素面の境界線

 世界が揺れている。
 揺れた、ではなく、揺れている、だ。今も、ぐらぐらと、揺さぶられている。地震でも起きたのか。違うな、火照るような熱と浮遊感がある。風邪のほうがそれらしいかもしれない。
「ん、ンっ……、ぅう」
 口からは情けない声が漏れていた。呻くほどの高熱が出ているのか? 頭の、やけに冷静な部分が、ぼやけた意識の糸をたどっていく。
 持ち上げようとした瞼は、枕に押し付けているせいで持ち上げられなかった。どうやら、呻くほどの息苦しさは、枕に突っ伏しているせいらしい。
 荒くなった息を整えるべく、どうにか首を横に向けた。
「ッは、ァ、あッ……?」
 大きく飲み込んだ空気は、悲鳴になって外に戻っていく。慌ただしくもう一度吸い込んだが、それもすべて喘ぎになってしまった。なんだ、コレ。なにが、起きてるんだ。
 徐々に、体の感覚が戻ってくる。
「ぁ、ぁ~、う」
 指先は枕に沈んでいる。いや、これは枕じゃない。枕にしては硬すぎる。汗ばんだ指先には、合皮と思しき感触がした。まるでソファの背もたれか、肘掛けのよう。剥き出しの肌が触れているのも、同じ合皮に思える。ぺったりと張り付いて、なんだか落ち着かない。
 息を上げたまま、視線を動かしていく。真っ先に、自分の肩が見えた。着ていたはずの黒いシャツはない。骨ばった形が剥き出しになっている。肩にかかっていないのなら、当然背中も晒されている。蛍光灯の灯りを浴びて、汗の雫が見えた。それらはゆっくりと肩甲骨のほうに垂れてくる。
 そこで、やっと、自分の格好と―― 臀部の違和感に気付いた。
「ッ!?」
 うつ伏せの状態で、尻だけ高く上げている。服は何も着ていない。全裸で、尻だけ付き出す格好だ。理解した瞬間、内腿が震えた。きゅ、と違和感の激しい尻も力む。
「ん? イイとこあった?」
「……は、ぇ?」
 耳が、聞き覚えのある声を捉えた。
 自分の尻の向こうに、誰かいる。誰か、なんて曖昧なものじゃない。アイツがいる。あの男が、いる。
「どらけん……?」
「はー、だいぶいい具合なってきた」
「え、ぁ、なンッ」
 ぐぢゅりと水気のある音が響いた。それは、よりにもよって自分の尻から聞こえる。じゅぼっと引き抜かれた何かに、肌が粟立った。その悍ましさは、あんなに荒かった息が、ぴたりと止まるほど。そのくせ、心臓だけはドクドクと忙しなく騒いでいる。
「んー……」
 おもむろに、その男はソファの下に腕を伸ばした。体が傾いたおかげで、横顔が見える。妙な顔色だ。赤くなっている。どんな乱闘に遭っても、平然としていることの多い男が、紅潮させているなんて。珍しいこともあるものだ。
 その男の上半身が裸というのを受け入れたくなくて、明後日なことを考えてしまう。ちなみに下は、……膝のあたりにだぼついた生地の感触がするから、たぶん、着ている。そうであってほしい。
 一体全体、何なんだ、この状況は。
 ひく、と体が引き攣った。
「ッう」
 同時に、尻穴がキュンッと震える。気のせいだろうか、なんだか尻が濡れている。漏らした? まさか、そんなことはないはず。この歳で漏らすなんて、笑い事じゃ済まない。
 しかし、ヒクヒクと震えるソコは、確かに普段感じない水気を纏っている。粘性があるというか、滑るというのか。挙句、とろ、とその液体がナカを伝ってくる。あ、まずい、このままじゃ漏れる。咄嗟にぎゅっと尻に力を込めた。謎の液体は、出てくる寸前で腹の中に留まってくれる。とはいえ、いつまでこうしていればいい? 体は火照っていて、倦怠感もある。今すぐにでも脱力してしまいたい。ヒクヒクと、縁が震えるのが自分でもわかった。
 混乱が羞恥に置き換わり、止まっていた呼吸が戻ってくる。はっ、と吐き出すやいなや、じわり、嫌な感覚が走った。ナカから、それが滲んでくる。零れてしまう。溢れ、て、いく。
 カッと顔から火が出た。
「~~ッ」
「おー、良い眺め」
「どこがだよッ!」
 淡々と告げられる感想を一蹴するが、当人にはまるで響いていない。据わった目をして、じ、と見つめてくるばかり。なんて目付きをしているんだ。そんな目で、見つめられたくない。どうにか姿勢を変えられないだろうか。身じろぎをすると、ぬるりとした手に太ももを押さえられた。その手は、内腿を擽るように撫で、こちらの尻にのぼってくる。
 そして、つぷり、指先が穴に埋まった。
「っア」
「入口はもうふわっふわなんだよなァ……」
「なに、やだ、ぁ、んっ」
