下心のはかり方

 付き合っていた女と別れた。
「フラれたんだろ」
 間髪入れずに飛んできた声に、ぐっと言葉を詰まらせる。
 そりゃ、確かに、フラれた。向こうから「別れる」と言ってきたのだ。フラれると表したって何も間違ってはいない。
 だからと言って、呆れ返った、いや、最早呆れを通り越して心底どうでもいいと言わんばかりのトーンで言うのはいかがなものか。つい、顔を顰めてしまう。
「おい、堅気がする顔じゃねーぞ」
「うっせ」
「でもさあ、図星だろ?」
「……まあ」
 むっとしたまま三ツ谷を睨むと、それ見た事かと言わんばかりに鼻で笑われる。この一睨みでほとんどの人間は萎縮するのに、こいつにはどうも通用しない。東卍の頃は、こんな風にずけずけとした態度は取らなかったのに。あの頃は、副総長と一隊長という上下関係があったからかもしれないが。
 低く唸っても、三ツ谷の笑いを煽るばかり。ここで舌打ちをしたって、噴き出されるのが目に見えている。込み上げてきた衝動を飲み下すべく、手元の缶ビールを傾けた。
「ふふ、んっふふ……、いやあ今日もドラケンのおかげで酒が旨い」
「人の苦労をつまみにしてんじゃねえ」
「いやいや、何のために来たと思ってんだよ、それをつまみに酒飲むためだぜ?」
「は? 忙しすぎて飲まねえとやってらんねえっつってたの、誰だよ」
「それはそれ、これはこれ」
 しれっと言い放ち、三ツ谷は甘ったるそうな酒を口に含んだ。その顔にはうっすらと隈が出来ている。上機嫌ではあるものの、気怠さは拭えない。忙しい、というのは事実なのだろう。
 それでも、誘うと必ず来てくれる。オレの、しょーもない話のために、都合をつけてくれる。今日だって、宅飲みを「えー」「いいよ」の二つ返事で了承してくれて、簡単なつまみも拵えてくれた。付き合いが良いというか、面倒見が良いというか。
 ちら、と隣を見やると、そのよく出来た男は、早くも目元を赤く染めていた。
「んで? 今回はどんな理由でフラれたんだよ」
「……わかってて聞いてるだろ」
「ほら、もしかしたらいつもとは違う理由かもしれないし、だったら聞くのが礼儀かなって」
「そのにやけ面やめろ。いつもと一緒だクソ」
 オレが吐き捨てるや否や、ンンッと声を詰まらせた。酒を飲んでいるタイミングじゃなくて良かった。もしそうなら、口から零していたことだろう。
「ふ、ふふふ」
「笑いやがって」
「ごめん、ふ、んンッ……、ふふふ」
「おい」
「あーやばいオレ今日、酒回るのはえーワ、たいして面白くもないのにすげー笑える」
 笑うな。とは、言わない。深刻な顔をして聞かれるより、笑い飛ばしてくれたほうが気が楽だ。それに、逆の立場ならオレだって笑う。また同じ理由かよ、懲りねえ奴だな、と。
 本当に、懲りない。自分でも思う。毎度毎度、どうして同じ顛末を辿ってしまうのか。考えたところで、答えはでない。
 勢いをつけてビールを煽る。残り少なくなっていた中身は、すぐに空になった。すっかり軽くなったアルミ缶は、わずかに力を入れるだけでべこべこと凹む。
『どうして一番にしてくれないの』
 ぐしゃ、と缶がひしゃげるのに合わせて、彼女だった女の声がリフレインした。
 あの時、その女は唇を尖らせていた。けど、声を震わせてはいなかったと思う。確か、冷めきった目をしていた。前の女は、今にも泣きだしそうな目付きをしていたっけ。さらに前は……。不毛だ、無闇に思い出すのは止めよう。
「なんでいつもこうなンだよ……」
「え? マジで言ってる?」
「は?」
「ネタじゃなく?」
「誰がこんなんネタにするかよ」
「確かに」
