくる。畳についた手首に、体温の気配を感じる。顔を覗き込まれるのに合わせて、夏の熱を孕んだ吐息が聞こえた。
じりじりと、頭の奥が焦げていく。……もう、我慢、ならなかった。
「あのさ!」
「ぅお、なに」
ふわふわとオレの周りで遊んでいる体をぎゅっと捉える。掴んだ二の腕は両方とも、とびっきり柔らかかった。それに細い。グゥ、なんてみっともない音が喉からする。あんなに喧嘩、強いのに。殴りかかられてもひょいと躱して、頭突きを噛ます。突きのような蹴りで、雑魚を蹴散らすところだって何回も見てきた。三ツ谷は弱くなんかない。それでも、この柔さを知ってしまうと、か弱いかのように思えてくる。
すぐそばで、三ツ谷はぱちぱちと瞬きをする。長い睫毛が、その度に揺れた。あひる口はしていない。つんとしたいつもの唇。だというのに、あざとく見えて仕方がない。
「ドラケン?」
「ぁ、っと、」
「なに、ほんと。そんな言いにくいこと?」
「んん」
「……それとも、言えないこと?」
「ウ」
オレの腕を振り払うわけでもなく、三ツ谷はまじまじと見つめてきた。その視線が、逸れることはない。きっと、オレが観念するまで、浴びせられるのだろう。
……この目に、自分が弱いという自覚はある。いつも、見られているなと思ったら、わざと目を合わせないようにしてきた。それが唯一の対処法だからだ。三ツ谷の無言の圧の前じゃ、オレは折れるほかない。だって、こんな目で見られたら、誰だってクラッとするだろ。
軽く唇を噛みしめてから、小さく、掠れ気味の声を舌に乗せた。
「週三で、シてるって、マジ?」
「は? なにを、え? 夕飯の話?」
「……ニーの」
「え?」
ぱちり。また、三ツ谷の長い睫毛が上下する。
腹の奥底から後ろめたさが沸き立った。とはいえ、今更「そう、夕飯の話」と切り替えられるほど、図々しくもいられない。戻れない以上、腹を括るしかないのだ。ざわつく心中を奮い立たせて、どうにか声を振り絞った。
「オナニー、の、コト、です」
手が、力む。強張る。柔い肉に、少しだけ指が食い込んだ。三ツ谷の顔は、呆けたまま変わらない。痛くは、ないのだろう。それでも、不安になってくる。ばくばくと喧しく騒ぎ立てる心臓が、口から出てきそうだ。これほどまでに緊張したのは、生まれて初めてかもしれない。ダサいったら、もう。
「オマエ、この間、言ってたじゃん」
口の中をカラカラにしながら付け足すと、三ツ谷の瞳がゆっくりと瞼に覆われていった。きゅ、瞑られた目は、間もなくもったりと開いていく。長い睫毛が上を向く頃には、その垂れた目はさっきよりも少しだけ見開かれていた。
「まあ、ウン、ほんと、です」
「おぁ……」
「おぁ、って。……引いた?」
「エ」
そんなことはない。
と、言ってやりたかったのに、口からは強張った音だけが落ちる。三ツ谷はそれを肯定と捉えたらしい。まあるく見開かれていた瞳がまた瞼に覆われだす。半目になったところで、薄い唇はツンと尖った。
「……男子はいいよね、こういうこと堂々と話せて」
静かな部屋の中に、ぽつり、三ツ谷の声が落ちた。拗ねたその音が、やけに鼓膜に張り付く。おかげで、口から出そうだった心臓が、耳のすぐ内側に移動してきたかのよう。あまりにもうるさくて、頭がくらくらしてきた。いや、三ツ谷に迫られだしてから、ずっと頭は揺さぶられているのだけれど。
まずい、汗が、噴き出る。背中もそうだし、首も、額もそう。手もじっとりとしてきた。掴んでいる二の腕は、袖と素肌と半々。やばい、気持ち悪がられたら、凹む。でも、キモいだろ、自分を掴んでいる手がだんだん湿ってきたら。
離すべき、なんだろう。けれど、強張った指は上手くその腕から離れない。
……もとい、この柔い腕に、もっと触れていたかった。なんだか頬も赤いし、伏し目がちになった目元も色づいている。髪が短いおかげで、ほっそりとした首はよく見えるし、シャツの襟からは白く浮き出た鎖骨が覗いていた。