 二本、いや、三本だ。男の、骨ばっていて、長い指が、三本まとめて捻じ込まれる。人体の出口だというのに、ソコは当然のように指を受け入れていた。あるはずの痛みは、ほとんどない。指を拡げられれば、その通りに縁は拡がるし、指の腹で中を撫でられると浮遊感に似たもどかしさが襲ってくる。あまりの落ち着かなさに、腰が揺れた。すると、指の動きが止まる。なぜ、止まる? 止まったら、違和感が際立ってしまう。指の形を如実に味わってしまう。あ、うわ、ドラケンの指って、こんな形なんだ。
「あおんな」
「ッぁヒ……!?」
 へえ。と感心する余裕は消し飛んだ。指の動きが、一瞬にして激しくなる。抜き差しする度、じゅぽじゅぽと濡れた音が鳴った。自分の体からそんな音が立っていることに卒倒しそう。自慰をするときだって、こんなに濡れることはない。そりゃあ、先走りだけじゃ足りなくてローションを足すことはあるけれど、だとしてもこんな水音にはならない。
 どうして、こうなった。何があって、オレはこの男に尻を弄り回されているんだ。遠くなりそうな意識の中、必死に自分の記憶を掘り起こしていく。

 つい先週、自分は誕生日を迎えた。二十歳の誕生日だ。十八になったときも、できることが増えたと思ったものだが、所詮未成年。成人するまで、保護者の確認だとか、同意だとか、そういうものから離れられなかった。だが、今日からはもう手を煩わせずに済む。
 それから、酒や煙草も解禁だ。なんの後ろめたさもなく、買うことができる。煙草は中坊の時に引っかけて酷く噎せて以来やっていないから、嗜むようになるかはわからない。じゃあ、酒は、どうだろう。こっそり舐めて味わった浮遊感は、悪い物じゃなかった。酔っぱらうという感覚をちゃんと知りたいと思うし、社会に出て揉まれる前に自分の許容量をわかっておきたい。
 そのタイミングで、ドラケンに「飲もうぜ」と声を掛けられたのだ。向こうも丁度自分のキャパを量りたがっていて、お互い気心知れているし、都合が良いだろうと。
 開催場所はドラケンの家。ハジメテの、宅飲み。ビールの苦さと喉越しを知って、飲みやすいカクテルやらチューハイを経て、「正道さんからもらった」と言う高そうなワインを開けた。
 雲行きが怪しくなったのは、確か、そのあたり。
 ぽかぽかと熱くなった頭を、重力に従うまま俯かせた。ソファの上で、胡坐を掻いた自分の足が目に入る。隣には、なんだかんだビールがイイかもしれんと缶ビールを煽っているドラケン。まだ飲めるのかよ。付き合っていたら、完全につぶれてしまいそうだ。オレはこの辺で止めとこう。
 泊っても良い? そう尋ねようと、視線を隣に移した。視界に入ったのは、大きく股を開く、長い脚。
 そして、もう、一つ。
『どらけんさあ』
『あ?』
『勃ってね?』
 見つめた先は、ゆったりとしたサルエルでも誤魔化せない程度に、膨れた股間があった。アルコールが入ると勃たなくなるものだと思ったのだが、そうでもないらしい。それか、まだ酒を煽るくらいに強いドラケンだからなのか。
『あー……、最近抜いてなかったせいじゃね』
『はは、疲れマラだ』
『うっせーな、店忙しかったんだよ』
『知ってる、繁盛してきたよね』
『ありがたいことにな』
 そう言いながらもドラケンは缶を離さない。手の中で、バキ、と潰しているが、中身はちゃんと空にしたのだろうか。いや、力んだだけか。歪ませたくせに、飲もうと口に引き寄せている。ぐ、と煽ると、くっきりと浮き出た喉仏が剥き出しになった。
『あ? 空かよ』
 なんだ、空なのか。悪態をついたソイツは捻るようにしてアルミ缶を潰す。まったく会話ができなくなっているわけではないが、感覚が麻痺しだしているのは間違いない。平然としているようで、案外酔っているのかも。
 酔っていても、勃つもんは、勃つんだな。
 火照ったようにも見えるドラケンの顔を眺めてから、視線を下に戻した。確かに、勃っている。膨れている。だが、首を擡げだしたソイツを主人はスルーするらしい。酒を飲むことにしか意識が向いていなくて、股座に手を伸ばす気配はなかった。
 それも、どうなの。まだオレら、ハタチだぜ。ヤりたい盛りじゃん。そりゃ、猿みたいに盛ってた頃はとっくに通り過ぎているけれど。
 気付くと口を開いていた。
『抜いてやろっか』
 冗談のつもりはなかった。本気で、ソイツの起き上がったナニを慰めてやろうと思ってしまったのだ。オレも大概酔っぱらっている。正気だったら、絶対にこんなこと言わない。冗談としてニヤけながら言うことはあっても、素で、こてんと首を傾げながら尋ねることはなかったろう。
『はぁ? オマエ相手に勃たねーよ』
