夜を焚く
眼前に、色男。
「ッ」
あまりの迫力に息を呑んだ。あわせて、ドッドッと、心臓が深く、低く、大きく、鳴る。
薄暗い室内だというのに、この圧はなんだ。何度瞬きをしても、それは収まることはない。燦然と威圧を放ってくる。目の前にいる男は、ただ眠っているだけ。それだけにも拘わらず、妙な凄みがある。
心構えもクソもない寝起き一発目に見て良い顔ではない。縮まったであろう寿命を憂いながら、胸を押さえた。
「び、びった……」
情けない声が零れ落ちる。もし、この男が起きていたら、にやにやと笑いながら、茶化してきたことだろう。寝ていてくれて、良かった。きゅ、と口を閉じて息をひそめると、穏やかな寝息がよく聞こえる。深く寝入っているらしい。
こっそりと安堵してから、静かに寝返りを打った。横向きから、仰向け、に。
「ヴ」
たちまち、違和感が走った。下にした臀部が、痺れるように疼く。そうだ。そういえば、そうだった。ついさっきまで、そういうコトをしていたんだった。
灰色にしか見えない天井を見上げて、ゆっくりと深呼吸をする。一回では足りない。二回、三回、何度も繰り返して、ようやく体が落ち着いてくる。
帰ってきた冷静さをきちんと受け止めてから、改めて、ちらり、隣に目を向けた。
「……」
寝転がっているのは、見慣れた顔つき。出会ってから、とっくに十年は経った。何百回、何千回と合わせている顔。なのに、今更こんなふうに委縮してしまうなんて。我ながら、情けない。
「……いや、」
そうでも、ない、か。
目を閉じているせいで、物騒さを醸し出す眼光は隠れている。近頃、やけに皺を刻ませている眉間は平らだ。きつい印象を与えやすい髪型も、今は解かれている。彫られた龍が見えないのは残念だが、脱色した長い髪が一束、二束、顔に垂れていた。〝色男〟とは、この見目の男のためにある言葉ではないか。贔屓目もあるが、そんな盲目なことを考えてしまう。
普通なら、寝ているときはあどけなく見えるものだろう? なのに、なんだこいつは。起きているときとは、別方向の迫力を放ちやがって。
見ているだけで、ぞくり、不埒な痺れが身体を走る。
腹の奥が、疼いて、しまう。
「ぅう」
やめよう。やめやめ。このまま、寝顔を眺めているのは精神衛生上よろしくない。数時間経ってから、後悔する羽目になる。
じくじくと熱を持ちだす腹を無視して、そいつに背中を向けるように寝返りを打った。違和感と倦怠感を纏った体を、少しだけ丸める。さらりとしたシーツが、火照った肌には心地よかった。
「……?」
ぺたり、手の平を胸に当てた。そのまま腹部、脚へと滑らせる。べたつきは一切ない。少し前まで、汗やら他の体液やらでぐだぐだになっていた。なのに、今は、綺麗。さっぱりとしている。当然、シャワーを浴びた記憶など、ない。
また、この男にしてやられた。
人のことを世話焼きだと言うけれど、ドラケンも大概だ。意識のない人間の世話をするのは大変だろうに、いつだって意識を飛ばしたオレの面倒を見てくれる。
『無理強いてんのは、オレだから』
この間、そんなことを言っていた。勝手なことを言いやがって。オレだって、望んで行為をしているってのに。
なんなら、いつまでたってもドラケンのペースについていけないオレにも問題がある。殴られてもいないのに、意識を飛ばしてしまうなんて。情けない以外に、なんと言えと。
これを、世間は相性が悪いというのだろうか。
ぎゅ、と目を閉じた。聴覚が研ぎ澄まされ、寝息がよく聞こえてくる。ついでに、とくとくと駆ける、自分の心音も。体中を血が巡る。鼓動に合わせて、熱を運ぶ。おそらく、全身に、均等に。だが、どうもその熱は腹部に引っかかってしまう。じくじく、じりじり、下腹の、奥に、溜まっていく。
「……はぁ、」