スン、なぜか垂れそうな鼻水を啜れば、三ツ谷の匂いが漂ってくる。それもそうか、だって三ツ谷、オレのすぐ目の前にいるんだし。ちょっと腕を伸ばせば、抱きしめられる距離。
エ、抱きしめられちゃうじゃん。理解が追い付くと、さらに汗が噴き出した。
「女にだってシたいときくらいあるし……」
「う」
オレの焦りを余所に、三ツ谷はとろとろと喋り出す。
「放っておいたって、ムズムズするし、しないと収まんないし」
「ぅん」
徐々に早口になっていくのを思うに、ずっと鬱憤を溜めていたのだろう。
「自分たちだってそうなんでしょ? なのにこっちには我慢しろとかさあッ、無理でしょ」
「ン」
ちゃんと、聞いて、やるべきなんだと、思う。店の連中だってそう。適当な相槌は、怒りを買うだけ。聞いてんのかと怒鳴られることも少なくない。
わかってるんだ。それでも、畳み掛けられる言葉を受け止めきれない。今に頭が破裂しそう。茹った脳みそじゃ、もうこの体を押し倒すことしか考えられない。……こういう衝動を覚えて、今日の連中は絡んできたんだろうか。なるほど、これほど強烈ならば、致し方ない。
が、不貞を働いていいかは、別の話。
「シなくていいなら、ひとりエッチなんかシないもん……」
ようやく顔を上げた三ツ谷は、すっかり上気していた。オレの目に見える部分の肌、全てが赤く染まっている。元が白いせいか、火照っているのがよくわかった。崩した正座の、太腿のところが、それとなく擦り合わせられるのにも、気付いてしまう。
ドッと中心に熱が押し寄せてくる。まずい、いよいよまずい。このままじゃ、勃つ。なんなら、もうちょっと勃ってる。
どうしよう、帰るか? いや、ここで帰ったら、三ツ谷はどう思う? はしたないことを言ったから、軽蔑された、なんて考えかねない。
じゃあどうする? ……便所を、借りるとか。良いのか、女所帯で便所なんか借りて。そりゃあ、オレの家も女だらけだ。でも、あまりに勝手が違う。イッパンテキなオンナのイエで、オレはどうしたいい?
「……ごめん、愚痴った。この話終わり!」
「みつや」
「終わりったら終わり!」
「その」
「~~っもうなに、ひとりエッチしなくていい方法でも知ってんの!?」
「ウ、や、ごめん、三ツ谷」
なんとか場を取り繕うと試みるが、口からは断片的な言葉しかでてこない。それに、三ツ谷の腕を掴んだ手も、離れなかった。だからだろうか、三ツ谷の声にも焦燥感が混じりだす。
「ドラケンがッ、どうにかしてくれるっての!?」
体が、凍り付いた。煮立っていた脳みそも、嘘みたいに真っ白く静まり返る。
視界の真ん中では、顔を真っ赤にした三ツ谷が肩で息をしている。大きく開かれた目は、いつもより潤んでいた。自棄に、なってる。そうに違いない。でなきゃ、こんなこと言うもんか。
三ツ谷の欲情に、手を出して良いわけ、が。
「―― どうにか、して、いいの」
「え」
「オレが、していいのか」
「ぁの」
「三ツ谷」
気付くと、女になりつつある体を引き寄せていた。こちらから迫ったと言っても良い。腕を捉えたまま、ぐっと距離を縮めた。背中を丸めなくてはならないが、この程度、苦ではない。近くなれば、なった分だけ、その女の香りが鼻を掠めた。
「して、いいんなら、オレ、」
小さな唇が、ひくん、動く。あ、ヤバい、拒否、される? されたとして、退けるだろうか。嫌がってるとこ、無理矢理は、だめだ。夏の暑さと色気とで混乱を極めている頭でだって、それはやっちゃいけないとわかる。
でも、したい。シてみたい。それも、相手が三ツ谷だというのなら、なおさら。
「―― やさしくして、ね、」
「ッ」
ここはベッドじゃない。タオルもない。ローションも、ない。
けど、そうだ、財布の中にゴムはある。それだけを糧に、柔い体を、色気もくそもない長座布団の上に押し倒した。