『わかんねーじゃん、ムラッとするかもよ?』
『ないない。こちとら目が肥えてんだ』
『あ、オレ乳首きれいだよ』
『何言ってんの?』
『何言ってんだろ、見る?』
『見る』
 閃くと同時に言葉にするせいで、情緒も脈絡もない台詞になってしまう。だが、この場にいるのはオレとドラケン、二人だけ。お互い、いい具合に酔いも回っていて、おかしさを指摘できるだけの頭はなかった。
 着ていた長袖Tシャツの袖を掴む。一思いにひっくり返すようにして脱ぎ捨てないのは、後から畳むとき面倒と染み付いてしまっているせい。もそもそと腕を抜いてから、すぽんと首を抜いた。
『ほら』
『うわ、マジでピンクじゃん』
『は? 引いてんじゃねえよ』
『引いてねーし』
 膝の上で服を畳みだすと、おもむろにドラケンの手が伸びてくる。触るんだろうなと、思った。そういう流れだったし。どういう流れだ? そもそも、オレがコイツのを抜こうという話だったのに、なぜオレが触られそうになっているんだろう。
 指の腹が乳首に触れた。小さな突起を、柔らかく潰す。くにくにと何度か捏ねたところで、今度は円を描くように撫でられる。それも、かろうじて触れるか、触れないかという力加減で。くすぐったいやら、もどかしいやら、じん、と体の芯に熱が灯る。
『ぁ』
『声エロくなってんぞ』
『あは。アッアッ、ケンくん、もっと乳首いじめて~、とか言うべき?』
『ヘッタクソな喘ぎ方だな』
『喘いだことねーもん』
『さっきの感じで良いんだよ』
『さっきぃ?』
 わざわざ裏声を使ったのに、ドラケンの反応は渋い。鼻で笑って、やんわりとした刺激を再開した。
 さっき、って、どれだろう。穏やかに熱を上げながら、先に与えられる刺激に感じ入ってしまう。最初は軽く押したり、乳輪を撫でたりするだけだったのに、爪を立てる・引っ掻くといった動作も増えてきた。先っぽだけカリカリと引っかかれるのが、特にクる。何がクるのかは定かじゃないが、ソコの感覚が鋭くなっていくのは確かだ。
 弄られているのは右側だけなのに、左側も切なくなってきた。息を乱しながら自分の胸を見ると、いつもよりぷっくりと膨らんでいる。それに、いつもの淡い色味より、赤くなっているように見えた。
 男でも、こんなふうになるのか。
 思うや、否や、ビリッとした刺激が与えられた。
『ンぁッ……!』
『そう、上手い上手い』
『ぅ、んっ』
 どうやら、ドラケンがオレの乳首を抓ったらしい。慌てて視線を右側に向けると、ソイツの親指と人差し指に抓まれて自分の乳首が引っ張られていた。そんなにされたら、伸びてしまうのでは。大きくなってしまうのでは。不安のとおり、弄られている乳首はぷっくりと張り出し始めていた。
『やだあ……』
『いじめてほしいんじゃなかったのかよ』
『あれはッ、……まっ、て、待って、なんかほんとに、』
 恐る恐る、自分の手を左側に伸ばす。ドラケンのより、一回り細い指先が、きゅ、と切なく震えている突起を抓んだ。たちまち、痺れるような快感が背筋を抜ける。もう一度その快感が欲しくて、今度は扱くように乳首を擦った。突起を押し潰したり、中央に爪を立てたり、弄り回すことに夢中になってしまう。
 その姿を、食い入るように見つめられていることには、気付きもしなかった。
『あ、あ~、ぅ』
『……なあ』
『んっ、ンぅ……?』
 酒で緩んだ理性は、なんの警告も出さない。ドラケンの低く凄んだ声に、一切の危機感を覚えなかった。しいて言えば、右側の乳首から手を離されてしまい、もどかしさを感じる程度。
 なお乳首を弄り続けるオレの肩に、そいつの両手が乗った。とん、と押されると、されるままに上体は倒れる。背中が、ソファの合皮に沈んだ。逆に、真上には、据わった目をしたドラケンの顔。
『やっぱオレ、オマエで勃つかも』
『ぁ、じゃあ、』
 抜いてやるよ。
 そう言おうと、口を開いた。
―― えっち、しちゃう?』
 あれ、なんか、違うこと言った? 違和感はあるものの、わずかに目を見開いたドラケンの顔を見ると、どうでも良く思えてしまう。コイツの驚いた顔は、そう見られるもんじゃない。ああ、良いモン、見た。
『ふは、いいなそれ、しちゃうか』
 続けて、破顔したドラケンを見たら、失言をしたことは意識の外に飛んでいった。

 散々アルコールが回っていたというのに、自分の脳みそはそれなりに経緯を覚えていた。中には忘れる人もいるというが、オレは記憶が残る質らしい。なるほど、一つ教訓になった。酔っぱらって何かをしでかしたら、醒めた後に頭を抱える羽目になる、と。