 パステルカラーの缶を食卓の隅に置いた三ツ谷は、香ばしく焼けたホッケに箸を伸ばした。骨を剥がし、ふっくらとした身を口に運ぶ。美味しいと頬を緩ませているが、その甘い酒との相性が良いとは思えない。それとも、オレの愚痴があるから旨いって? それはそれで腹が立つ。
「ドラケンも食う? んまいよ」
「食う」
「傷心中だろ、あーんしてやろうか?」
「どういう慰めだ、いらねーわ」
 ず、とこちらに差し出された皿に箸を伸ばした。箸で触れるとその身はふわりと沈む。簡単に皮から離れるソレを口に放り込むと、脂の乗った白身がほろりと崩れた。思った通り旨い。
 安い。癖もない。そんで味も良い。だが、やはり三ツ谷の飲むような甘い酒と合うとは思えない。
「ホンットわかんねーなー」
「そんなに別れがたい彼女だった?」
「その話じゃねーよ、よくンな甘ったりいチューハイでホッケ食えるな」
「オレのことかよ」
 言うほど変でもないよ。そう答えながら、再びホッケの皿に箸を伸ばす。オレのほうに皿を寄せたのもあって、肩に三ツ谷がぶつかった。
 ぶつかってんぞ。わざと体重を三ツ谷のほうにかけてやると、重いだの食わせろだの喚きながらケタケタと笑う。本人も言っていたが、今日は酒が回るのが早い。いつもなら、何本も飲んでようやくこの笑い方になる。今日はまだ、一本、その半分も飲んでいないのではないだろうか。
 これは相当疲れている。別の日にすれば良かった。とはいえ、今日、こいつと飲みたいと思ったのも事実。……あれこれ考えても仕方がない、潰れたらちゃんと介抱しよう。で、明日の朝は職場まで送っていく。決めた。
「ホッケはさておき! 心当たりねえの」
 強い力で押し返されると同時に、話を戻された。上手いこと茶化してしまいたかったのに。こんな聞き方をされては、話を逸らすに逸らせない。
 仕方なく、一抹の反抗心を添えながら口を開く。
「……なんの」
「いつも同じ理由でフラれる、心当たり」
「ないこたねーけど」
「あるんじゃん」
「つったってよー……、あっちがそれでも良いつって付き合い始めてんだぞ、こっちは」
 誰が好きでも良いからと、声をかけてくる女は数知れず。その中から、こいつなら大丈夫かもしれないと思える相手と付き合っては、いつも同じ理由で別れている。フラれて、いる。
「特別な奴がいるって、そんな悪いことか?」
「んー、悪くは、ないな」
「だろ?」
 中坊の頃に抱いた恋心は、今も己の腹に住まっている。この先、何年経とうと、何なら死ぬまでだって、居続けるのだろう。
 当時のオレにとって、エマは確かに唯一だった。
 けど、守れなかった。その事実は、心臓に突き刺さったまま。それこそ何年も経って、随分と綺麗な思い出になってしまったが、忘れられるものでもない。
「……ドラケンは良い男だからさ、向こうも付き合ってるうちにオマエの「特別」になりたくなっちゃったんだろ」
「そうかあ? 自分には、初恋だ憧れだ、何かしらの「特別」があるんだぜ、なのに棚に上げてるっつーか、オレにばっか求められてもよー」
 床に置いていたレジ袋から、次の缶を取り出す。汗をかいた表面を軽く拭って、プルタブに指を引っかけた。
「……ドラケンって」
 缶が開いて、炭酸の小気味の良い音がする。縁に口を付けながら飲み下せば、心地の良い喉越しが過ぎていった。
「あー……、や、いいやまあ、ウン」
 そんな爽快感とは対照的な声が鼓膜を震わす。目線の先にいる三ツ谷は、こちらを向いてはいなかった。雑に作った塩だれキャベツを、さくさく、ぱりぱり、ひたすら食んでいる。言いかけた言葉を飲み込むように、小さな口が動いていた。
「あんだよ」
「なに」
「言いかけといて止めんな」
「説教ぽくなりそうだからさ、止めとく」
「構わねえよ」
 言えって。そう続けて缶を置くと、ガンッと思ったよりも大袈裟な音が出た。オレも大概、アルコールの回りが早い。今日は早めに切り上げたほうが良いな。頭の片隅が、冷めたことを考える。
