歪められた日の話

 背後から、ばさりと音が鳴った。鳴ったのは、たぶん左肩にだけ引っかけたランドセル。蓋が開いた音らしい。そういえば、金具を留めていなかったかもしれない。ふと思い出すが、別に開いていたって困ることはない。なんせ、中身は空っぽだから。
 だらだらと足を進めるたびに、ぱたぱたと音がする。歩くのに合わせて鳴るものだから、少し楽しくなってきた。走ったら、さらに激しく鳴るのでは? 試しに一歩、踏み出した。
「おい、龍宮寺」
「あ?」
 しかし、走り出すには至らない。背後から掛けられた声に、首だけで振り返った。それとほぼ同時に、カチリ、金属が嵌る音がする。視界には、見慣れてきた短髪がいた。
「開いてたよ」
「……ドラケンな」
「え?」
「ドラケン。龍宮寺じゃなく」
「そこ、気にする?」
「いいから」
「……ドラケン」
「よし」
 ためらいがちに、そいつは自分を呼んだ。呼び直してくれた。やっと最近、この呼び名が広まってきたのだ。気に入っている響きなだけに、こいつにもそう呼んでほしい。なんならこいつは、オレのドラゴンの原型を作った奴だ。余計に、そう呼んで欲しい。
 ニ、と笑って見せると、三ツ谷は曖昧な笑みを浮かべながらこめかみを掻いた。その指先には、いくつも絆創膏が貼られている。ついでに、額にも大きい絆創膏が貼ってあった。わずかに血も滲んでいる。
「で?」
 いつ、誰と喧嘩してそんな怪我したんだよ。皆までは言わずに、少し首を傾けて見せると、今度は肩を竦められた。オレの言わんとしたこと、ちゃんと察しとったらしい。
「昨日、中学生に絡まれた」
「へえ、勝った?」
「当然」
「やるじゃん」
「オマエに褒められてもなあ」
 三ツ谷は呆れたみたいなため息を吐いた。そりゃ、オレは中学生相手だろうと勝てる。けれど、それはこのガタイだからだ。三ツ谷みたいに小柄な奴が、年上と喧嘩して勝ったとなれば、「やるじゃん」くらい言うに決まっている。……まあ、マイキーみたいな規格外のチビもいるから、手放しで褒めるのも違う気がするが。
 照れるなよと頭をわしわしと撫でると、鬱陶しそうにしながらも受け入れてくれる。いつだったか、妹の頭は撫でるけど、自分は撫でられ慣れてないと言っていた。それ以来、「よくやった」と思うときに撫で回すようにしている。なんせ、そうしたときの三ツ谷の反応が面白いから。恥ずかしいけど、嬉しいらしい。その証拠に、今も唇はムッと尖っているが、頬は緩みそうになっている。おもしれーやつ。
「あ」
「ん?」
 そうこうしている間に、額の絆創膏の端が捲れてきた。……オレのせいではない、と、思いたいがどうだろう。ぱ、と撫でていた手を止めて指先を剥がれたところに押し付けた。ぐ、とくっつけてみるものの、すぐに浮いて来てしまう。
「悪い」
「いいよ。昨日からつけてたやつだし。でも、替えの絆創膏買わねえとな……」
「なら、うち来れば。オレ、最近買ったから、でかいのもいっぱいあるぜ」
「……迷惑じゃね、ガキが行ったら」
「オレもガキだっての。それにこの時間なら大丈夫だって」
「ほんとかよ」
「へーきへーき」
「なら、ウン、いく」
 ツンと尖らせていた唇をもごもごと歪めながら、三ツ谷は頷いた。あわせて盗み見た手指の絆創膏も、剥がれかけている部分がある。それとなく指を擦り合わせて、くっつけているが、そっちも貼り替えたほうが良さそうだ。
 じ、と三ツ谷を見下ろしていると、控えめに三ツ谷が顔を上げる。下から窺うように、こちらを見つめてきた。長い睫毛が、ぱさぱさと揺れる。
「……決まりな」
 こんな綺麗な顔してんのに、頭だって悪くないのに、なんで不良になっちまったんだろうな。
 ―― オレのせいか。
 そう思うと、罪悪感もあるにはあるが、悪い気もしない。行こうぜと三ツ谷を促して、俗っぽいあの家につま先を向けた。

 四階押して、と言うと、素直にその指先は数字を押す。パッとボタンの色が変わると同時にエレベーターの扉は閉まった。すぐにゴゥンという機械音に合わせて、浮遊感がやってくる。こっそりと隣を盗み見ると、三ツ谷はどこか落ち着かない様子をしていた。エレベーターに乗っているからなのか、オレの家が家だからか。
 どちらでもいいか。そう割り切ったところで、チンッと扉が開いた。
「ただいまー」
 踵を鳴らしながら入るオレの後に続いて、三ツ谷はそろそろと入ってくる。フロントに居るヘルス嬢たちを見るや否や肩をいからせたから、緊張しているのかもしれない。
「おー、今日ははえーな」
「ちょっとダチ連れてきた」
「オッ、オジャマシマス……」
 ぐっと三ツ谷の腕を引っ張って隣に立たせると、新聞から顔を上げた正道さんが「ふぅん」と息を吐いた。けれど、それだけ。ガキ連れてくんじゃねえとも、ゆっくりしてけとも言わない。仕事の邪魔さえしなければ、なんだって良いのだろう。こういうところは、自由で良い。