 いやはや。なんというか。
 オレの馬鹿。その、一言しか、出てこない。
「ッンあっ……!」
 顛末を一通り思い出したところで、ナカの弱い部分を押された。腹側の、ある一点。男が尻でも気持ちよくなれてしまう場所。最初は痛いと思ったはずなのに、何度も刺激されているうちにイイものだと刷り込まれてしまった。勝手に自身からは白濁が零れ、脚はガクガクと震えだす。
「はー、またイキやがって」
「だれっの、せい、だとっ……!」
「けど、まあ、そろそろいけっか」
 おもむろに、腰から手が離れた。ぢゅぽっと音を立てて指も引き抜かれる。その刺激で、また切っ先から体液が散った。
 くそ野郎。叫んだところで、こっちの悪態など、ろくに聞き入れてはくれまい。もしかすると、酔っているせいで都合の良いコトしか耳に入らないのかもしれない。それか、全部自分の良いように聞こえるとか。どちらにせよ、質が悪い。それで、コイツが記憶をなくすタイプだったら救いようもない。自分と同じく、ちゃんと覚えていればいい。そして、この無体を反省しろ。
 したところで、やってしまったコトをなかったことにはできないのだが。
「う、う゛ぅ~」
 支えを失った足腰は、そのままの姿勢を保っていられない。前を寛げているらしい布擦れする音を聞きながら、ずるっと下肢は崩れた。
「ぁ」
 たちまち、ひっきりなしに精液やらなにやら漏らしている陰茎が自重で潰れる。ほとんど触られていないせいもあって、待望とも言える刺激にまた達してしまった。気持ち良い。我に返ったら、ソファを汚した! と慌てふためくところだろうが、今はそんなことどうだって良い。とにかく、気持ちが良い。
 ひくひくと痙攣する体で、悦に感じ入ってしまう。
「三ツ谷ぁー」
「う……?」
「まだトぶなよ」
「へ、ぅワッ!?」
 押し潰される刺激は、すぐに失せてしまった。ふくらはぎの辺りを掴まれたかと思うと、ひょいと肩に担がれる。ついでに体の向きもひっくり返された。
 上を向いた自身の腹は、カウパーと精液とでぐっしょりと濡れている。どうにか芯のある陰茎の先からは、とぽとぽと透明な液体が溢れていた。大きく脚を割り開かれたから、その光景が嫌でも目に入ってしまう。
 さらには、ずん、とそびえる、別の陰茎も、見てしまった。大きい。身の丈相応とも言う。ずるりと剥けた亀頭は充血していて、エラが張っていた。なんてご立派な逸物をお持ちで。ぽかんと口を開けて見つめてしまう。
 この男の裸体を見たのは、初めてではない。一緒に銭湯に行ったこともある。垂れ下がるナニはまあ大きいなと思ったが、騒ぐほど巨根とも思わなかった。だが、勃起するとこうも圧が増すのか。初めて知った。正直、知りたくはなかった。
「ハ、なんで、そんななって、え?」
「んん~、酒のせいか? あんまバキバキなんねえ」
「それで!?」
 一、二度、ソイツは自身を扱いた。ぬるぬると滑らかに動くのは、ローションが纏わりついているからだろう。ぬめりを纏ったナニは、いっそう凶悪に見えた。
 その凶器を片手で支えながら、こちらに近付けてくる。ぱかりと開いた足の中央、震える俺の陰茎の、さらに下に向かう。
 ぷ、ちゅり。後孔に、熱が触れた。
「ひぅッ」
「はは、いけそう」
 ゆっくり、じんわりと切っ先が縁に押し付けられる。散々掻き回されたソコは、拒むことはせず、むしろちゅうちゅうと亀頭に吸い付いた。自分の意志とは関係なく、カラダが熱杭を求めている。それを教えられたみたいで、カッと頭に血が上った。
「待って、待てってば、入っちまうからっ」
「入っちまうなぁ」
「なあじゃねんだって!」
 慌てて繋がりそうなソコに手を伸ばした。しかし、着実にソレはオレのナカを割り開いてくる。据わった目をした男に、犯されていく。
 なんで、オレはドラケンとセックスしてるんだ。そんなの、酔った勢いで「えっちしちゃう?」なんて言ったからだ。自業自得。誘ったオレが悪い。いや、あそこで悪ノリするドラケンもドラケンだ。酔いが醒めた時、二人そろって頭を抱えるのが目に見える。
 現実逃避している間にも、後孔には爆ぜるような熱が走る。熱い。とにかく、熱い。内臓が押し上げられる苦しさもあるが、熱さのほうが遥かに上。顕著に感じる。いっそ、逆上せてしまいそう。
「あ、っつぅ……」
 一番周の大きいところを過ぎると、少しだけ縁は楽になる。それでも、ひりひりとした熱はなくならない。この熱は、痛み由来なのかもしれない。どうせなら、もっと鋭い痛みなら良かったのに。それなら、無理だ、駄目だと喚き散らせた。