明日は久々のオフ。寝貯めは意味がないとわかってはいるが、折角まとまった睡眠をとれるのだ。ゆっくり、したい。自分の体を、労わりたい。……それでも、目は冴えてしまう。
「うぅ」
腹の奥の熱は、燻ぶる一方。単純にムラムラする、という程度だったら、さくっと抜いて終わらせるところ。だが、この昂り方はよろしくない。きっと、抱かれないと、満たされない。満たすための手段は、ただ一つ。
「……すー、……、すー……」
寝息を立てるこの男を、起こさなくては、ならない。起こした上で、その気にさせなければならない。
緩慢な動きで転がった。ベッドがわずかに軋む。とはいえ、大げさな音にはならない。そりゃそうだ、これだけのろのろと転がったところで、派手な音がするわけがない。
相変わらず、ドラケンは穏やかな寝息を立てていた。起きる気配など、欠片もない。
そりゃあ、睡眠をとったほうが良いのは確かなのだが。
「ドラケン」
オレとは違って、こいつは明日も仕事。極端に朝が早いというわけではないが、それなりの時間に起きて、出勤しなければならない。こんな、まだ外も真っ暗な時間に起こすべきではない。
理性では、わかっていても、感情は、駄々をこねる。
「起きろよ」
わずかばかりの距離を詰めた。晒された胸元に、そっと擦り寄る。使っている石鹸は自分と同じ。なのに、こんなにも匂いが違う。あるときはオレを落ち着かせてくれる匂いで、今、このタイミングにおいては、やたらとオレの欲を煽ってくる、匂い。
「どらけん」
名前を呼ぶほど、甘い痺れが腹の中で蜷局を巻く。
こんなに欲求不満を感じるのはいつぶりだろう。繁忙期に数か月すれ違って、忙しさ故に自慰すらできなかったときぶり、か? あのときも、腹立たしいほど丁寧に抱かれたっけ。もっと即物的に求めてくれたって良いのに、久しぶりだからという決まり文句を盾に、とにかく優しく責め立てられた。
この男、喧嘩はあんなに派手で荒々しいくせに、セックスは、とにかく、穏やか。負担をかけないように、けれど、気持ちよくなれるように丁寧にする。気遣いの鬼だ。育った環境がそうさせたのだろうか。あの家で育ったからこそ、自分本位のセックスをするなと、しつこく言い聞かされた、とか。ありうる。
「堅、」
鎖骨の下あたりに唇を添えて、また、呼ぶ。穏やかな寝息と対照的な、淫蕩に浸かった自分の声。温度差に、泣きそうになる。
起きろよ。良いのか。オマエが毎回毎回、至極丁寧に抱いたせいで、オレこんなになっちまったんだぞ。今起きなかったら、後悔する。断言する。いつも言ってるじゃん、オレの、あられもない姿を見たいって。身持ちを崩して、どうしようもなく善がり狂ってるのを見下ろすのが最高に気分がイイって。
『なにより、オレの手で三ツ谷がそうなってんのが、クる』
言ってた、だろ。良いのかよ、起きなくて。
起きろよ。
そう、念じながら、鎖骨の下をきつく吸い上げた。おそらく、痕をつけられたと思う。こいつはオレの。オレの、オトコ。ささやかな主張が、咲いたはず。
とはいえ、情欲が満たされるわけではない。独占欲の端っこが、悪くないとサインを発する程度。
まだ、ドラケンは起きない。
「……つまんね」
わざと、しらけた声を出した。そうでもしないと、熱に呑まれてしまいそうだったから。呑まれたら、自分はどうなるのだろう。ぐずぐずと自分を慰める? それで済んだら良い方だ。寝込みを襲って、自分本位な行為をしてしまう可能性も否めない。
頭を冷やそう。水でも飲んで、ちょっと夜風にあたるのも良い。熱帯夜も過ぎたことだし、きっと悪くない。
寝返りを打ったのと同じくらいゆっくりと、体を起こした。かかっていたタオルケットが、ぱさりと落ちる。尻から意識を背けながら、両脚を床に下ろした。
冷蔵庫まで、歩けるかな。途中で腰を抜かしたらどうしよう。風邪を引く季節じゃない、どうにかなるか?