 ちら、と三ツ谷を見ると、まだ少し顔が強張っている。これで、先に奥行ってろと言ったら、怒られそうだ。泣きそうな顔して袖を引っぱられるかもしれない。それよりは、と三ツ谷の腕を引いて、事務所の扉を開けた。
「うわッ」
「あ、悪ぃ」
「ンだよ、ケン坊か、ビビらせんな」
 開けた瞬間、向こうに立っていた嬢が声をあげる。向こうも、ちょうど出るところだったらしい。服はちゃんと着ているから、出勤したてか、ちょっと顔を出しただけか。
 人工的な睫毛が上下するのを眺めていると、あ、とそいつの真っ赤な唇が動いた。
「ジョーカーじゃん」
「え」
 背ぇ伸びた? なんて軽口を叩きながら、そいつはふっと馬鹿にしたような顔をする。そういえば、初めて三ツ谷を連れて来たとき、こいつに蹴られたんだっけ。去年の記憶を思い起こしながら、隣に目を向けると、ぽかんと口を開けていた。
 しかし、呆けていたのも一秒そこら。すぐにハッと三ツ谷は顔を引き締める。一抹の緊張感を携えながら、薄い唇を開いた。
「あのときは、すみませんでした」
「あ?」
「生意気言った、つーか、ほんとなんも、わかってなくて、馬鹿なこと言って」
 ごめんなさい。綺麗な活舌で言い切ると、三ツ谷は深く頭を下げた。咄嗟に女のほうを見ると、そっちはそっちで呆けた顔をしている。まさか、一年越しに謝られるとは思わなかった。そんな顔だ。そりゃあ「ジョーカー」と呼んで、あの日のことを蒸し返したのはこいつのほうなのだが。
 少し待っても、三ツ谷は顔を上げない。嬢も呆けたまま。事務所の出入り口に突っ立っているせいで、正道さんの視線も痛い。おい、そろそろ顔上げろよ。オマエもなんか言えよ。慌ただしく二人を交互に見るものの、状況はさっぱり変わらない。ああ、もう、こうなったら強引に三ツ谷の腕を引っ張って、ここを離れてしまおうか。
 オラ、行くぞ。そんな気持ちを込めながら、三ツ谷の手首をギュと握った。
「~~ッ真面目かよ!」
「うわっ!?」
「ッぅ」
 その瞬間、嬢が叫ぶ。キンッと耳鳴りがした。手首を掴んでいた三ツ谷も、ビクッと体を震わせる。跳ねた勢いのまま、きゅ、と首は嬢のほうを向いていた。
「ケン坊のダチにしちゃしっかりしてんじゃねーか」
「オレのダチにしちゃ、ってどういうことだよ……」
 先ほどの小馬鹿にした笑みはどこへやら、ニッと機嫌良く笑ったそいつは、わしわしと三ツ谷の頭を撫で回す。細い指に掻き回され、柔らかな髪があちこちに跳ねだした。てっきり、三ツ谷なら気にするものだと思ったのだが、嬢に対して物申す様子はない。それどころか、わずかに目元を染めながら、大人しく撫でられるのを受け入れていた。おい、なんだその顔。オレが撫でたときと、全然反応違うじゃねーか。
「うはは、偉い偉い、なんかご褒美やるよ」
「いや、そんなんいっすよ……」
「殊勝なやつだな、ほんとにこいつのダチ? 無理やり付き合わされてない?」
「ちゃんとダチだよ!」
 おろおろと視線を彷徨わせていた三ツ谷は、やがて助けを求めるような目をオレに向ける。どうしよう。顔にも、瞳にも、そう書いてあった。きっと、頭を撫でている当人も、三ツ谷の困惑には気付いている。わかった上で、あえて撫でる手を止めないのだろう。クソ、腹立つな。
「あ、良いこと思い付いた」
 そのうちに、女の手が三ツ谷の頭を滑る。整えられた指先がつぅ、と輪郭をなぞった。それから、人差し指の先が、つん、三ツ谷の唇を押す。あわせて、嬢の真っ赤な唇がにんまりと弧を描いた。
 嫌な、予感がする。
「ご褒美に、フェラしてやるよ」
「え?」
 ほら当たった。女の指先は、やんわりと三ツ谷の唇から離れ、親指も使い丸を描く。できたばかりの丸ごしに、嬢の唇が見えた。さらに舌をチラつかせ、あの行為をほのめかす。
 カッと、頭に血が上った。
「~~三ツ谷はそういうんじゃねーから!」
「え、なに、ワッ」
 か細く返事をした三ツ谷を、ぐっと引き寄せる。背中側に連れて来て、嬢の視界からそいつを隠した。そういうんじゃ、ない。そういうのをするために、ココに連れてきたんじゃない。ええと、そう絆創膏。絆創膏を貼り替えるためだ。
 キッと凄んでみるものの、そいつはどこ吹く風。口元から手を退けつつ、キャラキャラと笑い出した。
「んはは、冗談だって」
「たりめーだ、都条例ひっかかるぞ」
「やだ、店長までそういうこと言う~、しませんって!」
 ふいと嬢の視線が逸れた。今だ。跳ねるように棚に無造作に置いていたレジ袋を引っ掴んだ。中身は、この間買った絆創膏。ちらっとだけ見て、何種類か入っているのを確かめる。よし。ぐるりと踵を返しながら、強引気味に三ツ谷の腕を引っ張った。一刻も早く、ココから連れ出したい。こいつの前から遠ざけたい。冗談とは言っているが、どうにも信用できなかった。
