雨の日のの話

 雨は、あまり好きじゃない。
 単純に、良くない思い出が多いから。そりゃあ、雨の音だとか、匂いだとか、あとは雨の日の煙草の味だとか、部分的には「悪くない」と思えるところもある。だが、総合的に見ると、好きじゃない。雨が降っている日、というものが、苦手なのかもしれない。
 ベランダに出る窓に腰掛けて、ぼんやりと空を見上げた。どこまでも曇っている。雨粒の線が引っ切り無しに飛び交っていた。買い物に行く予定だったのに。これじゃあ、出かけられない。
 マ、散々抱かれたせいで、体は疲れている。休養日と思って、大人しく諦めるか。
 咥えた煙草に火をかざし、ぐと空気を取り込んだ。
「……オマエ、ほんっと寒いコト好きな」
 おもむろに、部屋の中から声を掛けられる。ちら、と目線だけ向けつつ、煙を外に吐き出した。宙を踊った煙は、のらりくらりと空気に溶けていく。
 その間に、家主はオレの背後にやってきてしまった。くしゃりと、撫でるみたいに頭に手を乗せられる。
「だって、部屋ん中で吸うのはダメじゃん」
「煙草の話じゃねえよ、オマエの格好の話」
「え?」
 一度、自分の格好を見下ろした。着ているのは、カーディガン一枚。それも、ドラケンのもの。冬用で、割と厚手。一本吸う間くらいなら、十分な暖かさがある。多少脚は冷えるが、どうということはない。
「……結構あったかいよ、コレ」
「知ってる。なんなら返してほしいくらい」
「うーん、そしたらオレすっぽんぽんになっちゃう」
「自分の服着ろよ……」
 はあ、とため息を吐いたそいつは、もう一度オレの頭をくしゃりと撫でた。
 いつかは、スエットの下だけを穿いた格好だったけれど、今日はちゃんと上も着ている。ヨレた襟首から、浮き出た鎖骨が見えた。それから、こっそりとつけてみたキスマークも。人のことを白い白いと言うけれど、日に当たっていないところはドラケンも似たようなもん。痕が映える肌をしている。つい、口元が緩んだ。
「なににやけてんの」
「なんでもねー。雨の日の煙草は美味いなーって思ってただけ」
「あっそ」
「聞いといて流すのかよ」
 喉で笑いながら、煙草を咥えた。紫煙をくゆらせる先を眺めながら、のんびりと吸う。雨が降っているからなのか、セックスの後だからか、妙に煙草が身に染みる。
 ヘビースモーカー、というほど、自分は吸っていないと思う。けれど、ないならないで落ち着かない。少なくとも、この体には、すっかり煙草の匂いが染み付いてしまっていることだろう。なんなら、一緒に過ごしているこいつにだって、移っているのかも。まったく吸わないのに、愛煙家と思われていたら、オレのせいだよなあ。
 肺を満たした空気を、ぷかりと吐いた。
「……ドラケンさ、禁煙しろって言わないよね」
「言ってほしーの?」
「どうだろ」
「オマエが禁煙したいと思ってて、オレが言ってどうにかなるっつーなら言うけど」
「あはは、どうにかなるかなあ」
 笑って誤魔化すと、上からため息を落とされた。意味のないことは言わない。ドラケンはそういう質だ。オレが吸うのを止めたいと思っていない内は、どんなに嫌だと思っていても、口にはしないのだろう。
 いっそ、言ってくれればいいのに。こいつに真剣な顔をされて求められたら、この体は言うことを聞くようにできている。何度、「もっと」と言われて脚を開いたことか。……それは、それか。
 静かに息を吐いた。脳天には、じ、と視線が向けられている。すぐに逸らされると思ったのだが、じくじくとしたソレはいつまでも頭に降ってきた。
 盗み、見る、ように。視線の主を見上げた。
「あ」
 おもむろに、腕が伸びてくる。節くれだった指が、オレの口元を掠めた。合わせて、指先から熱が消える。
 オレの、煙草が。
