駄目になっちゃった
こいつを口説き落としてから、一体、何年経ったろう。
自分に跨っている体を見上げながら、ぼんやりそんなことが過った。記念日をいちいち覚えているような質ではない。と、思い込んでいたのだが、存外自分はそういう類のものを大事にする性分をしていた。うんうん頭を捻るまでもなく、答えは出てくる。
十九になる直前の春のこと。
その少し前、こいつに黙って、厄介な組織に首を突っ込んだ。そのせいで、怪我をして、搬送され、昏睡状態が続き、……ようやく目が覚めた日に目を赤くした三ツ谷に「頼れよ」と泣かれた。や、厳密には泣いていなかった。ただ、酷く目が赤かったのは確かだ。だから、泣いたんだな・こいつのこと泣かせたんだなと、思った覚えがある。
自分は、この男にこんなにも想われていたのか。巻き込むものかと意地になっていたのも馬鹿らしくなって、詫びを入れ、衝動的に告白していた。
まあ、その日の告白は、告白として受け止めてもらえなかったのだが。
「っは、ァ」
実際に、こいつと恋人という関係に至ったのは、二十歳になってからだ。じゃあ空白の一年、何をしてたかって? 文字通り、口説いていたのだ。なんせ、三ツ谷が嫌がるものだから。勘違いだ・そんな都合の良い話があるもんか・いざというときに頼れない奴を選ぶなんて、オマエの正気が知れない。そういう反論を一つ一つ紐解いていくのに、一年近くかかった。一年を長いと捉えるか、短いとするかは人それぞれ。個人的には、一年で済んで良かったと思っている。
「も、あ……、しつこぃ」
三ツ谷と付き合うことでオレが損することはない、と論破するまでは良かった。そのあとの、「自分が駄目になりそうだからヤダ」を粉々にするのに手間取ったっけな。なんだよ、駄目になるって。駄目になっちまえば良いだろうが。そもそも、何をどうしたら「駄目」なんだよ。情けないところを晒すとか? だったら、オレは何度オマエに見られていると思っている。死の淵を彷徨ってるとこ、見たろうが。一回どころか、二回も。
「ぅぁ、あ」
終わりの方は、ほとんど強引に頷かせた節もあるが、それはそれ。
付き合ってしまえばこっちのもん。成人して、合法的にできることの幅が広がったタイミングだったのもあり、まあ色々やった。とにかくヤッた。中坊かと思うような盛りっぷり。
いざ振り返ってみると、ありゃあねえなと思う。翌日に響くの前提で貪ったし、休みが重なるとなったら夜から翌日の夜までベッドの中。遮光カーテンのおかげで、いつ日が昇って沈んだんだ状態。
「も、むり、ぁ」
当時に比べたら、今はかなり落ち着いた。正直、あれほどぶっ続けでは、もうできない。癪だが、できない。あの歳だからできたのだ。二十代も後半に入って何年か。その気になればできなくもないのかもしれない。いや、どうだろう。……できねえな。見栄張るのはやめよう。無理だ。
互いの仕事も軌道に乗って、ほとんど同棲状態だったあの頃よりは一緒に過ごせていない。が、疎遠になったわけではないし、当然別れる予定はない。
なにより、今もこうして。
「~~ヒ、あ、ぅ……」
「イッた?」
「ぅん、……まって、まだ、イッて、る」
―― セックスに興じていたわけだし。
最近は、激しく求め合うような行為はしていない。丁寧に解して、繋がってからもたっぷりと時間をとる。そうやって理性もなにもかも蕩けさせることが多い。
今日も、そう。とはいえ、焦らしすぎたせいで、逆に乗っかられてしまったのだが。その程度で主導権を握れると思ったのだろうか。いや、ある程度好きに動ければ、前後不覚にならずにイけると思ったのかもしれない。
誤算があったとすれば、久々の逢瀬でとびっきり感度が良かったことだろうか。おかげで、早々に三ツ谷は甘イキを繰り返しだし、下から突き上げるオレのされるがままになってしまった。残念だったなぁ。
ようやく深くイッたようで、三ツ谷は天井を仰ぎ見ながらびくびくと体を震わせている。中で達したのは間違いない。こいつに付いているナニはまだ勃起したままで、透明な液体で濡れそぼっていた。もうしばらくすれば、漏らすように精液を零すことだろう。射精、ならぬ漏精。ちんこのことしか考えられなくなるくらい気持ちが良い、というのは三ツ谷の談。