 半ば無理やり三ツ谷を引っ張ったせいで、背後からはワッワッと上ずった声がする。自分と違って、三ツ谷はまだ声変わりしていない。おかげで、上げられる声はどれも高かった。今はまだ自分に振り回されているからいいが、これであの嬢の好きにされていたらと思うと……。ほとんど悲鳴になるのではないか? 考えるだけでゾッとする。
 非常階段をすり抜けて、屋上のエレベーターホールに出る。通路には人の気配はない。誰かが付いてきた様子もない。ここに居るのは、自分と三ツ谷に二人だけ。そこまで確かめて、やっと安堵の息を吐けた。
「ったくあいつら、ガキだと思って……」
 どっかりと段差に座ると、三ツ谷も隣に腰を下ろす。掴んでいた手首は、まだ、離すことができなかった。オレより、一回りは細い。手だってそうだ。身長差があるんだから、大きさは違って当然。なんなら、大人の女よりも、まだ三ツ谷は小さい。あれだけ喧嘩が強いんだから、ただ好き勝手にされることはそうないだろう。わかっていても、腹の虫が収まらなかった。
「真に受けんなよ、アレ、冗談なんだし」
「ぅ、うん」
「は? 期待してんじゃねーよ」
「……なあ、龍宮寺、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「あ? つかドラケンって呼べ」
「う、ごめん、ドラケン」
「よし。で?」
 呼び方を正してから、続きを煽ると、三ツ谷の薄い唇が微かに動いた。口内の赤が微かに覗く。オレが慌ただしくここまで引っ張ってきたせいか、三ツ谷の頬は、なんとなくまだ赤かった。いや、これは、あいつにからかわれたせいか? それで、ちょっと興奮しているのだとしたら。
 余計に、むかむかしてくる。三ツ谷の、涼しげな顔を崩すのは、オレだけでいいのに。
 細やかな苛立ちを抱えながら、半ば睨むように三ツ谷を眺めていると、伏し目がちだった瞼がゆっくりと持ち上がった。その瞳に、妙な熱は、ない。なかった。ほ、少しだけ、心が落ち着く。
―― ふぇらって、なに?」
「……は?」
 しかし、瞬く間に、掻き乱された。
 つい、ぽかんと口を開けてしまう。大層、間抜けな顔をしていることだろう。三ツ谷の目にもそう映っているらしく、きゅ、とその眉間に皺が寄る。ぽ、と赤みを帯びた頬をしながらも、胡乱が浮かんだ。
 三ツ谷の口元が、もにょもにょと波打つ。言葉を探して、飲み込んで、再び三ツ谷の唇は開いた。
「だから、ふぇらって、なに?」
 そしてまた、同じ言葉を吐く。慌てて周りを見渡した。さっき三ツ谷をからかってきた嬢はいないか、他に茶化してきそうな奴はいないか、ガキがイキってんじゃねえと白い眼を向けてくる客はいないか。振り返って、階段のほうを見て、エレベーターを見て、足音も人気もしないことを確かめてしまう。
 ウン、大丈夫、だ。たぶん。
「なあ、りゅぅ……、ドラケン、聞いてる?」
「き、聞い、てる。聞こえてる」
「んだよ、なら二回も言わせんな」
「わる……」
 くはないな。なのに謝るのは違う。
 うっかり零れそうになった言葉を飲み込んで、改めて三ツ谷を見やった。ム、としているのみで、紅潮は随分と落ち着いている。もし、その言葉の意味を知っていたら、こんな顔はしていられないだろう。カマを掛けられているわけではないよな? ないと思う。だって、三ツ谷だ。オレにそんなこと、しない、はず。
 口内に溜まった唾液をごくんと飲み下し、そっと三ツ谷の視線に向き合った。……あまりにも、真っ直ぐ。後ろめたさは、微塵もない。ご褒美と表されたくらいだ、エロいことだなんて、想像もしていないに違いない。
 ああ、目を合わせているのが辛くなってきた。うらり、つい、目を泳がせてしまう。
「知らねー、の?」
「……そんな、常識みたいな、コトバなのか」
「いや、常識っつーか、アレは……」
「あ、ギョーカイ用語?」
「う~ん」
 業界用語になるのだろうか。オレはこの家で育ったから知ってしまったけれど、たぶんマイキーは知っている。だって、四十八手のこともオレより先に知っていたし。単なるエロ用語であって、業界用語ではない。っていうか、ヘルスの業界用語ってなんだ。結局エロ用語になるじゃん。ならない? わかんねーなあ。
 ぐるぐるアレコレ考えていると、頭が痛くなってくる。難しいことに頭を使うのは得意じゃない。状況に合わせて行動すべきだとはわかっているのだが、ガッといって、バッと片付けるほうが楽。その、楽なほうに、つい傾いてしまう。
 がしがしと頭を掻いてから、もう一度三ツ谷を視線を戻した。やっぱり、こちらを見ている。しっかりと、真っ直ぐに、見つめてくる。
 言うしかない、か。
「ち、」
「ち?」