 はく、大きく千切られたキャベツが、薄い唇に飲み込まれた。咀嚼している間、三ツ谷が喋ることはない。社会人になってから、妙に品が良くなった。オレが知らないだけで、実家で妹の面倒を見ているときなんかは行儀が良かったのかもしれないが。
 喉仏が、上下して、一息。
 やっと三ツ谷は、オレを見た。
「理解してもらうための労力って、かけたことある?」
「……は?」
「相手に任せっきりになってねーかなって。どうしてあの子がドラケンにとって特別なのか、わかってもらう、努力とか、なんか行動、したのかなって思って」
 相変わらず三ツ谷の目元は赤い。素面だったら、きっと言ってくれなかったろう。
 自分の思い込みで発した言葉が、相手の重荷になることもある。だからこそ、かける言葉は丁寧に選びたい。いつだったか―― これも酒を飲んでいたときだったと思うが―― そう言っていた。
 三ツ谷とつるむのは気が楽だ。超えちゃならない一線を、絶対に跨いで来ないから。真面目な話には真摯に付き合ってくれるし、くだらない話は重く捉えず笑い飛ばしてくれる。
「あー……、」
 説教、ぽく、なる。その前置きをされた時点で「じゃあ止めとくわ」と返すべきだったのだ。
 一つ呻いてから、唇を引き結んだ。正直、考えたこともない。わざわざ、話すことではないと思っていた。昔の想い人の話なんて、聞きたくないだろうと。こうして指摘されなかったら、気付きもしなかったろう。そういう話、腹を割ってすべきだったのか。そうか。
 なるほど、と思う一方で、「本当に?」という疑問も過る。あいつらに、エマの話をするなんて。して、良いものか。事の顛末を詳細に教えたいとは思えない。向こうにとっても気持ちが良い話にはならないし、オレだって、他人に聞かせたい内容じゃあない。
「……」
「そういう話すんのが、必ずしも大事だっては言わない。し、そういう話を、したくないような、その程度の信頼関係? の子だっていたと思う。けど、うーん、なんだろうなあ、」
 途中まで言って、ふいと三ツ谷の顔がそっぽを向く。横顔を盗み見ると、もごもごと唇を波打たせていた。だから、言いたいことがあるなら。
 ……言え。と、思いはするものの、今度は、声にできない。なんせ、追い打ちされるのが目に見えている。
 不意打ちだろうと追い打ちだろうと、ボコられたらやり返すのがオレの性分。けれど、この追い打ちに仕返しをしたって、ただの癇癪になってしまう。
 黙り込んだオレに耐えかねたのか、控えめに、三ツ谷の視線がこちらに戻ってくる。言わないほうが良いかな、でも、この際、言っちまったほうが良いよな。そんな葛藤が、瞳に映っている。
「……言わなくてもわかってもらえる、は、怠慢だよ」
 以上、オレからのありがたいお説教でした。
 そう締めくくった三ツ谷は、箸を置いてのろのろと飲みかけのチューハイの缶を掴んだ。向けられたばかりの目線はオレから離れてしまって、ふわふわと宙を眺めながら、甘そうな酒を飲み下している。
「三ツ谷、」
 この調子じゃ、随分と前から、オレに思うところはあったのだろう。
 なのに、いつも適当に笑ってから、次は善処しろよと背中を叩いてくれた。もっと早くに、この〝説教〟をしてくれたら。……何か、変わったろうか。誰か一人と長続きするとか。
「苦情は受け付けねーからな」
「言わねえよ。……むしろ、なんで、今までそれ教えてくんなかったの」
「言ったら、さあ。その、アレだろ」
「なんだよ」
「……もう、オレに声かけてこなくなりそうじゃん」
「は?」
「ふつーにイヤだろ。こういう説教。正論っていうのかなぁ。傷口に塩塗ってるみたいになっちまうし」