ちなみに、ここで擦ってやると泣き叫びながら薄く精を吐く。さらに、手を止めずに扱くと、悲鳴と共に潮を噴く。前で上手く達せないのは辛いだろうと思ってやったのだが、正気を取り戻した後に殴られた。死ぬかと思った、と。言われてみれば、可哀想なくらいに痙攣が止まらなかった。
求められないかぎりやらない。そう約束をして、三回は破っている。四回目、やろうか、どうしようか。そっと手を伸ばして、逡巡。伸ばした手は引っ込めた。
「ぁ、は、ぁ……。な、どらけん」
「ん?」
「きょう、しつこい」
「そうか?」
「むりっても、しつこいっても、言ったじゃん。なのに、ずっとゆるゆるゆるゆる……、いっそ抉れっての」
「……抉って欲しかったのかよ」
「ゆっくりだとヨすぎて辛い」
「イイなら良いじゃん」
「よくッ」
「よくねえの?」
「……そういう、顔、やめろ」
「いででででで」
おそらく、今三ツ谷が出来る、目一杯の力で頬を抓られる。万全の体調であれば、もっと指が頬の肉にめり込んでいただろう。けれど、どうにか抓んで、引っ張るのがやっと。なんなら、オレに向かって伸びている腕は、だるそうに震えている。達したばかりなのだ。仕方あるまい。
肩で息をする三ツ谷を眺めていると、滑るように頬から指が離れた。震える手はわずかに彷徨ってからオレの腹に着地する。どうにか体を支えてはいるが、……長くはもたないだろう。
一つ息を吐いてから、腹筋を使って上体を起こした。
「ッぁ」
「ん」
きゅ、と埋まったソレが締め付けられる。起き上がったことで、当たる角度が変わったせいだろう。はくはくと空気を食みながら、三ツ谷はこちらにもたれかかってきた。ぴんと張った乳首が押し当てられる。ぐず、と、オレの体に擦れて、丸いそれは潰れてしまう。
「ひ、ぁ、う~……」
「なあ、腰揺らすのか胸当てんのか、どっちかにしねえ?」
「むり、かってに、うごいちゃ、ぅンッ」
「……またちょっとイッてんじゃねーか」
「だって、オマエの、まだかたいから……」
「そりゃ一回もイッてねえからな」
「遅漏」
「でも好きだろ?」
「ンッ」
そっと腰に手を添え、三ツ谷の体を引き寄せた。ぐ、ぎゅ、寸分の余裕が、埋まっていく。こいつに、酷く負担がかかってしまうところまで、入り込んでいく。
「あ、ふか、ぃ」
「痛くねえ?」
「ん、んん、くるし、けど、いたくない」
「……奥、いけるか?」
「う」
淫蕩に染まった顔が、わずかに強張る。嫌がっているというよりは躊躇っている顔つきだ。それもそうだろう。ここまで昂っている体で最奥まで許したら。向こう一週間は快感の尾びれに苛まれることになる。何も考えずに前を抜くときとは異なる悦楽。出して終わりなんて単純なものでは終わらない。この先しばらく、疼きは残るし、余韻に飲まれるとナニしていなくても腰が砕ける。三ツ谷としては、避けたい類のものだろう。
だが、壮絶な快感を得られるのも間違いない。仕事が落ち着いた今じゃないと、味わえないソレ。もう、この体は知ってしまっている。この間まで、繁忙期だったこいつへの慰労に、かつ、荒れに荒れた三ツ谷の生活を整えるのに徹した自分へのご褒美に、やりたい。
「う~……」
欲に濡れた目がうろうろと泳ぐ。三ツ谷の、まだ残っている理性が、必死に頭を働かせている。したい。確かにしたい。明日は休み。だから、明日はどうにかなる。問題はそのあとだ。奥を暴かれたあと、一体どれくらい疼きは残るだろう? 情に塗れているせいで、葛藤が手に取るようにわかる。
きゅ、きゅ、と中をうねらせながらも、なかなか許しは出してくれない。こっちまで焦らされている気分になってきた。これじゃあ、奥に嵌めたと同時に暴発しそうだ。
そのときは、仕切り直しだ。となると、寸止めを食らった三ツ谷に泣き喚かれるな。せっかく嵌まったのに、抜くんじゃねえ。自分で縁に指を引っかけ、ぐっぱりと拡げて誘ってくる姿が目に見える。……突っ込んでいる側が言うのもなんだが、アレは粘膜が裂けそうに見えるからやめて欲しい。流血沙汰はどうか勘弁。
「ぅ」
「えぐって、ほしかったんだろ」
「そういうわけじゃ……」
「なんだよ、さっきのは言葉の綾ってか?」
「……うぅう」