 吃った音を、繰り返すな。カッと頭に血が上りそうになる。だめだ、ここでこっちが赤面したら、格好がつかない。ここでつける格好もクソもない気がするが、それはそれ。
 息を整え直して、ちょいちょいと手招きをした。耳を貸せ。その意味はちゃんと伝わったようで、す、と三ツ谷は自分の耳を差し出した。この間ピアスを開けたばかりの耳。耳たぶが随分と薄くて、開けるのをミスったら千切れそうだな、と、思った。あのときは上手くバチンとできて良かったと思う。
 そっと顔を寄せると、三ツ谷の髪からシャンプーの匂いがした。母親と同じものを使っているらしく、こいつの髪はやけに良い匂いがする。くらり、頭を揺らしながら、口を開いた。
「ちんこ、しゃぶる、こと」
「はぁ?」
「だ、から……、フェラの意味。ちんこしゃぶってやろーかって言われたんだよ、アレ」
 耳を向けていた三ツ谷は、オレの声を聞くなりこちらに顔を向けてくる。やたらと近い位置で、三ツ谷の訝しそうな顔を目の当たりにしてしまった。そんな顔をされても困る。オレは間違ったことは言っていない。フェラは、確かに、そういう意味なのだから。
 結局、顔が熱くなってきた。ああクソ、ダサいったら、もう。
「それさあ」
「おー……」
 対して、三ツ谷は涼し気な顔をしている。いや、少しげんなりとしているだろうか。オレと違って、羞恥を感じている様子はない。ぐぬ、と何かを考えているふうでもあった。おかしいな、こいつなら、さっと顔を赤らめるか、青褪めるかすると思ったのに。
 うろうろと目を泳がせながら三ツ谷の言葉を待つ。一秒、二秒。三秒経っても、また言葉を紡がない。たっぷり十秒経ったか、という頃、やっと口を動かした。
「汚くねえか、ソレ?」
「そうくる?」
 泳がせていた視線が三ツ谷に引き寄せられる。ついでに、頬は引き攣ってしまった。エロいより先に汚いと出てくるとは。そう言われてしまうと、言い返せない。小便出すところだし、ちゃんと洗っとかないとならないし。いざしゃぶるとなったら、綺麗なほうが良いに決まってる。……そういう、問題じゃない。
「どう考えたって汚いだろ、ちんこだぞ?」
「それをオレに言うなよ……」
 畳み掛けられるように言われるが、言い返すべき言葉を思いつけない。どうせなら、そう言ったあの女に聞いてきてほしい。そしたらあいつ、なんて言い返すんだろうな。まァまァとりあえずちんこ出しな、くらい言いそうだ。マズいな、絶対に三ツ谷を焚きつけてはならない。下手したら、あいつに童貞を食われてしまう。
 がりがりと頭を掻きながら、依然としてうんざりとした顔をしている三ツ谷を眺める。どう説明しよう。フェラが何であるかは言った。いっそ誤魔化して絆創膏を貼り直してしまおうか。だが、三ツ谷が「そうだな」と素直に話を切り上げてくれるとは限らない。
 そもそもだ。ちんこを舐められる、ということに辟易したのだ。三ツ谷は、性的なことにはまだ疎いのかもしれない。じゃあ、一体、どこまで知っているのだろう。むくりと、妙な好奇心が首を擡げる。
「三ツ谷ってさー」
「ん?」
「精通してる?」
「……それ、今のハナシに関係ある?」
「……あるっちゃある」
 嘘は言ってない。精通してないのなら、ちんこを弄ったって何も出ない。痛いだけ。だったら、舐められることに拒否感を覚えても仕方がない、と、思う。
 じ、と伺うように見つめると、ふいと顔を背けられた。横顔を向けられたおかげで、つんと唇が尖っているのがよくわかる。まだ、だな。精通してねえワ、こいつ。
 三ツ谷の返事を待たずにそう判断すると、他には他にはと勝手に口が開いてしまう。興味の赴くまま、言葉が口から飛び出した。
「オナニーは? したことある?」
「おな……、なにそれ?」
「自分でちんこ触ること。むずむずしたときとかに」
「痒いときってことか? ないこたないけど、……オマエ、ちゃんと洗ってる?」
「洗ってるワ! そういうんじゃなく……、なあオマエってこういう話するダチいねえの?」
「こういう?」
「シモい話」
 もう小六だ、学校が違うから絶対とは言えないが、小六にもなれば精通している奴も周りにいる。そうでなくても、兄貴がいたり、中学の先輩とつるんでたりすれば、シモい話は耳に入ってくるはず。けれど、三ツ谷は知らない。疎い。なんやかんや、放課後は妹の面倒見ているくらいだ、下世話な話に触れること自体、少ないのかもしれない。
 隣に座っている三ツ谷は、居心地が悪そうに身じろぎをした。ムッとした顔そのまま、頬杖をつく。柔らかそうな頬が、ぐに、歪んだ。
「……あんまり、しない」
「ほんとに〝あんまり〟か?」
「……ハラタツな、その顔。そーだよ、ぜんぜん。したことない」
「へえ」
「やっぱムカつく」
 そう吐き捨てた三ツ谷は、オレの脇腹を突いてきた。殴ると言うにしては弱く、小突くで済ますには圧のあるソレ。ぐえ、とわざと声をあげると、不貞腐れていた顔が幾何か緩んだ。