 流れるような手つきで、ドラケンは奪ったソレを自身の口元に引き寄せる。指に隠れて見えないが、厚みのある唇は、確かに端を食んだらしい。火が燻ぶる。
 数秒の間を置いて、そいつはゆったりと煙を吐き出した。
「……マッズ」
「情緒ねえなあ!」
 噎せることはなかったが、眉間に皺が刻まれていた。半開きになった口は、げんなりと歪んでいる。何でこんなものを好むんだか。顔にはくっきりと書いてある。
 顔を顰めたまま、ドラケンはベランダに身を乗り出すように腕を伸ばした。長い腕が、ベランダに置いている灰皿に向かう。灰を落とすだけ、と思ったのが、あっけなくソレは消し潰されてしまった。まだ、吸えそうだったのに。
 身を乗り出したのもあって、背中にドラケンの膝が当たっている。後頭部に触れているのは太腿だろうか。
 再び窺うように見上げると、まァ、良い角度をしていた。
「あー……」
「どーすんの、今日」
「んぇ」
 引き戻された腕には、ほのかに煙草の香りが残っていた。はく、と空気を食むと、舌先に痺れが乗る。つい、脚を擦り合わせてしまった。散々嬲られた腹に、熱が戻ってくる。
 どうする、って? 許されるのなら、続きを、したい。
「買い物、行きたかったんだろ」
「あ」
 そういうことか。淡々と降ってくる言葉に、本来の予定を思い出す。買い物。そういえば、行きたかった。それは、そう。でも、生憎の雨。だから、ドラケンは問うてきたのだろう。
 この雨の中、出かけるか、否か。正直、今日じゃなくても良いかな、と思っている。雨だし。体は怠いし。家に居たい。そんで、もっと貪られたい。
 昨日もヤッたろって、笑われるかな。呆れられるかな。でも、こいつなら、一つ頭を撫でてから「いーよ」って言ってくれそうでもある。
「……ん」
「うお」
 体の向きを変えながら、もすんとドラケンの下肢に顔を埋めた。少し背伸びはしなければならないけれど、膝立ちするほどではない。
「……ぁんだよ」
「買い物は、また今度にしよ」
 囁くような大きさで言う。ちゃんと聞こえたろうか。上目遣いで見やると、大きな手のひらに頭を撫でられた。ついでに、オレの顔を引き剥がそうとする意思も感じる。
 昨日、オレを悦ばせてくれたソコは、なんの反応も見せてくれない。つまんねーの。欲情してんのはオレだけかよ。今に大きくしてくんないかな。
 性の匂いのしないソコを嗅ぎながら、もそもそと口を動かした。
―― 今日は抱き潰されたい気分」
 ふと、オレの頭を撫でる手が止まった。相変わらず、ソコに不埒な装いはない。軽く頬ずりをしたって、甘く噛みついてみたって、変わらない。
「なあ、本気で誘ってんだけど」
「……やけに積極的じゃん」
「うん、ヤりたくなっちゃった。赤玉出るまで搾り取ってやるよ」
「こえーこと言うなっつの」
「オレのことは潮すら出なくなるまでカッ食らうくせに」
「最近はそこまで抱き潰してねえ……」
 そうだっけ。言われてみて、記憶を遡る。少なくとも、今朝は起きて一服できる程度の体力は残っていた。その前も、部屋の中くらいなら動き回れる程度に加減はされたはず。ベッドから出られなくなったのは、もう随分前だ。
 確かに、「最近は」抱き潰されていない。
 自覚すると同時に、ふつふつと熱が集まってきた。昨日だって、満足できなかったわけじゃない。多幸感に包まれて落ちた。けれど、限界までは貪られていない。もうダメ、もう無理、死んじまう。それくらいの熱量を分け合ったのは、大分前のこと。なんだか、無性に恋しくなってきた。
 なおのこと、抱き潰されたくて仕方がない。
 両手の指先を、スエットのゴムに引っかけた。
「よッ」
「おいおいおいおい」
 ぐっとゴムをずらせば、萎えているくせに圧のある逸物が現れる。早く勃ってくれないだろうか。オレの手練次第か。