 だが、これくらいの、じんわりとした痺れ程度では、堪えられてしまう。潤滑剤をたっぷり塗り込められたせいもあって、裂けてはいなし、出血もしていない。熱で浮かされた頭は「イケる」と判断しつつあった。
「ぅ、ん、う~ッ……」
 中に入り込んでくるソレに、粘膜が纏わりつく。ぎゅっ、ぎゅっと収縮するのに合わせて、ナニの形が頭に浮かんだ。こんな形をしているのか。視覚だけでなく、腹の中の触覚でも形を覚えさせられる。
 いっそ泣きたい気分になりながら、ギリギリ見えない結合部から視線を離した。腕ずくでこの男をどうこうできるとは思えない。第一、たっぷりと快感に浸された体じゃ、もう抵抗できないだろう。早く終われと祈るくらいしか、できることがない。
 呻きだか喘ぎだか、判別できない呻きを上げながら、オレの脚を担ぐ男の顔を見上げた。
「あ~キッツ」
「……あ、のさ」
「あ゛?」
「あせ、やばいよ」
 また、珍しいものを見た。ドラケンの額には玉のような汗が滲んでいる。額だけじゃない、体中からぼたぼたと汗を流していた。酒で体温が上がったせいだろうか。それとも、セックス中はこうなるものなのか。汗一つかかずにタイマン相手をぶっ飛ばすところもしょっちゅう見ていたから、不思議に思えてしまう。
 ドラケンも、結局はただの人間の男なんだ。浮ついた頭は、当たり前のことを考える。
「なら、ちょっと、緩めっ、らんねえ?」
「ぁえ?」
「ギッチギチに締め付けて来やがって」
「だ、って、おっきいから……」
「あぁ~、だめだ、これ以上入んねえ」
「ぁ、アッ」
 ぢゅぽんっと入り込んでいた切っ先が抜ける。抜ける際、再び縁が拡げられて、トびそうになった。けれど、体に走る物足りなさで、悦に落ちていけるだけの絶頂にはならない。
 ぱくぱくと物欲しげに後ろが疼いている。呼吸を荒げながらソコを見下ろされると、いっそう切なさが増してきた。
 見ているくらいなら、またハメてくれないだろうか。
 ……違う、そうじゃない、折角抜いてもらえたんだ、ここで止めるよう言わないと。ちょっと入ってしまったが、まだ戻れる。やろうとしてやりきれずに終わった、と、果てるまでやってしまったとでは、大分違う。やりかけた経緯は消えないけれど、傷が浅いに越したことはない。
「な、なあ、ドラケン、もう」
「はいはい、我慢できないって?」
「ちが、」
「ちょっと姿勢変えようなー」
「あ、わっ、ンだよこの格好ッ」
 一度肩から足を下ろされた。かと思うと、両方の膝裏を掴まれる。変に弛緩した体は、ろくな抵抗を示さない。胸に付きそうなくらい倒されると、勝手に腰が浮いた。ひっくり返った蛙みたいだ。この男、何度人の体に火を付ければ気が済むのだろう。
「自分で膝抱えられる?」
「絶対に嫌だ」
「んー、あー、そっかあ、いけっかな……」
「ウ」
 ぎりぎり見えないその奥に、先っぽが触れた。膝から太腿に手を移動させたソイツは、器用に腰を押し当ててくる。一度も侵入を許したことが無かったら、陰茎が沈み込んでくることはなかったろう。けれど、ほんの少しとはいえ受け入れてしまっている。一旦抜かれて、はくはくと浅ましく疼かせている。
「ぁ、あっ、あ」
 また、入って、きた。潤みそうな目で正面を睨みつけると、ゆっくりと押し入ってくる肉棒が見える。まだ、あんなに残っている。先端のほんの少しでも窮屈だったのに、全部なんて入るんだろうか。そもそも全部入れるなんて言われてない、こっちのハラワタに合わせてくれる可能性も……、あると思って良いのだろうか? 相手はこの男。龍宮寺堅。素面だったら、気遣ってくれたかもしれない。だが、酔っている今、獰猛な性根を剥き出しにされたら、ひとたまりもない。
 そもそも、素面だったらセックスなんてしていないか。
 熱さと、苦しさと、ナカを擦られる一抹の快感。それらが織り交ぜられて襲ってくる。口から溢れる呻きは、どんどん情けないものに変わっていった。聞きたくない。雄々しい眼前の男に聞かれたくないのもあるが、なにより自分が聞きたくない。
 震える手で、自分の口を押えた。
「あ、おい、ちゃんと息しろよ」
「むぃ……」
「無理じゃねえ」
 無理なんだよ。左右に首を振ると、伸びた襟足が首に張り付いた。
 見上げている男のことばかり気にしていたが、自分も相当汗をかいている。他の体液も撒き散らしているから、下敷きになっているソファはさぞ酷い有様をしていることだろう。弁償を求められても、すぐにはできそうにない。