「だったらさあ」
「ん?」
 むにゃりと三ツ谷の唇が動く。すぐにソコは綺麗な弧を描いた。にんまりと、笑みを浮かべる。良いことを思いついた。顔にはそう書いてある。
「ド、ラケン、が、その相手になってよ」
「……オレ?」
「うん」
 まだオレの呼び方に慣れないのか、わずかにつっかえる。だが、龍宮寺、と言わなかったのだから良いことにしよう。
 それはそれとして、三ツ谷の提案に、思考が止まる。その相手、とは。……猥談の相手、で間違っていないだろう。三ツ谷とそういう話をするだって? どうも上手く想像できない。これで、相手がマイキーならまだ浮かんだかもしれない。たまに喧嘩に加勢してくれる中学の先輩とか。だが、三ツ谷。三ツ谷と、そういう話。できるだろうか。できないことはないと思う。できる、だろ。女を相手にするわけじゃないのだ、躊躇う要素なんて、ない。
 なのに、どうも躊躇ってしまう。戸惑って、しまう。
「嫌?」
「嫌、つーか、なんでオレ?」
「詳しそうだから」
「そうでもねーよ」
「でも、オレよりは詳しいだろ」
 オマエが知らなさすぎなだけじゃねえの。喉元まで込み上げてきたが、言葉にする前にどうにか堰き止めた。言ったら拗ねられる。そして、オレに二度とこういう話をしなくなる。あくまで、想像できない、というだけで、嫌なわけではないのだ。
「教えてよ、色々」
「う」
 そんな言い方をされて、断ることができようか。身長差もあって、自然と三ツ谷は上目遣いになる。これで、教えろ、だったら、言い方があるだろと茶化せたのに。最初から、教えて、なんて柔らかい言い方をしやがって。良いよ、と頷くしかない。
「まあ、いいけど……」
「なら、早速なんだけど」
「ん?」
「さっき言ってた、おなにぃって?」
「ハ」
「痒くもねえのになんでちんこ触んの?」
「アー……」
 ムラッとくるからだよ。と、答えたところで、三ツ谷は納得しないだろう。精通は知っている。けれどオナニーは知らない。なんで知らないんだ。どっちか知ってたら、もう片方も知ってるもんじゃないのか。……そうじゃないから、こんなことになっているのか。
 宙を泳がせていた視線を、のろのろと下ろした。相変わらず訝しげな表情を浮かべている三ツ谷の顔を過ぎ、まだ薄っぺらい胴体を超え、胡坐を掻いている脚の、真ん中へ。当然だが、ぴくりともしていない。
 今、そこを触ったら、どうなるのだろう。自分の知り合いは、大体オナニーは覚えている。精通している奴も、少なくない。多くもないが。そういえば、いざオナッてみたら精通したとか言う奴もいた。なら、三ツ谷もやってみたら出るのでは? 確か、妹と一緒の部屋で生活している。だから、どうやったって自分の時間は取れない、とも。そんな状況じゃ、おちおち自慰もできるわけがない。やらないから、出したことがないだけ。ありうる、の、ではないか。
 一つの想像が最後まで辿り着いたところで、そろり、腕を伸ばした。
「触るぞ」
「えっなに」
 まずは、わし、と股間を掴んだ。揉むように手を動かすと、奥に自分と同じものが付いている感触がする。とはいえ、手に収まる大きさだ。そんで柔らかい。そりゃあ、自分のだって、普通にしていたらふにゃふにゃとしている。誰だって、こんなもんなのかもしれない。
「ヒ、いきな、ぁ、ワッどこ触ってんだよ!?」
「ちんこ」
「そういうことじゃなく!」
「やってみたら、何でやりたくなんのか、わかるかと思って」
「ンだよ、それ、ぅ、うわうわうわ」
 慌てふためきだした三ツ谷に構わず、ズボンの上に置いた手を動かす。指を順番に動かしながら刺激を与えていると、喚く声が小さくなってきた。激しく抵抗されるかと思ったのだが、杞憂で終わったらしい。
 ぺた、と三ツ谷の両手がオレの手の上に乗る。乗るだけだ。掴んで、オレの手の動きを制限しようとする様子はない。たまに爪先で手の甲を引っ掻かれるが、くすぐるに近い感触だ。痛くも、なんともない。そのうちに、三ツ谷はぴくぴくと肩を震わせ始めた。
「な、ンだよ、これぇ」
「気持ちよくね?」
「い、いけど、なんか、やだ……」
「やったことないからそう思うだけだろ」
「そういうもん?」
「たぶん」
 掴んでいるソレはまだ柔らかいの範疇だが、最初に比べたら芯を持っている。一度手を離すと、わずかにズボンを持ち上げていた。自分がするときは、苦しいくらいに膨れるのに、三ツ谷のソレはやけに控えめだ。体格が違うからだろうか。
「おれも、」
「ん?」
 ぽつり、三ツ谷が呟いた。声量は小さかったのに、なぜか耳に纏わりつく。妙に甘く聞こえたのだ。気持ちよくなると、こいつはこういう声になるらしい。一歩間違えたら、この声をあの嬢に聞かせるところだったのか。そうならなくて、良かったと心底思う。
