「しません」
 ソファの上で、開いた手のひらを、ドラケンに突きつけた。ストップ、そういう標識で見かける格好。オレの意を正しく汲んだそいつは、びたりと動きを止めた。それから、まじまじとオレのことを見下ろしてくる。うっすらと眉間に皺が寄っているのは、錯覚ではない。不満を滲ませる顔には「触らせろよ」と書いてあった。
 睨み合うこと数十秒。先に諦めたのは向こうだった。
 はあっとため息を吐かれる。緩く纏めた髪を解きながら、そいつはどっかりとオレの隣に腰掛けた。
 追いかけるように視線を向けると、すぐに目が合う。意識を、絡め取られる。慌てて顔を背けた。その間に、オレのことを簡単に捕まえてみせる腕が、ソファの背もたれに回る。
 ……普段なら、オレの肩を抱き寄せていたことだろう。うっかり、寂しさが過る。まずい、早くも心が折れそう。しっかりしろ。ぎゅ、と下唇を噛んだ。
「あ、コラ」
「ぅッ」
 途端、ドラケンに顔を覗き込まれる。もう一方の腕が、流暢にオレの方に伸びてきた。乾燥した指の腹が、あっけなくオレに届く。
 硬くなった皮膚で、やんわりと唇を撫でられた。
「噛むなって、オマエ唇うっすいんだから」
「……」
「切れたら困るだろ」
「……あ、んま、さわんない、でよ」
「なんで」
「なんで、って」
 ドラケンの黒目が、真っ直ぐにオレを射抜いてくる。たったそれだけで、頭がくらりと揺れた。どうも、この目には従いたくなってしまう。コイツの好きにされたくなってしまう。
 しかし、そうなるわけにはいかないのだ。今日こそは、ドラケンに、ハグやキスを許してはいけない。
 なぜって、―― セックス、したくなってしまう、から。
「シたくない、から」
「……それ本気で言ってる? ヤりたいって顔してるぞ、オマエ」
「だからだよ!」
「はあ?」
 それとなく距離を詰められ、男の体温が伝ってくる。だめだ、これじゃあ今晩も屈してしまう。ぱっかりと股を開いて、浅ましく強請る我が身が脳裏を掠めた。
 いや、いやいや、いやいやいや。
 ブンッと首を振り、その勢いでドラケンから顔を背けた。
「三ツ谷ぁー」
 耳元で、男の声がする。
「聞いてるぅー?」
 聞いてる、聞こえてる、だから、そうやって囁くんじゃない。オレは、オマエの目にもだけど、声にだって弱いんだ!
 ぞくぞくと駆けのぼってくる痺れを追い出したくて、ばちんっと自分の耳を手で覆った。合わせて、両膝を抱えるように丸くなる。できるだけ小さく体を縮めて、腹の中で渦巻く熱を堪えた。
「とにかく、今日は、しない」
「……ふぅん?」
「しないったらしない!」
 意味深にドラケンは首を傾げる。
 顔を背けたおかげで、唇から指は離れた。なのに、下唇がじんじんと熱を放つ。噛み締めたせい、ではないのは、明らか。また噛みたくなるのを堪えて、唇をモゴモゴと波打たせた。
 興味本位で掘られたあの日から、しょっちゅう肌を重ねている。酒が入れば一〇〇パーセント。素面でも三回会ううちの二回はシている。ここ一週間なんて、「よっ」とコイツがやってくるせいで、ほとんど毎日だ。そんなにオレの具合がいいってのか。
 ……口を滑らせようものなら、如何に最高か、実際にヤりながら説明するに違いない。そうなって堪るか。今日は、今日こそはしないと決めたんだ。しないったら、しない。
「今日は、休穴日って、決めた」
「キュウケツビ……、ああ休肝日をモジったのか」
「そう」
 何が何でも、今日は穴を休ませるんだ。さもないと、いよいよ馬鹿になる。
 日中、疼く後ろに何度嘆息を吐いたことか。昼休みに自慰したい衝動と戦うのはもう嫌だ。……敗北して、アトリエのトイレで自身を慰めたのは昨日のこと。変に熱が燻ぶって、午後はさっぱり仕事にならなかった。それを教訓に今日は耐え忍んだところ、大分疼きも落ち着いてきた。今晩するのを控えれば、この悩ましい情欲から解放される。きっと、そう。