下らないことを考えているうちに、ひやり、素足の先がフローリングに擦れた。
「―― どこいくんだよ」
意識が、熱に絡めとられる。
はっとして目線を下ろすと、長い腕が腹に回っていた。まさか、起きていたのか。肝を冷やすと同時に、もう一方の腕も回されてしまう。下腹部に、ぐ、食い込む。今、意識したくないところに、圧をかけられる。
「わ、るい、起こして」
「んんん」
頬を引き攣らせつつ声を掛けると、寝起きと言わんばかりの不機嫌そうな呻きが聞こえた。この様子だと、まさに今起きたところか? 先ほどまでの、みっともない声を聞かれていないと良いのだが。
「で?」
「え」
「どこ、いくんだよ」
「水、飲もうと思っ、」
ア。悲鳴になる寸前に、手の甲で口を押さえた。
腕を回しただけでは飽き足らず、この男、オレの腰に頭を押し付けて来やがった。というか、吸ってないか。噛んで、いないか。腰から尻にかけてのあたりに、ふにふにと柔らかな刺激が与えられる。なんてところを舐めてんだオマエは。ついでに、腕に力を込めるんじゃない。人の劣情をぐちゃぐちゃに掻き乱しやがって。
やめろ。いい加減にしろ。そんな思いを込めて、ぱしん、頭を引っ叩いた。
「おい」
「んんン」
「離れろって、水取りに行けねーだろうが」
「……いかなくて、いい」
「オレ喉乾てんだけど」
「ここにいろ」
「だーかーらー」
「みず、水だろ? なら、そこに、置いてる」
「へ」
「わざわざ取りに行かなくていーの。だから、ここに、いろ。いいな」
ドラケンの手が一か所を指さす。そこ、そのへん、と、立てられた人差し指の先にはサイドテーブル。充電器に繋がったスマホが二台。それから、……ペットボトルのシルエットが見えた。
依然として腕は離れない。サイドテーブルまでは、まあ、立ち上がらなくても手は届きそう。腕を払いのける理由が、無くなってしまった。
仕方なく、ペットボトルのほうに腕を伸ばした。少し尻が浮いてしまうが、ドラケンはガッチリとオレを捕らえて離さない。なんなら、再び柔らかく皮膚を食んでいる。やめろ、やめろやめろ。体に走るまろい痺れに、手が震える。ボトルの蓋すら、開けられない。
「ッなあ、ドラケン、」
「飲まねーの?」
「……ちからはいんねんだよ」
「ふ、かわい、そんなくたくた?」
「誰のせいだと」
「オレ。ほら、貸せよ」
「あ」
のっそりと起き上がったかと思うと、オレの手からボトルを掠めとった。ほとんど目は覚めたらしい。緩かった呂律も、はっきりしている。
パキキキと蓋の開く音を聞きながら、肩越しに後ろを見やった。と、ほい、とペットボトルを差し出される。キャップは付いていない。オレが完全に脱力しきっていたら、このボトルを受け取ったそばから落としていたことだろう。まあ、それだけ困憊していたら、起き上がれもしなかったろうが。
受け取ったそれを傾けた。口内に、温い水が流れ込んでくる。キンと冷えていたら、腹を渦巻く熱も覚ませたのにな。そう思う一方で、刺激のない温度に安心もする。
「っはあ、」
「飲んだ?」
「ん、うん。さんきゅ」
そう言うと、またもやドラケンはオレの手からボトルを奪った。流れるような動きで、ボトルの口が、向こうの唇に触れる。ご、ご、と飲み下されるたび、剥き出しになった喉仏がよく動いた。
まずい、な。落ち着かせたい欲が、昂ってしまう。
「どした」
「え」
「ぼーっとして」
「あ、あー……」
「眠ぃ?」
「や、むしろ、」
目は、冴えている。そう言ったら、なんと返されるだろう。「何言ってんだ、早く寝ろ」か? いや、そんな突き放す言い方、オレにはもうしない。茶化すみたいに「寝かしつけてやろうか」とか。でなきゃ、優しい顔して「でも、疲れてんだろ、横にはなっとけ」。これかなあ、今の、ドラケンなら。