 やんわりと手で支えながら、竿に唇を当てた。まだ柔らかい。ふわふわとしている。これくらいなら、口の中に収まりそうだ。ドラケンの顔を一瞥してから、アと口を開けた。
「は、おっまえなあ……」
「ンっ、ぢゅ」
 口内にソレを招くと、眼前にある腹筋がぴくりと震えた。舌を纏わりつかせながら、顔を引く。すぐに根元まで飲み込んで、きゅっと喉を絞めた。二、三度それを繰り返してからぢゅぽッと口から引き出せば、咥える前より一回りは大きくなっていた。輪を作った指で扱くと、芯を持っているのがわかる。
 自然と、にんまり笑ってしまう。良い調子だ。上を向き始めた切っ先に、ちゅっと口付けた。
「ッのやろ……」
「ぇ、あ、ァッ!?」
 ぐしゃりと頭を掴まれた。イラマチオでもされるのか。淫猥な夢想が過るが、ぐりゅッと襲って来た感触にあっけなく吹き飛んでいった。
「や、ぃンっ……、踏む、なよぉっ」
「うーわ、ぐずっぐずじゃねーか」
 俯いた視界では、ドラケンの素足がオレの股間に乗っていた。乗るなんて生易しいものではないか。カーディガンの裾を潜って、勃ち始めていたナニを踏まれている。器用にも指先で擦ったり、土踏まずで圧を与えてきたり。その度に、溢れた先走りでぬちゃぬちゃと水音が鳴った。
「ぁ、ぅん」
「こっちは終わり?」
 おもむろに顎を抓まれて、顔を上げさせられる。と、ぺちんと半勃ちのペニスで頬を叩かれた。これだけあれば、挿入自体は難しくない。けれど、もっと大きくなるし、硬くもなる。最奥を抉って貰うなら、もう一声。
 終わりじゃ、ねえ。口内に溜まり過ぎた唾液をこくんと飲み込んで、がぱりと口を開けた。
「ん、ぷ、」
 ああ、エラが張っていて、苦しい。さっきまでは、つるんと飲み込めたのに、喉奥まで使って入りきるかどうか。口に収まらない部分には、仕方なく手を添えた。指先でも脈打つのがわかるのだ、当然、舌にもその熱は響いてきた。切っ先が上顎を擦れると、甘い痺れが背骨を伝う。踏まれている性器からも痺れは上ってきて、腹の奥が切なくなってきた。
 もう、達してしまいそう。いや、したいのは射精じゃない。奥を、穿ってもらいたい。イキたい、イキたくない。
 でも、イッちゃい、そ、う。
「ん、ぅ、~~ン゛ッ、」
「っと、」
「ぅ」
 寸前で、足が浮いた。昂った自身が、とぷりと涎を垂らす。どうして。イキたくないとも思ったから、良いと言えば良いのだけれど。
 うらりと腰が揺れる。恨みがましくドラケンを見上げると、口から肉棒を引き抜かれた。すっかり大きくなって、反り返っている。閉じそびれた唇の端からは、つうと唾液が伝い落ちてきた。
「な、んでぇ……?」
 自分の、荒くなった呼吸が耳につく。さっきまで聞こえていた雨の音は、いつの間にか遠のいていた。雨が上がったのか、弱まったのか、あるいは、自分の耳がおかしくなったのか。火照った体を思うと、後者が正しいのかもしれない。
「ここじゃあ誰に見られるか、聞かれるかわかんねえし」
「……みられても、いい」
「オレが良くねえの」
 ぽん、と柔らかく頭を撫でられる。もう一方の手は、窓のほうに伸びていた。それとなく振り返ると、開いていたはずの窓ガラスが閉じている。なんだ、自分の感覚は、思ったより狂っていなかった。
 窓の外は、激しく降る雨で霞んでいる。あのまましたって、かき消してもらえたのでは? 準備の整った陰茎に口付けると、すぐに困ったような笑みを落とされた。
「続きは、ベッドな」
 そう呟くと、ドラケンは慣れた手つきで黒髪を纏めだした。隠れていた龍が見える。もう、なんだっていいや。こいつに、抱いてもらえるなら。
 雨は、あまり好きじゃない。でも、引きこもってセックスする口実になるのは、まあ「悪くない」と思う。