 だから、しない。小さく膝を抱えながらキッとドラケンを睨んだ。
 すると、妙に白けた目を返される。よく言う。両目には、そう、書いてあった。
 なんだよ、その顔。
「オレはどっちでもいいけどさあ」
「う、わ、ヒ」
 文句を言う前に、丸まった体を転がされた。ダルマのようにボテッとソファの肘掛けに向かって倒れる。しかし、本来のダルマとは違い、起き上がることはできなかった。
 ぬ、と、辺りが陰る。ハッと首を捻ると、ドラケンが覆いかぶさってきていた。逞しい腕が、オレの頭のすぐ横に突かれる。ちらりと盗み見たソコには、血管が浮き出ていた。この腕に、掻き抱かれるのは、気持ちが良い。そう刷り込まれている脳みそが、勝手に脳内麻薬を放ち始める。
 ぞく、り。痺れを自覚すると同時に―― むぢりと尻を掴まれた。
「ッあン」
 掴まれているのは、尻たぶの片方だけ。それでも、割り開かれる感触がする。布地に触れた秘孔が、ひくりと震えた。
「昨日も、一昨日も、我慢できないって強請ってきたの、誰だっけ?」
「ぅ」
 ぐ、っと顔を近付けてきたそいつは、声を潜めて問いかけてくる。今、この家には、オレとドラケンしかいないのに、内緒話をしているかのよう。
 だって、昨日は、半端に昂ってしまったから、するしかなかったんだ。一昨日は、ベッドの上でたくさんキスをしたのに、この男、そのまま寝ようとするから。その前は、さらにその前の日は。いつも、オレの方から「シよう」「シたい」と言っている。
 ち、違う。違うんだ、それもこれも、ドラケンが変に煽るようなこと、するから。
 オレに、男に掘られる善さを、わからせた、から。
「ぅ」
「お、」
 力ませていた体から、力が抜けていく。緩慢に転がり、仰向けになった。抱えていた脚はとろとろと緩んでいく。でも、膝には両手を引っかけたまま。まだ服を着ているのに、ぱか、と、股が開いていった。
 熱の籠ったソコを、暴いてほしくて、仕方がない。
 オレの真上にいるそいつは、にんまりと口角を釣り上げる。意地の悪い顔だ。突っぱねてしまいたい。
 ……嘘、この顔に、余すことなく貪られたい。
 うっとりと見つめていると、ようやくドラケンは口を開いた。
「……する?」
「…………する」

 最奥まで届いた瞬間、勃ち上がった自身からぷしゅっと透明な液体が飛び散った。
 一回噴くだけでは飽き足らず、壁をごちゅっ、ぐぢゅっと突かれる度に潮が溢れる。内壁を擦られる感触も気持ち良いし、はらわたが熱でいっぱいになるのも堪らない。精子を押しのけて潮がせり上がってくると、勝手に腰が揺れた。よりイイところに当たるよう、妄りがましく腰が動く。振っていると言っても、過言ではない。
「あっしゅごぃ、すごぃのっ、深いよぉお」
「はは、もうオレ動いてないんだけど」
「ぅえ、ご、ごめっ」
「ん? なんで謝んの?」
「だ、ってぇ、おれひとり、でっ、きもちくよくなってる、からぁ……」
「別に、それがダメなんて、言って、ない、って!」
「ン゛ッ」
 くぽくぽと深いところを突いていた熱が、突然引き抜かれる。ずろろろっとカリ首で媚肉を抉られ、浮いた腰が仰け反った。
 いつもなら、ベッドシーツを掴んで身悶えていたことだろう。しかし、今はソファの上。皮張りのそこは、掴むだけのゆとりはない。指先でカリカリと表面を引っ掻くしかできなかった。
 引き抜かれた、ということは、間もなく奥まで貫かれる、ということ。何かに捕まっていないと、あの衝撃は受け止められない。なのに、手が拠り所にできそうなものはどこにもなかった。
 せめて、この男がべったりとこちらに覆いかぶさってきてくれていたら。その肩に腕を回して、逞しい背中に縋りつけるのに。視線で強請ろうにも、喉まで曝け出して仰け反っているせいで、男を視界に入れることすら叶わなかった。
 一番太いところが、縁を、過ぎる。いや、過ぎようとした。そこまで抜かれまいと、後孔がクチを窄めたらしい。おかげで、捲れ上がりそう。素面だったらゾッとするだろうに、熱に浮かされた頭じゃ悦にしか思えなかった。