 言われてみれば、そうかもしれない。こういうことを言われたら、説かれたら、「とりあえず三ツ谷を誘うか」という選択はしなくなったことだろう。
 とはいえ、下らない話に付き合わされずに済むのだから、三ツ谷にとっても良い話では? 無理に仕事の都合をつける必要はなくなる。今日みたいに、疲れている中、来なくても良い。
 というか、そもそも、だ。
「なんで、毎回、オレに付き合ってくれんの」
「え、今それ聞く?」
 なぜ、怠い身体を引き摺ってまでオレに予定を合わせてくれるんだ。来いと強要したことはない。それこそ、最初は三ツ谷以外に愚痴ることもあった。それが、今、矛先は三ツ谷だけになっている。なんでって、こいつは、いつも誘えば都合をつけてくれるから。
 心地よさに、甘えていた。これがいかに不可思議なことか、気付かないまま、今日まできてしまった。
 こいつは、―― 三ツ谷は、もしかして。
 過った思考を一旦振り払ってみるものの、他の可能性が何も浮かばない。
「オレの醜態見るのが、そんなに面白いとは思えねえ」
「ふ、それはそれで面白いよ」
「……だとしても。ンな隈作ってるってのに、なんでオレに合わせんだよ。さっさと帰って寝ろ」
「呼び付けといて横暴だな」
 軽口を聞きながら、腕が伸びる。指先が、形のいい頭をなぞった。親指の腹は、濁った色をした目の下を撫でる。
「ン」
「なんで?」
 触れた皮膚は、上気してしっとりとしていた。一見すると滑らかだが、触るとわずかに凸凹している。これは、肌荒れと言うのだろうか。そういえば、昔付き合った奴に「肌荒れ酷いから、あんまり近くで見ないで」と言われたことがある。そのときは「気にするようなことか」と思ったものだが。……気になる、な。ちゃんと飯食ってんのかとか、寝てんのかとか、色々、考えてしまう。
 じ、と見下ろしていると、三ツ谷の口元が緩んだ。とはいえ、それは自然な笑顔とは言い難い。苦笑いがせいぜい。困ったと言わんばかりの顔をしながら、首を傾げるようにしてオレの手に頭を預けてくる。
「聞きたい?」
「知りたい」
「きっと困るよ」
「誰が? オレが? オマエが?」
「……どっちも」
「オマエはそうかもな。けど、オレのことをオマエが決めンな」
「えー」
 誤魔化すように、目線が泳ぐ。斜め右、斜め下と、どんどん下降。ついには、瞼を伏せられてしまった。完全に閉じてはいないと思うが、オレの顔を視界から完全に外したのは間違いない。
 こっち、見ろ。そんな思いを込めて、目元を撫でていた手で顎を掬った。
「言えよ。なんで」
 今度は、躊躇わずに言えと頼めた。頼むなんて、穏やかなものではないか。やたらと強い口調になってしまった。三ツ谷からしたら、強要されたも同然。やっちまった。なんて思いはするが、言わせたいのも確か。
 長い睫毛が瞬きに合わせて揺れる。ようやく持ち上がった瞼の奥には、やはり困惑の色を乗せた瞳が佇んでいた。
―― 下心が、あるからだよ」
 薄い唇が震えた。
「ドラケンに会いたいな、っていう、下心」
 声色は硬い。感情も薄い。ただ、困惑で満ちた目に、後悔が滲み始めていた。言ってしまった。言わなきゃ良かった。なんで言う羽目になった。余計な説教をしちまったから。たくさんの「しなきゃ良かった」が映り込む。目は口程に物を言うとは、きっと、このことを言うんだろう。
「その下心を満たす口実をさ、そっちから作ってくれるってのに、無下にできるわけねーじゃん」
 にもかかわらず、三ツ谷は吐露してくれる。噤みそうなもんなのに。オレが、強要したから? それも、あるだろう。だが、これは、水門が決壊した様を思わせる。一度吐き出し始めたら、空っぽになるまで、止まらない。