甘えたことを考えながらも、ドラケンのことをじっと見つめてしまう。ぼーっとしているように見えるだろうか。それなら良いのだが、もし、もしも、……蕩けた顔つきになってしまっていたら。
「……三ツ谷」
「ぇ」
「するか」
「なにを」
「続き」
「つづ、き?」
「そ。あんま負担掛けたくねーから、ちょっとだけ、な」
どうする、と尋ねて来ながらも、その手はオレの肩を掴んでいる。いつの間にか蓋をされたボトルが、枕元に落ちた。膝から下はベッドから降りたまま、背中が、シーツに押し付けられた。
「あ、」
思わせぶりな手が腹の上に乗る。無骨な手の平から、オレより少しだけ高い体温が伝ってきた。オレのことを、幾度となく翻弄する手。何を、するんだろう。何を、されるんだろう。怯えながらも、期待している自分がいる。
ゆっくりと、手は、下へと這っていく。
「ワ、ぁ、」
しかし、急所には至らない。寸前で、手が止まる。恥骨部をやんわりと触るのみ。薄皮一枚を撫でていると言えばいいだろうか。
慌てて視線を上げると、……なぜかそこには、ばつの悪そうな顔があった。
「悪い」
「は」
「やっぱ、ナシ。今日は寝よーぜ」
「なん、え、なんで」
「なんでも」
癖ってこえーな。ドラケンはため息を吐きながら言う。覆いかぶさっていた体は、どふんと隣に寝転がってしまった。
鼻筋の通った横顔を、食い入るように見つめてしまう。ため息を吐きたいのはこっちだ。折角、触ってもらえたのに、こんな中途半端に止められるなんて。生殺しだ。足りない。飢えが悪化している。満たされたい。その欲求が、疼きとなって全身に広がっていく。
「なあ」
「んー」
「なんで、やめんの」
「なんでもいいだろ」
「よくない」
ちっとも良くない。煽るだけ煽っておいて、始末はしない? この男、ふざけているのか。喧嘩を売っているというなら買うぞ。言い値で買ってやる。
胸倉を掴みたいところだが、服を着ていない以上それは叶わない。代わりに、ギッと横顔をねめつけた。
「なんで」
「あ~、だから、なんだっていーだろうが」
「良くねーんだワ」
「なんで喧嘩腰なんだよ……」
寝返りを打ったドラケンは、肘をついてオレを見下ろしてくる。口調だけなら呆れた色をしているが、顔つきはどちらかというと困っている。いい気味だ。日頃聞き分けの良いオレが、こんなことで突っかかってくると思わなかったのだろう。
「なあ、なんで」
「アー」
見下ろされているのも癪で、問い詰めながら体を起こした。今度は、こっちが見下ろす番。逆ハの字の眉に、への字の口。その顔を、じっと睨んで、続きを待った。
「ちょっとじゃ、止めらんなくなりそうだから」
「そんな理由?」
「大事なことだろ。さっきだって、すぐへたってたし。そんだけ疲れてんのに、オレに付き合わせたら、折角の休みだってのにベッドから出られなくなんぞ、オマエ」
「……そうなるとは、限らねえだろ」
「いや、なる。オマエはオレを舐めてる。普段、どんだけセーブしてると思ってんだ」
「せー、ぶ」
ぐっと起き上がったドラケンは、やけに真面目な顔をしている。さっきまでの困り顔はどこに行った。いや、わずかに唇は尖っている。今も困惑はしているのだろう。
こんなふうに聞かなかったら、手加減をしているなんて言わなかったろう。オレの性根にある負けず嫌いなところを、よく知っているから。
まったく、薄々気付いてはいたものの、実際突きつけられると腹が立つ。勝手に決めつけるな。確かに、オマエが満足する前にオレが飛んじまうことは多い。ほとんど、そう。けど、だから我慢するってのは、違うだろ。せめて一回くらい、試せ。