「んっ、ク、はは、すげえ絞まる」
「あっゥ、あ゛ッ!」
 ぱちゅんっと肌のぶつかる音がする。引き抜かれていた怒張が、一気にナカへと戻って来た。口からは甘ったるいを通り越して、濁った喘ぎ声がどぽどぽ零れていく。
「オラ、もっかい行くぞ」
「ッひ、おぐッ、そんなに、乱暴っ! しないれえ……」
「ンな顔して、言ったってッ、説得力ねーよ!」
 ぎりぎりまで引きぬいては、最奥まで暴かれる。激しく揺さぶられているにもかかわらず、痛みは欠片もなかった。たっぷりと注がれた潤滑剤のおかげで、滑らかに抽挿を繰り返される。
 ぎゅぷ、ぐぽ、ぐちゅ、ぬぽッ。淫猥な音が、部屋中に響いている。ソファでしているからだろうか、いつもよりもギシギシと軋んでいるようにも思えた。硬い座面でしているから、自分の体が悲鳴を上げているのかもしれない。明日は、間違いなく筋肉痛だ。折角の休みだというのに、ろくに起き上がれないまま一日を終えるのだろう。……まあ、それでもいいか。今、こんなにも気持ち良いのだし。
「ぁ、あっ、ア」
「ちんこもとろっとろじゃん」
「ぅキュッ、ィ、あっ、だめっ」
「だめ?」
「ッぅ、ヒ」
 まぐわいに合わせて腹の上で揺れていたペニスを、おもむろに掴まれる。たちまち、真っ赤に腫れた亀頭からじゅわりとナニかが溢れた。ヌメりのあるソレが、親指でくるくると馴染ませられる。先っぽの、とびきり敏感なところを、擦られている。漏らしたばかりだというのに、鈴口からはプシュッと体液が飛び散った。
「ま、た、しおふいちゃった、じゃん!」
「なんだよ、好きだろ、潮噴き」
「そんなことにゃい、も、ン゛ッ」
「お、また噴いた」
「ッおく、おく、しながら、ちんこやめてよぉお」
 結腸口を虐められながら、竿全体も扱かれる。しれっと前立腺も抉られた。オレの好きなところ、この男は全部知っている。男の体をしてさえいれば気持ちよくなるところも、オレの個人的な性癖によるところも、……ドラケンに開発されたところも、本当に全部だ。
 その証拠と言わんばかりに、天井を向いた自身からは止まることなく体液が漏れ続けていた。カウパーなのか、精液なの、それとも潮なのか、もう判別できない。
「ぁ、あ~……、ぅッ、んン゛」
 視界には星が飛び始める。縁は白くぼやけて、中央にいる男以外のものが不鮮明になってきた。
 このまま揺さぶられていては、あっという間に達してしまう。それどころか、意識が爆ぜそうだ。どうにか繋ぎとめようと息を吸うが、浅くしか飲めない。深く吸えたと思っても、すぐに喘ぎに取って代わる。
 水音、喘ぎ声、肌のぶつかる感触、肉欲を煽るもの、全てがココに揃ってしまった。もう、だめ、むり、我慢なんか、してられない。
「ン゛ッ、ぁ、やば、ぃ、どらけっ、どらけんっすと、ぷ」
「ん、どした、酔った?」
「オ゛」
 どちゅっ、と、一際強く奥まで叩かれた。その状態でドラケンは動きを止める。熱く猛った逸物が、ぎゅうぎゅうと結腸口に押し付けられた。
「ヒ、ぅ、ンッ」
「三ツ谷ぁ? ごめん、調子乗り過ぎたワ」
「ちがぅ、」
「うん?」
「んっ……、その、もぉっ、トんじゃぃ、そお、で」
「ああ、そっちか」
 与えられる圧に応えるように、ナカは切っ先に吸い付いている。それどころか、もっと奥へと誘っているようでもあった。なんせ、自分の体はこの奥を知っている。苦しい反面、終わりのない幸福感を味わえるのだ。
 明日のことなど考えもせずに、熱の切っ先を咥え込もうと、胎の中が開き始めた。
「ぁ、オ゛ッ……」
「いいよ、トんで」
「ぇ、でもッ」
「ほら、ここで、トべたらさあ、最高にきもち、いいんじゃない?」
「ぅ、ンっ、ンんっ、……うううぅ」
 この男に抵抗できるだけの理性は、とっくに手放している。言われるままに、意識は遠退きかけた。