 耳元に残る余韻に浸っていると、ぽすん、股間に何かが乗った。はっと視線を下ろすと、三ツ谷の両手が股座に触れている。すぐに三ツ谷に視線を戻すと、ほんのりと頬を上気させていた。緩んだ顔つきで、オレの股間を見ている。
 ぞく、り。変な寒気が背筋を走った。
「おれも、する、ど、らけん、の」
「う」
「わ、なんか、でか」
「……」
 きゅう、と掴まれると、それだけで血が集まってくる。もう、勃ちそう。そんなことあるもんか。ぶんぶんと首を振ってはみるものの、三ツ谷の細い指が沈むたびに、まろい刺激がやってくる。自分で触るときは、ちゃんと扱かないと勃たないくせに。他人に触られるのとでは、こんなに違うのか。
 はあっ、とやっとの思いで吐き出した息には、やけに熱が籠っていた。まずい、本当に勃起しそう。というか、している。三ツ谷のをどうこうするだけのつもりが、こんなことになるなんて。
「どらけん?」
「あ?」
「手、止まってる、けど」
「あ、ああ~……」
 指摘されると同時に、意識が引き戻された。自分の手は、宙に浮いたまま固まっている。対して、三ツ谷の手は、今もむにむにとオレの股間を揉んでいた。もう少し、強く握ってほしい。……なんて言ったら、こいつはどんな顔をするだろう。こんなとこ握ったら痛いだろ、マゾなの、とか? いや、マゾって言葉すら知らないかもしれない。
 とにかく、だ。
 一つ深呼吸をして、改めて周囲の様子を窺った。客が集まるにはまだ早い時間帯。出勤している奴も多くはないし、用もなくこのフロアのエレベーターホールに来る奴はまずいないだろう。
 ごくり、唾を、飲み下す。
「なあ、」
「ん?」
「直接触って良い?」
「……直接、って」
「ちんこ、直接」
「いい、けど、……オレだけされんのは、ヤダ。オマエのもサ」
「ん、いーよ、わかった」
 努めてなんでもないかのように返事をして、自分の前を寛げた。一思いに下着をずらすと、ぐんっと反り返ったナニが現れる。蒸れて熱かったのもあって、空気に触れると気持ちが良い。真似するように、三ツ谷も自分のズボンを開いた。
「ワ」
 嘆息を零すと同時に、三ツ谷の感嘆が聞こえてきた。顔を上げたものの、その三ツ谷と視線は合わない。食い入るように、そいつはオレのナニを見下ろしていた。半勃ちの自身を晒したまま、まじまじと、見ている。
 じわり、顔に熱が集まってきた。見られるくらい、何だって言うんだ。そう思えども、触れているときと変わらない熱量が込み上げてくる。このまま顔を上げていたら、赤くなった顔を三ツ谷に見られかねない。ンなみっともないところ、見られて堪るか。
 隠すように俯くと、必然的に互いのソレが視界に入った。大きさは、それぞれ違う。けれど、白っぽいのはお互い様。ガキなんだから、まあ、こんなもんだろ。
「ほんと、でっか」
「オレは、タッパあるかんな。つか、オマエ、毛生えてんだ」
「そりゃ、まあ……」
 生えるだろ。ぼそぼそと付け足された言葉を聞きながら、指先を伸ばす。三ツ谷の晒された恥骨部に乗せ、さりさりと撫でた。ちょうど生え際。ソコはまだ短くて薄い。出会ったときは、まだ生えていなかったかもしれない。オレも、そうだけど。
 ちゃんと三ツ谷のちんこを触るべきだとは思うが、どうもそっちに意識が引き寄せられる。撫でる動きを指の腹から爪先に切り替えた。かり、ざり、毛並みに引っかけるように触れると、ぴくんと三ツ谷の下腹が震える。ついでに、半勃ち程度だったナニの切っ先が、上を向き出した。
「お、勃ってきた」
「ぅわ、これイヤなんだよなあ」
「なんで?」
「……こうなると、しんどいから」
「しんどい?」
 聞き返すと、こくんと三ツ谷は頷いた。
「なかなか元に戻らないし、なんかイライラするし、ズボンの上からでも目立つし、ヤダ」
「……それは、」
 抜かないから、そうなるのでは。扱いて出すもん出してしまえば、スッキリするだろうに。これくらい勃起するなら、擦ればちゃんと射精もできそう。よくもまあ、これまで弄らずに過ごしてきたものだ。というか、こんな状態で寝たら、夢精するのでは。それか、朝ぎんぎんに勃起しちまうか。
 ム、と尖った唇を見ていると、ギュッと抓みたくなってくる。つい、股間に触れていないほうの手を、伸ばしていた。人差し指が、とん、と、触れる。柔らかなそこに沈む。アレ、抓もうと思ったのに、突いてしまった。感触を確かめるように、親指を這わせてしまう。
「ぅ?」
「……我慢すっからだろ」
「ぁまん?」
「こうなったときはさ、」
 オレが唇に触れているせいもあって、三ツ谷は拙い声で返事をする。角の取れた響きを聞いていると、甘えられているような心地になってきた。頼りにされて、悪い気はしない。変にベタベタされるのは別だが、三ツ谷くらいの言い方だったら、むしろ可愛く思えてくる。