軽く言葉を交わしながら、着実に奥へと進めていく。入り込んだ切っ先に中が吸い付いてきた。三ツ谷の眉間に皺が寄る。したくない、と言いたいのに、体が言うことを聞かない。きっと、そんなとこ。
「どうする?」
囁いてから、涎で濡れた唇にやんわりと口付ける。すると、腕が首に回されて、三ツ谷のほうから唇を寄せてきた。深いキスにはいたらない。代わりに、ちゅ、ぷちゅ、水音のする口付けを繰り返す。
身を寄せたせいだろうか、また少し、中に埋まった。完全に埋まり切るまでもう少し。ぐぽぐぽと吸い付いてくる弁を越えるまで、もう、少し。
「……なあ」
「ん、ぅん?」
「どうしたい?」
いい加減、腹を決めてくれ。するならする、しないならしない。このままじゃ、合意を得る前にブチ抜いてしまいそうだ。まだ良いって言ってない。そんな、喘ぎ、できれば聞きたくない。どうせなら、待ってたって顔してほしい。今日は、快楽に足掻く三ツ谷より、素直に欲の赴くまま乱れるところを見たい。そのほうが、お互いご褒美っぽいだろ。
「なあ」
「ァ」
ちゅ、ぷ。亀頭の、本当に先のところが、中にある口を割り開く。いや、まだそこまでは至ってない。ぎゅうぎゅうと吸い付いてはきているものの、こう、嵌った、という感触がないから。だが、超えるのも時間の問題。ほんの少し、この体をオレのほうに引き寄せてしまえば。あるいは、押し倒して無遠慮に捻じ込んでしまえば。
鼻先が擦れたまま、震える唇を食んだ。そろそろ、こっちの我慢も限界。良いって、言えよ。言ってくれ。
「なーあー」
「っ、」
「ん?」
「……ぃよ」
「あ、なに?」
「いっ、いいよって、言っ」
指先に、力が入った。わずかに柔らかさのあるそこに、指がめり込む。三ツ谷の開きっぱなしになった口から、喘ぎが漏れた。それを食らうように口付けて、重たくもない身体をベッドに押し倒す。
近すぎて目は合わない。
しかし、その目が期待で満ちているのは、伝わってきた。
「~~ッ」
「ぅ、」
ぐぽんと、奥に入り込んだ。ぎゅうぎゅうと切っ先は締め付けられる。がくがくと震える体を抑え込むと、媚肉が艶めかしく纏わりついてきた。精液を搾り取らんと、そこはうねる。
超えた。嵌った。ひっきりなしに与えられる刺激に、頭の奥が焼けきれそう。襲ってくる衝動のまま腰を打ち付けてしまいたい。ずろろろと一気に引き抜いて、また最奥までブチ抜きたい。凶暴な欲が滲みだす。
深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。自分の、ことより、まずは、受け止めた三ツ谷の確認。良いとは言われたが、異常なほどの負担をかけている。垂れて邪魔な髪をかき上げながら、組み敷いた身体から離れるように上体を浮かせた。
「みつやぁ、生きてっか?」
「ぁ」
「おわ」
ようやくちゃんとピントを合わせられるようになった顔は、そりゃあもうぐずぐずに歪んでいた。蕩けていると言っても良い。開いた口からはベロがはみ出し、瞼こそ開いているもののその目は虚ろ。真っ当な意識なんて、ほとんどない。
そのくせ、離すものかとこちらを絞めつけてくる。ちら、と目線を送ったナニは、びっしょりと濡れていた。そう言えば、腹のあたりが冷たい。潮でも噴いたか。まあ、ぴったりと密着していたから、擦れてはいたと思うが。
「えっろ……」
「ぁひ、へ、」
「おーい、三ツ谷、まだ飛ぶなよー、こっからだかんな」
軽く頬を叩いてやると、上を向いていた黒目がどうにか戻ってくる。虚ろなのは変わらないが、一応オレをオレと捉えられるだけの意識は取り戻したらしい。
ぴくぴくと腹筋やら内腿やらを痙攣させているのを見るに、甘イキは繰り返している。いっそ、イキっぱなし。とても気持ちが良さそうだ。が、ここからが本番。なんせ、こっちはまだ達していない。持っていかれそうにはなったが、ちゃんと堪えたのだ。
「ぁ、どら、け?」
「おう」
もっと、気持ち良いこと、オマエだってしたいだろ?
汗の垂れてきた唇をわずかに舐めてから、改めて、腰を掴み直した。たったそれだけで、切っ先から涎を零す。喘ぎが漏れる。そりゃあもうだらしのない、淫らにとろけた笑みを浮かべてくれる。
開いた口の奥で、赤い舌が、ちろり、動いた。
「―― だいすき」
そういうことは、素面ン時にも言えよ。悪態は飲み込んでから、情欲に体を任せた。