「こっちの気も知らないで、女作って、フラれて、また作って。でも誰相手のときも真摯だからさ、今度こそ身を固めてくれって、毎回思ってたよ、オレ。なんなら、今だって、」
 顎に手を添えているせいで、三ツ谷が喋る度に指先にその振動が伝ってくる。首にも指がかかっているせいだろう、やたらと早い鼓動も、荒くなりだした呼吸も、よくわかる。
 本当に、なぜ、自分は今の今まで気付かなかったんだ。
「人間、憧れも恋心も通り過ぎると、ただただ幸せでいてくれたらいいって、願うようになるんだな。知らなかった」
 簡単なことだ。三ツ谷が、上手だったのだ。
 憧れとか、恋心だとか、それがいつ始まって、いつ変化したのか、気付かせない立ち回りをしてくれた。長い時間をかけて、多少距離が近くたって違和感を抱けない関係を作り上げた。その、おかげ。
「何されても、嬉しい、なんて。自分でも気持ち悪い、と、」
 思う。
 ぽと、と小さく落としたところで、三ツ谷は口を閉じた。あわせて、オレの手を払いのける。
 何か、言わねえと。そう思うのに、良い言葉が出てこない。良い言葉、なんてカッコつけている場合じゃないというのに。しんと、静まり返ってしまう。壁掛け時計の秒針の音が無かったら、時間が止まったと錯覚したところ。
 じわ、り。三ツ谷の耳が、赤く染まった。
「……悪い、もう今日帰るワ」
「ッ待て」
 立ち上がりかけた三ツ谷の腰を引き寄せる。強引だったせいもあって、三ツ谷の手から酒の缶が滑り落ちた。何事もなければ、テーブルの上に置かれただろうに。かこん、虚ろな音をしながら、缶は床を転がっていく。線を描くように、気泡交じりの液体が床に垂れた。
「あ、」
「そっちじゃなく、こっち見ろ」
 中腰のところで腕を回したというのもあって、簡単にその身体は腕の中に納まった。オレの脚に座ってしまった瞬間、びくんと体が震える。こいつが、これほどに動揺を露わにしたことがあったろうか。
「離せって」
「離したら帰るだろ」
「当然だろ、言わなくて良いこと、いっぱい言っちまったし」
「んなことねーよ」
「ほんと、酔っ払いの戯言と思って忘れ」
「三ツ谷」
 わざと耳元で低く名前を呼んだ。たちまち、跳ねるように俯いていた顔を持ち上げた。案の定、その顔は赤く染まっている。あれこれ捲し立てて、急に酒が回ったせい、ということにしてやってもいい。……こいつが許すなら、好いた相手に抱かれたせい、と、いうことにしたいものだが。
 ごつ、と、頭突きをするようにして額を重ねた。
―― ありがとう、愛してくれて」
 息を呑む音が聞こえる。これでもかと見開かれた目は、瞬きをしないせいで涙が溜まり始めていた。もしかすると、オレが発した言葉を受け止めそこねているかもしれない。なんせ、理解が追い付いていないと言わんばかりの顔をしている。
 さて、冷静になるのを待ってやるべきか、このまま畳み掛けるべきか。
 ……攻めるタイミングを、逃すわけにはいかねえよな。
「あと、一つ、確認な」
「な、に」
「オマエ、もうオレの「特別」になってんだけど、気付いてた?」
 ヒュッ。再び、三ツ谷の呼吸が不穏な音を鳴らす。いっそ、可哀想に思えてくるほど。かといって、ここで手を緩めてやる気もない。
「オレは今気付いた」
 一つ言葉を挟んでから、そっと手を三ツ谷のこめかみに添えた。もう一方の手は、がっちりと腰を抱いたまま。その体勢でさらに顔を近づける。必然的に、鼻先が擦れた。文字通り眼前の三ツ谷は、ほとんど目を回している。
 可哀想、は、撤回。
 これは、可愛い、だ。
「身、固めてほしいんだろ。決めた、オマエと固める」
 だから、隣にいてくれ、この先、ずっと。
 そして距離はゼロになる。触れただけの唇は、どうしようもないくらい熱かった。