 良いよ。オレの知ってること、全部、ぜーんぶ教えてやるよ。
 こっそりと腹の奥で独り言ち、ツンと勃った三ツ谷のちんこに触れた。
「ほら、こうやって」
「ひ、」
 指を回して、きゅっと絞める。濡れていて滑りが良ければ扱くのだが、今は乾いているから変に擦っても痛いだろう。そう思って、指を順番に使ってソレを揉むことにした。根元のほうから、先っぽへ。小指、薬指、中指人差し指と動かしながら、柔らかさもある棒に刺激を与えていく。その度に、三ツ谷の腰が撥ねたり、揺れたりするから面白い。
「っぁ、ン」
「ほんとは、先っぽとか裏筋とか擦ればいんだけど」
「ァん、んんゥ、」
「あんま先走り出てねーから、……や、いけるか?」
「ふ、ぅ?」
 そのうちに、皮から赤い中身が顔を出す。その切っ先には、ぷく、と雫が浮かんでいた。これを伸ばせば、多少は滑りも良くなるかもしれない。皮が擦れて痛い、というのもありうるから、力加減は考えないとならないが。
 指先を滑らせるようにして、亀頭に触れた。やんわりと皮を剥きながら、溢れた雫をまぶしていく。ぬらり、先走りを伸ばされた部分が、鈍く艶めいた。
「や、ば、らにこれえ……」
「気持ち良いだろ」
「ん、ぅん、ぁ、きもち」
 くるくると剥いたばかりの亀頭を撫でていると、さらに我慢汁は滲み出る。オレより、出るな、こいつ。先走りは多いタイプらしい。まあ、自分と三ツ谷しか知らないから、どっちが平均なのかはわからないが。
 乾いていたはずのちんこは、すっかり滑りも良くなる。試しにきゅっと扱くと一際大きく三ツ谷の腰が撥ねた。合わせて、高い喘ぎを漏らされる。両手で口を押えてはいるものの、ほとんど我慢できていなかった。くぐもった嬌声と、上がった呼吸が、ぼやっとホールに広がる。
 誰が来るかもわからないのに、何をやっているのだろう。そう思う反面、大丈夫、この時間なら誰も来ない・三ツ谷のこの声は、オレしか聞いていない、という自信があるせいで、手を止めることもできない。なんなら、動きは激しさを増していく一方。
 ぎゅ、ぢゅ、ぐぢ、濡れて、擦れる、異様な音が耳についた。
「ぅあ、いた……」
「あ、悪い、痛かったか」
 ハ、と我に返る。力んでいた手を、反射のように緩めた。顔を上げたものの、対照的に三ツ谷は俯いてしまっている。呼吸を乱していることしか、わからない。汚れていないほうの手を、静かに三ツ谷の肩に置いた。痛くするつもりはなかった。悪い、ゴメン、だから「もう嫌だ」とは言わないでほしい。そっと距離を詰め、顔を覗き込んだ。
「ぁ、ア……、は」
「っ」
 見えたのは、真っ赤な、頬。
 それから、濡れた唇。
 ぽっかりと開いた口からは、短い舌もはみ出ていた。唾液が伝い、とろ、と服に垂れる。睫毛は、滲んだ涙で濡れたせいか、いっそう長く見えた。その奥に見える瞳は、すっかり熱されて虚ろになっている。
「え、っろ……」
「ぁ、んん、らに?」
「……なんでも」
 この顔で、痛い? どこがだ、気持ち良さそうにしか見えない。それとも、気持ち良かっただけに、一瞬の痛みを苛烈に感じ取ってしまったのだろうか。
 緩慢な動きで頭を持ち上げた三ツ谷は、やっぱり蕩けた表情を浮かべている。そりゃあ、ちんこを触ったら気持ち良い。けれど、こんなにとろとろになるとは、知らない。少なくとも、自分はなったことがない。……もしかしたらオナニーしているとき、自分もこんな顔をしているのかも。……そんな馬鹿な。鏡を見ながらやる趣味はないから、確かめようはないけれど、これほどまでにぐずぐずになるとは思えない。なったことは、ない、はず。
「みつや、」
「ぅん」
「続けて、いい?」
「……ん、いいよ、っぁ、ぁ、んん」
「これくらいだと? 痛くねえ?」
「ん、うん、いい、すご、なんか、ふわふわ、する」
 おずおずと手の動きを再開すると、三ツ谷の甘ったるい喘ぎもあふれ出す。片手は口元を押さえているが、もう一方の手は下腹に乗っていた。シャツの裾を掴んでいるとも言う。おかげで、陰部がよく見えた。引っ切り無しに零れる先走りも、シャツにつかずに済んでいる。
 とはいえ、中途半端に下げただけの下着には、垂れて染みができてしまっていた。今日、こいつ、これ履いて帰るのかな。ぐしょぐしょのパンツ履いて、もぞもぞ落ち着かない様子で、帰路につくのだろうか。もし、変なおっさんに襲われたらどうしよう。そうなるくらいなら、空き部屋使って、体洗わせて、テキトーなパンツを貸したほうが良い気がする。それか、今晩はココに泊まってもらうとか。いや、それもどうだろう。もう一回、三ツ谷のこの顔を見たくなって、ちょっかいを掛けるのが目に見える。
 ああもう、なんでこいつはこんなにエロいんだよ。エロいコト、全然知らなかったってのに!