 と、いうか。こんなことをしてしまって、明日からオレたちはどうなるのだろう。これまで通り、ダチとしてつるめるのか。二度と顔を合わせられなくなったって、おかしくはない。本当に、行為に誘った瞬間の自分を殴りたい。
 か細く息を吸うと、鼻を啜るような音が鳴った。実際、垂れかけていたのだろう。顔もぐしゃぐしゃ、下肢もぐしょぐしょ。これ以上ないくらい、みっともない姿を晒している。
 その上で、凶暴な熱を孕んだ目に射抜かれると、きゅんっと腹の奥が切なくなった。同時に、締め付けてしまったようで、ぐ、とドラケンの息が詰まる。一拍置いて、喉仏を上下させたソイツは、深く息を吐いた。
「腕」
「ん゛ン?」
 口を塞いだままのオレのほうに、のっそりとドラケンが近付いてくる。上体を倒してきたのだ。太腿に添えられていた手は離れ、こちらの頭を挟むようなところに肘をつく。乱れ気味の前髪が、ゆったりと垂れた。
「腕回せ」
「う、ん、え」
 近付いたことで、吐息から酒の匂いがする。きっと、同じくらい自分の呼気にもアルコールの匂いが含まれているのだろう。お互い、酔っている。酷く、酔っている。
 酔って、箍が外れている。
 だから、大人という生き物は、酒を飲むのか。この酩酊感は心地が良い。多少の失態を晒す羽目になってでも、得られるものは、確かにある。
 例えば、この男の、素面じゃ拝めない赤い顔だとか。オレ如きとの一対一だというのに、滝のような汗を流す羽目になっているところとか。セックスに耽るときの体温、とか。……腕を回したら、コイツの熱もわかるだろうか。オレばかり熱い思いをしているわけじゃないと、肌からも感じられるだろうか。
 重い腕は、ソイツの肩へ、背中へ伸びていった。
「痛かったら爪立てろ」
「ッス」
「止まれたら止まる」
「止まれたらかよ」
「止まれたらだよ、自信ねーもん」
「めずらしいこと言うね」
「オマエ見てっと、色々限界なんだワ」
「オレのせい?」
「そ、あちこちキレーなオマエのせい」
「はは、意味わかんねえ」
「ほんとにな」
 ごつ、と額が重なった。ついでに鼻先も擦れる。繋がっている秘部の熱さが、戻ってきた。ナカが暴かれていく。押し入ってくる熱を拒もうと、わずかに壁が足掻くものの、体重を掛けられてしまえば受け入れるほかない。狭苦しい肉壺に、確かに、欲の塊が沈んでくる。
「あ」
 指先に力が入った。爪を立てて良いと言われたものの、そういえば立てるだけの長さの爪をしていないことを思い出す。いくら引っ掻こうとも、指の圧がかかるだけ。自分程度の握力じゃ、背中に痕をつけるのは難しいだろう。
 なんだ、じゃあ、遠慮しなくていい。存分に、その背中にしがみつける。
 苦しさを紛らわすように、ぎゅううと逞しい身体に抱き着いた。
「っ」
「は、ぁっ、ァ」
「……くるし?」
「ぅん」
「そうか」
 酷く近いところで頷いたソイツは、ずり、腕を移動させる。とはいえ、入り込んでくる動きは動きで止まらない。さっき言っていたとおり、止められないのかもしれない。
 そのうちに、大きな手の平がオレの頭を包んだ。とんとん、とあやすように叩いてから、髪を梳くように指を通す。それから、何度もこめかみに唇を寄せられた。まるで、幼子をあやすときのよう。もしかして、甘やかそうとしている? 確かに、苦味を誤魔化すのに甘味を用いることはある。甘い手付きで撫でられると、苦しさも緩和されたような気になってきた。
「もう、ちょい」
「ひ、ぅ、うぅう」
 囁かれてから、やんわりと耳殻を食まれた。手の平は、まだ頭を撫でてくれる。珍しい表情を散々見てきたけれど、撫でられたのは初めてではないか? こめかみを小突かれたことこそあれ、撫でられたことは、ない。オレの記憶の中にはない。
 憧れすら抱いた相手に撫でられる日が来てしまった。感動を通りし越して、面白くなってくる。ふ、ふふ。つっかえつっかえの笑い声も零してしまう。
「もう、ちょい、」
「あ、」
 多幸感に包まれていると、ぐぽ、と腹の中で不穏な感触がする。それ以上は、入らない。なのに、男は腰を押し付けるのを止めてくれない。
 奥の壁を、ぎゅ、ぎゅ、と圧された。だから、入らないんだってば。その意味も込めて、背中を指先でさりさりと擦る。潰れるように開いていた脚は、きゅ、とソイツの腰に纏わりついた。
「……三ツ谷、」
「ん、ぉ、あ、なに」
「もうちょいなんだけど」
「っも、むり、はいんな」
「ほんとにむり?」
「ッぁ」
 低く顰められた声が鼓膜に届いた。静かな声だと言うのに、脳みそが揺さぶられる。ぐわんぐわんと視界が揺れて、しがみつく手足が強張った。