こっちだって、オマエのペースについていけるようになれたらなって思ってたところ。なのに、そのオマエのペースがわからなかったら話にならない。
「しなくていいよ」
「はぁ?」
「セーブなんて、すんな」
「んなこと言ったって、」
「オレだって!」
言い訳を並べられる前に、言葉を被せる。やっぱり、服を着ていないと不便だ。胸倉を掴んで、身長差を埋めるように顔を引き寄せることができやしない。
「―― もっと、したい」
代わりに、ベッドについていた手を握り込んだ。指先に引っかかったシーツが皺を作る。
その、手を、甲を、そっと掴まれた。
「それ本気で言ってんの」
「おう」
「……いいのか」
「ん」
一つ一つ確認される度に、握る力が増す。離さない・逃さないと、言っているかのよう。誰が逃げるか。誰かと違って、オレは煽った始末はきっちりする質だ。
「はしゃぐぜ、オレ」
「願ったり叶ったり」
ふっと力が抜けた。同時に、そばにある顔が緩む。そのくせ、凶悪さがにじみ出ているのは、気のせいではあるまい。
舞い戻ってきた期待を受け止めると同時に、背中がベッドに沈んでいった。
そして、眼前に、色男。
「おはよ」
やっぱり、寝起き一発目に見る顔ではない。たとえそれが、本当に見慣れた、きっちりと髪を結い上げた姿であっても、だ。
……そう思うのも、昨晩のせいだ。涼し気な顔をしているが、昨晩はまあ酷かった。あんな猛々しく凶暴な顔を目の当たりにするとは。祭りに喧嘩たあ血が騒ぐ。そう言ったかつてのこいつに、激しい情欲を織り込んだ表情。
つい、唇を噛みしめてしまった。
「は、ょ、ヴ」
「うわ、声やべーな。水飲めるか?」
「ッス」
悔しさと羞恥と、夜の残滓とに苛まれていると、ぐっと腕を引っ張られた。背中には手が添えられる。ぞわ、と、鳥肌が立った。なぜ悪寒が走る? 簡単なことだ、昨晩の、終わりの見えない行為を思い出したから。煽った仕打ちがこの様とは、想定外。
ドラケンにもたれかかっていると、水のボトルを差し出された。持てるか・持てない。アイコンタクトでやりとりを済ますと、くしゃっとした笑顔を見せてから、ボトルの口をオレの唇まで寄せてくれた。ゆっくり、ゆっくりと、ボトルは傾けられる。そうして流れ込んできた温い水を飲み下すと、渇いた身体にじんわりと沁みていった。
「ふ、ぅ」
「オレそろそろ出るわ」
「ぅん」
「オマエは連休なんだろ? まだ寝とけ、な?」
顔を近づけられたので反射的に目を閉じる。だが、待ち構えた感触はしない。代わりに、ちろっと唇を舐められた。水滴を、拭っただけらしい。
「……」
「拗ねんなよ」
「きすしろよ、そこは」
「したら、仕事行きたくなくなっちまうだろうが」
「それは、……だめだな」
「だろ」
くしゃりと笑った顔を眺めていると、丁寧な手つきで体がベッドに戻された。体は、やはりさっぱりとしている。オレのことばかり気遣うけれど、こいつはちゃんと寝たのだろうか。心配が脳裏を掠める。しかし、目の前の男は、隈を作るどころか、ハリのある、漲った顔をしていやがる。複雑な、気分だ。
「じゃあ、行ってくる」
「ん、いってらっしゃい」
一つ頭を撫でられて、ドラケンは部屋を出て行く。間もなく、玄関扉の開閉する音と、鍵のかかる音がした。
一人きりの室内、聞こえるのは、自分の鼓動と、呼吸の音。それから、壁掛け時計の、秒針の、音。
「いやー……」
―― すごかった。こんなに満たされるなら、もっと早くに強請るんだった。今日から連休。明日はD&Dの定休日。もう期待しているなんて、自分も浅ましい大人になったものだ。
ひとまず今日は、体力回復に努めよう。そう決めて目を閉じると、心地よく意識は沈んでいった。