「ん、ンッぅ、う、んん、ぁ」
 三ツ谷の声は、どんどん切羽詰まっていく。上ずって、裏返ることも多くなってきた。胡坐を掻いていた脚は、いつの間にか崩れている。それでも、股は閉じずに、歪なM字を描いていた。とびきりイイ刺激が走ると、足首がビクッと跳ねる。さらにはオレの手に押し付けるみたいに腰が浮いた。
 やっぱり、エロい。すごく、エロい。店にいる女が全裸で歩いているのを見るより、ずっと、エロい。
 気付くと、こっちの息も上がっていた。体の中心に、熱が集まっている。ちらっと自身に目を向けると、腹につくのでは、というくらいに反り返っていた。触らなくても、ちんこってこれくらいデカくなるんだ。変に冷静な自分が、謎の感心を抱く。
 ぬるぬると三ツ谷のと一緒に擦り合わせたら、どうしようもないくらいに気持ちが良いんだろうな。思いはするが、実行するには至らない。なんでって、擦り合わせた瞬間に、オレが達してしまいそうだから。そんなの、カッコ悪い。三ツ谷に、ダサいとこ、見られたくない。
 せめて、先に三ツ谷がイッてくれれば。
 変に力まないようにだけ気を付けながら、手の動きを速めていく。ずりずりと竿を擦って、赤い切っ先をくちくちと擽る。たまに尿道口に爪を立てると、三ツ谷の口から甘ったるい鳴き声が漏れた。
「ぁ、あ゛ッ、ん、なんか、なんかでそぉ、でちゃう゛ッ」
「……イきそう?」
「ぃく……? どこに? わか、わかんなぃ、ヒ」
「だいじょぶだから、イッていーよ」
「やだ、こわ、こわぃ、りゅうぐうじぃ、」
「だから、ドラケンだって」
「どら、けん」
「そ」
 手の動きはそのまま呼び方を正すと、喘ぎの間にオレの呼び名を挟み始める。それと同時に、三ツ谷の腕がこっちに伸びてきた。上体を倒すようにして体を近づけると、控えめに肩に手が乗る。細っこい指先が、ギュッと布を掴んだ。距離が近付いたせいで、三ツ谷の声が大きく聞こえる。口元から手を離したせいもあるのだろう。嬌声の間隔が短くなっていき、ほとんど組み敷いたみたいな体はガクガクと痙攣しだす。
 こいつ、もうすぐ、イくな。
「ど、ぁ、けんっ……」
「……ほら、イッちゃえって」
 囁くと、同時に、がくんと三ツ谷の首が倒れた。涎で汚れた口が、はくんと空気を食む。剥き出しになった喉が、やけに目についた。
「ぃ、ン゛~~ッ♡」
 そして、これまでで一番大きく、三ツ谷は震えた。オレの胴体の後ろで、脚をピンと伸ばしている。
 イッた。あの三ツ谷が、オレにちんこ擦られて、達した。イッて強張った体は、なかなか緩まない。絶頂から、降りて来られないらしい。オナニーも知らなかったくらいだ、当然、この快感も想定外に違いない。本当なら、自分で塩梅を見ながら味わうはずだったろうに、オレの手で、掻き乱してしまった。その事実に、ぐつぐつと高揚が蜷局を巻く。
「……ん?」
「ッ、ッ……、ッぅ」
 ふと、違和感を抱く。つぅ、と軽く三ツ谷のちんこを擦りながら手を離した。その細やかな刺激も気持ちが良いようで、三ツ谷は喉を絞めたままビクビクと震える。本当にエロい、他人の手でイくと、人間こんなふうになるのか。得た経験を頭に刻みながら、ぐ、ぱ、と手を動かした。その手指には、三ツ谷の体液が絡んでいる。さらりとした、カウパーが纏わりついている。
「んん?」
 首を傾げると同時に、三ツ谷の腕がほどけた。ぽと、とオレの肩から落ちる。壁伝いに上体も崩れ、すっかり床に寝そべってしまっていた。
 それを眺めながら、もう一度、手を閉じて、開く。また閉じて、開く。
 おかしい。
「精液、出てねえじゃん」
「ぁう、う……、ん゛」
「み、三ツ谷?」
 てっきり射精したものだと思ったのに、心当たりのある白濁はついていない。改めて三ツ谷の体を見てみるものの、やはり精液は飛び散っていなかった。
 出さずに、イッた? そんなこと、あるのか?
 一体、何が起きたのか。三ツ谷本人に聞きたいところだが、意識は飛んでしまっている。体中、どこもかしこも緩ませながら、焦点の合わない目つきで宙を眺めていた。……いくらなんでも、まずくないか? 込み上げてきた焦燥感に背中を押されて、ぺちぺちと三ツ谷の頬を叩いてみるが、あうあうと意味を持たない言葉を返されるだけ。会話が、できない。
「やっべ、おい三ツ谷、大丈夫か、三ツ谷っ」
「ぅ、うぅん、ぁ……」
「戻ってこいって、なあ、おーい」
「ぁ、ぅ、ぐぅ、じ?」
「……ドラケンな」
「どぁけん」
「そ」
 なかなか呼び方を変えない三ツ谷にムッとしてしまうが、ひとまず意識が戻ってきたから良いことにしよう。ぽんぽんと頭を撫でていると、ただだらしないだけの顔が、ふにゃりとした笑みに変わっていく。
 この、顔は、可愛い。ずっとエロかったけど、こういう顔も、嫌いじゃない。なんなら、気を許されているみたいで、気分が良い。つられて頬が緩みそうになるのをどうにか堪えて、汗ばんだ三ツ谷の髪を梳いた。
―― おなにぃ、すっごかったあ……」
 や、コレ、もうオナニーじゃねえワ。
 そう思ったものの、蕩けた三ツ谷に教えてはやれなかった。あわよくば、痛いくらいに勃起した自分を、慰めてほしかったから。

 オレのせいで、三ツ谷が上手く射精できなくなったと知るのは、それから随分経ってからのことだった。