 もう入らない。その言葉に嘘はない。入らないと思ったのだ。壁にぶつかったような感触だってした。だから、入らない・無理だ、と。
 なのに、今、その壁を超えられそうになっている。最奥たる腸壁は、やたらと熱杭の切っ先に吸い付いていた。ぢゅぽ、ぎゅぽ、と強請るように奥へと誘っている。
 あ、どう、しよう。こじあけられて、しまう。
 慣れてきた圧と、苦しさと、熱が、ぶりかえしてきた。
「~~ッ♡」
 入っ、た。
 きっと、入れてはいけないところまで入ってしまった。おかげで脚がガクガクと震える。いや、脚だけじゃない。全身の痙攣が止まらない。ナカはこれでもかと男の半身を締め付けている。どうにか体を落ち着かせたくて、腕と脚をつかってドラケンにしがみついた。
「あ~、入ったァ……」
「ぁ、あ゛、ぅ」
「具合良さそーじゃん」
「ん、うん、うんッ、すご、ぃ」
「イッてる?」
 こくこくと頷くと、恐ろしさすら感じる笑顔を返された。随分と久々に見る顔だ。珍しいというよりは、懐かしい。昔は、よくこんな顔を見ていた。と言っても、こんな至近距離ではなく、遠目からだったが。
 喧嘩、しているとき。血が滾ると言って、人を薙ぎ倒しているとき、よくこんな顔をしていた。つまり、今この男は、どうしようもなく興奮しているということか。誰でもない、オレのせいで。味方だった自分には絶対に向けられなかったその顔。いざ目の当たりにすると、背筋が冷えるが、熱くもなる。ぞわぞわと、痺れのような快感が走る。
 震える腕を動かして、ドラケンの頭を抱いた。強引に引き寄せると、こちらの意図を察したのか大人しく顔を寄せてくれる。まず鼻先がぶつかった。続けて額。このあたりは、さっきと同じ。でも、ここからは、さっき、していない。
 あ、と開いた口で、ゆったりとした弧を描く唇を食べた。ちゅぷっとリップ音が鳴る。触れたのはほんの一瞬。けれど、重ねた瞬間、充足感が過った。もっと、もっと満たされたい。強請るようにキスをしていると、応えるようにこちらの頭を掴まれた。表面を舐めるだけだったそれが、深さを増していく。無遠慮に、口内を舐られる。
 きもち、いい。
 遠ざかる意識の中、手足から力みが抜けていった。ただただ、心地の良い微睡が押し寄せてくる。ここで、トべたら、最高だな。蕩けそうな瞼を、ぱたん、降ろした。
「っふ、」
「ッッ!?」
 ―― しかし、そこで行為は終わらなかった。
 一気に引き抜かれて、すぐに穿たれる。肌と肌がぶつかる音が響いた。蕩けた頭に電気が走る。脳みそに強炭酸をぶちまけたら、こんな心地だろうか。
 ナニ、なんで、どうして。疑問詞がいくつも浮かんでは、体を揺さぶられるたびに消えていく。
「あーもームリ、我慢できねえワ」
「あ、アッや、めぐれぢゃうからァッ」
「だいじょぶだって、気持ち良いんだろ?」
 激しく腰を振られるせいで、縁が引っ張られるのが嫌でもわかる。怒張に引き出されたかと思えば、一気に奥まで戻されるの繰り返し。こんなことをされたら、馬鹿になる。使い物にならなくなりそう。本当に大丈夫なのか? 大丈夫じゃなかったら、どう責任取るんだよ、オマエ。
 不安もあるが、いつまでも絶頂から抜けられない体は徐々に快感に蝕まれていく。奥を突かれる度に揺れるだけの自身から潮が飛ぶし、腹筋は痙攣しっぱなし。情けない嬌声も抑えられない。気持ち良い。熱いし、ひりつく痺れもあるけれど、とにかく気持ちが良い。こんな快感、知らない。知ろうとも思わなかった。なのに、知ってしまった。
 欲が抜けるのは排泄に似た良さが走るし、捻じ込まれるときには前立腺を抉られて視界に星が飛ぶ。最奥は最初からそれを受け入れるために出来ていたのでは、と疑いたくなるくらい嵌りが良かった。
 冗談でも比喩ではなく、この男の性器のカタチを覚えてしまった。もう、知らなかった頃には戻れない。コレなしじゃ、真っ当に処理できなくなる。そんなの恐怖でしかないのに、悦を叩きつけられる頭は歓喜していた。
「あっ、あ゛っ、」
「っグ」
 ばちゅ、と叩きつけられた。奥で、熱が震える。一拍遅れて、その熱は弾けた。生暖かいナニかが注がれる。それすらも良くて、情けない喘ぎが漏れた。すべて出し切ろうと揺すられると、呼応したのか、一滴残らず搾り取らんと自分のナカはうねる。
 激しかった動きが鳴りを潜めて、どれくらい経ったろう。ようやく、熱が腹の中から出て行った。名残惜しいと、最後まで媚肉は男の欲に纏わりつく。ちゅぽ、と抜けても、疼きは止まらない。いつまでも、気持ちよさが居座っている。
「あー、疲れたぁー」
「ぐぇっ」