 入ったら人として終わっちゃいそうなアソコを暴かれるのは、堪らなく、イイ。あの強烈な快感を浴びながら意識を手放せたら、最高の夢も見れそうだ。
 ……でも、それじゃあ、あの気持ち良さは一瞬しか、味わえない。狂いそうなくらいの絶頂に、もっとずっと長く永く浸れたら。
 きっと、最高の現実を、見られる。
―― トんだらっ、セックス、おわりになっちゃぅ」
 くぽ、ぐぽ、弁のような壁を超えそうで、超えてくれない。早くソコを穿ってほしい。
 一方で、ヤバい領域に立ち入る寸前の快感に耽っていたくもある。兎にも角にも、こうしていたい。
 いつまでも、この男と繋がっていられたら良いのに。
「もっと、ずぅっと、ハメてたぃ……」
「……」
 震える腕を、宙に伸ばした。そんなオレを見るや、ゆったりとドラケンは上体を寄せてくれる。変に力んだ指先が、その男の肩を掠めた。何度か失敗しながらも、どうにか背中にしがみつく。
「ずっと、かあ」
「ぅん」
「……嬉しいけど、チョット難しいな」
「わかってるっ」
「今度、リモコンバイブでも使ってみる?」
「~~ドラケン!」
「はは、冗談、だって」
「ォ、ぎゅ」
 軽口を叩いている間に、ナカの角度が変わっていく。ほとんど真上から貫かれている格好。真っ赤に熟れた陰茎の口が、己の顔を向いた。ぱくぱく戦慄く鈴口からは、引っ切り無しにカウパーが垂れている。いや、これは潮かな。薄くなった精液かも。
 なんだって良いか、まったく扱かれていないのに、これだけ悦んでいるのだから。
「あ、あはっ。これっ、すごぃンッ……、ぁんっ、んんンッ」
 両脚も使って男の腰を捕まえる。もっと深く、もっと奥へ。そんな欲望を込めて脚を絡めると、媚肉の壁がじんわりと開いた。もうちょっとだ。あと少しで、ナカのクチを超えられる。早く、お願い、もっと。どらけんのちんぽで、おれのこと、だめに、して。
 何を口走っているのか、自分でもわからなくなってきた頃。
 ―― ぐぽんっと、それは嵌った。
「ク、」
「~~ッ♡」
 視界が、完全に真っ白に染まった。
 かろうじて機能している聴覚が、プシャァアッと水を噴く音を聞き届ける。なんだか、全身にびしゃびしゃとかかっているような。そうでもないような。かといって、その正体を確かめられるほど、冷静ではいられなかった。
 全身から、力が抜ける。両手、両足を投げ出していると、なんだか後ろが空虚になった。折角お腹いっぱいだったのに、すかすかする。物足りない。どこもかしこも緩み切っているというのに、淫口だけはいつまでも熱を探してヒクついていた。昂ったソコは、疼きを覚えたまま、なかなか落ち着いてはくれない。夜が明けるまでに、凪げばいいけれど。どうかな、この熱が、そう簡単に冷めるとは思えない。
「ぅン……、ぁう」
 だんだんと、白飛びしていた世界が戻ってくる。辺りを見渡すように首を擡げると、未だ元気に反り返っている自身が見えた。その先っぽからは、だらしなく精液が溢れている。この精を一滴残らず出し切ったら、疼きも収まるだろうか。……その時は、射精を伴わない絶頂に、切り替わるだけ。この体は、いくらでも達せてしまう。そういうふうに、作り変えられてしまった。
 誰でもない、この男の手によって。責任、とってもらわなくっちゃ、割に合わない。
 蕩けた瞳でねめつけつつ、緩んだ蜜壺を割り開いて見せた。
「ぁ、ねぇ、もっとぉ……♡」
「……この絶倫ビッチ」
 吐き捨てながらも、ぷちゅりと触れてくれる熱に、いよいよ思考は砕け散った。

 翌朝の絶望ったら、言うまでもない。
―― もうしません」
「無理すんなって」
 布団に立てこもりながら自戒する。しかし、ぽんぽんと布団越しに背を叩かれると、薄らいでしまう。やめろよ、やめろ。しないったら、しない。
 もうしないんだから!
「で、今日休みだろ? 続き、する?」
「……」
「三ツ谷ぁ、聞いてる?」
「…………」
 する。か細く返した瞬間、布団の向こうからカラカラ軽快に笑う声がした。