 と、体が押し潰された。ナニが入ってくるというわけでもなく、本当に、圧し掛かられている。尖った乳首やら、馬鹿になった陰茎やらも潰されて、またちょっと達してしまった。とはいえ、ずっと痙攣しているから、どこが天辺なのか、もうわからない。
 放っておけば、この絶頂は落ち着くのだろうか。さっぱり引く気配のない快感の波に、今度こそ不安になってくる。なんせ、ちゅ、ちゅ、と肩口に吸い付かれるだけで、甘く達しているくらいだ。ああもう、やめろやめろ。本当に取り返しがつかなくなりそうだ。
 ぺち、と悪戯をする男の頭を叩いた。すると、恨めし気な目線を向けられる。その顔には「邪魔をするな」とまざまざと書かれていた。逆に、こっちの顔には「やめろ」と書いてあることだろう。
 しばらく見つめ合っているうちに、可笑しくなってくる。ただでさえ腹は震えているのに、これ以上負荷をかけたら明日の筋肉痛は免れない。
 くすくすと互いを笑いながら、触れるだけの口付けを交わした。

「ぅ、んん……?」
 息苦しさに、目が覚めた。ついでにズキズキと頭が痛む。体のあちこちからは、酒の匂いがした。
 どうにか目を開けると、煌々と光っている蛍光灯。どうやら、灯りを付けたまま寝入ってしまったらしい。背中の感触から察するに、ソファだろうか。それにしても、重い。なんだってこんなに重たい布団がかかっているんだ。
 自分に乗ったソレを押しのけるようにして、上体を起こした。
 途端、ゴトンと鈍い音がする。
「ぃってェ……」
「え、あ、ごめ」
 ん。そこまで吐き出し切る前に、言葉が途切れた。喉でつっかえて、出てこなくなる。
 視界の先には、ドラケンが居た。当然だ、この家の家主なのだから。何故オレの上にいたのかはさておき、ソファから落としてしまったのだから、手くらいは貸さないと。そう思って、脚を床に下ろした。
 そこまでは、良かったのだ。
 問題は、そのあと。カッと覚醒した意識が、目の前の光景を捉えてから。
「ハ」
「っあ~、あったまいってえ……」
 ソイツは、自身の額を抱えるように押さえて俯いていた。あわせて、ぐしゃぐしゃに乱れた髪からヘアゴムを取っている。緩く頭を振ると、その髪は解けて垂れた。
 ソファから落ちた体は、全裸。何も纏っていない。足首に下着が引っかかっていることもいなかった。なんなら、ドラケンが落下した隣に、昨日ソイツが着ていたサルエルが落ちている。中に見える赤い布地は下着だろうか。確かめる気力は、正直ない。
「ッつ」
 ぐわんと揺れる頭を押さえた。ソファの下にいるソイツ同様、俯いてしまう。すると、自分の体が見えた。一糸まとわぬ、とは、言えない。あちこちに体液が飛び散っていた。乾いている白濁もあれば、ドラケンに押しつぶされていたおかげでまだ滑りを持っているものもある。
 呆然としながら、下腹を押さえた。痛い。腹が痛いというか、腰が痛い。股関節が痛い。尻の穴が、痛い。加えてこの倦怠感。状況を飲み切れなくて、ぐるぐると頭を悩ませていると、腹の奥から、ナニかが垂れてくる感触もする。
 あ、あ、あ。これは。いや、待て。でも、でもじゃない。
 次々と蘇ってくる昨晩の景色に、ふつふつと羞恥混じりの熱が込み上げてくる。
「あ?」
「っ!」
 そのうちに、床に落ちた男も違和感に気付いたらしい。そっと目を向けると、……これでもかと目をカッ開いたドラケンが見えた。その瞳には、もう凶暴な熱欲はない。
 良かった。良かったのか? 良くは、ない。ああ、しいて良かったことを挙げるとすれば、オレ同様に、ドラケンも記憶が残る質らしいということか。この顔つきで、覚えていないとは言わせない。
 ごくりと生唾を飲み込むと、ドラケンは頬を引き攣らせた。あの赤かった顔はどこへやら。苦しいほどの熱はなんだったのだろう。
 顔を青褪めさせたのは、おそらく同時。
「まじ?」
「……とりあえず、オレの尻ダメんなったら、治療費ドラケン持ちな」
「ハァッ!? いや、あー……、おう、わかった」
「わかるんだ」
「ほかにどーしろってんだよ」
 真っ青な顔をしながらも、会話はできている。極端な拒否や嫌悪も見られない。ダチとしての距離感は、どうにか保てそうだ。ああ、良かった。あんなことをしておいて、良いと思えることがまだあって。
 こっそり安堵の息を吐く。素っ裸で胡坐を掻いた男も、同じようなため息を吐いていた。
 中途半端な姿勢から、動けないと気付いたのは、それから三十秒後のこと。
 ―― 大真面目に、あの男無しで処理できなくなったと判明したのは、一か月後のことだった。